読書の森 さん プロフィール

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読書の森さん: 読書の森
ハンドル名読書の森 さん
ブログタイトル読書の森
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/airport_2014
サイト紹介文物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供358回 / 365日(平均6.9回/週) - 参加 2016/06/04 20:36

読書の森 さんのブログ記事

  • 新潮日本文学アルバム 林芙美子 後
  • これが今回のエッセイの主眼だが、林芙美子は実に色んな表情を持った人なのだ。5枚の写真を並べたが全て林芙美子御本人である。その豊か過ぎる表情の変化に驚く方も多いだろう。このページの最初が学生時代。以前のページは東京放浪の時と最晩年を挙げた。後は時代順である。アルバム全体を見回してもドキッとする程色っぽい女になってみたり、メガネの冴えない醜女になってみたり、こんなに見た目が変わる人は珍しい。小柄で太り [続きを読む]
  • 新潮日本文学アルバム 林芙美子 前
  • 林芙美子について今まで何度か触れている。おそらく作家の中で私が最もシンパシーを感じる人であろう。転々とした幼少期といい、複雑な家庭といい、その向こう見ずな情熱といい、並外れた傷つき易さといい、もう泣きたい程分かる。ただ私には全く欠けてるのは、リアルな男性経験と計画性の無さと、敵を倒す根性と、これが一番大切だが文才だろうか。中沢けい氏が後書きで、放浪記の芙美子はやけっばちになれる人だと評している。「 [続きを読む]
  • 木々高太郎 『文学少女』最終章
  • ミヤはメチルアルコールを夫に飲ませて死に至らしめる積もりだった。さてこの殺人は成功するのか?ここからミヤの父の死の真相も分かるがそれはどうしてか?有毒なメチルアルコールは今日薬局であるかどうか知らないが、当時は売られていたようだ。アルコールの貴重な時代、酒に飢えた人が飲み危険な状態に落ちた事が有るという。一見するとアルコール中毒の状態になる。これを作者は凶器として利用した訳で、巧みな形でミヤの無罪 [続きを読む]
  • 木々高太郎 『文学少女』その2
  • 主人公は、地方都市に住む幼少時に実の母と死別したミヤという少女である。貧しくもないが然程豊かでもない家計の中で、小遣いを貯めて本を買うのが彼女の最高の娯楽だった。文学に目覚め、この蜜の甘さに歓喜した彼女は中央女性文壇に投稿して賞を得る。しかし、父は喜ばなかった。寧ろ彼女に文学を禁じたのである。実は父の妹が文学で身を滅ぼしたからなのだった。女学校を卒業しても束縛は続く。ミヤが悶々としていた時、父が謎 [続きを読む]
  • 木々高太郎 『文学少女』
  • 著者、木々高太郎は医学博士であり、大脳生理学者としても有名である。本名林髞名で『頭のよくなる本』はベストセラーとなった。大学教授や研究所の所長を兼任し、人づき合いも良く、多才な人だった。戦前から戦後にかけて常に成功者として生き抜いた人である。ところがどっこい、木々高太郎名の著書の内容は危ない人で満ちているのだ。精神を病んだ人間は時々登場するし、病的な性衝動に駆られた大学教授の破滅について語られる。 [続きを読む]
  • B5版のノート
  • 乾くるみさんの書評で、優しい気持ちのミステリーを作るとかほざいてました。それから今日まで一作もものしてません。ましてや応募作品もとうとう出せない始末でございます。自慢でなく、トホホの気持ちで、落ち込んでます。どなたかプロの方が燃え尽き症候群とおっしゃってましたが、応募もろくにしてないのに燃え尽きたら死ぬに死ねないのです。一応も二応もチャレンジはしました。証拠は手帳とB5版のノートのメモに残ってます。 [続きを読む]
  • 東海林さだお 『男の分別学 忖度がいっぱい』続き
  • 東海林さだお先生は直ぐに政治問題から離れる。スポーツの世界の忖度。相手はどの方向から責めるかと忖度するという。これは頭脳的な戦いでよくある事だけど、私の感覚では忖度でなく推定ですね。忖度とはもっと含みがあるものと思える。次に麻雀に飛ぶ。まさに頭脳プレーだ。ただこれもスポーツと同じで、忖度に付随する感情と合わない気がする。さて、東海林さだお先生、次に何を話題にするか?何とサドとマゾの忖度に言及する。 [続きを読む]
  • 東海林さだお『男の分別学 忖度がいっぱい』
