エッセイ by Genki (森田 信義) さん プロフィール

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エッセイ by Genki (森田 信義)さん: エッセイ by Genki (森田 信義)
ハンドル名エッセイ by Genki (森田 信義) さん
ブログタイトルエッセイ by Genki (森田 信義)
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/nmorita0825
サイト紹介文 800字で何を、どれほど表現できるのかに挑戦してみました。予想外に分量があります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供89回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2016/07/04 23:23

エッセイ by Genki (森田 信義) さんのブログ記事

  • ブログを閉じます
  •  このブログを開設して以来一〇年以上が経過しているようだ。 かつて、ブログを書く理由を、「自己表現」だと書き込んだ記憶がある。つまり、自分自身に当てた文章である。日記と同じである。 しかも、学生諸君に書かせる分量に合わせて、八〇〇字を厳守するようにした。 わが娘の記録を一歳から高校生まで続けてみたが、これも中身の大半は、自分の日記のようなものであった。 ブログの内容は、エッセイとして書き続けている [続きを読む]
  • スクープ記事とメディア
  • 「電車の車内などに掲示するため新潮側が作成する「中づり広告」 を公開前に入手し、同内容の記事を文春に掲載していたと指摘す る記事だが、文春側は『不正はない』と反論しており、ライバル 誌の全面対決になりそうだ。」 これは、ネット配信された毎日新聞ニュースの一部である。テレビでもちらりと目にして、何事だろうと思っていたら、こんなつまらない問題であった。 今日の毎日新聞(紙面)の広告には、さっそく両 [続きを読む]
  • 「普通に……」
  • 前回の投稿に、小学校の先生のツイッターの文面を引用した。そのなかに、「普通にうるさい」という表現があった。このような「普通に」を初めて聴いたのは、勤務先の大学の女子大生からであり、そのときは、妙な表現をする者だと思いつつ、おもしろいとも思ったのだが、よくよく考えてみると、こういう安易な表現が言葉を駄目にするものとも考えるようになった.普通程度にうるさいことは、単に「うるさい」と言えばよい。「 [続きを読む]
  • 研究論文入門
  • (ワープロソフトで書き、転写したところ、行設定が崩れて、読みにくくなりましたが、ご容赦のほど。)1 記録・報告の性格と意義  事実を、事実として記録すること、あるいはそれを他者に向けて書くことは、ジャンルとしては、「記録・報告」という。 一般に、実践現場(小学校、中学校等)に身を置く人の書く原稿は、この「記録・報告」という性格を持ちやすい。それは無理もない。常日頃の教育実践(教材研究や  [続きを読む]
  • SNSの危うさ
  •  SNSとは、social networking service=社会的ネット・ワーク・サービスの略語で、よく知られているのは、フェイスブックやツイッターなどである。「社会的」等という語が用いられているので、個人レベルのものでなく、公的で、安全なシステムのように見えるが、安全性という意味では油断ならない側面を持っている。 先日、小学校の若い女性教師が、新年度のクラス編成で、希望していた児童が自分のクラスに来なかったことを [続きを読む]
  • 高等教育無償化?
  •  このところテレビ、新聞等で、高等教育の無償化が取り上げられ、様々な論議がなされている。 大学人として、あるいは大学生の親として、大学在学中の出費が並々ならぬ額にのぼることを実感してしているので、これが無償化されるとなると喜ばしいことは言うまでもない。 しかし、無償化は、膨大な額の予算を必要とする。二兆円を超えるという試算もあった。これをどう工面するのかというと、例によって、国債なのである.無償 [続きを読む]
  • 「妊娠米」
  •  インターネット上のフリーマーケットが人気のようである。時に掘り出し物があったりするので、「ノミの市」は、賭のような要素もあり、刺激的なのであろう。 ところが、あるサイトに現金が出品されるという意表を突く事例があった。どうやらお金の浄化(マネーロンダリング)に利用(悪用)されているものらしかった。 今日は、同じサイトで「妊娠菌」入りのお米が出品されて、かなりの量が売れていたという報道があった。とう [続きを読む]
