梨野礫・エッセイ集 さん プロフィール

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梨野礫・エッセイ集さん: 梨野礫・エッセイ集
ハンドル名梨野礫・エッセイ集 さん
ブログタイトル梨野礫・エッセイ集
ブログURLhttp://nasino.muragon.com/
サイト紹介文古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供326回 / 365日(平均6.3回/週) - 参加 2016/06/23 11:16

梨野礫・エッセイ集 さんのブログ記事

  • 教訓Ⅶ・《革命をめざす人々へ》
  •  夢と現実を見間違えてはならない。どこまで行っても、夢は夢、現実は現実である。革命とは、現実を変えることではない。現実を変えるのは経済であり、政治である。革命とは、夢を語ることである。だから、革命はむなしい。革命は泡のように消失する。革命は永久に続くが、永久に実現しない。そのことを踏まえて、革命をめざす人々に提言する。  一に、「一夫一婦制」を撤廃することである。「一夫一婦制」は、子孫の継承と私有 [続きを読む]
  • 映画「故郷(ふるさと)」(監督・伊丹万作・1937年)
  •  ユーチューブで映画「故郷(ふるさと)」(監督・伊丹万作・1937年)を観た。  信州の山村にある酒屋の家族の物語である。タイトルバックには、ニワトリ、牛、犬の鳴き声、小鳥の囀り、子どもたちの唱歌「水師営の会見」が聞こえる。やがて映し出されたのは「喜多の園」という看板の酒屋で、味噌、缶詰なども扱っているようだ。店先では、小学校5年生の剛(船越復二)が、教科書を音読しながら店番をしている。別荘から注 [続きを読む]
  • 映画「浪華悲歌」(監督・溝口健二・1936年)
  •  ユーチューブで映画「浪華悲歌」(監督・溝口健二・1936年)を観た。19歳の女優・山田五十鈴主演の傑作である。冒頭は、薬種問屋の主人・麻居(志賀廼家弁慶)が、けたたましい嗽いの音を立てて洗面・歯みがきをしている。タオルで顔を拭きながら縁側に出る。女中に「このタオル、しめってるがな」。朝の太陽を仰ぎながら「商売繁盛、家内息災」、やがて朝食。茶を啜ると「ああ、苦い」、「卵がない」「海苔がない」、女中 [続きを読む]
  • 映画「桃中軒雲右衛門」(監督・成瀬巳喜男・1936年)
  •  原作は真山青果、明治から大正にかけ、浪曲界の大看板で「浪聖」と謳われた桃中軒雲右衛門の「身辺情話」である。成瀬作品にしては珍しく「男性中心」の映画で、女優は雲右衛門の曲師であり妻女のお妻を演じた細川ちか子、愛妾・千鳥を演じた千葉早智子しか存在感がない。(他は、ほとんど芸者衆である。)  筋書きは単純、九州から東京に凱旋する桃中軒雲右衛門(月形龍之介)が、先代からの曲師・松月(藤原釜足)と、途中の [続きを読む]
  • 映画「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)
  •  ユーチューブで映画「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)を観た。横浜のホテル(実際はチャブ屋)で働く一人の女・お雪(桑野通子)とその息子・春雄(爆弾小僧)が、様々な「仕打ち」を受ける物語(悲劇)である。  筋書きは単純、お雪はシングルマザー、一人息子の春雄(小学校1年生)を立派に育て上げようと、水商売に甘んじている。しかし、その生業が災いして春雄は孤立、かけがえのない命を落としてしまう。それ [続きを読む]
  • 《感情》の育て方
