よなたん さん プロフィール

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よなたんさん: いちじくの木の下で
ハンドル名よなたん さん
ブログタイトルいちじくの木の下で
ブログURLhttp://blogs.yahoo.co.jp/under_the_figtree
サイト紹介文聖書を読んで感じたことを書いています。興味を持った方は順に読んでみてください
自由文10年も毎日読み続けるなんてよっぽど聖書が好きなんでしょうね。だいたい1章読むのに2時間は必要です。なお、聖書は新共同訳を使っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供346回 / 314日(平均7.7回/週) - 参加 2016/05/14 11:16

よなたん さんのブログ記事

  • 18継続する①
  • 8日間、黙想について考えてみましたが、「働くこと」に戻りましょう。先週ルカ14章28節で「計画する」ことを考えてみたのですが、計画だけでは何も実りません。実行が伴わないといけないのです。先週もその話には触れているのですが、もう一度考えてみましょう。何かを始めようと思った時、精一杯背伸びした目標値を作っていないでしょうか。人にはできない目標を立てて、人に「さすが!!」と思わせたいような気持が働いていたり、 [続きを読む]
  • 6黙想について
  • 黙想は沈黙の内に過ごします。そこには意味がありました。自分から発することを止め、自分の内面に語りかけて自分の本質を明らかにしていく作業なのです。ただ自分の内面を知るということではなく、神さまとの関わりを知るために自分の内面の奥深くを探索していきます。そのために静寂な場を用意し、霊的指導者の力を借り、聖書のみ言葉に触れて、探索のための時間を十分にとるという方法をとるのです。英神父のところで、イグナチ [続きを読む]
  • ヘンリ・ナウエン神父のこと
  • 1932年、オランダ生まれ。カトリックの司祭なのですが、イェール大学、ハーバード大学で実践神学の教授として活躍されていました。スピリチュアリティに関する概念において鋭い洞察が高く評価されている神父さまなので、いつも本を読むたびに訴えかけられるものがあるように思います。ところが1985年大学教授を辞職し、カナダのトロントにあるラルシュ共同体で知的ハンディを持つ人々と暮らし始めます。「わが家への道」、「アダム [続きを読む]
  • 5心の奥の愛の声
  • ヘンリ・ナウエンという神父さまが書かれた「心の奥の愛の声」という本があります。この本は翻訳の問題で少々読みにくかったのですが(個人の感想です)、ナウエン神父が自分自身の心の奥底を探検するという様子がよくわかるような気がするので、ほんのすこしだけですが、内容を紹介してみようと思います。 心の中にあいている深い穴のまわりでわたしは苦しんでいます。しかしその苦しみを理解してくれる人はほとんどいません [続きを読む]
  • 4レクチオディビナ −もう少し具体的に
  • レクチオ・ディヴィナはなかなか難しそうですね。もう少し具体的に説明してみることにします。まず参考にしたのは、「目からウロコ 聖書の読み方 レクチオ・ディヴィナ入門」 女子パウロ会 750円+税 です。書かれたのは、来住英俊(きしひでとし)神父【御受難修道会司祭・祈りの学校校長】です。80ページくらいの薄い本なので、気軽に読める本だと思います。 さて、来住神父が善きサマリア人の箇所を例題にして書いて [続きを読む]
  • 4レクチオ・ディヴィナ
  • 昨日「詩編で祈る」という本を紹介しましたが、べつに詩編である必要はなさそうです。詩編は祈りそのものなので祈るために詩編を使うことは理に適っています。ただ自分の心を掘り下げて祈るのであれば福音書でも、モーセ五書でもパウロ書簡でも預言書でもいいじゃないかと思えます。自分の思いを神さまに伝えるというところを主眼におき、そのきっかけとして聖書を使うということであれば、なんでもいいはずです。神さまとの関係を [続きを読む]
  • 3詩編で祈る
  • 来住神父もまた、祈りを通して神さまと語り合う方法を教えてくださっています。「詩編で祈る」という本の中では「神と語り合う」というタイトルで始めており、神さまと語ることの大切さを教えています。来住神父のイメージは自分自身と神さまとの間に造られた水路を循環させるようなイメージです。ただ表面的に水路を作って水を流せばよいのかというとそういうわけでもなく、自分の思いを注ぎ出して神さまに伝えなければなりません [続きを読む]
  • 2祈りのてほどき
