濁泥水の岡目八目 さん プロフィール

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濁泥水の岡目八目さん: 濁泥水の岡目八目
ハンドル名濁泥水の岡目八目 さん
ブログタイトル濁泥水の岡目八目
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/dakudeisui
サイト紹介文中国史、世界史、政治風刺その他イラストと音楽
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供39回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2016/05/26 15:02

濁泥水の岡目八目 さんのブログ記事

  • 「不倫女に私の名を、日本死ね!」ジャンヌダルク
  • 私にはジャンヌダルクと天草四郎がそっくりに思える。いずれも若くして信仰に取り付かれ、絶望的な状況の人々に希望を与えたという。軍隊のシンボルとしてプロの軍人達に担ぎ上げられた立場も似ている。そして二人とも非業の最期を遂げた。 日本ではジャンヌダルクの名前をよく政治的に利用するが、日本人に彼女についての知識がなくイメージだけでその名が広まっているからだろう。若手の男性政治家を「天草四郎」などと呼べばそ [続きを読む]
  • 四天王になれなかった笑福亭鶴瓶
  • キラキラアフロで笑福亭鶴瓶は、入院中のナインティナイン岡村を見舞いに行った時に先に見舞いに来たという、たけし、タモリ、さんまのことを話題にして「この三人は凄いで。」と岡村に語ったのだと話した。すると岡村から「中に入れませんでしたなあ。」と言われてショックだったと松嶋尚美に愚痴っていた。内心思っていたことをズバリと言われて傷ついたのだろう。 鶴瓶がこの三人の中に入って「四天王」になれなかったのは、ス [続きを読む]
  • 師匠なしで漫才をやれるのは吉本興業のおかげである
  • ビートたけしの師匠としては深見千三郎が有名であるが、別に漫才師の松鶴家千代若・千代菊の二人がいる。なぜ師匠が三人もいるのだろうか。しかも、二人の夫婦漫才はほのぼのとしていて、たけしの芸風とは全く異なるものなのである。芸を学ぶにしては不自然すぎる。おそらく当時の漫才界では、師匠に付かずに漫才をやると他の漫才師達から激しい抗議を受けたからだろう。今でも落語家は師匠に付かずになることは不可能である。だが [続きを読む]
  • トランプ大統領とコモドゥス帝
  •  1973年バンザイ事件 1975年鶴瓶男根露出 1977年鶴瓶肛門露出「君は僕よりずっと酷いことを二度もしたのに、何故なの?」「貴方は大物だったので使いにくかったんですよ。私は使いやすかった。テレビ局は私に人の嫌がることを何でも命令できた。自ら男根や肛門をさらけ出した男が「そんな恥ずかしいこと出来ません!」なんて言えませんからね。それに私は人に憎まれてはいなかった。貴方は憎しみ合っていた連中の一 [続きを読む]
  • 土用の丑の鰻の蒲焼きは、脚気の特効薬だった
  •  土用の丑の日の鰻は精がつくと昔から言われるが、これには現実的な理由がある。ただ単にイメージによるものではない。最初には印象操作によって食べられても、流行物は廃り物である。何の効果もなければそんな流行も消えたはずである。鰻を食べて「精がついた!」と感じた多くの人々がいたのである。鰻の蒲焼きにはそんな効果が確かにあった。それは脚気に対する治療効果なのである。脚気はビタミンB1不足によっておこるが、鰻 [続きを読む]
  • 小池来たよ!(タンコブ消えて、タンコブ派しょげる)
  • 小池来たよ!(タンコブ消えて、タンコブ派しょげる) 「糞の付いた手で饅頭作っても誰も買わない。」これは故竹中労が「話の特集」編集長だった矢崎泰久を批判して書いていた言葉である。竹中も矢崎も左翼だが、左翼も玉石混交で、玉から見ると石には我慢出来なかったのだろう。竹中労が亡くなった時に、矢崎泰久はこそこそ憎まれ口を叩いていた。生きている間は敵わないので、死ぬのを待っていたのである。本当に最低の石っころ [続きを読む]
  • 「破っても日本人が怒らない」旭日旗
  •  この顔は旭日旗に最も相応しいので合体させた。なぜなら、旭日旗を見たのでこの顔にしたという嘘から「旭日旗非難」が始まったからである。嘘がばれて大恥をかいているサル顔のサル頭をなんとか救い出そうとして無理矢理こじ付けたのが「旭日旗非難」の大合唱なのである。変質者のクレーマーは、しばしばクレームを付けた原因すら忘れて大騒ぎすることがあるが、その典型である。 私は旭日旗非難がこの顔から始まったことを忘れ [続きを読む]
  • 法印大五郎は真面目な堅気だった 4、なぜ全くの別人にされたのか
  • 4 なぜ全くの別人にされたのか 大五朗が堅気の角田甚左衛門に戻ったのは明治になってからだと言われている。しかし維新は関係ないだろう。庶民の日常生活には関係ない雲の上の出来事である。それよりも、1868年の正月に黒駒の勝蔵が一家を解散したのが理由かもしれない。竹居の吃安を受け継いだ一家が消滅して、もう故郷に戻れると足を洗ったのかもしれない。ところで前にも述べたが、大五朗が家から勘当されてなかったの [続きを読む]