  • 月見草
  • 「長嶋 茂雄はひまわりの花、私は月夜にひっそりと咲く月見草で すよ。」これは、かつて、野村克也監督が口にした言葉である。極めて大雑把言い方をすれば、人間には、ひまわり型と月見草型がある。これは、別の言い方では、一頃流行した「ネアカ」対「ネクラ」という概念に相当する。 人間とは何か、存在とは、本質とは何かなどの問いかけに向き、自分探しの旅に出るなどする人は、後者であるに違いない。 現状に不満があ [続きを読む]
  • 吉村昭を読む
  • (何の花でしょうか.庭の、いわゆる名もない、けれども捨てがたい草です。) 吉村昭作品は、ずいぶんたくさん読んできたが、特に印象に残っているのは『戦艦武蔵』であり、その取材ノートである。恐ろしいばかりの取材方法によって、微に入り細をうがって事実を収集している。収集したデータのごく一部しか、作品に活かすことはできなかったはずであるが、事実に語らせるというのが、氏の作品創作の哲学、原理だったと思われる。 [続きを読む]
  • 飢餓と過食と
  •  貧困地帯の幼児・児童を救済するための呼びかけがテレビで放映されている。国内でも、六人に一人の小学生は貧困児童だというデータがあるのにと思いながら、さらに大変な状況が存在することを実感しながら観ている。残念ながら、今のところ、「観ている」というのが正直なところである。 一方で、同じテレビ番組に、「早食い」や「大食い」を取り上げたものがある。実に、五キログラムを超える食品を、ややスリムな女性が平らげる [続きを読む]
  • リンゴの花
  •   桜の花が散って、庭に、白いリンゴの花の咲く時期になった。 この花には特別な意味がある。 一人の教え子さんが、このブログを探し当てて、熱心な読者になり、コメントをしばしば書き込んでもくれていた。元気そのものと思っていたのだが、重い病気で余命宣告をされた身であるということをさらりと表現してくれているのが、私には救いでもあり、いっそう深刻な思いをする理由にもなった。 結婚する前には、相手(その後ご主 [続きを読む]
  • 大臣の表現能力
  • (若葉の前の樹木シルエット) このところ大臣の資質が問われる事案が増えている。国会議員の学歴を見ると、東京大学や一橋大学など一流どころが多い.特に最高ランクと国民の多くが思っている東大出身の国会議員のものの考え方や言語表現能力に、東大どころか大学つまり高等教育を受けた人間かどうかを疑うようなケースが多い。 復興大臣が更迭された。彼の場合は、立て続けに二つの不都合な対応を重ねた結果である。 一つ [続きを読む]
  • 芝桜
  • (8年前の芝桜1)(8年前の芝桜2) わが家から、車で二十分足らずの所に、芝桜の名所がある。八年前に偶然に訪れて感動、感心した場所である。近くに、決して安くない入場料を徴収する観光名所が多数存在するのに、この芝桜の広い地域は無料であった。 農林省(当時)を定年退職した人が帰郷して、自分の田んぼのあぜ道に芝桜の苗を植えたのが始めだという.雑草を防ぎ、肥料にもなるというようで、この芝桜の園の後に、 [続きを読む]
  • サクラ、サクラ
  • (団地内の満開のサクラ) 日本人にとって、サクラには格別の想いがある。むろん、私も例外ではない。 かつて、サクラの名所である土手の下に住んでいたこともあって、サクラは日常的に接する親しい存在であった。 しかし、きれいに咲いたサクラは、花である限り、いずれは散る。庭一面に、雪のように散り敷いた花びらは、そのうちに黄変し、茶色になり、見るも無惨な姿になる。また、池に落ちた花びらは、かなりの暑さの層を作 [続きを読む]
  • 視聴率の意義
  • (庭の「利休梅」) NHKの朝ドラなるものを、ほとんど見ることはないが、このほど一番新しいドラマである『ひよっこ』の初回視聴率が大台割れになったとして話題になっている。 ビデオリサーチなる調査の結果であるが、そもそも何のために視聴率などをはじき出すのかと思ったら、視聴の実態の把握というもっともらしい理由の奥に、CM媒体の効果を計るという経済にかかわる理由があるようだ。新聞の発行部数に似ていて [続きを読む]
  • ハイカイ、ギンコウ
  •  老妻が、「今日は、ギンコウに行く。」という。この年齢になってやっと経済に関心が向くようになったのかと不審に思っていると、「ギンコウ」は、「銀行」ではなく、「吟行」であった。 このところ(か以前からか判然としないが)、老人を主体とする文化講座や地域のサークルとして、俳句は大流行のようである。老妻も、複数のサークルを渡り歩いている。 私は、極力関わらないようにしているが、それは、サークルなるものが嫌い [続きを読む]
  • 三〇年前の娘に……
