よなたん さん プロフィール

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よなたんさん: いちじくの木の下で
ハンドル名よなたん さん
ブログタイトルいちじくの木の下で
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/under_the_figtree
サイト紹介文聖書を読んで感じたことを書いています。興味を持った方は順に読んでみてください
自由文10年も毎日読み続けるなんてよっぽど聖書が好きなんでしょうね。だいたい1章読むのに2時間は必要です。なお、聖書は新共同訳を使っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供407回 / 365日(平均7.8回/週) - 参加 2016/05/14 11:16

よなたん さんのブログ記事

  • 16オナンの罪②
  • <オナンになったつもりで考えています>兄嫁のタマルに子どもが産まれなければ、ユダの財産はすべてわたしが相続するのです。しかし、わたしが兄嫁タマルに子どもを産ませると、ユダの財産は私にはまったく渡されず、すべてその子どものところにいくのです。いくら考えてみても理不尽でしかありません。タマルが子どもを産まなければいいのですが、そんなことができるのでしょうか。わたしは今夜タマルと床を共にしなければなりま [続きを読む]
  • 16オナンの罪①
  • 創世記38章では、つい、ユダとタマルの関係ばかりを考えてしまうのですが、今回、息子の一人を取り上げてみます。オナンです。わたしたちにはオナンのしていることがそれほど悪いこととは思えないのですが、神はオナンを厳しく罰します。オナンが何を考えていたのか、オナンになったつもりで考えてみたいと思います。◆◆◆兄のエルが死んだとき、本来ならユダの財産はわたしが引き継ぐことになっていたはずです。しかし父はわたし [続きを読む]
  • ユダの手紙
  • 直近3回で、「カイン」と「コラ」と「バラム」のことを取り上げました。わたしはこの3つの話をなんとなく取り上げたのですが、後になってこの3つが「ユダの手紙」で罪人として取り上げられていることに気づきました。新約聖書の26番目、短い「ユダの手紙」ってあまり読まないし、読んでも結構流し読みになってしまっていたかもしれません。ユダは手紙の中で彼らは「カインの道」をたどり、金もうけのために「バラムの迷い」に陥り [続きを読む]
  • 15バラムの迷い④
  • 翌朝、彼らに「共に行きましょう」と伝えて支度を始めました。出発したのですが、ろばが言うことを聞きません。使いの者たちはとうに先に行ってしまいました。鞭で打っても、杖で打っても言うことを聞かずとうとうろばはうずくまってしまいました。これから大事な仕事があると言うのになんということかと思いながら、このろばをどうしようか悩んでいました。このろばを捨ててしまってもモアブの王はもっとよいろばを用意してくれる [続きを読む]
  • 15バラムの迷い③
  • 数日して、バラクのもとから再び使者がやってきました。前回来られた人々も威厳がありましたが、今回来られた人々は身なりも立派です。持ってきた礼物も前回の3倍はあるでしょうか。今後は私を優遇してくれると約束してくれています。小さな家に住むこともないし、家事を自分でする必要もなくなりそうです。口では「たとえバラクが、家に満ちる金銀を贈ってくれても、わたしの神、主の言葉に逆らうことは、事の大小を問わず何もで [続きを読む]
  • 15バラムの迷い②
  • その晩、神さまに尋ねましたが、予想に反し神さまの声はいつにもまして厳しい口調でした。「あなたは彼らと一緒に行ってはならない。」と神さまが言われたとき、せっかく来てくれた彼らにわたしはどのように伝えたらよいのだろうか。持ってきた礼物はどうしたらよいのだろうか。彼らは怒りだしたりしないだろうか。モアブ王が怒ってわたしを殺しにくるようなことにはならないだろうか。いろいろと考えを巡らし、床についても心の迷 [続きを読む]
  • 15バラムの迷い①
  • 民数記22章です。バラムとバラクと二人の似た名前の人物が登場します。バラクはモアブの王、バラムは預言者です。バラムは何かを迷っていました。その迷いを神さまにとがめられたのです。このときのバラムの行動を少し追いかけてみましょう。ある日の晩、モアブの王ツィボルの子バラクの使いと名乗る者たちがたくさんの礼物を持ってやってきました。彼らが持ってきたものは見たこともないような宝飾品や、食べたことのない食べ物ば [続きを読む]
  • 14コラの反逆④