  • 英神父が書かれた「祈りのてほどき」というサイトがあります。参考になると思いますので、興味がある方はサイトでじっくり読んでみてください。簡単に紹介しておきます。http://hanafusa-fukuin.com/inori/第3回では黙想について説明されています。黙想の中で、最初に心がけることは、自分が神から愛されていることに気づくことであり、神の愛を味わうために、黙想するのです。神さまから愛された体験を思い起こし、その恵みを恵み [続きを読む]
  • 1黙想会②
  • 黙想会では基本、沈黙を守ります。食事の時も沈黙です。自分から発する行為をストップしてしまいます。外界を遮断し、自分の心の中に集中して、自分自身の心の中奥深くを探検するのです。自分の心のことなので、自分はよくわかっていると思いがちなのですが、心の構造はそれほど単純ではないようです。一つひとつ見ていくと矛盾した想いが登場します。見たくないものもあります。消してしまいたい想い、書き直したい想いなどが次々 [続きを読む]
  • 黙想会
  • 先日「黙想」について考えを聞かせてほしいというリクエストがありました。何度か黙想会には出席しましたが、たしかにちゃんと考えたことのないテーマかもしれません。そこで考えたことを書き綴ってみたいと思います。かなり長い文章になってしまいましたので、1週間順を追って一緒に考えて行きましょう。黙想とは文字通り黙って想うことなのですが、なぜしゃべらずに黙っている必要があるのでしょう。口を開かないことで、何か良 [続きを読む]
  • 35イスカリオテのユダ③
  • しかし、それは予想外の結末を招きました。イエスはみんなの前で力を示し、全員をひれ伏させるであろうと思っていたのに、ユダの予想に反してイエスは何もしません。黙って鞭で打たれ、痛みに耐えています。ポンティオ・ピラトが諦めてユダヤ人に引き渡すまでユダはじっと様子を見ていたでしょう。今こそ力を見せつける時だと思いながら様子を見ていたはずです。しかし、イエスさまはとうとう死刑の宣告を受けてしまいました。ユダ [続きを読む]
  • 35イスカリオテのユダ②
  • ユダはイエスの奇跡を何度も見てきました。言葉で聞いてもなかなか信じることはできませんが、目の前で見ると信じないわけにはいきません。この奇跡が神の力でなくてなんだというのでしょう。イエスといる間、ユダはずっと考えていました。いったいいつになったらこの人は世界の王になるのだろう。わたしはいつになったら権力者になれるのだろう。もしこの人にその気がないのなら、そう仕向ければ良いだけだ。今反対している祭司長 [続きを読む]
  • 35イスカリオテのユダ
  • イスカリオテのユダはイエスさまを祭司長に引き渡しました。引き渡すためには罪状が必要です。「イエスは自分のことを『神の子であり、メシアである』と言っていました」と言って、イエスさまを引き渡したのでしょう。でもユダはイエスがすぐに釈放されると思っていました。まさか有罪の判決が下され死刑になるとは思いもしませんでした。有罪の判決が下ったのを知って後悔したのです。受け取った銀貨を祭司長たちに返そうとさえし [続きを読む]
  • 34利用されたユダ③
  • ただ、イエスは自分自身を「神の子」だと名乗っています。神の名を言うことも許されないユダヤの民にとって、自分が神だということは重大な律法違反です。しかし、民はイエスを神から遣わされた者だと信じています。民衆の前で逮捕しようとしても、民衆は反論するでしょう。民衆のいないところで、イエスに自分が神だと言わせられれば、逮捕できるでしょうが、いつでもイエスの周りには民が集まっています。民衆の中で訴えてくれる [続きを読む]
  • 34利用されたユダ②
  • ユダヤに住む民衆は皆このことを知っています。ファリサイ派や律法学者の人たちは難しいことを言うばかりで民衆は大変な思いをするのですが、イエスの教えは人間を大切にするものだと思えたのです。そうなると律法学者やファリサイ派、ユダヤの議員たちは自分の地位が危ないと思うようになりました。イエスひとりがいることで、自分たちは誰からも尊敬されなくなってしまうのです。民衆に「律法にはこう書いてある」と教えても、「 [続きを読む]
  • 34利用されたユダ①
  • 3月に入り、四旬節に入りました。復活祭の前の期間に入ったこともあり、一度イスカリオテのユダについて考えておくことにしたいと思います。聖書の人々34話と35話としてユダの話をすることにします。ユダの行動は不可解です。ユダの性格はわかりませんし、何に執着していたのかもわかりませんが、あとの行動を見ると、大きな誤算があったようにも思えます。そうすると単なる裏切り者ではないような気がしてきます。どんな書物を読 [続きを読む]
