かどやん さん プロフィール

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かどやんさん: 70年80年代ヒット曲動画 邦楽
ハンドル名かどやん さん
ブログタイトル70年80年代ヒット曲動画 邦楽
ブログURLhttp://hit70or80hougaku.sblo.jp/
サイト紹介文1970年代、1980年代にヒットした邦楽曲の動画を掲載します
自由文現在100曲掲載、1000曲目指して更新していきます。懐かし歌謡曲・フォーク・ニューミュージックをお楽しみください
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供227回 / 316日(平均5.0回/週) - 参加 2016/05/08 17:22

かどやん さんのブログ記事

  • 小川知子・谷村新司(忘れていいの-愛の幕切れ-)
  • 忘れていいの-愛の幕切れ-1984年2月25日に発売された小川知子・谷村新司とのデュエットシングルである。作詞・作曲:谷村新司 谷村のアルバム『抱擁-SATIN ROSE-』の収録曲である「忘れていいの」をデュエット曲化したもので、その際に歌詞を一部変更している。谷村が好きなテレビドラマ『金曜日の妻たちへ』の世界を歌にしたという。ドラマに出演していた小川に直接オファーがあった。歌詞は、別れる男女の悲哀を描いた内容のもの [続きを読む]
  • ブレッド&バター(あの頃のまま)
  • ブレッド&バター神奈川県茅ヶ崎市出身の2人組のフォークソング・グループ、兄弟デュオである。兄弟の父は映画監督の岩沢庸徳である。1969年のデビュー以来、2014年現在までに41枚のシングルと24枚のオリジナルアルバムをリリース。楽曲は加山雄三やサザンオールスターズなどと同様に「湘南サウンド」として親しまれ、スティーヴィー・ワンダーや細野晴臣、井上陽水、松任谷由実など内外のミュージシャンとの交流も幅広いwikipedia [続きを読む]
  • 今井美樹(彼女とTIP ON DUO)
  • 今井美樹宮崎県児湯郡高鍋町出身の歌手、女優ジャズ好きの父親の影響を受ける。実家は電器屋だったが父の趣味でオーディオ専門店となった。中学時代には松任谷由実に熱中し、ピアノの弾き語りをする。町立高鍋東小学校、高鍋西中学校を経て宮崎県立高鍋高校に在学。1981年、横浜で行われたインターハイに100mハードルとリレーメンバーとして出場。高校を卒業後、スチュワーデスを目指し上京。1983年、ファッション系女性情報誌『エ [続きを読む]
  • 増田けい子(すずめ)
  • 増田けい子静岡県静岡市葵区出身の歌手、女優、タレントアイドル・デュオ「ピンク・レディー」のケイとしても活躍。1972年、ミーと出会う。1973年ミーとともにヤマハのオーディションで「ジョニィへの伝言」「恋の衝撃」を歌って優勝。1974年、浜松のヤマハボーカルスクールへミーと通い始める。ミーとデュオを組み「クッキー」の名でヤマハポピュラーソングコンテストに出場。1976年にピンク・レディーの“ケイ”としてデビュー。 [続きを読む]
  • 高橋真梨子(for you…)
  • 高橋真梨子広島県廿日市町(現:廿日市市)生まれ、福岡県福岡市育ち歌手、作詞家1972年に「ペドロ&カプリシャス」のペドロ梅村にスカウトされる。同年に「別れの朝」が大ヒットしながらも突如離脱した先代・前野曜子に次ぐ、二代目ボーカルとして参加。翌1973年には「ジョニィへの伝言」「五番街のマリーへ」などがロングヒット。翌1974年末の「第25回NHK紅白歌合戦」では「ジョニィへの伝言」で初出場を果たした。1978年に「ペド [続きを読む]
  • 子供ばんど(たどりついたらいつも雨ふり)
  • 子供ばんど1973年に結成し、1980年にデビューしたハードロックバンド。1988年に活動停止したが、2011年に活動再開した。1973年 うじきつよしが高校時代に「子供ばんど」結成。1979年 ヤマハ主催の『EastWest』に出場し、グランプリを受賞。個人でも、うじき、谷平がベストギタリスト賞を、山戸がベストドラマー賞を受賞。湯川は助っ人として参加。1980年 キャニオンレコードからファーストアルバム『WE LOVE 子供ばんど』でデビュ [続きを読む]
  • BaBe(Give Me Up)
