あいあんさいど さん プロフィール

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あいあんさいどさん: 鉄・街・旅な、つぶやき日記
ハンドル名あいあんさいど さん
ブログタイトル鉄・街・旅な、つぶやき日記
ブログURLhttp://ironside.blog54.fc2.com/
サイト紹介文鉄道、街歩き、そして旅。国内の乗り鉄旅行を中心に、時折食べ物ネタなども混ぜながら綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供325回 / 365日(平均6.2回/週) - 参加 2016/06/26 19:28

あいあんさいど さんのブログ記事

  • ちょっとだけ「撮り」気取り。 の巻 その5
  •  本章で完結いたします。 てなわけで、春日部(かすかべ)で野田線を降り、 本線系へ。どちらも愛称はめんどいので止しました(笑)。もっとも、こっちは正式名さえ使ってませんが…。 左上の案内板にあるように、通過列車の後が久喜行き。あーよかった。 その通過列車は「りょうもう」でした。 時間的に言って、結局次のここ止まりで来ても十分に間に合いましたが、やはりこのくらいの余裕があってもいいのかもしれません。 [続きを読む]
  • ちょっとだけ「撮り」気取り。 の巻 その4
  •  引き続き、大宮より。 こちらでは珍しいことではありませんが、ホームの端(北側)で「撮り」の皆様が多数スタンバっておられました。 どうやらこれを待っておられたようです。(EF)81が引っ張っているというのが珍しいことなのかどうかはわかりませんが、どこから来たんでしょうか。 もうこの時点で戻ることを考えていましたが、問題は「どう戻るか」でした。 久喜に出たんじゃつまらない。 かと言って、あまりダラダラし [続きを読む]
  • ちょっとだけ「撮り」気取り。 の巻 その3
  •  珍しい光景を見た後で、熊谷行きに乗りまして、 そのまま終点へ。 急行用の6000系にはヘッドマークがついていましたが、 もはやお馴染みの、「ガリガリ君」(赤城乳業。本社所在地は実質沿線の深谷市)とのコラボでした。 今も当駅止まりは5番線で折り返す形をとっています。 今回は中途半端な時間なので、 特に腹ごなしもせず、すぐにJRに乗り換えました。いつの間にか駅名標がネットで覆われていましたが、いわゆる鳥害 [続きを読む]
  • ちょっとだけ「撮り」気取り。 の巻 その2
  •  引き続き、羽生の秩父線ホームより。 甲種回送を終えたと思われるデキ105を、デキ505が作業員さんの先導で引っぱっていかれましたが、 信号手前でストップ。確かに信号機は赤のままでした。 東武側に引き渡された(と思われる)、その車両。 これは東武の車両なんでしょうか。 その間、次の列車が到着。折り返して熊谷行きとなります。 なんともポップな長瀞ヘッドマーク。 甲種回送車ふたたび。 これはもしかしたら、日 [続きを読む]
  • ちょっとだけ「撮り」気取り。 の巻 その1
  •  7日。迷走台風の影響からか、はっきりしない天気が続き、前日(6日)は天気以上に精神がはっきりせず(苦笑)、結局この週も月曜日の翌日に持ち越しましたが、明くる日の仕事がちょっと忙しくなるみたいなので、近場で済ませることにしました。しかもかなりの「遅出」です。 んで、羽生に出て、久しぶりに秩父鉄道へ。「ソシオ(流通センター)」訪問以来です。 先ほどの影森行きの到着する前から、5番線に普段まず目にするこ [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その10
  •  引き続き、北千住の東武特急ホームより、「リバティけごん&会津」。 …まあ、これもいずれ「何らかの形」で乗ることになるでしょう……かね(笑)。 もっとも、車内販売とかはないみたいですが…(←何が言いたい?)。 …いや、何か、 「あっちの方」で「新顔」さんが登場したらしいので、それ絡みで何かないかなあ…と…(←そこまでやるかなあ…)。 それはさておき、今は戻ることの方が大事なので(笑)、「りょうもう [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その9
  •  ということで、松戸から快速でひと駅の、北千住(きたせんじゅ)。 なぜ2時台まで引っぱったかというと、さすがに帰りは特急で戻ろうと思ったものの、あのままここまで来ても今度のものにはギリギリな感じで、しかもその次が1時間後…。 なので、松戸で少しつぶしたわけですが、それでもさらに引っぱらなかったのは、多少待っても余裕があった方が…と思い直したからなのでした。 これを「いわゆる大人の対応」と呼ぶかどうか [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その8
  •  では、前章最後で述べた通り、東口へ。こちらはある意味「民主的」な表記(笑)。 でも新京成さん自体はアピールモード全開です。何度も言うようですが、地味な親元さんと比べると若干「あれ」な気も…(←「あれ」って何だよ)。 西口の方は、撮りそびれましたがやや整然とした感じに比べ、こちらは割と「ごった煮感」のある駅前風景(※個人の感想です)。 まあ、でも、これもまた街の本質なんですよね…。 3枚目の写真左 [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その7
