経済学・哲学・温泉草稿 さん プロフィール

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経済学・哲学・温泉草稿さん: 経済学・哲学・温泉草稿
ハンドル名経済学・哲学・温泉草稿 さん
ブログタイトル経済学・哲学・温泉草稿
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/clezio0
サイト紹介文興味の趣くままに読んで考えてみます。目標は心理歴史学のセルダン関数。息抜きに温泉巡りをします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供185回 / 279日(平均4.6回/週) - 参加 2016/06/23 08:05

経済学・哲学・温泉草稿 さんのブログ記事

  • 『禁色』 三島由紀夫著
  • この全集版の「創作ノート」をみると、「転生譚(イギリスに先例あり)」というメモがあり、当初は五つの事件により、思想・恋愛・社会・生殖・行動の問題を扱う構想があったようだ。結末における「檜俊輔」の救済についても何種類もの筋書きが検討されていて、構想としては『豊穣の海』に似たものが感じられる。この小説が奇妙であるのは、「現実の美」(美青年)と「虚構の美」(芸術)との対立関係を「南悠一」と「檜俊輔」とい [続きを読む]
  • 『純粋理性批判』カント著 高峯一愚訳 No03
  • 第一部 先験的感性論専門の哲学者はカントありきで論を進めるのだが、私は素人だから直感を大事にしたい。そもそも「先験的感性論」というタイトル自体が相当アヤしいのである。現代人は概ね同じような意識観をもっている。つまり主体があって対象がある。対象の存在を判断保留するか否かは別として、主観と客観、ノエシス・ノエマ、即自と対自、我と汝・・・と様々に変奏されているが、何らかの二項関係として主体が対象を捉えて [続きを読む]
  • 擬制の終焉(断想5)
  • 人によっては耳にタコができる話だろうが、商品形態というものは共同体と共同体の間に生じたもので、それが共同体の内部まで浸透して共同体を分解して成立したのが資本制社会である。特に労働力が商品化されると、労働者は賃金によってすべての生活資料を買うということになって、生産−消費の全過程が商品化されることになる。だがこの商品化の攻勢終末点は存在するのであって、すべてが商品化するわけではない。GDPの集計におい [続きを読む]
  • 『恐慌論』 宇野弘蔵著
  • 個別的経験は、社会的関連にまで抽象されてこそ理論化される。(本書22頁)この一文が本書の性格をよく表している。タイトルは『恐慌論』であるが、著者は現実の恐慌現象を理論的に解明しているのではない。序論で米国の1929年恐慌のデータが掲げられているので誤解しやすいのだが、著者が問題としているのは、そうした具体的データではなく、そのデータが向かっている先に想定される理論である。著者の見立てではマルクスは『資本 [続きを読む]
  • 『世界史の極意』 佐藤優著
  • 本書は世界史全体を教養として学ぶということではなく、世界中で生じている現在の紛争を理解するために世界史を踏まえるという体裁になっている。著者はそのための方法としてアナロジーを重視しているが、それは過去との類似によって現代を理解するということではなく、自分とは異質の相手に内在する論理をアナロジーで理解するということである。徹底したリアリストである著者は現代が新・帝国主義の時代であるとしているが、19世 [続きを読む]
  • 『対話でわかる痛快明解経済学史』 松尾匡著
  • 例えば古色蒼然たる経済学史の本を読んでいて「投下労働価値」などという言葉が出てくると、「もう終わった概念だし・・・」という気がして本気で考える意欲が生じない。本書は経済学史には珍しい会話体の入門書だが、登場人物の名前が「江古野ミク」ということで、脱力系の感じを受けるにもかかわらず、なかなかどうして深い内容であり、考えさせるものがある。以下、参考になった部分をメモしておく。○アダム・スミススミスが分 [続きを読む]
  • なぜインフレにならないのか?(現状分析3)
  • 日銀が国債買いオペでジャブジャブと買った代金を当座預金勘定に積み上げている。その額なんと332兆円で、グラフを見ると気が遠くなる。米国は120兆円つぎこんでも2%程度のインフレだったから大丈夫という説もあるが、それにしても大きい額である。金融政策でハイパーインフレになることは絶対にないという学者もいるが、個人金融資産1800兆円だから貨幣価値が15%程度目減りし、その逆数の20%弱程度のインフレが生じてもおかし [続きを読む]