  • BaBeベイブは、1980年代後半に活動した日本の女性デュオ1987年に、当時流行だったユーロビートのカバー曲「Give Me Up」でデビュー。ダンスを踊りながら歌うスタイルで、洋楽のカバーを多数リリースしてヒットしたことでも知られたが、1990年に解散した。メンバー近藤智子、東京都狛江市出身 愛称「こんちゃん」二階堂ゆかり、東京都武蔵野市出身 愛称「にかちゃん」デビュー時はいわゆるアイドルとして活動し、数々の歌番組・バ [続きを読む]
  • 杉浦幸(午前0時の I NEED YOU)
  • 杉浦幸東京都東村山市出身の元アイドル、タレント1985年、中学卒業後に雑誌『Momoco』の5月号に登場し注目される。同年12月、フジテレビ系の大映ドラマ『ヤヌスの鏡』で、当時では珍しいとされた多重人格のヒロイン役で芸能界デビュー。また翌年の1986年1月には、シングル『悲しいな』でアイドル歌手としてもデビュー。「あ、まなざし」というキャッチコピーのもと、あどけない顔立ち、少し不安そうな切ない表情が同世代を中心に人 [続きを読む]
  • 高井麻巳子(約束)
  • 高井麻巳子福井県小浜市出身の元アイドル1985年から女性アイドルグループおニャン子クラブのメンバーで、会員番号は16番として芸能活動を行っていた。1985年に福井県立若狭高等学校を卒業。若狭高校時代は、取り立てて目立つ言動はしない生徒であったが、明るく快活な性格で友人も多く、人気者であった。ミス若高(じゃっこう)と呼ばれていた。高等学校卒業後、美術大学進学を目指して予備校へ入学すべく上京。1985年4月、『夕や [続きを読む]
  • 陣内孝則(涙のモーターウェイ)
  • 陣内孝則福岡県大川市出身の俳優、歌手、タレント、映画監督上野義美に博多でスカウトされ、ザ・ロッカーズのボーカルとしてデビューする。当時は桑名正博の前座としても活動していた。バンド解散後、役者に転向。転向後は浅野ゆう子らとともにトレンディドラマに出演して顔が知られる。その後は途切れることなく多くの映画やテレビドラマに出演し続けている。上京のきっかけは『ザ・ベストテン』で同郷の先輩である大川栄策がタン [続きを読む]
  • 永井真理子(ミラクル・ガール)
  • 永井真理子静岡県御殿場市出身のミュージシャン・歌手永井の実家は静岡県御殿場市で美容室を営んでいたが、父が病気であったことや家庭を思い美容室を継ぐか迷っていた。しかし母により、広い世界を見てそれから自身の人生を選択するように助言され、子供が好きなこともあり、まずは保育士を目指して大学進学とともに上京する。都内での暮らしは楽なものではなかったが、自身には夢があり、そのような暮らしは苦にならなかったとい [続きを読む]
  • グラシェラ・スサーナ(サバの女王)
  • グラシェラ・スサーナGRACIELA SUSANAはアルゼンチン出身の歌手、ギタリスト。菅原洋一により見出され、1971年11月に初来日し、1970年代にヒットした。「クリスティーナとウーゴ」のクリスティーナ・アンプロシオの2才下の妹群馬県高崎市の事務所に所属し、現在も歌い続けている。かなりの日本びいきで長男や長女にも大の日本好きと思われるような名前をつけた幼い時からギターに関心を持ち、アンヘル・パラシオ、アルノルド・ピ [続きを読む]
  • 相川恵里(純愛カウントダウン)
  • 相川恵里長崎県長崎市出身の元アイドル歌手・女優1987年、第2回『ロッテ CMアイドルはキミだ!』に応募しグランプリを獲得した。同コンテストの準優勝者は島崎和歌子であった。1988年、シングル『純愛カウントダウン』でアイドル歌手デビュー。同年暮れ、セカンドシングル『ABコンプレックス』で第30回日本レコード大賞・新人賞を受賞した。1988年から放送を開始したドラマ『さすらい刑事旅情編』には、7シリーズ全てに三浦洋一の妹 [続きを読む]
  • 小室等(お早うの朝)
  • 小室等東京都葛飾区出身のフォークシンガーで、PPMフォロワーズ、六文銭のリーダー。フォーライフ・レコード初代社長。PPMフォロワーズ多摩美術大学在籍中に結成。1967年に唯一のアルバム『オリジナル・フォーク 君はある日』をリリース。六文銭初期:主なメンバーに、 岩沢幸矢、石川鷹彦、入川捷、小室のり子がいた。バンド名は「四谷3丁目で目に付いた居酒屋の名」を採ったと岩沢幸矢が書いている。新六文銭よしだたくろう、柳 [続きを読む]
  • GO-BANG'S(あいにきて I・NEED・YOU!)
