セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さん プロフィール

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セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボさん: セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
ハンドル名セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さん
ブログタイトルセルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/idealblog2
サイト紹介文日本の城、写真、ダートレース等の趣味を相互に関連づけて趣味を深く追求!
自由文三重県を中心に徹底訪城、伝えて残したい山城遺産。時々ダートレースで若さを保ちつつ、セルフコロボレーションを試みる。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供108回 / 349日(平均2.2回/週) - 参加 2016/07/05 22:30

セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さんのブログ記事

  • 波多瀬城
  • 城名波多瀬城住所多気町波多瀬字小屋城 波多瀬集落の中央の丘陵頂部築城年天正年間築城者野呂實秀形式山城遺構平坦地のみで他に遺構はない。東側の登城道だけが面影を忍ばせる。城主波多瀬三郎実徳標高120m比高30m歴史 野呂越後守實吉の次男實秀が波多瀬(奉瀬)に居住し五箇篠山城の支城として築城大永年間1525波多瀬観音寺建立永禄年間1558-1569織田信長伊勢攻略で焼失永禄十二年1569 [続きを読む]
  • 川俣谷の戦い
  • 峯城遠景かばただにのたたかい 三重県松阪市飯南町から櫛田川を遡り飯高町に行きつくと川俣という地区がある。 昔は櫛田川の上流部分のこのあたりを川俣谷(かばただに)と言った。 そして、天正4年(1577)春の出来事であった。 その前の年兄や親族を謀殺された弟北畠具親は織田信長の伊勢侵攻に奮い立った。 北畠氏の恩顧諸氏のうち三瀬谷、初瀬街道筋、小倭はいち早く織田軍に挑むが多勢に無勢ことごとく攻め落とされて [続きを読む]
  • 観音岳
  • 観音岳(かんのんだけ)ヤマレコ山行記録 (ルート・標高など)南から観音岳を望む尾根筋から堀坂山を望む爽快な尾根歩き 山桜の赤芽 北から見る堀坂山南部の山並み 獅子ケ岳の風発 堀坂山山が笑う 田村町から見る観音岳  [続きを読む]
  • 南亦山(みなみまたやま)
  • 南亦山 山行南亦山案内図東屋バイケイソウ群落展望台峠側入口に下山東方遠望ヤマレコ山行記録 (ルート、標高など) 余談 渡会の獅子ケ岳へ登る準備をして出かけたが風力発電の工事で車両は通行止めとのこと。急遽、以前から考えていた大内山の南亦山に変更した。 順調に山行を終え駐車場に戻ったがなんと車のエンジンが掛からない。恐らくスモールランプでも点いていてキーを抜いた時アラームに気づかなかったのだろう [続きを読む]
  • 草生城
  • 草生城(くさわじょう) 城名草生城読みくさわじょう住所津市 安濃町草生築城年不明築城者草生氏(くさわし)形式平山城遺構曲輪、土塁、空堀、説明板規模東西250m×南北90m城主豪族、歴代の城主の記録はなく一部が垣間見られる。永享年間(1429〜1440)草生大和守天文年間(1532〜1554)草生式部少輔永禄年間(1558〜1569)草生越前守他に草生民部少輔の記述がある。標高130m比高 [続きを読む]
  • 飯南高校前のハナノキ
  • ハナノキ2017年4月4日 三重県松阪市飯南町粥見中日新聞に掲載のハナノキを撮りに行った。飯南高校前、午後1時半ごろ。赤い新芽なのかと言われても疑えない見映え。そこでアップ。確かに「花」。花の大きさに比べて木が大きすぎて近寄らないと見逃してしまう。ハナノキはこの後新葉のもえぎ色、新緑、深緑、黄葉、紅葉と七不思議ぐらい様子を代えていく。新聞記事によるとハナノキは日本固有種で絶滅危惧種に指定され [続きを読む]
  • 遠州飯田城
  • 遠州・飯田城「二重堀切」デジブック 『遠州飯田城』 城名遠州・飯田城住所静岡県周智郡森町飯田築城年応永初頃築城者山内対馬守形式山城(丘城)遺構郭(主,二)土塁、物見郭、二重堀切、規模東西100m×南北150m城主山内氏標高53m比高20m歴史弘安41281 飯田の荘上郷(天方地区)村等の地頭を安堵された山内道茂を祖とし、山内道弘・道秀の頃に遠江に赴き天方城を築いたとされる。(注1)嘉暦 [続きを読む]