  •  「感情」の源は「快・不快」という生理的感覚である。胎児は母胎に護られて「快」の感覚を味わっている。(母胎が十分に護れない場合は「不快」を感じるかもしれないが・・・。)その快感は、出生時に妨げられる。産道内での圧迫に堪え、大気中に生まれ出る時には、肺呼吸を始めなければならない。気圧、気温、湿度など、周囲の環境は一変するので新生児は極めて「不安定」な状態に置かれる。その時の感覚は、ほとんど「不快」 [続きを読む]
  • 映画「浅草の灯」(監督・島津保次郎・1935年)
  •  ユーチューブで映画「浅草の灯」(監督・島津保次郎・1935年)を観た。東京・浅草を舞台に繰り広げられるオペラ一座の座長、座員、観客、地元の人々の物語である。  冒頭は、オペレッタ「ボッカチオ」の舞台、座員一同が「ベアトリ姉ちゃん」を合唱し ている。その中には、山上七郎(上原謙)が居る。藤井寛平(斎藤達雄)が居る。飛鳥井純(徳大寺伸)が居る。香取真一(笠智衆)が居る。そして、新人・小杉麗子(高峰 [続きを読む]
  • 映画「サーカス五人組」(監督・成瀬巳喜男・1935年)
  •  ユーチューブで映画「サーカス五人組」(監督・成瀬巳喜男・1935年)を観た。この映画、タイトル、スタッフ、キャスト紹介までの画面は鮮明であったが、物語が始まった途端に、どこがどこやら、誰が誰やら、茫として判らない。要するに、フィルムが劣化して霞がかかっているのだ。それもまた一興、古文書を解き明かす思いで、画面に見入った次第である。鮮明なタイトルには「古川緑波原作、成瀬巳喜男演出」と添えられている [続きを読む]
  • 安倍首相は「首提灯」
  •  東京新聞6月11日付け朝刊「本音のコラム」(27面)に、法政大学教授・山口二郎氏が「文明か野蛮か」という一文を寄せている。「この一週間の国会審議を見て、日本の議会政治の崩壊は最終段階に入ったと痛感した」という書き出しに始まり「われわれも文明人でありたいなら、黙っていてはならないのである」と結んでいる。内容は、安倍首相の答弁は、聞かれたことに答えず無駄話に終始しており、小学校の学級会にも劣る、首相 [続きを読む]
  • アリとキリギリス
  •  イソップ寓話に、有名な「アリとキリギリス」がある。そのあらすじは、以下の通りである。 〈夏の間、アリたちは冬の食糧を蓄えるために働き続け、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごす。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、最後にアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするが、アリは「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい」と、食べ物を与えることを拒否した。キリギリスは [続きを読む]
  • 映画「港の日本娘」(監督・清水宏・1933年)
  •  ユーチューブで映画「港の日本娘」(監督・清水宏・1933年)を観た。戦前の男女の色模様を描いた傑作である。港の日本娘とは黒川砂子(及川道子)のことである。彼女には無二の親友、ドラ・ケンネル(井上雪子)がいた。この二人に絡むのが男三人、プレイボーイのヘンリー(江川宇礼雄)、貧乏な街頭画家・三浦(齋藤達雄)、酒場の紳士・原田(南條康雄)である。  砂子とドラは、横浜・山の手の女学校に通う仲良しで、下 [続きを読む]
  • 映画「按摩と女」(監督・清水宏・1938年)
