ゆめ さん プロフィール

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ゆめさん: ゆめのゆくえⅡ
ハンドル名ゆめ さん
ブログタイトルゆめのゆくえⅡ
ブログURLhttps://ameblo.jp/yumenoyukue2/
サイト紹介文病気を抱えた息子の医学部受験記。合格後は、認知症の介護のことなど、母の身辺について語ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供6回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2016/05/07 07:13

ゆめ さんのブログ記事

  • 自然体〜息子の帰省②〜
  • 息子は夏休み中、家にいてもほとんど手伝いもしなかった。暇があればスマホでゲームとかしていた。子どもの頃、ゲームを全くしなかったのでまあ仕方ないかなとも思う。自分のやりたいことをやることにしたというようなことを言っている。子どもの頃は親の期待に応えようという気持ちが強かったんだろう。確かにずっと、いわゆるいい子だった。共働きだったので、5歳の時からお風呂の掃除とお湯入れをしていた。お手伝いを嫌がるこ [続きを読む]
  • とてもお久しぶりです〜息子の帰省①〜
  • びっくりするくらい久しぶりに、ブログを開いてみた。色々と忙しい日が続き、気づけばもう1年近くもお留守にしていたことになる。ともかく、年月が過ぎるのが早い。 第2テーマの「じいの介護」も途中であるが、第1テーマに戻って少し近況をご報告する。息子は大学3年生になり、医学部は奇数学年は楽だということで、少しのんびりしている。家庭教師のバイトも始めたということ。かなり成績的には厳しい中学生のご兄弟を担当してい [続きを読む]
  • 介護ベッドを入れる部屋
  • これまで、じいとばあは、二階の部屋を寝室にしていた。ケアマネさんも私も心配していたが、階段には手すりがついていてじいは自力で昇り降りすることができていた。部屋を変えるとじいが混乱してしまうのではないという心配と、下の空き部屋は物置状態で使うことができないということもあった。じいが入院した日の朝、じいは階段からずり落ちて、すねにけがをしていた。もう階段を使うことは不可能だった。早急に下の部屋を片付け [続きを読む]
  • トイレのこと〜じいの退院に向けて〜
  • 商売で失敗し財産をなくしたじいとばあは、古い貸家に住んでいた。この家は大家さんの元自宅で取り壊すより貸しておこうといった物件なので、大きい割には格安だった。しかし、壊れても大家さんが直してくれるということはなく、すべて自前で手を入れながら暮らしていた。じいの下の始末があやうくなってきた頃、トイレのにおいがひどくなった。お掃除のヘルパーさんをお願いしようと私が提案しても、ばあは他人を家に入れるのを嫌 [続きを読む]
  • じいの退院に向けて
  • 認知症薬の副作用で足腰が立たなくなってしまったじいだったが、日に日に回復していった。目は虚ろだったが、持ち前の愛想はよく何かしてもらうと「ありがとう、ありがとう」という言葉は欠かさなかった。歩けるようになれば、また家で暮らすこともできる。病院にいれば何も思い出せないように見えた。「囲碁がお得意とのことでしたが、見せても何の反応もなかったですよ。」作業療法士さんは事務的に言った。どうせ、碁石や碁盤を [続きを読む]
  • これまでのブログの粗筋
  • 国立大学医学科を目指すも成績がどんどん振るわなくなり難病のナルコレプシーと診断された一人息子。二浪し紆余曲折を経て私立医学科に合格。(それまでの過程は、前ブログから引っ越し中)ナルコレプシーの対症療法薬が身体に合い、今では医師を目指して勉学に励み大学生活を謳歌している。ようやく息子が自分の道を歩み始めほっとしたのもつかの間、母(=私)の実父のじい(85歳)は、認知症が進行し下の始末がおぼつかなくな [続きを読む]
  • 愛犬との別れ
  • 息子が犬の身体を確かめるように触る手は優しく、何ができるわけでもないが、こういうのがまさに「手当て」なんだろうと思った。息子が帰ってきてから、犬は再び鳴くようになった。けれどもそれは哀れな声で、夜中にも2時間おきに鳴くようになり、そのたびになでてやると寝入った。そして立ち上がることもできなくなって二日後、犬は虹の橋を渡った。その日の朝まで、口元にやった牛肉を食べていた。息子がきれいに処置してやり、 [続きを読む]