  • 神戸・有馬温泉旅行
  • 3月9〜10日と軽く一泊旅行した。昼食は珍しくロシア料理ということで、新神戸から地下鉄で三宮へ行き「バラライカ」まで歩いて行った。春休みのせいか若者が多い。予約なしで11時30分に入れたが、すぐに満席になった。さて、夢に見たクワスである。大昔だが世界の子供達という写真集で、ソ連は子供の天国ということで、赤いマフラーをしたピオニールの少年少女達がクワスを飲んでいる写真があった。アメリカのコーラより旨いら [続きを読む]
  • リスクについて(断想4)
  • 昔、会計を勉強していたときに、営業費用と特別損失との違いがよく分からなかった。つまり費用と損失というように、なぜ用語が異なるのか分からなかったのである。「特別費用」ではダメなのか? ダメなのである。これは後で分かったのだが、「費用」とは売上と相関するのである。もちろん変動費・固定費のように売上高に対して異なる動きをする面もあるが、それらの比率は本質的に業種・業態・規模に応じて趨勢的な傾向があり、予 [続きを読む]
  • 価値とは何か?(断想3)
  • あまり思弁をたくましくするのもジジむさいのだが、断想だから思い付くままにメモしておくことにする。価値とは何かという問いに対して、経済学は一応、労働価値説と効用価値説の二つがあるのだが、それを忘れたフリをして初源から考えてみたい。マルクスによると貨幣Gもまた一つの商品であるから、価値と使用価値の二要因があることになる。ただ貨幣は等価形態として他のすべての商品とは異なる特殊な商品である。その使用価値は [続きを読む]
  • 人はなぜ支配されるのか(断想2)
  • 人類学ではポトラッチとかクラという風習があって、交換とは別の贈与として流通形態となっているようだ。気前のよさを競う風習らしいが、それがなぜ互酬となるのか、実感としてよく分からない。確かに一方的に何か贈り物を貰うと精神的に借りが出来たように思う。何かお返しをしなければと思ったりするのだ。昔、昼休みによく保険会社の勧誘員が職場に回ってきて机にガムを一枚置いていったものだが、一枚だから断るのは馬鹿らしい [続きを読む]
  • 『世界経済の読み方』 降旗節雄編著
  • さすが腐っても宇野理論というか、マルクス『資本論』の根本的欠陥を自ら指摘しつつ科学的に論述が進められている。本書によると、『資本論』の根本的欠陥は、その内在する論理のゆえに国家の生成を理論的に解明できないという点にある。『資本論』の論理から生じるのは資本家・労働者・地主の三大階級だけであり、国家は経済学体系からは消えてしまうのである。しかしマルクスのプランでは恐慌と世界市場の理論的解明が最終目標で [続きを読む]
  • 『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』 吉川洋著
  • 本書は評伝と理論内容の入門的紹介を兼ねたものであり、評伝に比べて理論内容の言及は少ないものの理論の発展過程がよく分かる。文献紹介も豊富であり読書欲が刺激される。以下、印象に残った部分をメモする。○効用価値説では投資財の価値を説明できない。このため、投資財を消費財の迂回生産として捉えるのだが、このとき、現在の効用と将来の効用を結合する価格である利子率がいかに決定されるかが課題となる。○シュンペーター [続きを読む]
  • 種的人間としての労働者(断想1)
  • 労働者階級というものをマルクスとは異なった視点で捉えてみたい。労働者階級には様々な特徴があるが、絶対的に他と区別される本質的な特徴は、商品を一方的に需要するということである。労働者は消費者として生活に必要な商品を購入するが、自らは労働力以外に販売するものがない。そして購入する商品は生活必需品、サービス、耐久消費財及び不動産など様々であるが、現代の文化水準にふさわしい衣食住を賄うとともに一方的に需要 [続きを読む]
  • 『漱石論集成』 柄谷行人著
  • 本書は漱石論として完璧であり、文章に快楽が乏しい感じもするが、そこは実際に漱石を読むことで補えばいいだろう。快楽が乏しいというのは賞賛であって、つまりこの評論は文芸評論らしくないということである。いわば漱石をマルクスのように読み解いており、作品として賞味するという姿勢ではない。著者によると言文一致とは、「言」が内心の声であり、それがそのまま「文」となることで、近代的自意識が誕生したということである [続きを読む]