  • もうすこしだけ考えてみましょう。なぜ上に立ちたがるのでしょうか。上に立つとそんなにいいことがあるのでしょうか。人の上に立つということは人の人生に対して責任を持つということだと思うのですが、上に立った人はそうではなく、部下が上に立った人のために責任を持って働くのだとそう思っているのではないでしょうか。上に立つことは神の御心によるものだと思いますが、その時には陰府の世界に飲み込まれないように、神の火に [続きを読む]
  • 14コラの反逆③
  • モーセは自分の思いが理解されていないことが悔しくて仕方ありません。でもモーセは冷静でした。困った時は神に聴くのです。そして怒る神にひれ伏して願いました。「神よ、すべて肉なるものに霊を与えられる神よ。あなたは、一人が罪を犯すと、共同体全体に怒りを下されるのですか。」モーセはどこまでも民のことを考えていました。モーセは自分自身が最後の時も、神に願わず反論もせず、静かに民のために消え去りました。結局コラ [続きを読む]
  • 14コラの反逆②
  • コラが考えたのは、とりあえず賛同者を増やすことでした。ルベンの子孫を巻き込み、共同体の指導者250人を扇動しました。これならモーセもアロンもわれわれを無視できないだろうと思ったのです。「なぜあなたたちは主の会衆の上に立とうとするのか」と言われて、モーセは面を伏せました。カインが顔を伏せたのとはすこし訳が違います。モーセは今の立場に固執していません。この立場にいたいわけではありません。民衆を意のままに [続きを読む]
  • 14コラの反逆①
  • 民数記16章にコラという人物が登場します。コラはモーセに嫉妬していたような気がします。あまり取り上げられることのない人物かもしれませんが、わたしたちの中にある欲望を学ぶためには必要な人物なのかもしれません。コラの気持ちを探ってみましょう。コラはモーセが羨ましくて仕方ありませんでした。いつも民衆の真ん中に立ち、人に指示をして、人から尊敬され、崇められているモーセを見て、自分もあのような立場になりたいも [続きを読む]
  • コメント入力の後にエラー!
  • 最近、httpsに変わってからエラーが多くなりました。サイトに入ろうとしても、ページが見つかりませんという画面が出たり、(こんな画面が出て、一瞬げげっと思う)投稿ボタンを押した後に、「投稿に失敗しました」という画面がでたり、(こんな画面ですよね・・・これが出ると、「え〜!!!」っていう感じ・・・)結構な頻度で出るようになったような気がします。ググってみると、結構みなさん、困っているようです。実際わたしも何 [続きを読む]
  • 13カインの罪③
  • <カインになったつもりで考えています。>神さまにアベルの居場所を聞かれました。わたしは知らないといい切らねばなりません。「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」と答えた時、わたしは全身震えていました。おそらく声も震えていたでしょう。神さまが「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。」と言われた時、わたしは諦めてへなへなとその場に座り込んでしまいました。ぼうっ [続きを読む]
  • 13カインの罪②
  • <カインになったつもりで考えています。>自分自身を否定されたように思ったわたしは顔を伏せて、涙をこらえていました。悔しくて悔しくてたまりません。わたしには神さまがアベルの羊をじっと見つめている理由などわかりませんから、自分が認められなかったという嫉妬心で心がいっぱいになり、神さまを憎み、神さまを呪いました。自分を卑下し、どうにでもなれという気持ちになってきました。そして、アベルを呪い、アベルさえい [続きを読む]
  • 13カインの罪①
  • 創世記4章はカインとアベルのお話です。なんだか神さまのえこひいきのようにもおもえるこの話はどう考えたらよいのでしょう。神さまはアベルの羊に目を留めました。カインのささげものに目を留めませんでした。ただそれだけのことです。しかし、カインにとってこのことは重大に思えました。アベルの羊は気に入られ、カインの作物は気に入らなかったと思ったのです。アベルは神さまに認められ、カインは神さまに認められないと思っ [続きを読む]
  • 12金の子牛③
  • 人間は弱い存在です。頼るものが一瞬でもなくなると不安に陥り、どんなものにでも頼りたくなってきます。その頼る存在がたとえ全く力を持っていないということを理解していても、すがりつくものがないと生きていけないのです。ここまではモーセが率いてくれましたが、知らない地で放置されると、心細くて仕方ありません。なにかつかむものを用意されれば、すかさずそれをつかんでしまいます。それだけで安心できるのです。でもそれ [続きを読む]
  • 12金の子牛②
