太田耕輔 さん プロフィール

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太田耕輔さん: 金も帰る場所もなくてベトナム縦断しちゃったよ。
ハンドル名太田耕輔 さん
ブログタイトル金も帰る場所もなくてベトナム縦断しちゃったよ。
ブログURLhttp://run-vietnam.seesaa.net/
サイト紹介文タイ、ラオス、カンボジアからベトナムへたどり着きロシア製バイクでベトナム全土縦断の旅へ。
自由文パラオでの楽園暮らしが、日本の不景気のあおりを食らって崩壊。退職金も出ず帰る場所もなく、家財道具と車を売って現金を作り、それだけを資金に東南アジアに仕事と住処探しの旅に出る。しかしそう簡単に自分の居場所は見つからず、最後の砦、旧友が暮らすベトナム、ホーチミンシティへ向かうが、そこでも希望は見つからず大ピンチ。絶望の中、ロシア製バイクを衝動的に購入、1,800キロメートル離れたハノイを目指して走り出す。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供20回 / 138日(平均1.0回/週) - 参加 2016/05/03 21:47

太田耕輔 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 炎天下、逝ってしまったロシア製バイクを押しながら死を予感する。
  • (バイクが故障した地点とは無関係の田園風景)10分、15分程度だったかもしれないし、3、40分もそうしていたかもしれない。たった2時間でブッ壊れたバイクを押して僕は歩いていた。左手は赤土の荒野、右手はそれに低い灌木をまばらに散らした、やはり荒野。国道は周囲より少し高く造成されていて、そのせいか空がやたらとでっかく見える。晴天で道沿いに木陰はなく、このまま押して歩き続けたら死ぬなウヘヘなんてブキミな笑いがこ [続きを読む]
  • 走り始めて2時間後にどうなったか。
  • (これが我が珍妙なる相棒。名前はまだない)密集した家並みも消え、木々や大地や空が景色の大半を占めるようになると、気分はいよいよ盛り上がってきた。幸い天気は上々。サイゴンの狂騒から遠く離れ、混じりっ気のないベトナムの熱い空気をバイクで切り裂いて走るのはとんでもなく気持ちよかった。サイゴンにやって来たのは、ここで第二の人生を開始するためだった。けれどいざ来てみると、頼るべきサイゴン在住の旧友、シュウから [続きを読む]
  • 【海外旅行】太田式護身術・お部屋編を伝授するのだ。
  • (98年頃、ビンタイ市場前には独特のただならぬ雰囲気が漂っていた)サイゴン――ホーチミンシティからロシア製バイクにまたがって、一路ハノイを目指して僕は走り出したわけだけれども――、実はベトナムをバイクで走るということについて、当時の日本の外務省も「やめとけ!」って言ってたのね。僕のブログを読んでその気になるような方はいないと思うけれども、一応その外務省からのお達しもお見せしとかないとってことでハイこ [続きを読む]
  • ロシア製バイクをめぐりヤリ手婆と勝負する。
  • (イタリア製の古いスクーター ランブレッタ もちろんこれもベトナムではお洒落とは言われない)人生は出会いでしか変えられない――って誰かが言っていた。そして、出会う相手というのは、人間に限らなかったりするのであって、このリートゥーチャン通りのバイク屋の店先に置かれたすっ頓狂なバイクは、僕にとって明らかにそれだったと思う。「見つからないことはないと思うけど、ろくな仕事はないと思うよ」仕事も住処も捨ては [続きを読む]
  • ロシア製バイク発見。か、買わないよね!?(汗)
  • (『HONDA』の表記は『バイク』の意味。『タイヤ交換』とか『修理』とか書いてあるんだと思う。勘だけど)E田さんが言ったとおり、リートゥーチャン通りにはバイク屋ばっかりがずらりと軒を連ねていた。しかし、どの店も扱っているのはHONDAばかり。たまにSUZUKIなんかもあるけど、もう圧倒的にHONDA。なにしろベトナムの人々はHONDAが大好き。そのためHONDAがバイクの代名詞になってしまっていて、修理屋の看板も『バイク修理』で [続きを読む]
  • バイク買うならベトナム人のおじさんに相談だ!
