ひぃちゃん さん プロフィール

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ひぃちゃんさん: 笑顔、時々、涙
ハンドル名ひぃちゃん さん
ブログタイトル笑顔、時々、涙
ブログURLhttp://s.ameblo.jp/krhpew68/
サイト紹介文脊髄髄膜瘤・二分脊椎・水頭症・を抱えて生まれた息子。気管切開して人工呼吸器を使用しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 83日(平均2.1回/週) - 参加 2016/07/01 00:07

ひぃちゃん さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 新しい出会いは、運命の再会?
  • ※前回の投稿、一部修正しています。誤「担当医師が3月で異動」正「担当医師が1月から異動」とても良くしてくれた産婦人科の担当医師が異動してから、初めての受診。新しく異動してきた医師が引き継ぐとのことだった。名前が呼ばれ、診察室にはいる。お互いに驚いた。息子を妊娠してたときに担当してくれていた先生!息子に病気があるかもしれないと、ただ一人そういって北大への転院を提案してくれた先生!自宅退院する前に、 [続きを読む]
  • 「お兄ちゃんのせいで」と思われたら...
  • 二人目をと考えて病院にいきはじめた。息子を妊娠してたときと同じ病院。懐かしくもあり、心苦しくもなる。病院にいきはじめたのは2014年11月。一番若い先生だったけど、良く話を聞いてくれたし、良く説明してくれた。初めて卵管通過造影検査をした。子宮頸管の形が少し変わっているらしく、痛いのなんの。おまけにオマタ開いてから「研修医も一緒にいいですか?」と。おいこら!先に言っとけや!私も医療者ですから、その必要性 [続きを読む]
  • 宝物の息子は、変な声
  • 息子3歳。夫は主夫に、私は看護師に復帰して1年。病棟勤務で三交代勤務をするなか、夫は本当にサポートしてくれた。息子も生活パターンが確立して、寝起きする時間もしっかり定まった。無呼吸発作は出なくなり、痰の吸引も落ち着いてきた。夫と二人で療育やリハビリに通えるようにもなった。夫はすごい人だ。確かに息子の成長もあったけれど、夫だったからここまで成長できたんだって思う。起きて→いきてお腹すいた→ポンポン [続きを読む]
  • 新しい家族のカタチ
  • 私の家は母子家庭で、決して裕福ではなかった。母は朝から夕方まで働いて、そして夕方から夜まで別の仕事に行って。今ならそれがどんなに大変なことか見に染みてわかる。疲れて帰ってきて、ハァーと大きくため息をついて倒れこみたいよ、私なら。だけど兄と私の夕飯を作って、「行かないでー!」と泣いて後を追う私をなだめてまた仕事に向かう。体も心も辛かっただろうに。だけどいつも明るい母。子供に貧しい思いをさせまいと一 [続きを読む]
  • 新たな世界と、別れの世界
  • それでもどうにか息子の世界を広げてあげたくて。月に一回、定期受診のときにでリハビリは受けていたが、リハビリの担当技師からも「宗ちゃんの高い潜在能力をもっと目覚めさせてあげたい。療育にいけるといいよにね。。。」と言われていた。定期受診の時には夫が仕事を休むので、その帰りに行けたらなぁーでも、息子の疲労が...無呼吸発作でやすくなるしなぁーと頭の中はグルグル。どうにか療育センターに通えないか、話だけでも [続きを読む]
  • 疎外感
  • 申請したバギーも届き、沢山の医療機器をつんで自宅から100~200m位の範囲は散歩できるようになった。物々しい姿に振り返る人もいたけれど、可愛いと声をかけてくれる人もいた。息子を物珍しがらずに「可愛い」と言ってもらえることが、遠慮せずにかけてくれる声がどれほど嬉しかったか。気管切開をして、君の可愛い声とサヨウナラした日から約1年。体の成長と共に気管も太くなって、エアもれするようになりタイミングがうまく合 [続きを読む]
  • 「そんな子供」
  • 毎日、息子と二人きりで家にこもる日々。どんなに天気が良くても、息子を抱きながら酸素ボンベと吸引器と酸素モニターを抱えて外に出るのは不可能で。息子がグズり始めると、無呼吸発作がでないように家の中をウロウロ。ようやく寝たと思ったら、上の階でばか騒ぎ。ドンドン響く音に息子が驚いて目覚める。またグズる。寝かしつけるために、暑いなか抱きながらウロウロ。私イライラ。夫と相談し、借家を探し始めた。でもどれも古 [続きを読む]
  • 障害者は「弱い人間」
  • 相模原市の事件。犯人の言葉が突き刺さります。「障害者は人間の形をしているだけで、人間ではない。」「障害者につかう税金をなくせ。」「障害者は死んだほうがいい。」「障害者は生まれてからずっと、回りの人を不幸にしている。」望んでそう生れたわけではないのに。誰だって健康でいたいのに。そんな風に思われることも事実なのね。胸が痛いです、息子がいるから、なおさら。そして、ニュースで使われる「弱い立場の人間」と [続きを読む]