  •  引き続き、馬橋より。 駅の西側には、「鉄道用品」さんという会社がありますが、調べてみたところ、山口県下関市に本社があり、昭和23(1948)年に旧国鉄用品の納入業者として設立されたそうで、今もJRグループを中心に取引をされているようですが、HPを見てみると、主にコピー機をメインに扱っていたり、一方でお膝元の下関にはラーメン屋さんも出店されているという、若干謎めいた感じです(笑)。 社名が社名なので、この有 [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その6
  •  引き続き、流山より。 今回はそのまま終点まで向かうことにしました。 幸谷を過ぎると、新坂川がより近くになって並走状態に。遊歩道が整備され、時期には桜が彩ります。 てなわけで、馬橋(まばし)。 今は5000形の独壇場ですが、編成ごとに色が違うので、距離は大分差があるものの上電(上毛電鉄)にやや近い存在かもしれません。 もっとも、2編成が行ったり来たりだから、より今日は何が走ってるのかなというワクワク感 [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その5
  •  次に訪れたのは、日蓮宗のお寺さん、常与寺(じょうよじ)。 お寺そのものは小ぢんまりしたところですが、 実は、現在の千葉大学文学部の前身とされる、「印旛官員共立学舎(いんばかんいんきょうりつがくしゃ)」という学校があったそうです。 明治初期、この流山は「印旛県(いんばけん)」の県庁所在地だったそうで、その官員が月給の一部を献金して開設されたとのこと。 では、そろそろふたたび流鉄へ。終点の流山(なが [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その4
  •  この界隈は「流山本町(ながれやまほんちょう)」と呼ばれる市の中心地域で、所々にこのような「切り絵行灯」というものが点在し、歴史ある街並みに彩りを添えています。 少し行くと、歴史好きにはお馴染みの、新選組の陣屋跡。 ここまでは前回と同じような展開ですが、ここらでその前に来た時に観光ボランティアガイドの皆様にご案内いただいた場所を自力で巡ってみたいと思います。 まずは、「天保六花撰(てんぽうろっかせ [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その3
  •  鰭ヶ崎からさらに進んでいきます。流山行きでやって来たのは「オレンジ色の憎い奴」こと(←言わん言わん)、「流星(りゅうせい)」。 今回もひとつ前の平和台(へいわだい)で降りました。 市街地にあるせいか、降りる人も流山より多いような気がしました。 前回訪問時の報告でも述べましたが、昭和8(1933)年4月に「赤城(あかぎ)」として開業し、同40(1965)年6月に「赤城台」、さらに49(1974)年10月に現在の「平和 [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その2
  •  引き続き、幸谷より。新松戸への実質乗り換え駅となっているだけあってか、結果的に流山線の中では最も乗降客の多い駅となっているようです。 自社物件の「流鉄カーサ新松戸」というマンションの1階にある形をとっています。 いつぞやの「いずっぱこ」(大雄山線)の五百羅漢とか和田河原とかもそうですが、こういう所には個人的に住んでみたいような気もします(笑)。「下が駅」って、何となくカッコいい感じがしないでもな [続きを読む]
  • 普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その1
  •  鋭いお方はこのタイトルでピンとこられたかもしれませんが…。 ちなみに、カッコ内は「ローカル私鉄」という意味のつもりです。 ただ、 ひとつ(?)問題があるとすれば、 「普通の」かどうかということになるかもしれませんが(苦笑)。 先月31日。前回の「近い方のいずっぱこ」訪問以来まともに出ていなかったので、ただただ勢いで地元を経ち、館林で浅草行きの区間準急に乗り継ぎ、しばらくダラダラ乗っていましたが、  [続きを読む]
  • イ〇ド人もびっくり?(仮)
  •  もはやお馴染みの「開国屋(かいこくや)」さん。こちらでは久しぶりのご登場ですが、実はその間に何度か来てます(笑)。いずれも既にご紹介しているものだったので、あえて取り上げませんでした。 でも今回は初体験となるものをいただいたので、謹んでご紹介いたします。 それがこちらの、「開国屋 焼きチーズカレーハンバーグSET」。 名物である牛100%の「開国屋ハンバーグ」のバリエーションメニューで、カレーソースを [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その13
