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- 2008/07/26 21:33今日は・・・
- お休みします・・・・。イマイチ体調がよくないようです・・・。TVで隅田川花火大会を見ました。綺麗ですね・・・。よろしければ応援ポチとしてこことここをお願いします。 [続きを読む]
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- 2008/07/21 00:22防戦の備え進展せず!〜第一次来襲に至る経緯(6)
- 「それ兵を用ふるは、誰ぞ好む所ならんや。」蒙古国皇帝の国書の、この一句に、日本側は脅威の意図を見、返書を送らなかった、といわれています。翌年の中庸省牒状に、朝廷は返書を出そうとしているから、おそらく推... [続きを読む]
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- 2008/07/18 01:07防戦の備え進展せず!〜第一次来襲に至る経緯(3)
- 文永という年は、北条時頼の死(西暦1263年、弘長3年)の翌年に始まり、11年間続きました。鎌倉時代でいちばんながもちした年号です。来襲に至る蒙古側の使者の来訪を、年代順に書き出してみることにします。... [続きを読む]
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- 2008/07/16 00:49防戦の備え進展せず!〜第一次来襲に至る経緯(2)
- 1274(文永11)年10月はじめ(現行太陽暦の11月10ごろ)、北九州の海に、幾万ともしれない黒い鞠形の小物体が現れました。浜に打ち上げられると、鞠は、いたるところに堆積し、異臭を放ちました。馬糞で... [続きを読む]
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- 2008/07/15 00:57防戦の備え進展せず!〜第一次来襲に至る経緯(1)
- さて!いよいよモンゴル来襲について書いていこうと思います!モンゴル来襲は基本的に文永の役、弘安の役とも言われていますがここではあえて、第一次来襲、第二次来襲、という言葉で表現させていただきます。歴史学... [続きを読む]
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- 2008/07/14 06:11境界領域の島々〜さまざまな貢納品(3)
- 年貢は、荘の惣田数から、荘の鎮守社に寄進された田や、荘官たちの給田、または不作や荒廃田を差し引いた田数を基準として課せられます。ですが荘官をふくむ、志賀島の人々が、領家に進めるべき貢納物は、年貢米だけ... [続きを読む]
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- 2008/07/13 02:22境界領域の島々〜さまざまな貢納品(2)
- さて、志賀島を預かる荘官と領家は、年貢の納入額をめぐって、前年来、一種の緊張関係にあったようです。補任権をもつ領家のまえに荘官が折れた結果、報告書黎にいう「未進分」が生じたもので... [続きを読む]
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- 2008/07/12 16:25■番外編■〜Lady Crystal 号〜
- 昨夜は、会社の飲み会イベントとして天王州アイルにあるクリスタルヨットクラブに行ってきまして、夜のクルージングを堪能しました♪意外と、お客さんているんですね・・・私たち意外にも他の利用者がけっこういまし... [続きを読む]
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- 2008/07/11 01:20境界領域の島々〜さまざまな貢納品(1)
- 志賀島の年貢は、米です。「本米」を箱に詰めるのは、俵に穴を開け、中身を抜き取る不心得者がいたからです。報告の驪に言っている一石あたり四升の「雑用」を考えれば、この時代に物質運送の... [続きを読む]
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- 2008/07/10 01:13境界領域の島々〜志賀島代官の報告書(4)
- かつてこの島を襲った惨劇の記憶は、四半世紀の年月の中に埋もれてしまったのでしょうか。代官の報告書は、いちめんの田地に稲穂が実りつつある様を、あきらかに伝えていますが、島に、はたして年貢のかけられる「公... [続きを読む]
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- 2008/07/09 01:04境界領域の島々〜志賀島代官の報告書(3)
- 13世紀最後の五年間にいたり、対蒙古の戦闘体制はようやく解かれましたが、来襲の脅威はなお去らず、薩摩沖に兵船が現れたり、鎮西諸国の社から怪異が相次いで伝えられたりする始末でした。そのような状況下、志賀... [続きを読む]
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- 2008/07/08 01:44■番外編■〜京都府内の観光客 10年連続最高更新
- 読売新聞からです。「京都府は3日、2007年の観光客数が前年より202万人多い7462万人(前年比2・8%増)となり、10年連続で過去最高を更新したと発表した。4945万人を記録した京都市は、「観光客... [続きを読む]
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- 2008/07/06 07:11境界領域の島々〜志賀島代官の報告書(2)
- 14世紀のはじめ、志賀島代官が京都の領家にあてて書き送った報告者があります。驪御年貢「本米」は、御指示のとおり、箱に納めてお送りいたしますが、ところどころに設けられた関所の通過料... [続きを読む]
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- 2008/07/04 23:04今日は・・・・
- 今日はお休みです・・・風邪ひきました・・・。なのに気温が高くてやたら暑い・・。 [続きを読む]
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- 2008/07/03 00:29境界領域の島々〜志賀島代官の報告書(2)
- 日本列島の境界領域は、南(坊津おとび薩南諸島)、北(津軽、糠部郡)いずれも、北条嫡流(得宗)家の所領で埋められていましたけれども、ここ西の境界は、五島列島といい、あるいは志賀島といい、鎌倉時代が最後の... [続きを読む]
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- 2008/07/02 00:54境界領域の島々〜志賀島代官の報告書(1)
- 烈シオマネキという蟹がいます。片方のはさみが極端に長くて、頭上に掲げながら小刻みに動かすのでそんな名前がつたそうです。博多湾は、この蟹とよく似た形をしていて、長い右のはさみの先が... [続きを読む]
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- 2008/07/01 03:53境界領域の島々〜地頭代から地頭への書状(5)
- 最後(第十二)の書状に登場する智光房(ちこうぼう)なる人物は、覚円のライバル(別の地頭)として浦部島に送り込まれながら、じつは守護所の意を受けていたらしいです。覚円は、智光房が「府」つまり肥前国守護を... [続きを読む]
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