  • (98年頃はこのHONDA DREAM2 がまさにベトナム人の“夢”だった)もう完全にその美しいアオザイ娘とどうにかなってやろうと思いながら、歩道上に並べてある小さな椅子に腰かける。(本当は愛想笑いくらいしかできないのだが)ところが美しいアオザイ娘、隣のおっさんにコーヒーを出すと店の中にすいっと入っていっちゃった。さあこい美しい娘よ。おれのオーダーを取りに来るのだと念じたが、念じれど祈れど出て来ない。さらに強く [続きを読む]
  • ロシア製バイク、見に行くだけ行ってみるかと宿を出る。
  • (ベトナムの女性は初対面でもよく笑う)見も知らぬベトナムという国までやって来たのはいいがすることもなく、世の中の役に立ちそうなことを一切せずただ“ごろっちゃら”している(開高健風)とはいえ、自分の金で(まだ)生きているのだし、自分の人生を歩んだその結果であるわけで、別に堂々としていればいいのだけれど、やっぱり人間は何かしらやらないとバツが悪いらしい。しかもあのサイゴン在留邦人の中でも親分的雰囲気を [続きを読む]
  • 貧乏旅行って1日いくらつかうの?にお答えします。
  • (ローカル言語は主に数字=値段と品名から覚える。だがベトナム語で『飲料水』だけはどうしてもわからなかった)リートゥーチャンにバイク見に行く前に、ちょっと旅の出費なんぞ書き出してみる。98年当時のメモを引っ張り出してみた。なお為替レートも当時のもの。つーことで大昔の話なんで、いま参考になるかどうかは甚だギモンではある。とある1日の出費タイ(チェンマイ)B=タイバーツ宿       150B朝&昼メシ   105 [続きを読む]
  • 脱力ふて寝の耳に聞こえるフーティウ売りの拍子木の音
  • (路上カフェ サイゴン)ヴァンさんが僕のために手配してくれた宿はブイビエン通りにあって、間口が狭く奥に長いつくりの4階建て。僕の部屋はこの最上階で、ベランダからは通りの喧騒がよく見えた。1階は皿メシ屋になっていて、この家の次女――見た感じまだ十代だと思うけど――が切り盛りしている。店の入り口わきのコンロで朝から盛大に炎をあげながら手際よく料理し、皿に盛ると湯気を後ろになびかせながら客に運びしてシェ [続きを読む]
  • 手強すぎるシクロの運ちゃんにやられて顔真っ赤。
  • (98年、ブイビエン通りにはこういう天秤棒移動麺屋が20メートルおきぐらいに店を開いてた)サイゴンに着いた翌日の朝。宿の前のブイビエン通りを朝めしを探して歩いていると、デタム通りと交わるところでおばちゃんが移動麺屋の店を開いていた。遠慮がちに写真を撮っていると後ろからふいに声がする。「おいしい。あなた食べる」振り向くと30代前半だろうか、浅黒い膚に薄くひげを散らした痩せた男が立っていた。じゃあ食うかなと [続きを読む]
  • 最後の希望がサイゴンの夜に潰えるのを僕は見たのだ。
  • (夜のサイゴン)確かにシュウさんとは親友とまでは言えないかもしれない。朝まで飲むほどに酔うほどに夢を語り合うなどということはしたことないし、(僕は酒が飲めないしヤツはすぐ眠くなる)同じひとりの女性を愛してしまったなんて経験もないし。(好みのタイプは180°ほど違っている)けれどもバイクのエンデューロレースを、一緒にチームを組んで走ったこともあるし、(ピットから一番遠い地点でバイクが謎のエンストを起こ [続きを読む]
  • 旅で陥るダークサイドから抜け出す方法
  • (タイ カンチャナブリーにて)思い出すとそれが“小学生が立てた夏休み中の目標”よりもずっと低レベルであることに気づいて、書くことをためらわざるを得ないのだが、勇気を振り絞って書くことにしよう。帰ることができる場所――帰っていける誰か――を持たずに旅を始めてしまったとき、旅人を引きずり込むダークサイドから僕がどうやって抜け出したか――。1.何かひとつやることを決める。決めたら必ずそれをやる。ね、ほら [続きを読む]
  • ガード下で冥王星の神からもらった言葉
  • (宿のテラスからおかみが水面に長い釣り糸を垂らして釣りをする。釣れると魚を掴んでげははと笑う。僕はまた部屋に引きこもりたくなる)僕の人生はおおむね2勝8敗ぐらいな感じの負け犬人生である。若い頃はやっぱりそれがイヤで悔しくて悲しかった。そりゃあやっぱり、おれは勝者だぜって感じで生きていきたいと思うわけで。でもね、若い頃にサボったり怠けたり悪いことしたりして――なーんにも考えずに集団暴走行為に加わったり [続きを読む]
  • ひとが帰るところって、どこか知ってる?