  • 監督・清水宏、戦前傑作の逸品である。山の温泉場(おそらく塩原か?)に向かう按摩の徳一(徳大寺伸)と福市(日守新一)が四方山話をしながら歩いている。青葉の頃になったので、海の温泉場から山の湯治場に一年ぶりでやって来たのだ。「こうしていると、青葉の景色が見えるようだ」「今日は目明きを何人追い越した?」「17人だ」「おかげで、馬の尻や犬に何度もぶつかった」「近頃の目明きは頼りにならない」などと語り合いな [続きを読む]
  • 映画「阿部一族」(監督・熊谷久虎・1938年)
  •  ユーチューブで映画「阿部一族」(監督・熊谷久虎・1938年)を観た。タイトルの前に「国民精神総動員 帝国政府」という字幕が一瞬映し出される。原作は森鷗外、九州肥後藩で起きた、一族滅亡の物語である。監督・熊谷久虎も九州出身、女優・原節子の叔父として知られているが、この映画を制作後(1941年)、国粋主義思想団体を結成し教祖的存在になる。一方、出演は、1931年に歌舞伎大部屋(下級)俳優が創設した( [続きを読む]
  • 駅前広場にて
  •  首都圏・常磐線の駅前広場に私が降り立つと、ひとり言を呟きながら、若い男がすり抜けていった。よく見ると乳児を抱えている。そうか、子どもに話しかけていたのかと思い、後姿を見送ると、ベンチに腰を下ろしていた老人男性が突然、大声を出した。「オイ!何だこの野郎、もういっぺん言って見ろ。馬鹿野郎」。乳児を抱えた若い男が振り返り、「そこは禁煙ですよ。そう表示されています」。なるほど、老人男性はタバコを吹かして [続きを読む]
  • 惜別の唄・「サヨナラだけが人生だ」
  • ずいぶん時が経ったけど ちっとも昔と変わらない 寂しがり屋の甘えん坊 強がりばかりの意気地なし そんなあなたに付き添って 四十五年が過ぎました 青春の夢いまいずこ むなしさばかりが募ります ずいぶん時が経ったけど ちっとも昔と変わらない 世間の風の冷たさも ひとりよがりの人情も 私も古稀を過ぎました そろそろ今が潮時ね お別れしますさようなら せいぜい長生きしてください (2017.6.5) [続きを読む]
  • 子どもを「自閉症」にするかもしれない《30の方法》
  •  「自閉症スペクトラム」の原因が「脳の機能的障害」であるか否かという問題にかかわりなく、生育上の環境、とりわけ育児法のあり方が、「自閉症状」(行動特徴)に多大な影響を及ぼしていることは明らかである。  20世紀初頭、アメリカの行動主義心理学の創始者・ジョン・ワトソンは、以下のような育児法を提唱した。 〈無知な母親がいる。彼女たちはいつも子どもにキスを浴びせ、抱きかかえ、揺すり、体をなで、くすぐって [続きを読む]
  • 映画「青春の夢いまいずこ」(監督・小津安二郎・1932年)
  •  ユーチューブで映画「青春の夢いまいづこ」(監督・小津安二郎・1932年)を観た。この作品は三年前の「学生ロマンス若き日」、二年前の「落第はしたけれど」に続く、第3弾とでもいえようか。戦前の青春ドラマ(学生ロマンス)の中でも屈指の名品である。  舞台は前作と同じW大学、登場する俳優も、齋藤達雄、大山健二、笠智衆、田中絹代、飯田蝶子といった常連に、江川宇礼雄が加わった。  冒頭場面は大学構内、例によ [続きを読む]
  • 映画「東京の英雄」(監督・清水宏・1935年)
  •  冒頭のタイトルに続き、「配役」になると、女性の歌声が流れ出す。耳を澄ませると、「並ぶ小窓に はすかいに 交わす声々日が落ちる 旅暮れて行く空の鳥 母の情けをしみじみと」と聞こえるが、定かではない。主なる登場人物は、根本嘉一・岩田祐吉、春子・吉川満子、寛一・藤井貢、加代子・桑野通子、秀雄・三井秀夫(後の三井弘次)である。さらに、寛一の少年時代を突貫小僧、加代子を市村美津子、秀雄を横山準(爆弾小僧) [続きを読む]