  • GO-BANG'Sゴーバンズは、1980年代後期から1990年代初期にかけて活動したロックバンド。メンバー全員が北海道出身のガールズバンド。一時期ギタリストが所属していた頃もあったが、メジャーデビュー時には森若、谷島、斉藤の3人編成となっていた。バンド名は、陣内孝則がボーカルのバンド「ザ・ロッカーズ」のファンだった森若が、ザ・ロッカーズの楽曲「バチラスボンブ(細菌爆弾)」の中に出てくる「Go-Bang」という歌詞から採っ [続きを読む]
  • CoCo(EQUALロマンス)
  • CoCoココは、1989年、フジテレビのテレビ番組『パラダイスGoGo!!』内の乙女塾から誕生した、女性アイドルグループである。当初メンバーは5人だったが、1992年に瀬能あづさが脱退し、その後は4人で活動を続け、1994年に解散。メンバー宮前真樹、羽田惠理香、大野幹代、三浦理恵子、瀬能あづさCoCoにはリーダーがいなかったが、年長者の宮前と羽田がそれぞれリーダー的役割を果たしていた。コンサート等での司会進行は主に2人が担当 [続きを読む]
  • 風(ささやかなこの人生)
  • ささやかなこの人生1976年6月25日発売の、風の3枚目のシングル作詞・作曲:伊勢正三 オリコン16位累計売り上げは約21万枚風のオリジナル・アルバムには収録されず、ベスト盤(シングルコレクション)、および各種コンピレーション・アルバムに収録されている。wikipediaこの曲は、覚えています16位だったんですね、風はベストテンに入ったのが「22才の別れ」だけですので、この曲が2番目にヒットした曲になります。いい曲だと思いま [続きを読む]
  • 小川範子(涙をたばねて)
  • 小川範子東京都立川市出身の女優・歌手6歳の頃、オムニバス写真集『Little Angels 少女の詩』撮影の為に劇団・東京宝映に所属し、本名の谷本重美の名で子役として活動。1987年放送のテレビドラマ『魔夏少女』から、芸名を本名から「小川範子」に変更している。『3年B組金八先生』の特別編『3年B組金八先生スペシャル6 新・十五歳の母』にも、妊娠する中学生役で出演。歌手デビューして初めて歌った舞台が早稲田祭だという彼女はそ [続きを読む]
  • 立花理佐(大人はわかってくれない)
  • 立花理佐大阪府大阪市西成区出身の歌手、女優、タレント小さい頃から芸能界に憧れ、タレント養成所ジャパン・アーチスト・オフィスに入所しレッスンを積み、1986年、『第1回 ロッテ CMアイドルはキミだ!コンテスト』でグランプリを獲得。白石まるみが1982年に発売したデビュー曲「オリオン座の向こう」(作詞:呉田軽穂、作曲・編曲:松任谷正隆)をカバーしてデビューする予定で準備を進めていた。立花のもとにTBS系連続ドラマ『 [続きを読む]
  • UNICORN(大迷惑)
  • UNICORNユニコーンは、1986年に結成したロックバンド1986年3月、川西、手島が中心となって「ユニコーン」を結成。手島が、ライブハウスの演奏で目をつけていたEBI(堀内)を勧誘し加入。2度の勧誘を経て最後に奥田が加入。12月、CBSソニーオーディション決勝にて合格。1987年10月21日、1stアルバム『BOOM』でデビュー。バンド名は、イギリスのロックバンドT・レックスのアルバム『ユニコーン』に由来している。「バンドブーム」の中 [続きを読む]
  • 南沙織(人恋しくて)
  • 人恋しくて1975年8月1日発売の南沙織通算16枚目のシングルカヴァー・ソングを除いたシングル曲では、初めて「有馬三恵子・筒美京平コンビ」を離れてリリースされた作品である。作詞は、1960年代に西野バレエ団で活躍した江美早苗として知られた中里綴、作曲は、翌1976年2月26日に発売されたソロデビューシングル「春うらら」をヒットさせることになる田山雅充である。オリコンの週間ヒットチャートでベストテン入りを果たし、年末 [続きを読む]
  • ガロ(ロマンス)
  • ロマンス1973年8月25日発売のGARO(ガロ)のシングル作詞: 山上路夫・作曲: 堀内護堀内護のアイデアで演奏にマンドリンを使用している。オリコンチャート最高3位、28万枚以上を売り上げた。1973年度第15回日本レコード大賞で大衆賞を受賞した。wikipedia1973年はガロが大人気の年でした。ヒット曲を連発してました。この曲も3位といい曲ですねガロが歌っている動画はありませんでした。曲をお楽しみください。良い曲だと思った人は [続きを読む]
  • 田山雅充(春うらら)
  • 田山雅充東京都目黒区生まれのフォークシンガー幼少時代、テレビドラマに子役で出演。若い頃、新しいドラムセットが欲しくて(賞金目当てで)、浜口庫之助が審査員を務めるテレビの「素人のど自慢番組」に出演。自作の曲をギターの弾き語りで歌って3週勝ち抜き、賞金を獲得した。それが縁となり浜口に師事、作曲を学ぶ。その間、浜口が手がけたにしきのあきららに作品も提供した。後に作詞家・千家和也の事務所に招かれ、演歌の作 [続きを読む]
  • 小坂恭子(想い出まくら)
  • 小坂恭子宮崎県日南市出身のシンガーソングライター 1973年に、第5回ヤマハポピュラーソングコンテストにて「私の好きな組み合わせ」で最優秀歌唱賞を受賞。1974年の第7回のポプコンにて「恋のささやき」にてグランプリに輝き、メジャーデビュー。想い出まくら1975年に、リリースした小坂恭子のシングル作詞・作曲:小坂恭子130万枚(オリコンでは85万枚)を超える大ヒットとなった小坂恭子の代表曲wikipediaこの歌は曲もいいです [続きを読む]