  • (タイ カンチャナブリー“戦場に架ける橋”下を流れるのがクェー川)確かに僕は自由になった。どこへ行こうと何日滞在しようと勝手。それをバカなもんだから僕は、鎖を解かれた犬のようにただ喜んではしゃぎ回っていたのだったが、実はその裏側には恐ろしい事実が暗い口を開けているのであって……。バンコクから鈍行列車でちょうど3時間。カンチャナブリーという町に着いて、映画“戦場にかける橋”のあるクェー川に張り出した [続きを読む]
  • どんな逆境に遭っても絶対に死ななくて済む最強の武器知ってる。
  • (笑顔こそ人類最強の武器であり万能薬。金なんかなくなってもなかなか死なないけどこれなくなったら人間って死ぬからね)ある日家族の絆というものをまったく失い、怒りと悲しみに任せて永久に縁を切るとわめいて家を飛び出し、自分の戸籍を家族と一緒のものから抜いて分籍までして、いきなり遠い外国に職を得、そこに飛び込んで6年を暮らし――、境遇は天国だけれども待遇は最悪で1ドルの貯金もできないままやがて潮の流れみたい [続きを読む]
  • え、ベトナムってもうランボーいないの?
  • (チョロン ビンタイ市場前 98年)LUNA CAFEはお洒落で綺麗な店だった。白黒ツートンのリノリウムの床に鏡張りの壁、大きくて赤いカウンターに螺旋階段。おまけにミニスカートのウェイトレスにスタイリッシュでイケメンのバーテンダーまでいる。照明落として音楽かけたらそのままそういう店になってしまう感じである。ただし床に置かれた扇風機がメイドイン台湾だか中国だかで、商品名が『新製品』というのが実に残念であった。 [続きを読む]
  • 美しきサイゴン娘に粗相をする。
  • ガイドブックを持たずに長く旅していたらどうも勘が鍛えられたらしく、移動すると必ずそこは知らない町なんだけれども、日を重ねるごとに良い宿、良いメシ屋を見つける速度は速くなっていて、名所旧跡その他観光地、町の中心部なんかも、探し当てるのに苦労するということがほとんどなくなっていた。当時すでに“地球の★き方”という本は実は“地球の迷い方”であるという名言が、日本人長期旅行者の間では出来上がっていた。(今 [続きを読む]
  • ガチ・グローバル・ホームレス
  • 学校に来てから3時間目の数学が小テストだったって思い出したりする。で、やっべおれ勉強とかなんにもやってねえわなんて言ったりすると、周りの連中も、「おれもやってねえ」「おれもおれも」「お前やって来た?」「やるわけねえべ」なんて次々言ったりするのでそれを聞いて安心していると、果たして僕がダントツで点数が悪い。みんな地アタマは僕と変わらないような連中だし、これはどうもやってないなんて言ってるけど、やはり [続きを読む]
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