  • 本日の昼食(日々雑感33)
  • 本日は天気が良いので、ベランダで昼食をとった。久住昌之の『ひとり飲み肴』に影響されて、冷凍チャーハンに焼酎のロックという幸薄い昼食である。(カミさんは外出中)著者の独断によるとチャーハンに合う酒は日本酒でもウィスキーでもビールでもなく、絶対に焼酎、それも湯割でなくロックが合うというのである。何となくその気持は分かる。確かな選択眼を感じる。それで真似してみたのだが、やはり著者の主張は少し大袈裟であり [続きを読む]
  • 『アウトサイダー』 コリン・ウィルソン著 中村保男訳
  • 私のような哲学好き、正確に言えば翻訳哲学マニアは、それにしても一体何を哲学に求めているのか? まず、哲学が現実社会に何の役にも立たないのは今更いうまでもない。ならば詩や小説と同じように心を豊かにするかといえば、これも疑問である。豊かになるどころか読み過ぎると精神病になりかねない。ハイデッガーのように哲学が詩に近づくのであれば、詩を読めばいい。するとこの「役に立つ」という言葉が曲者であるとしても、社 [続きを読む]
  • 『青の物語』 ユルスナール著 吉田可南子訳
  • 『青の物語』ほとんど習作に近いものだが、ヨーロッパから来た商人達が洞窟でサファイアを得て、艱難辛苦ののちにヨーロッパへ帰り、サファイアを手放すという物語であるが、何かの長篇の下書きのようである。『初めての夜』スイスへの新婚旅行でレマン湖に近いホテルに逗留するというだけの物語だが、夫の心理描写がすべてである。風景と内心が絡み合った文章が延々と続くのだが、このスタイルは後の『ハドリアヌス帝の回想』へ発 [続きを読む]
  • 『陥没地帯』その他一編 蓮實重彦著
  • 『陥没地帯』 蓮實重彦著この小説は他の作品の引用あるいは模倣で構成されているのかもしれない。足首にこだわるところは小川国夫の『試みの岸』、食堂の女将はサルトルの『嘔吐』など、読み進むうちに他の作品を連想してしまう。建物や川がすべて対象に配置された街が舞台になっており、砂丘と水とが垂直の時間でつながっている。こういう抽象的な舞台設定はクノーの『聖グラングラン祭』を思わせる。読みにくいかと問われれば、 [続きを読む]
  • 『田園の憂鬱』 佐藤春夫著
  • この本は『言語にとって美とはなにか』の中で高く評価されていたので読む気になった。登場人物も夫婦二人だけであり、細密な自然描写ばかりが続くので、はじめの内は、まともな小説を書けない詩人があえて小説を試みたという印象を受けるのだが、読み終わったあとでは印象が異なる。やはり田園における夫婦の生活の明確な描像が残るのである。それは自然描写だけでなく、父親から受け取った300円が10円になったとか、毎日の食事が [続きを読む]
  • 『言語にとって美とはなにか』 吉本隆明著(その11)
  • エエ加減終わりにしようと思っていたら、ダメ押しのように第7章があった。この「第7章 立場」もまた、それまで不明瞭だった自己表出・指示表出の概念が明確にされている。後出しもいいところだ。この第6章と第7章こそが本書の思想的中核である。したがって本書は、第6章と第7章を先に読んで、第1章から読むと分かりやすいと思う。第6章において、吉本は言語芸術においては言語表現しかなく、内容と形式は言語表現において [続きを読む]
  • 『言語にとって美とはなにか』 吉本隆明著(その10)
  • さて吉本は第5章を書き終えて、あたかもペンを置くように自問する。理論が到達しうるところはすべて達成した。なに、芸術における内容と形式だと、そんなものは過去の遺物で作家にとっても評論家にとっても何の役にも立たないではないか? そこで私もそろそろ終わりにしたいと思うのだが、この「第6章 内容と形式」を読み進むうちに、これは決して付け足しでもなければ、ヘーゲルくずれの左翼評論家批判というようなものでもな [続きを読む]
  • 『言語にとって美とはなにか』 吉本隆明著(その9)
  • 「土佐日記」「かげろふ日記」「和泉式部日記」などの日記文学について、吉本はそれらが説話物語と異なり表現者の内的世界に主題を集中させることで自己表出性を高めたとしている。そして「源氏物語」は宇津保物語によって統一された説話物語と自己表出性を高めた日記文学との総合であるとし、前半と終末の宇治十帖との色調の違いは、説話系から日記系へ移行したからだとしている。源氏物語の構成は、宇津保物語をそれほどしのぐも [続きを読む]