  • 自宅退院、そして孤独感
  • 試験外泊を終えて病院にもどる。足取りは最悪に重い。医師に外泊中のことを聞かれ、「特に困ったことはなかった。不安や緊張はあるけれど、それは入院しているあいだも変わらない。むしろゆっくり過ごせた。」と伝える。すると医師は「じゃぁ、次の週末でもう一回試験外泊して問題なければ退院を検討しますか」と。ちょいちょいちょい待ってーーーー!もう、病院限界なの!!だってやっと寝たって看護師さんの訪問で起きちゃうし [続きを読む]
  • 後ろめたさ
  • 地元の病院に戻って3日目の2012年4月25日。息子の100日。両家の両親がご馳走を作ってきてくれて、病室で細やかながらにお祝いをした。「もう100日」なのか「まだ100日」なのか。あまりにも自分にとって壮絶だった日々で、時間の感覚もわからなくなる。身障の手続きをしたり、在宅用の吸引器やアンビューを購入したり。着々と家に帰るための準備を進める。看護師に抱いた不信感も、自分が咀嚼することでそれほど深くとらえないよ [続きを読む]
  • 白衣を着るということ
  • 地元の病院に転院してから、悶々として過ごすことが多くなった。空の哺乳瓶を頼んで待つこと15分。忙しいのかなぁーなんて待ってて。たまたま違うナースが来たから、再度空の哺乳瓶を依頼する。待つこと30分...。勤務時間が交代になり、そのまま夕方のナースが挨拶に部屋に来たので、再再度空の哺乳瓶を依頼。待つこと30分...。酸素ボンベに繋ぎ変えて、酸素モニターを外して。片手に息子を抱き、片手に重い酸素ボンベを引いてナ [続きを読む]
  • 一緒に帰ろう、みんなが待つ場所へ
  • 気管切開をすると決めたときに、私達が医師にお願いしたこと。夜間のみ人工呼吸器をつけたい ということ。息子は寝入りや起きかけなど、眠りの浅いときに呼吸が休んでしまう。どうせ気管切開が必要なら、そのまま呼吸器を使った方が呼吸が休んでも安心だし、息子も刺激されずに休めると思った。そして何より、息子を守るためには自分達の睡眠が絶対に大切だったから、自分達もまず休めるようにと思った。初め、医師からは呼吸器ま [続きを読む]
  • 最後の声
  • 気管切開をしなければこの腕の中から息子がいなくなる。面会を終えて仮住まいに戻る途中。いつもなら二人で「今日も可愛いかった」なんて話しながら帰るのに、その日の夜は何も話さなかった。シャワーを浴びて、言葉少なに夕食を食べる。考えるのは息子のことばかりで、溢れるのは息子への想いと涙ばかり。夫も何も言わずにいる。時おり目をこすってる。鼻をすすってる。ただ静かに泣いてる。夫はずっと気を張って我慢してきたか [続きを読む]
  • アメンバー申請について
  • アメンバーに申請していただきありがとうございます!しかし、宣伝系の方からの申請なども多く困惑しております。実際に知っている方や、ブログやサークルなどで素性がわかる方はアメンバー申請を承諾させて頂いております。しかしながら、ブログやプロフィールなどが無記載の方は、何か一言で構いませんのでメッセージかブログコメントで頂けるとありがたいですm(__)mブログ中に子供の写真がありますので、ご理解頂けると幸いで [続きを読む]
  • 2回目の手術
  • とりあえず一番大きな、そして命に関わる手術が無事に終わってホッとしたのもあり、久々に眠れた。2012年1月18日。水頭症に対する手術。息子は午前中CTを撮り、手術の準備。16時30分、シャントを入れる手術へ。昨日に引き続き連日の手術。やはり涙は止まらず、食事も手につかず、口数少なに時間は過ぎていく。18時30分、無事に手術が終わったとの連絡。挿管されたまま戻ってくる息子。フワフワで柔らかかった髪の毛が剃り落とされ [続きを読む]
  • 親になる
  • 夫が新生児科の医師から説明を受ける。翌日、背中にあいた穴を閉じる手術をするとのこと。時間は未定。他には何も言わなかった。聞いてはいたんだろうけど、私に一気に話すのは負担が大きくなると思っての夫らしい優しさ。何時くらいだったのかな?家族が近くにとったホテルへ帰る。広く暗い病室に一人。眠いけど眠れない。傷も痛いし、体も思うように動かせなくて、眠れる状況じゃない。しばらくして携帯が鳴る。夫からのメール [続きを読む]
  • 誓い
  • 手術室に入る。硬膜外麻酔を入れている間、自分でも驚くほど落ち着いていた。腰椎麻酔も終わり、いよいよ手術が始まる。緊張する。二分脊椎があるかどうか、考えることもしてなかった。もう出てくるのかな?どんな声で泣くのかな?先生が一言。「お母さん、赤ちゃん出すの今日で良かったよ。半日遅かったら、赤ちゃん生きて産まれてこれなかった。」え?!そう言われてみれば、朝まで元気に動いていたのに北大についてからはあま [続きを読む]
  • 引き離される不安、まだ会えない?