  • わが家には、図書室と称する娘の部屋がある.中年にさしかかった娘は遠方にいるが、彼女の蔵書の一部が部屋を占有している。シュレッダーなどもあり、昨夜、文房具を探して勉強机の引き出しを開けると、日記のようなものを印刷した用紙が目についた。何だろうと確かめると、娘の九歳の誕生日に贈った私の作品であった。三〇年前の作品を、メモとして書き留めておこう。 ① 九歳はだれのもの? 九歳は、周子の年です。だから周子 [続きを読む]
  • 自社広告と新聞
  •  M新聞を購読し始めて久しい.紙面になじんでいたはずであったが、このところ何やら違和感がある。もっとも、記事の内容としては、すべての新聞に違和感があるのだが、今回は、ちょっと別の方向の問題である。 M新聞の地方欄は、極めて貧弱である。紙面編集の責任者名を入れているので、それなりに自信があるのだろうが、それがまた滑稽である。 最近は、県代表となった高校の野球部、選手の記事が、貧弱な紙面の半分近くを占め [続きを読む]
  • コーヒーの味わい
  •  このところ、いろいろなコーヒー豆を手に入れて、その香りと味わいを楽しんでいる……つもりである。が、実は、コーヒーの良さが、今ひとつよく分からない。大学生の頃にはサイフォンを使ってみたりもしていたが、今ひとつ、紅茶や緑茶のような違いが判然としない。 長年、手動式のコーヒー・ミルで豆を挽いていたが、これは味に心がこもるであろうという思い込みのためであった。先日、その非能率性に懲りて、電動式のミルを購入し [続きを読む]
  • 負のエネルギーの功罪-半崎美子の歌-
  •  人間にとって、前進のエネルギー源とは何であろうかと考えてみることがある。一歩でも、前に進み、高みに上り、一センチでも掘り下げてみようと考える生き物である。 ではあるが、その行為には多様性がある。人間としてのすばらしさを体現している者も、目を背けずにはいられないような者もある。 人間の行動のエネルギー源として、最も激烈とも言えるのは、怨念、復習の念などに代表される、いわば「負のエネルギー」である。 [続きを読む]
  • ストリート・チルドレン
  •  安直なテレビ番組として、国内外の町や村をぶらぶら歩くタレントを追いかけるというものがある。全国を自転車で走り回るという人気番組もある。路線バスを乗り継いで、苦労しながら目的地に到達するという、時間のかかる割に、中身の薄い、しかもなかなか途中で視聴を止めにくいものもある。中には、世界の猫を撮影して回るというものもある。 特別な興味、関心を持っている人にとっては魅力的な番組であろうことは否定しないけれ [続きを読む]
  • 校長の訓話(の空しさ)
  • 栃木県那須町のスキー場で、春山登山講習会に参加していた高校生七名と教師一人が、雪崩に遭って死亡するという事故があった。登山部としては名を馳せた高校というが、まだ冬の名残のある、しかも降雪の中での当山講習会は、冬山登山と言ってもよいものだったのであろう。 いわば水泳講習会で溺死し、交通安全講習会で交通事故死するのに近い、矛盾した結果になったとしか言いようがない。ずいぶん前から計画を立て、三月下旬に [続きを読む]
  • 白い折り鶴
  • 時事ドットコムニュースより核兵器禁止条約に、わが国は参加していないことは、前回に記した通りである。今日の報道では、人のいない日本国のテーブルの上に、「白い折り鶴」が置かれていたという。この報道に触れて、日本人としては、涙がこぼれそうになるとともに、激しい怒りを覚えた。 誰が、どこの国の人が置いたのか、憤りの赤でも、落胆の青でもなく、無垢の白であるということに大きな意味がある。どのようにも色づけでき [続きを読む]
  • 「核兵器禁止条約」
  • (昨年伐採された近所のしだれ桜) 国連で世界一〇〇カ国以上が参加して、核兵器が違法であるとして、廃絶を目指すための交渉会議が始まった。  核をすでに保有している五カ国は会議を欠席した。しかもアメリカなどは、禁止条約を批判したとも言う。政治的にみて、核廃絶は非現実的であるという理由であるようだ。 さて、世界で唯一の被爆国であるわが国、日本の場合についてである。アメリカの傘の下にあって守られてい [続きを読む]
  • 危険なスポーツ・相撲
  •  新横綱・稀勢の里が、連勝の後、横綱・日馬富士との相撲で、土俵下に落ち、左肩に打撲傷を負い、無理をして出場した今日の相撲で、あえなく敗退した。観客は、惜しみない拍手を送ったが、私には別の思いがある。 相撲の土俵の構造は、一辺が6.7メートルの正方形の中央に直径4.55 メートル(15尺)の円を作り、この中で勝負をするのだという。土俵周りの狭い所は一メートル程度である。土俵の高さは、最大60センチ程度である [続きを読む]