  • さて、かの籠池さんが流行らせた「忖度」という言葉に、東海林さだお先生は目を付けた。彼の事だから政治問題を正面から論じたものではサラサラない。最後に行き着く忖度はちょいと懐かしい忖度のお話となる。忖度という言葉は昭和10年以前から辞書にひっそりと載っていたそうだ。この意味を引くと「他人の心中を推し量る」ということである。今日まで辞書の上でこの意味は変わらない。活用される事もなく埋もれた語彙だった。私も [続きを読む]
  • 暗き世に 続き
  • 次は地。耳遠き 父はいくども 弔問の客に語りぬ 母の最期をこれは哀切な相聞歌であると私は感じた。作者の母の通夜の出来事であろうか。妻を看取った夫も老いて耳が遠い。一人遺された彼は連れ合いの末期を繰り返し語る事で、寄る辺なさから逃れたいのだと思う。耳が遠い夫に妻だけは飽きずに喋りかけてくれた。きっと何度も繰り返し喋ってくれたのだろう。夫はその妻を真似ている。最早それしかこの孤独感を紛らわすものはない [続きを読む]
  • 暗き世に
  • オール讀物の短歌、俳句選は必ず読んでいる。短歌も俳句も入り口に足を踏み入れた事もないが、鑑賞するのは年季が入っている。単に歳を取ってるだけだが。さて、今月号、武田弘之先生の選ぶ短歌に圧倒された。世界只者でない、と今更ながら思う。世の動き、人情の機微、愛憎、全て読み込む短歌や俳句の描く世界は一編の小説の如しである。天から紹介する。「暗き世に 点りて さくら前線が北へ咲き継ぐ 花のまほろば」まほろばとは [続きを読む]
  • テレアポのアルバイト 続き
  • その頃私はたいそう貧乏だった。父の仕事は不安定だったし、私はまともな仕事に恵まれていない。何とか続く職場が欲しかった。新橋駅に近い古びたビルの階段を登る私は、実にダサい女だった。25を過ぎても、スッピンでオカッパ、学生時代のブラウスと、チープなロングスカートを身につけてた。薬の副作用で太っているので、裾の広いロングスカートはまるで似合わなかった。私の他の女性は皆高卒で家庭持ちが多い。私が大卒という事 [続きを読む]
  • テレアポのアルバイト
  • 30歳でコンピュータ会社に正社員として就職するまで、私は試行錯誤で職場や学校を転々とした。その時代、昭和40年代から50年代は日本の成長期だった。心の病で薬を服用していた私は、それを隠しても、いとも簡単に就職出来た。ところが、一時的な受け答えは上手く誤魔化せても、薬の副作用の眠気は取れない。職場で仕事を記憶しなければならない場面で眠気が襲う。仕事の途中で横になりたくなる。散々だった。コンピュータ会社はシ [続きを読む]
  • 紫陽花の旅
  • 紫陽花の 色は変われど 定まりて咲きし処を 懐かしむかなこぞに見し 紫陽花の道 若緑今日 紫に 変われる夢か出さねば良いのに迷歌を載せました。紫陽花は小学生に上がった6月に、何と美しいのかと思った花です。今は、香りも無く、色変わりがする、欠点も多いのに、何故か親しい花となりました。最後に君の嘘 紫陽花のよう 色変わりと句を詠みました。 [続きを読む]
  • この道 余禄
  • なんとか「この道」終わりました。この作品、青春の記憶にヒントを得てますが、主人公は私や友達とは全然違うの形の人間です。「アカシア」も「この道」も懐かしく覚えていますが、現実に行ったのは「アカシア」だけです。ロールキャベツは食べていない筈です。最初、私はブログに創作を載せて昔の知り合い探しをしてたのは確かです。今はそんな意図はありません。障害よりも、もっと強い欠損感を私は生い立ちにおいて持っています [続きを読む]
  • この道 最終章
  • 40年後の初夏。及川由紀子は孫のサトの晴れ着を買いに新宿の雑踏を歩く。夫の悟はデパートの重役として現役で働く。夫に頼めば良い品物を取ってくれる筈だが、それを彼女は嫌った。束縛が多く色々言いたい事はあっても、悟は自分には過ぎた夫だと彼女は思っている。40年前の事故で、彼女はショックと頭を打った事で重い記憶喪失になった。足首も複雑骨折して不自由になった。その彼女の一切の面倒を見たのが及川悟だった。仙台に住 [続きを読む]
  • この道 その6
  • 当て所ない考えを巡らす由紀子は、自分に向けられた熱い視線に気づいていなかった。見つめていたのは、デパートの事務方に勤務する及川悟だった。勤め始めて日の浅い彼にとって、職場はストレスだらけだった。客には愛想の良い女子社員も慣れない彼には残酷な言葉を掛けた。都会的なセンスの良い服装、巧みな化粧、洒落た言葉の洪水から逃れたかった。疲れ果て「この道」で憩う彼にとって、目の前の素顔の娘は新鮮な衝撃だった。粗 [続きを読む]
  • この道 その5