  • ある日アロンは「あなたたちの妻、息子、娘らが着けている金の耳輪をはずし、わたしのところに持って来なさい。」というと、それで金の子牛をつくりました。アロンが、「イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ」というと、それは本当に私たちの神のように思えました。突然、目の前にモーセが現れました。彼は怒りに燃え、打ち震えているようでした。怖ろしい形相で我々を見まわし、彼らが造った [続きを読む]
  • 12金の子牛①
  • 出エジプト記32章です。モーセがシナイ山に登ってしまい、イスラエルの民はみな山のふもとにとりのこされていました。彼らはどんな気持ちでふもとに残っていたのでしょう。金で作った子牛はピカピカと光輝いて、特別な力を持っているような気がします。モーセはここまで不思議な力で導いてきましたが、今、目の前にモーセはいません。シナイ山に登ってずいぶん時間が経ちますが、まだ帰って来ませんし、いつ帰ってくるかも私たちに [続きを読む]
  • 11ソドムの罪③
  • 何人か勇気のある人がいれば、ソドムは滅びずに済んだかも知れません。少なくともアブラハムの執り成しによって10人の正しい人がいれば、助かったのです。しかし、その勇気のある人がいたとしても、その人たちは、暴虐非道の民によって支配されてしまったのです。もうこんなことはやめようと声を上げたい人もいたかもしれませんが、自分が攻撃の対象になっては生活ができません。大半の人がそう思っていたとしても、結局みんなが自 [続きを読む]
  • 11ソドムの罪②
  • ソドムの町の民は高慢でした。自分たちが世の中の中心にいると考えていました。周囲に貧しい人がいても、それは彼らの自業自得によるものだと理解していました。貧しい人に支援するということなど毛頭考えておらず、彼らからも何か取り上げてやろうと考えています。彼らの持ち物を欲しかったのではありません。彼らを支配してやろうと考えていたのです。「わたしの持ち物を持っていかないでください」と泣き叫ぶ貧しい人を見て、彼 [続きを読む]
  • 11ソドムの罪①
  • ソドムは町を訪れる旅人をなぶりものにする(創世記19:5)町でした。ソドムの民はなぜそんなことをしたのでしょう。エゼキエルは告げます。「ソドムの罪はこれである。彼女とその娘たちは高慢で、食物に飽き安閑と暮らしていながら、貧しい者、乏しい者を助けようとしなかった。」(エゼキエル16:49)ソドムは豊かな国でした。民は皆食物に飽き、安閑と暮らしていました。(エゼキエル16:49)食べることに事欠かない彼らは娯楽 [続きを読む]
  • 10罪の奴隷③
  • 行動選択の原理はすべて過去の経験に基づいているのだとすれば、罪の意識によって罪深い行動が生まれることになります。罪がわたしに囁くことで、わたしに罪を起こさせるのです。罪から解放されるためにはどうしたら良いのだろうかと考えると、過去の嫌な行動を断ち切る必要があります。過去と違う行動を実践する勇気が必要なのです。自分の持っている行動基準を変える必要があります。自分が生まれ変わって別人になった気分で行動 [続きを読む]
  • 10罪の奴隷②
  • 後悔は罪の意識だと考えてみたらどうでしょう。一つの消極的後悔の事例としては人間同士の関係を放棄してしまったということがあるかもしれません。「善いサマリア人」の事例がそうです。身体が疲れていたり、心が疲弊したりしている時、深刻な問題や面倒くさいことには関わりたくありません。二つのことからどちらかを選ぶように迫られた時は、緊急度よりも自分の動きやすい方を選んでしまうことの方が格段に多いと思います。お節 [続きを読む]
  • 10罪の奴隷①
  • ヨハネによる福音書8:34に、「罪の奴隷」というイエスさまの言葉が出てきます。ちょっと驚くほど、激しい言葉のようにも感じます。「奴隷」という言葉を少し考えながら、イエスさまの言葉について考えていくことにしましょう。奴隷たちは自分の意志で行動することができません。私たちは自由だ!奴隷ではない!と主張しますが、本当に自分の意志で行動しているのでしょうか。いつも自分の行動に対して自分で言い訳を考えていないで [続きを読む]
  • 9かたくななファラオ③
  • イナゴが現れると、国が滅びかけていることが少しだけ理解できるようになりましたが、自分のことしか考えないファラオにとっては大した問題ではありません。暗闇は怖かったのですが、命にかかわるわけでもなく、家臣が身の回りのことをしてくれるのなら、少々不便なだけで特に困らないと思っていました。そしてとうとう主の過越しによって、イスラエルの民に行った行為が自分のもとに返ってきました。水を失い、家畜を失い、穀物を [続きを読む]