  • ヘリコプターに乗り込み離陸。夫も同乗しているが、私の視界には入らない。防音用のヘッドホンをずらし、自衛隊員が小まめに体調を気遣ってくれる。ストレッチャーに固定され腰が重痛い。途中、生まれ育った小さな町を下に見た。今頃母親もJRで札幌に向かってる。不思議と不安な気持ちは落ち着いていて、腰の重痛さにきがとられてた。丘珠空港に到着。すぐに救急車に乗せられ北大に向かう。外は大粒の雪。北大に到着。直で産科病 [続きを読む]
  • 母体ヘリ搬送
  • 日曜日、外泊を終えて病院に戻る。静まり返る暗い病室に一人。眠れるはずもない。上司には連絡した。事情を知らない友人達からは「やっと明日だね!出産報告楽しみにしてるよー!!」とメールが届く。返す余裕も気力もない。ただ、中学時代からの友人には事情を伝える。きっと気まずくて返事もしにくいだろうなぁーと、こっちが気を使う。「そっか。辛い思いしてたんだね。辛いね。悔しいね。病気がどうあれ、母子ともの無事を祈 [続きを読む]
  • 冷静な判断
  • 翌日の土曜日。病室で一人の時間を過ごす勇気なんかなくて、土日で外泊。夫に「もしかしたら何でもないかもしれないし、このままここで産めないかな?」と話した。現実から目を背けたい一心で。頭ではわかってる。このまま地元で産めないってことは。だけど、気持ちが追い付かなくてどうしても逃げ道が欲しかった。誰も逃げ道をくれないから、自分で作ろうとして。結婚前を含めると10年一緒にいただけはある。夫はお見通しだった [続きを読む]
  • また突きつけられる。
  • 水頭症を疑っているはずなのに、エコーで背骨ばかり見る主治医。聞きたくない。怖い。だけど聞かなきゃ。「先生?もしかして...」勇気を出して出した言葉に返ってきた主治医の言葉。「二分脊椎かもしれません。」聞かなきゃ良かった。。。やっぱり、そうなの?少しの期待もむなしく、否定してほしくて言った言葉もむなしく、新たな現実が突きつけられる。他の医師は「羊水の影だろう」と所見が分かれる。エコーを終えて病室に戻る [続きを読む]
  • 受け止めきれない現実
  • 急に我が子に降ってかかった「水頭症疑い」の言葉。家で沢山泣いたけど、職業柄受け止められた。早期に適切な処置がされれば重い症状は残らない確率が高い。夫婦で「やっと自分達のもとに来てくれたかけがえのない子。何があっても愛しいに決まってる。二人で守り育てていこう。」と話し、気持ちは落ち着いていた。2012年1月13日、金曜日。月曜日の予定帝王切開のために入院。主治医から再度エコーをすると説明があった。主治医の [続きを読む]
  • 天国から地獄?
  • 結婚7年目で念願の妊娠。泣いて喜びました。切迫流早産で仕事を休んだこともあったけれど、夢にまでみたマタニティライフ。タマヒヨを買ったり。子供を迎い入れる準備をしたり。お人形の服のように小さな肌着に水通ししたり。毎日が幸せでした。忘れもしない38w3d。元々逆子が直らず帝王切開の予定。最後の妊婦検診で言われた一言。「脳室が拡大しています。入院後にまた調べましょう。」病院では涙をこらえるのがやっと。車で声 [続きを読む]
  • 改めまして。
  • これまで書いていた投稿は全て消しました。仕事が忙しくて2年以上、全く更新できていなかったので、あらためて書いていこうと思います。我が子には障がいがあり、歩くことはできません。トイレもできません。気管切開をしており、夜間は人工呼吸器を使用しています。だけど、そういう境遇を分かち合える人達が身の回りにはいません。北海道の釧路という片田舎では、まだまだ珍しがられるばかりです。毎日検索しました。同じ様な境 [続きを読む]
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