  • 店の客は少なかったが、暖気が優しく由紀子を包んでくれた。「この道」は簡素な作りの珈琲店であった。壁に点在する風景画に札幌の時計台を描いたものがあった。由紀子の父は札幌で生まれた。開拓民の子孫だという。ただ、由紀子は父の顔を知らない。彼女が母の胎内にいる時、父は事故で命を落とした。由紀子が貧しい苦学生であるのは女手一つで育てられたからである。「女も学歴を身につけなければダメ」と母は日頃言って勉強ので [続きを読む]
  • この道 その4
  • 由紀子が愕然としたのは、その時浩二が当然の様にニッコリした事である。「ご苦労様」とまで弥を労った。弥は明らかに二人の恋を意図的に邪魔しようとした。それを知らぬふりを男たちはしていた。そうでなければ、いつになく涼子を送ると言いだしはしない。新宿の夜は更けたが、この時代今よりもずっと治安が良かった。又男たちは内心ひどく心配でも、いつも「送る」という言葉を躊躇っていたのである。「送る」という言葉が特別な [続きを読む]
  • この道 その3
  • 「アカシア」のロールキャベツはトロリと口に溶けて、かすかに甘く感じた。弥と涼子は旺盛な食欲を見せて、黙々と食べている。浩二と由紀子は、お互いを意識し胸が一杯で食欲がなかった。それでも、綺麗に空っぽの皿が並んだのは、特別美味しかったせいだろう。これと言った話題のない会話が続いた後、涼子は「もう帰る」と呟いた。「皆、いいお年をお迎えくださいね!」ちらっと浩二を見て涼子は言う。由紀子は、ホッとした様な心 [続きを読む]
  • この道 その2
  • 浩二は一人前を歩いていく。後ろで見つめる由紀子を充分意識しながら、休むのに適当な店を見つける積もりだった。由紀子は浩二の広い背中を目で追っていた。彼の背中も彼の個性的なマスクもその指先までもが好きだった。もどかしい感情を決して口に出せなかった。弥も涼子も二人の恋を知っている。知ってるがこの4人の均衡を壊して欲しくなかった。弥は由紀子に、涼子は浩二に異性として惹かれている。新入生の春、大学のキャンパ [続きを読む]
  • この道 その1
  • 70年代初頭の新宿東口近くに、「この道」という喫茶店と「アカシア」という洋食店があった。香りの良いコーヒーを飲み、懐かしい家庭料理を食べるには、うってつけのこじんまりした店だった。新宿の裏通りの一角にビルの影は無く、小さな店がひしめき合い明かりを灯した時代があった。この恋物語はそんな時代に生まれた。とっぷりと日の暮れた新宿を、4人の学生があてもなく歩き回っていた。飲み会が終わっても、妙に別れが告げら [続きを読む]
  • 善意の罠 最終章
  • 中年過ぎてかなり力も地位もあった仲間たちは、中傷誹謗によっていとも容易く二人の仲を引き裂いた。つまり彼らはメールや電話履歴をネットハッカーしていたのである。私は「死ぬまでに一度で良いから好きな人に抱かれたかった」だけであった。後は野となれ山となれの気分だった。まあ、そういう事態になった経験がないので分からないのです。多分彼の方がもっと現実的に考えていたと思う。私は以後やたらとネットハッカーに過敏に [続きを読む]
  • 善意の罠 その3
  • この恋物語は私達の(私と彼)間では順調に進展した。と言ってもメールと電話のやりとりであるが。話が合って楽しかった。二人だけで会いたくなった。彼は昔馴染みの仲間の一人だった。その彼は評判のワルだったので、話がこじれた。女殺しの名人だそうで、私も泣かされた人を実際に知ってる。「又やってんね」という気持ちだった。その時は全然恋ごころは生じてないが、嫌悪感は全然なかった。多分祖父がとても好きで、じいちゃんは [続きを読む]
  • 善意の罠 その2
  • 随分と年を重ねたある時、私は何度目かの恋に落ちた。落ちる時はまさに快感で「あああの人が好きだ」とときめいた途端世界が薔薇色になる。ところが、この恋を含めて私の恋は実ったものが一つもない。理屈っぽい言い方をすれば、フィジカルな恋がない。おそろしくタイミングが悪い私は、折角の好機を逸する。呑気に構えて鳶に油揚げを持っていかれる。若しくは邪魔が入るか、すれ違うか、積極的過ぎて失恋する。「一度で良いから好 [続きを読む]
  • 善意の罠
  • 誰でも、弱い人は労り、不幸に陥った人には優しくするという倫理は知っている。知っていても、現代では大概の人が自分の事で手一杯で、人を思いやるどころでないのが現実だ。寧ろ弱者を虐めて喜ぶ輩もいる。そういう悪者の存在があって、それから護ってやろうという「善意」が生まれるのだ。私は見かけ、か弱そうに見えるらしい。脚が悪く小柄で幼稚っぽいからだろう。それで歳を重ね弱った女が更に老母を介護して、独りで生きてる [続きを読む]