たかし さん プロフィール

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たかしさん: 新・栄光への架け橋
ハンドル名たかし さん
ブログタイトル新・栄光への架け橋
ブログURLhttp://newkakehashi.blog.fc2.com/
サイト紹介文歴史、古典文学、花壇づくりなどについて、書いています。お花の苗や種なども販売しております。
自由文日本の歴史と伝統文化を守り、日本本来の姿を取り戻したいと、考えています。そのためには、真の歴史を伝え、古典文学や昔懐かしい音楽などから日本人の精神を呼びさまし、微力ながら少しでも、より良き社会に出来るように、日々発信していきたいと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供295回 / 319日(平均6.5回/週) - 参加 2016/05/11 13:31

たかし さんのブログ記事

  • 桜始開
  • 皇紀2677丁酉年2月28日平成29丁酉年3月25日仲 春・春 分・桜始開どうも(^^)/いつもご覧いただきありがとうございます!西暦3月25日から3月29日まで七十二候(第11候)では「桜始開(さくらはじめてひらく)」で「桜が咲きはじめる時期」とされています。家の庭、盆栽の桜の蕾も膨らみ始めました。 [続きを読む]
  • 徒然草・第56段…久しく隔りて逢ひたる人の
  • 皇紀2677丁酉年2月28日平成29丁酉年3月25日仲 春・春 分・桜始開※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段は、他人との交際についての批評が論じられている。これについて多少なりとも自覚的に行うものにとっては、いちいち頷ける内容になっているであろう。羞恥心の欠如・無遠慮・粗野な自己主張など、わが身を振り返らされる段となっている。【本文】 久しく隔(へだた)りて逢ひたる人の、 [続きを読む]
  • MRTM
  • 皇紀2677丁酉年2月27日平成29丁酉年3月24日仲 春・春 分・雀始巣まいどぉ(^^)/いつもご覧いただきありがとうございます!籠池のおっちゃん、がんばれ〜!!! [続きを読む]
  • 伊勢物語・第79段…千尋ある影を
  • 皇紀2677丁酉年2月27日平成29丁酉年3月24日仲 春・春 分・雀始巣在原氏が不遇の時代、新しい皇子が誕生した。その皇子に一族の繁栄を託す気持ちを詠んだ歌物語。【本文】昔、氏(うぢ)のなかに親王(みこ)うまれ給へりけり。御産屋(うぶや)に人々歌よみけり。御祖父(おほぢ)がたなりける翁のよめる、 わが門(かど)に 千尋(ちひろ)ある影を うゑつれば 夏冬(なつふゆ)たれか 隠れざるべきこれは貞数(さだかず) [続きを読む]
  • 徒然草・第55段…家の作りやうは
  • 皇紀2677丁酉年2月25日平成29丁酉年3月22日仲 春・春 分・雀始巣※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段は、風情のあるなしではなく、住みやすさや便・不便といった生活面から住居について述べている。コンクリートに囲まれた密閉空間で、暑い暑いと言って、冷房に頼る生活よりも、日本人が昔から過ごしてきた「家」あるいは「建物」というものを見直す一助にしたい段であると思う。【本文】 [続きを読む]
  • 雀始巣
  • 皇紀2677丁酉年2月23日平成29丁酉年3月20日春分の日仲 春・春 分・雀始巣どうも(^^)/いつもご覧いただきありがとうございます!七十二候(第10候)では西暦3月20日から3月24日まで「雀始巣(すずめはじめてすくう)」で「雀が巣を作り始める時期」とされています。 [続きを読む]
  • 伊勢物語・第78段…あかねども
  • 皇紀2677丁酉年2月23日平成29丁酉年3月20日春分の日仲 春・春 分・雀始巣前段(第77段)に引き続き、安祥寺において取り行われた多賀幾子の法要の時の出来事を、その兄弟の常行と右馬頭の友情と面白みのある歌で物語っている。【本文】昔、多賀幾子(たかきこ)と申す女御(にようご)おはしましけり。うせ給ひて七七日(なななぬか)のみわざ安祥寺にてしけり。右大将藤原の常行といふ人いまそがりけり。そのみわざにまうで給ひ [続きを読む]
  • 徒然草・第54段…御室にいみじき児の(2)
  • 皇紀2677丁酉年2月21日平成29丁酉年3月18日仲 春・啓 蟄・菜虫化蝶※この記事は過去に更新したものです。 この記事は過去に更新したものです。今回は、後半部分になっています。稚児をうまく誘い出すことができた法師たちは、いよいよ計画の佳境に入って行きます。【本文】 うれしと思ひて、ここ・かしこ遊び廻(めぐ)りて、ありつる苔のむしろに並(な)み居(ゐ)て、「いたうこそごうしにたれ」、「あはれ、紅葉を焼(た) [続きを読む]
  • 徒然草・第54段…御室にいみじき児の(1)