  •  本章で完結です。 いつぞやの「ヒノタビ」の帰り同様に、甲州街道改札側のコンコースを見ておきました。実際にはもっと明るめです。 先の写真の右手奥の本屋さんでつぶしてから、ホームへ戻りました。こちらはミライナタワー改札。 行った場所が場所もあってか、わりに遅めの帰路となりましたが、この時期はこの時間でも明るいのでテンション高めのままで戻れる感じで、いいですね。 さすがに疲れが出始めたのか、所々でうつ [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その12
  •  引き続き、7000形LSE。後期のものでも登場から30年以上経っているわけですが、まだまだ元気そうです。 「若ェ衆にゃあまだまだ負けてられねえってんだ!!」とでも言わんばかり(笑)。 西口側の通路では、何かのイベントをやっていました。どうやら「お台場にある局」でやる新しいドラマに関する催しのようですが…。 その西口。もちろんJRに乗り換えていくのですが、そのまま構内を抜けていくのも味気ないので、 久しぶり [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その11
  •  「いずっぱこ」さんに無事お別れの挨拶を済ませ(笑)、 意気揚々と帰路へ。往きと同じく小田急さんで。 ちょうど出発していった上りのロマンスカーは30000形「EXE(エクセ)」でしたが、そういえば最近マイナーチェンジ車(EXEα)が登場したようですね。 でもやっぱり私のような年寄りにはどうしてもこっ(以下略)。 炎上する前に一気に新宿へ(←なんじゃそりゃ)。 相模大野で藤沢から来た快速急行に乗り継いできまし [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その10
  •  ではここから一気に小田原へ…… 行こうと思ったのですが、 やはり見ておこうと思ったので、ひとつ前の緑町(みどりちょう)で降りました。 もともと大雄山鉄道によって大正14(1925)年に開業した区間は、この先(井細田方)にあった「仮小田原(かりおだわら)」という駅から大雄山までだったそうで、その後昭和2(1927)年4月に小田原駅に近い「新小田原(しんおだわら)」まで延伸した際に、仮小田原を「相模広小路(さが [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その9
  •  前章でコデ先生をとらえた辺りから少し行くと、箱根登山バスの車庫がありますが、こちらは所在地名から「関本営業所」というそうです。 小田急新松田駅行きのバス。登山に関しては、バス停名は営業所名と同じ「関本(せきもと)」です。 そして、大雄山線の終点・大雄山(だいゆうざん)。先ほどののりばで、伊豆箱根バスと富士急湘南バスのバス停名は「大雄山駅」となっています。 出入り口横には当地(南足柄市)ゆかりの、 [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その8
  •  引き続き、いずっぱこ大雄山線の重鎮・コデ165先生。 踏切の向こう側が開けていることがわかったので、心ゆくまで狙ってみました(笑)。 このプレートの下はどうなっているのか…。 非貫通の3つ窓というのも、いかにも戦前生まれの車両らしい感じがします。 引っ張っている貨車群。 おそらく保線作業に使われているのでしょう。 自走シーンもいずれ見たいものですが…。 さらに踏切脇に公園があったので、そこからも失礼 [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その7
  •  さてその次に控えしは…もとい、降りたのは、 あえてひとつ前の、富士フイルム前(ふじふいるむまえ)。 妙に時代を感じさせる造りが何となく気になっていました。 開業は昭和31(1956)年8月と、同線の歴史の中では新しい方ですが、それでも半世紀以上経っていることになります。 その名の通り、近くに富士フイルムさんの神奈川工場足柄サイトがあるようですが、工場の正門へは先ほどの和田河原からの方が近いそうです。  [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その6
  •  5000系「オールドカラー復刻バージョン」編成の大雄山行きで次に降りたのは、 こちらの和田河原(わだがはら)。「わ」ではないんですね。 親元さんの西武鉄道でも使われた色遣いですが、何となくかつての東武日光線用や秩父鉄道の車両の色にも近いものがあるような気がします。 こちらも前章の五百羅漢と同タイプの駅舎で、やはりいずっぱこさんの管理するマンションと一体化した形になっていますが、 規模的にはこちらの方 [続きを読む]
  • 近い方の「いずっぱこ」めぐり。 その5
  •  次の電車の到着が迫ってきたので、駅へ戻りました。 前章で触れた通り、上部はマンションになっていて、その名も「五百羅漢ハイツ」。まんまといえばそうですが、何ともすごい名前ですねえ…(笑)。 いずっぱこさんは今年で創立100周年を迎えるそうですが、そのルーツは駿豆線(三島〜修善寺)を以前運行させていた「駿豆鉄道」に始まるそうで、そこが実質前身に当たるようです。 ちなみに、こちらは大正11年(1922)に設立 [続きを読む]