  • 計画する Annex②
  • そうして明らかになってきた姿を実現するために、今の自分はどうなのかを理解し、そこに近づくために一体何をしないといけないのかを考える必要があります。たとえば、「今日、関わった人のために祈りたい」と考えたとすると、祈る時間をとらねばなりません。100人の人に出会って、一人につき1分ずつ祈ることにしても2時間ぐらい必要です。話しかけるのであれば、一人当たりにかける時間はさらに必要です。施しをするのであれば、 [続きを読む]
  • 計画する Annex
  • 17話は一応終わりましたが、もう少し具体的に書いてみましょう.。イエスさまの弟子になりたいと言って、洗礼を受けることは簡単かも知れませんが、イエスさまの弟子になったあと、自分がどうなりたいのかちゃんと考える必要がありそうです。「イエスさまのようになりたい」では目標になっていません。「イエスさまのようにどんな人に対してもやさしい人になりたい」とか「イエスさまのように誰でも力づけられる人になりたい」とか [続きを読む]
  • 17計画する④
  • この例えの終わりにイエスは、「だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」と結んでいます。塔を建てたり、戦ったりするのはなんとなく想像がつくのですが、イエスの弟子になった後にどういう道のりが待っているのかは正直分かりません。だからといって、とりあえずイエスの弟子になってから考えようというわけにはいかないのです。まず、イエスの弟子にな [続きを読む]
  • 17計画する③
  • 「どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。」と言われます。単純に考えれば、一人の兵士が二人と戦って勝つ必要があります。兵士全員が屈強揃いで、全員がどんな兵士三、四人と戦っても勝てるというのなら、真っ向勝負すれば良いのですが、それはありえない話です。それならどうやって徐々に相 [続きを読む]
  • 計画する 〜おまけ〜
  • 「計画を立てる」というタイトルで書いては見たのですが、「計画」という言葉が与える印象が悪いのかもしれません。段取りとかレシピというとすこし印象が違と思うかもしれませんが、間違いなくこれらも計画の一つです。野菜炒めを作るという目標を持ってみると、何を入れるのかを決め、具材の大きさや量を決め、炒める順番を決めて、食べる人のことを考えて出来上がる時間まで考えて作ることになります。主婦の方はそんな難しいこ [続きを読む]
  • 17計画する②
  • 塔を建てようとするときには、まず何のために塔を建てるのかを決めないといけません。塔の上には何が乗るのでしょうか。旗のような軽いものをつけておくだけなのか、水のようなものをためておいたりするのか、もしくは人間が昇るのか。考えないといけません。そして、人間がのぼるのなら上るための仕組みも考えないといけないでしょう。高さも決めないといけません。高い塔を建てるのであれば、上から下まで同じ面積で建てることは [続きを読む]
  • 17計画する①
  • 「あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。」とイエスは言われるのですが、実際には綿密な準備をしないまま着手してしまうことの方が多いのです。いろいろと経験があれば、その経験に基づいて「この部分の手順はこうなる」とか「ここの作業をする時はこういうことに注意しないといけない」とか言えるのですが、初めてすることに対しては想 [続きを読む]
  • 16心に語りかけてください④
  • 上に立つリーダーの判断は重たいものです。そして、リーダーの態度もまた部下に与える影響は大きいのです。部下に信頼してもらうためには「心で語りかける」ことが必要です。どんなに高圧的に命令しても部下は反発するだけです。どんなに威圧的に脅しても、部下は実行しなくてよい口実を探しています。ちゃんと部下に働いてもらうためには部下の「心に語りかける」ことが必要なのです。表面的な態度はすぐに見抜かれてしまいます。 [続きを読む]
  • 16心に語りかけてください③
  • ダビデの迷いは上に立つ者の態度としては、最悪です。二つの背反する事柄を同時に満たすようにと命令しているのです。しかもその二つの命令は口でははっきり言わず、態度で示すだけに留まっています。家臣の信頼を失おうとしている王が信頼を取り戻す方法があるとしたら、「心に語りかけ」ることなのです。自分のことを考えて行動してくれた家臣をねぎらうしか方法はありません。ここで、「なんということをしたのだ」と怒りを表せ [続きを読む]