  • 法印大五郎は真面目な堅気だった 3、なぜ博徒から堅気に戻ったのか
  •  3、なぜ博徒から堅気に戻ったのか 大五朗は清水次郎長の子分になれたが、最初から子分になれると思っていたのではないだろう。だからこそ冬でも温暖で野宿しても凍死せず、不審なよそ者にも寛容で日銭仕事にありつけそうな清水を選んだのである。次郎長に断られたら、日銭仕事で金を稼ぎ最低の木賃宿にでも潜り込むつもりだったのだろう。黒澤明の「どん底」の小屋は長屋というより、そういう木賃宿だろう。だから素性の分か [続きを読む]
  • 森友学園に愛国心の標語を贈る
  •  3、なぜ博徒から堅気に戻ったのか 大五朗は清水次郎長の子分になれたが、最初から子分になれると思っていたのではないだろう。だからこそ冬でも温暖で野宿しても凍死せず、不審なよそ者にも寛容で日銭仕事にありつけそうな清水を選んだのである。次郎長に断られたら、日銭仕事で金を稼ぎ最低の木賃宿にでも潜り込むつもりだったのだろう。黒澤明の「どん底」の小屋は長屋というより、そういう木賃宿だろう。だから素性の分か [続きを読む]
  • 法印大五朗は真面目な堅気だった
  •  清水次郎長に法印大五郎という子分がいた。それは事実であるが、彼について世間に知られていることは、ほとんど嘘というかフィクションである。坊主頭やボサボサ頭に汚い僧服を着て、酒や女にだらしない男とされるのは全て嘘である。実際の法印大五郎は怪力の大男であったが、髷を結い他の博徒と同じ格好をしており、性格は真面目で堅実すぎるほど堅実だったのである。博徒になったのも本人の意思ではなく、若気の至りの過ちと [続きを読む]
  • 電通には「我が闘争」が置いてあるの?
  •  清水次郎長に法印大五郎という子分がいた。それは事実であるが、彼について世間に知られていることは、ほとんど嘘というかフィクションである。坊主頭やボサボサ頭に汚い僧服を着て、酒や女にだらしない男とされるのは全て嘘である。実際の法印大五郎は怪力の大男であったが、髷を結い他の博徒と同じ格好をしており、性格は真面目で堅実すぎるほど堅実だったのである。博徒になったのも本人の意思ではなく、若気の至りの過ちと [続きを読む]
  • 劉邦が周勃を太尉に指名したのは、能力より忠実さが必要だったから
  •  劉邦は呂后へ、曹参、王陵、陳平などの人物を使うように言った後で周勃を太尉にするようにと述べた。太尉は兵権、即ち軍隊を握る役職である。周勃は、はっきり言って頭が良いとは思えない男である。周勃の言動で有能そうに見える場合には、必ず側に陳平がいる。前回のブログでの王陵への発言や、樊噲を処刑せずに劉邦の下に送る件,呂氏へのクーデターなど必ず陳平と共に行動している。 それに引き換え、周勃一人で言ったりやっ [続きを読む]
  • 陳平は匈奴が強いか弱いかを、「分かりません。」で押し通したはずである
  •  私は、陳平が買収した匈奴の部族から情報を得ていたのは確実だと思っている。しかしそれなら匈奴が弱いというのは見せ掛けで、劉邦を誘き出す為の罠だということも気付いていたはずである。知っていながら劉邦が匈奴を攻撃するのを止めなかった。陳平はそういう男である。正しいと思った事は命がけで言う劉敬とは違うのである。 陳平が劉邦を止めなかったのは、止めても聞くわけがないと諦めていたからである。漢の使者達に貧弱 [続きを読む]
  • 「白登山の戦い」の前に、陳平は匈奴のある部族を買収していたはずである
  •  白登山で劉邦が匈奴に包囲されて絶対絶命の情況に陥ったときに,陳平の計略によって脱出できたとされているが、私は陳平が情報長官であり匈奴のある部族を買収していたと思っている。この時に陳平がやったと伝えられている行為には不思議な事が多くあり、それを一つ一つ考えてみるとそう判断せざるをえないのである。 伝えられている所によると、陳平は冒頓単于の后である閼氏に使者を送り,高価な贈り物と共に美人画を差し出し [続きを読む]
  • 劉邦が匈奴に包囲されたのは、本陣馬車隊で騎兵を追いかけたから
  •  紀元前200年漢皇帝劉邦は、匈奴の大軍に包囲されて7日間も絶体絶命の情況に陥った。有名な「白登山の戦い」である。なぜ最も安全に守られているはずの皇帝が、敵の騎兵に包囲されるような事態に陥ったのか。私はそれを、本陣の馬車隊に味方の騎兵を追いかけさせた劉邦の大失敗によるものだったと考えている。 劉邦は、匈奴が疲弊し弱体化しているように見せかけた冒頓単于の罠にまんまとはまり、止める劉敬を牢獄に放り込ん [続きを読む]
  • 「誇り」の敵は「虚栄心」である ショーペンハウアー
  •  世間にはしばしば「誇り」と「虚栄心」を混同する人々がいる。たとえば、やたらと自分のことを自慢して少しでも貶されたり批判されると、激怒してわめき散らす人間のことを「プライドが高い」などと言う。これは全くの間違いである。英語のprideとは「誇り」であり、「虚栄心」のvanityとは全然意味が違う。「誇り」と「虚栄心」の違いを最も的確に述べたショーペンハウアーの言葉を使ってわかり易く説明したい。   [続きを読む]