  • 皇紀2677丁酉年2月21日平成29丁酉年3月18日仲 春・啓 蟄・菜虫化蝶※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。前段(第53段)に引き続いて、稚児への好意が原因となって失敗する法師たちのお話です。でも、今回は前回のようなに悪ふざけをするような法師たちではなくて、知的な感じのする法師たちです。稚児もいい所のおぼっちゃまのような感じなので、法師たちの趣向の凝らし方も、知的さを感じさせま [続きを読む]
  • 菜虫化蝶
  • 皇紀2677丁酉年2月18日平成29丁酉年3月15日仲 春・啓 蟄・菜虫化蝶どうも(^^)/いつもご覧いただきありがとうございます!七十二候(第9候)では、西暦3月15日から19日まで「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」で「青虫が羽化して蝶になる時期」とされています。 [続きを読む]
  • 伊勢物語・第77段…春の別れを
  • 皇紀2677丁酉年2月18日平成29丁酉年3月15日仲 春・啓 蟄・菜虫化蝶「法要」を題として詠んだ歌。【本文】昔、田邑(たむら)の帝と申すみかどおはしましけり。その時の女御(にようご)多賀幾子(たかきこ)と申すみまそがりけり。それうせたまひて安祥寺にてみわざしけり。人々捧げもの奉(たてまつり)りけり。奉りあつめたる物千捧(ちささげ)ばかりあり。そこばくの捧げ物を木の枝につけて堂の前にたてたれば、山もさらに堂 [続きを読む]
  • 徒然草・第53段…これも仁和寺の法師(3)
  • 皇紀2677丁酉年2月17日平成29丁酉年3月14日仲 春・啓 蟄・桃始笑※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。今回はこの話の最終回です。近親者も呼び集められたこの法師は、鼎を脱ぐことは出来るのだろうか。果たして法師の運命は…。※残酷な描写が出てきます。【本文】 かかるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ耳鼻(みみはな)こそ切れ失(う)すとも、命ばかりはなどか生きざらん。ただ、力を立 [続きを読む]
  • 徒然草・第53段…これも仁和寺の法師(2)
  • 皇紀2677丁酉年2月17日平成29丁酉年3月14日仲 春・啓 蟄・桃始笑※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。三脚の鼎(かなえ)をかぶって、鬼に扮した法師。腹を抱えて笑い転げる法師たち。そんな座興の頂点は、一転して事故になってしまう。鼎が抜けなくなってしまったのだ!【本文】 しばしかなでて後(のち)、抜かんとするに、大方(おほかた)抜かれず。酒宴ことさめて、いかがはせんと惑ひけり [続きを読む]
  • 徒然草・第53段…これも仁和寺の法師(1)
  • 皇紀2677丁酉年2月17日平成29丁酉年3月14日仲 春・啓 蟄・桃始笑※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段も仁和寺の法師の話ですが、少し長いので三回に分けさせていただきました。これは、法師たちがある酒宴を催した時の失敗談ですが、寺院にあるまじき風紀の乱れを思わせます。ところが、誰もとがめる者がおらず、酔狂は頂点に達してしまいます。【本文】 これも仁和寺の法師、童(わらは [続きを読む]
  • 伊勢物語・第76段…大原や
  • 皇紀2677丁酉年2月16日平成29丁酉年3月13日仲 春・啓 蟄・桃始笑男が昔を懐かしみ詠んだ歌。【本文】昔、二条の后のまだ春宮(とうぐう)の御息所(みやすんどころ)と申しける時、氏神にまうで給ひけるに、近衛府(このゑづかさ)にさぶらひける翁(おきな)、人々の禄(ろく)たまはるついでに御車よりたまはりて、よみて奉りける、 大原や 小塩(をしほ)の山も けふこそは 神世のことも 思ひ出(い)づらめとて心にもか [続きを読む]
  • 徒然草・第52段…仁和寺にある法師
  • 皇紀2677丁酉年2月15日平成29丁酉年3月12日仲 春・啓 蟄・桃始笑※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段は、学校の教科書にも載っていて、馴染みのあるお話だと思う。宿願だった石清水詣でが中途半端な形で終わる、ある法師の話です。ひとりよがりでは目的を果しえないことを示している。【本文】 仁和寺にある法師、年寄るまで石清水(いはしみづ)を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時 [続きを読む]
  • 伊勢物語・第75段…大淀の