  • 弱った老愛犬と息子
  • 一人息子の兄弟代わりに、15年前、犬を飼い始めた。息子の同級生の家からもらってきた雑種である。洋犬のような母犬だったが、もらってきた子犬は、母犬より大きい紀州犬のような犬に育った。外飼いで家族以外にはなつかず激しく吠えるので、番犬にふさわしい犬だった。「お手」が好きで、家族には自分から手を出してくるほどだった。あまり、しつけていなかったので、それ以外は「お座り」「ご飯前の待て」ができるくらい。この頃 [続きを読む]
  • 医学科での中間成績
  • 色々あってだいぶ間が開いてしまった。明日は息子が帰省する。その後も多忙な日々が続きそうで、このままでは放置ブログになってしまいそうだ。ということで、息子が帰省すると書けないので、今のうちにちょっとだけ書いておこうという気持ちになった。書きたいことはたくさんあるのだが、時間がない。さて、今回は話を医学科とナルコレプシーのことに戻す。先日息子の中間成績表が送られてきた。全て「可」以上で追試なし、あっぱ [続きを読む]
  • じいが介護認定を受けた時
  • じいは、1年半前に介護認定を受けた。最初、ばあから様子がおかしいと相談を受けてもどうしたらいいのかわからなかった。町のそれらしきところに相談し、話はつながっていった。じいの高血圧のかかりつけ医は近所で脳神経外科の看板を掲げている。その先生もかなりのお歳で少し不安な感じはあった。今では細々と常連の患者を診ているだけである。ばあと私から話を聞き、認知症薬を処方し介護認定に必要な書類を書いてくれることに [続きを読む]
  • さらに驚く消化器専門医の話
  • 余命半年といっても、がんの症状は全く出ていない。確かに、このところじいは、おそろしく食べるのにどんどん痩せていておかしいとは思っていた。けれども常日頃検査嫌いで「病院なんて行ったら俺はダメになるからな。」といつも言っていた。確かに、好きな物を好きなだけ食べ、見るからにメタボで、まともな検査結果が出るはずはない。その結果で生活が制限されることに耐えられないと思っていたのだろうし、悪い病気が見つかるこ [続きを読む]
  • 言い忘れましたが、余命半年です
  • そして、話はまた退院か転院してほしいということになり、医師は去って社会福祉士さんが現れた。退院してどのように家で暮らすのか、あるいはどこかに転院または入所するのかなど、社会福祉士さんは頼りになる感じだった。じいの身体的状態は、入院前よりかなり衰えていた。以前のように家でばあが介護できるか心配であった。ケアマネさんに連絡を取ってくれるとのことで、介護認定も3にしてもらうように勧められた。その時、先ほ [続きを読む]
  • 大病院の担当医からのお話
  • 入院して4日目に、担当医師のお話を聞けることになった。運び込まれた時に医師からおおまかな話はあったようだが、私は毎日見舞っていてもお医者様にお目にかかることはほとんどなかった。私とばあ、それから息子も同席した。息子に第三者的な聞き方をしてもらいたいということと、もう一つは勉強のためだった。これぞ、まさに医療の現場である。息子は、12月末に帰省した時もケアマネさんとの懇談の席に同席している。担当医の話 [続きを読む]
  • 大病院は至れり尽くせり?
  • じいの病室には看護師さんはもちろん、ひっきりなしに理学療法士さん、作業療法士さん、聴覚言語士さんなどが来る。その他、様々な専門家がいる上、勤務の関係でどんどん人が変わるので、認知症のじいならずとも、誰が誰だかわからなくなってしまう。じいは、認知症薬などの副作用という診断で、薬を止めればリハビリ以外治療の必要はないということだった。したがって、すぐにでも退院か転院を考えてほしいと言われた。面くらって [続きを読む]
  • へんな女がちょっかい出してくる
  • じいの認知症状を強く感じたのは1年ほど前のことだった。息子が合格した昨年3月に、じいばあと義母と私達家族でお祝いの席を設けた。じいは認知症等で介護認定を受けてから半年ほどたっていた。こういう席は最初で最後になると思い、写真館で記念写真も撮ることにした。じいは私の結婚前に商売で失敗したので、よほどのお義理以外は義父母と顔を合わせることはなかった。私達は義父母と同じ敷地の家で暮らしている。共働きだった [続きを読む]
  • じいの認知症状と特技