  • 石ころ
  •  石ころ この石ころは 今、どうして ここにいるのだろう。 君を投げたのは誰か。 君を礫に仕上げたのは誰か。 これまで 君は何人の悲しみを見てきたか。 君は語らない。 なぜなら これまで 誰も君に語りかけなかったから。 今、こうして 君と共に在ることは幸せだ。 君と交流できることは幸せだ。 でも まもなく 私は君と別れなければならない。 私の命が尽きる時が来たのだ。 君は永遠に在り続け、 また誰か [続きを読む]
  • 映画「東京の合唱」(監督・小津安二郎・1931年)
  •  ユーチューブで映画「東京の合唱」(監督・小津安二郎・1931年)を観た。保険会社に勤める男・岡島伸二(岡田時彦)が主人公の物語である。冒頭場面は、旧制中学校の校庭、体育の授業が始まろうとしている。大村先生(齋藤達雄)が勢いよく飛び出して、集合をかける。一同が整列、「上着を脱いで集まれ」と号令したが、一人だけ脱がない生徒が居た。「おいお前、上着を脱いでこい」と言われ、渋々脱ぐと上半身は裸、下着を身 [続きを読む]
  • 映画「隣の八重ちゃん」(監督・島津保次郎・1934年)
  •  ユーチューブで映画「隣の八重ちゃん」(監督・島津保次郎・1934年)を観た。(戦前の)ホーム・ドラマのはしりとでも言うべき佳品である。登場するのは、東京郊外(多摩川べり、あるいは江戸川べり)に隣同士で暮らしている二つの中流家庭、服部家と新井家の家族である。タイトルにある八重ちゃん(逢初夢子)は、服部家の次女、女学校に通い、父・昌作(岩田祐吉)、母・浜子(飯田蝶子)と暮らしている。隣の新井家には父 [続きを読む]
  • 《駄句七句》 ◆せせらぎの闇を横切る蛍かな ◆蜥蜴走る真間川の縁昼下がり ◆尻尾切り蔵に逃げ込む蜥蜴かな ◆尾を捨てて闇に紛れる蜥蜴かな ◆じっとして平和を祈る蝦蟇 ◆宅地でも「あれは蛙の銀の笛」 ◆銀の笛蛙はすでに失せにけり (2017.5.29) [続きを読む]
  • 映画「祇園の姉妹」(監督・溝口健二・1936年)
  •  ユーチューブで映画「祇園の姉妹」(監督・溝口健二・1936年)を観た。祇園の芸妓として生きる姉妹の物語である。姉は梅吉(梅村蓉子)、妹はオモチャ(山田五十鈴)と呼ばれている。その借家に、木綿問屋主人・古沢(志賀廼家辯慶)が転がり込んできた。店が倒産、骨董・家具などが競売されている最中、夫人(久野和子)と大喧嘩して家を飛び出して来たのだ。古沢は梅吉がこれまでお世話になった旦那、「よう来ておくれやし [続きを読む]
  • 映画「噂の娘」(監督・成瀬巳喜男・1935年)
  •  ユーチューブで映画「噂の娘」(監督・成瀬巳喜男・1935年)を観た。東京にある老舗「灘屋酒店」の家族の物語である。主人・健吉(御橋公)は婿養子に入ったが、妻はすでに他界、義父・啓作(汐見洋)、姉娘・邦江(千葉早智子)、妹娘・紀美子(梅園龍子)、他に使用人数名と暮らしている。向かいの床屋(三島雅夫)が客と話している様子では、「灘屋は最近、左前。隠居の派手好きがたたったか。主人の健吉は、傾きかけた店 [続きを読む]
  • 映画「島の娘」(監督・野村芳亭・1933年)
  •  ユーチューブで映画「島の娘」(監督・野村芳亭・1933年)を観た。昭和中期以前の世代にとっては、あまりにも有名な流行歌「島の娘」(詞・長田幹彦、曲・佐々木俊一、歌・小唄勝太郎)を主題歌とするサイレント映画(オールサウンド版)である。タイトルと同時に、「島の娘」のメロディー(BGM)が流れ、原案・長田幹彦、脚色・柳井隆雄と示されているので、筋書きも「主(ぬし)は帰らぬ波の底」という歌詞を踏まえて作 [続きを読む]