  • 皇紀2677丁酉年2月14日平成29丁酉年3月11日仲 春・啓 蟄・桃始笑京にいる男女の間で交わされた歌物語。【本文】昔、男「伊勢の国に率(ゐ)ていきてあらむ」といひければ、女、 大淀の 浜に生(お)ふてふ みるからに 心はなぎぬ 語らはねどもといひて、ましてつれなかりければ、男、 袖ぬれて 海人(あま)の刈りほす わたつうみの みるをあふにて やまむとやする女、 岩間(いわま)より 生ふるみるめし つれなく [続きを読む]
  • 徒然草・第51段…亀山殿の御池に
  • 皇紀2677丁酉年2月12日平成29丁酉年3月9日仲 春・啓 蟄・蟄虫啓戸※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段は、水車の専門家の知恵を語る段とされている。しかし後にも述べるが、宇治の人々だけではなくて、大井の人々もこれに精通していたという。するとこの逸話は、「その道を知れる者」への深い敬意を示しているが、ここに登場する「銭」と、それによって工事に励む里人たちの様子は、貨幣 [続きを読む]
  • 伊勢物語・第74段…岩ねふみ
  • 皇紀2677丁酉年2月10日平成29丁酉年3月7日仲 春・啓 蟄・蟄虫啓戸男が女との関係を大きな岩がそびえる深く険しい山に喩えて、逢いがたい日々を嘆く歌物語。【本文】昔、男、女をいたう恨みて、 岩ねふみ 重なる山に あらねども 逢うはぬ日おほく 恋ひわたるかな岩ね:「岩が根」のことで、岩の根元。大地に固定した大きな岩。土から盛り上がったような大きなどっしりとした岩。【現代語訳】昔、ある男が、女をとても恨んで [続きを読む]
  • 徒然草・第50段…応長の比、伊勢国より
  • 皇紀2677丁酉年2月9日平成29丁酉年3月6日仲 春・啓 蟄・蟄虫啓戸まいどぉ(^^)/いつも見に来てくれて、おおきにぃ。※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段は、都人をしばらくの間興奮させた、鬼女の噂を回想したものです。乱世の前夜の世相をしのばせる興味深い話となっていて、流言飛語によって右往左往する人々の姿は、現在の私たちにも共感できるものだと思う。一方で、当時の人々は世の [続きを読む]
  • 伊勢物語・第73段…目には見て
  • 皇紀2677丁酉年2月8日平成29丁酉年3月5日仲 春・啓 蟄・蟄虫啓戸「きっとどこかにいるはずなのだが、それがどこかはわからない。あなたはどこでどうして過ごしているのだろうか…」そんな手に届きそうで決して届かない、もどかしい気持ちを歌に込める。【本文】昔、そこにはありと聞けど消息(せうそこ)をだにいふべくもあらぬ女にあたりを思ひける、 目には見て 手にはとられぬ 月のうちの 桂のごとき 君にぞありける「そ [続きを読む]
  • 蟄虫啓戸
  • 皇紀2677丁酉年2月8日平成29丁酉年3月5日仲 春・啓 蟄・蟄虫啓戸どうも(^^)/いつもご覧いただきありがとうございます!今日は二十四節気の「啓蟄」。『暦便覧』によると「陽気地中に動き、ちぢまる虫、穴をひらき出でればなり」とあります。そして、今日から3月9日までは七十二候(第7候)の「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」で「地中の虫が外に這い出す時期」とされています。この「虫」。昔は蛙や蛇、蜥蜴なども含まれて [続きを読む]
  • 徒然草・第49段…老来りて、始めて道を行ぜん
  • 皇紀2677丁酉年2月7日平成29丁酉年3月4日初 春・雨 水・草木萌動※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段の内容は、「人はただ、死が迫っていることを、心にしっかり持って、わずかの間も忘れてはならない」というものです。【本文】老(おい)来(きた)りて、始めて道を行(ぎやう)ぜんと待つことなかれ。古き墳(つか)、多くはこれ少年(せうねん)の人なり。はからざるに病(やまひ)を [続きを読む]
  • 伊勢物語・第72段…大淀の松は
  • 皇紀2677丁酉年2月6日平成29丁酉年3月3日ひな祭り初 春・雨 水・草木萌動浜辺に立つ松と女、海岸に打ち寄せる波と男。それぞれをそれぞれに喩えた巧みな歌。【本文】昔、男伊勢の国なりける女またえ逢はで、隣の国へいくとて、いみじう恨みければ、女、 大淀の 松はつらくも あらなくに うらみてのみも かへるなみ哉(かな)「なりける」…「にありける」(=に住んでいた)の意。「またえ逢はで」…一度は逢ったけれど、再 [続きを読む]
  • 徒然草・第48段…光親卿、院の最勝講奉行して
  • 皇紀2677丁酉年2月5日平成29丁酉年3月2日初 春・雨 水・草木萌動※この記事は過去に更新したものです。 記事の内容は当時のママです。この段の登場人物は、光親と後鳥羽院という数少ない知識人で、何かいわれがありそうな話になっています。【本文】 光親卿(みつちかの きやう)、院の最勝講奉行(さいしようかう ぶぎやう)してさぶらいひけるを、御前(ごぜん)へ召されて、供御(ぐご)を出だされて食(く)はせられけり。 [続きを読む]