  • じいは、認知症と足腰の衰えで要介護2に認定されている。ばあは、要支援1で、二人暮らしである。私の妹は家庭の事情あがりほとんど両親の面倒を見ることはできないので、私が週に1回ほど顔を出し、世話をしていた。平日は仕事からの帰宅が午後8時頃になるので、電話で話すくらいだった。じいは、商売に失敗した人なので財産がなく、貸家住まいである。そのため実家は私が生まれ育った家ではない。もっと言えば、実家を整理した [続きを読む]
  • じいの認知度テスト
  • 病院では、次から次へとリハビリの人が来た。作業療法士さんは、日時や場所などの質問をしたり絵を見せて名称と結びつけさせたりする認知のテストをしていた。娘の顔もわからないのに、答えられるはずもなかった。日頃の生活の様子など、私もいろいろな質問を受けた。夕方、息子が帰省し、次の日、じいを見舞った。リハビリの成果があったのか立ち上がれるようになっていた。でも、息子(孫)のことも全くわからないようだった。た [続きを読む]
  • じいが倒れた
  • 春休みのことだった。何年かぶりに、息子と親子3人の旅を計画した。息子の幼い時の思い出に関係ある場所で、息子と落ち合う約束だった。息子は春休みもサークル活動や車の免許を取るのに忙しく、ようやく日程の調整がついた。車の免許は、ナルコレプシーのため、路上教習に出る前に診断書が必要だった。おまけにマニュアル運転にしてしまったので、なかなか進めずようやく合格した。親子3人の最後の旅になるかもしれないなどと思い [続きを読む]
  • 医学科2年の山
  • 医学科の山は、遇数学年にあるそうだ。偶数学年は、多忙で留年率も高いとのこと。2年では、専門科目が始まり、ひたすら学ぶ日々。4年では、臨床実習の前に共用試験と呼ばれる『CBT』と『OSCE』。6年では、もちろん国家試験。ナルコレプシーを抱えた息子の場合、たとえ医学科に合格しても、こういった段階で挫折しないか、ハードな医師の業務に耐えらるのかといった心配も大きかった。(今になって思えば、そういう心配は合格してか [続きを読む]
  • 私立医学科で学ぶよさ
  • 新学期が始まった。息子も無事、進級することができた。2年は解剖があるということで、はりきっている。夏休みの頃までずっと続くそうで、その間、部位の名称の試験も何回も行われるそうだ。細かい部分まで全てに名前があって、実物に触れて実感しないと覚えられないとのことである。昨年、先輩の車で遠出した時は、皆で「人体山手線ゲーム」をしていたそうだ。お題は、「骨」とか「筋肉」略して「骨筋」。「2年生は試験を控えてい [続きを読む]
  • 満面の笑み
  • GWで義母を手伝い、じゃがいもを植えた。じゃがいも?植えたばかりだったような気がする。昨年のGWは息子も一緒に植えた。医学科2年になった息子は、超多忙でGWに帰省なんかできない。昨年のGWには、入学して1か月の医学科生活のことを目を輝かせて山のように語ってくれた。美味しいものをいっぱい食べさせて、蜜月のような1週間だった。そこから早1年。本当に時間が過ぎるのが早くなった。息子の不在にもすっかり慣れた。次の文 [続きを読む]
  • 私立医学科ではりきる息子と母の晴れない心
  • 一昨年の国立前期試験発表では、アパート探しのために飛行機の予約までしていたのが無駄になった。合格していたら今頃薬学部生である。おそらく医学科に再挑戦するため二浪という選択肢はなかっただろう。昨年は、同じく国立前期試験発表の翌土曜日、アパート探しに車で出かけた。国立大学の結果が不合格だったが故に。アパートはすんなり決まった。私立γ大学医学部、大学病院の周辺を車で一周する。大きく立派なたたずまいだった [続きを読む]
  • 国立医学科入試の結果2015
  • 現在進行形ではありませんが、拙ブログも一区切りの時期となりました。ですが、もう少し書きたいこともありますし、当初の目的「ナルコレプシーについて知っていただきたい」もありますので、こちらで存続させていきたいと思います。国立大学前期が終了したら昨年度の最終的な結果をご報告してもよい時期となるかと思ったが、今年の発表も目前となってしまった。このように躊躇してしまうのは、一縷の望みをかけて勝負している方も [続きを読む]
  • 医学部を目指した理由
  • 話がなかなかナルコレプシーから転換していかない。それというのも、自分の専門分野とは全く関係ないのに、なぜか私(母)は医学や生物に関心があるからだ。身内に関係がある最新の医学研究などと言えば、どんどん興味が広がってきてしまう。ただ、専門的な話にはついていけない。せいぜい、一般の学生対象の柳沢教授の講義がおもしろいと思える程度である。息子も生物が得意だった。生物といっても生き物の生態ではなく、中身のメ [続きを読む]