  • 矢倉山城
  • 矢倉山城 築城時期、城主;不明住所;三重県松阪市射和町矢倉位置づけ;熊野街道を見下ろす標高140mの矢倉山の山頂にある。但し、東側から南側にかけての方向は熊野街道を直視することは難しい。遺構;郭、堀切、のろし台、土橋感想; 西に走る街道から尾根伝いに登るが最初に見ごたえのある土塁に出くわす。   立派すぎてどんな役目だったのか想像しづらい。    尾根の途中に堀切、土橋があり最初に完成度の低い郭が出現 [続きを読む]
  • 寺山城
  • 城名寺山城住所伊勢市上地町字寺山築城年不明築城者不明形式平城遺構土塁?規模60m×70m城主上地左衛門太夫?標高12m経緯 宝徳2年(1450)(注1)北畠軍が上地、中須、掛橋辺りを焼き払った。又、寛正6年(1465)には上地と有爾(うに)と相論となり内宮側が地頭の上地左衛門太夫と交渉した。これら古文書の記述から上地左衛門太夫が寺山城の城主と考えれている。書籍伊勢市史環境 参宮街道から80m南 [続きを読む]
  • 阿坂城のろし実験
  • 阿坂城のろし実験 2017年2月16日 三重県松阪市大阿坂町 桝形山 阿坂城(別名;白米城)午前9時 狼煙(のろし)実験 主催;松阪山城会(会長;松本薫氏)参加メンバー22名目的; 中世における情報伝達の手段は限られたいた。口頭・手紙などはスピードに欠けるため 非常時には狼煙(のろし)が用いられたと考えられている。 中勢においては北畠氏が国司を勤めていた。その関係する山城・平城が各所に点在する。そ [続きを読む]
  • 伊勢上野城・川北城・安濃城
  • 城名伊勢上野城住所津市河芸町上野曲輪築城年 天文17年(1548)の記録に分部氏から三間氏にこの城が預けられたと記されているのでそれ以前に原型は築城されている。築城者織田信包-分部光嘉(織田信包の指示で分部氏が築城した)形式平山城遺構郭、土塁、井戸、堀切規模東西230m×南北120m(本丸 80m×80m)城主小田信包-分部光嘉-光信標高38m比高35m歴史 永禄11年(1568)信長の伊勢侵攻のと [続きを読む]
  • 山室城
  • 山室城スライドへ イラストと写真をコラボしました。やまむろじょう 城名 山室城住所 松阪市山室町奥殿向井築城年 室町期、建暦年間(1211〜1212)築城者 山室十郎左衛門尉形式 山城遺構 南東尾根に堀切、頂部台状地、帯曲輪、近くに馬場遺跡が発掘された。規模 東西45m×南北40m城主 兼高---山室十郎左衛門尉--- --- --- --- ---兼房標高 66m比高 30m歴史 建暦年中に白耆国(ほうきのくに) [続きを読む]
  • 三行城・黒田城・秋葉城
  • 城名三行城読みみゆきじょう(別名)御幸城住所三重県津市河芸町三行築城年元亀年間(1570〜1573)築城者伊藤助重形式丘城遺構郭・櫓台・堀切規模90m×60m城主伊藤助重(注1)標高31m比高10m書籍伊藤家古文書現地 田中川を見下ろす傾斜の中腹の丘城である。 城は三行集落の北裏山で丘陵頂部全体を階段状に加工して築かれた。25m四方の台地を中心にその西寄りに一段高い6m四方の櫓台を築き西・北・東 [続きを読む]
  • 山田野城
  • 山田野城 スライドへ 城名山田野城やまだのじょう住所津市白山町山田野築城年天正年間築城者長野左京進形式山城遺構郭、堀切、竪堀規模東西55m×南北65m城主長野左京進標高164m比高85m一族長野氏歴史 長野左京進は北畠の家臣で永禄十二年(1569)大河内城の戦いでは籠城し日置らと共に大奮戦している。九月八日の信長軍の夜討ちに対し、反撃して高名をあげた(勢州軍記)。経緯 その後は、北畠家を継いだ信 [続きを読む]
  • 家城城
  • 家城城 スライドへ 城名家城城いえきじょう住所津市白山町南家城築城年正中年間に修築築城者家城主水正形式山城遺構郭、2重堀切、3重堀切規模70m×70m城主家城主水正(北畠家臣・騎馬大将)標高130m比高60m経緯 家城主水正は北畠家臣で槍の名手として天文年間、鷺山合戦や、永禄12年の大河内城の夜戦で竜蔵庵口の主将を務めた武将である。北畠具親が挙兵したとき川俣谷の戦いで討死した。環境 家城の平野部を [続きを読む]
  • 三ケ野城
  • 三ケ野城 スライドへ 城名三ケ野城みつがのじょう住所津市白山町三ケ野築城年不明築城者満賀野氏かも形式山城遺構郭、堀切規模東西50m×南北90m城主満賀野甚九郎かも標高140m比高70m歴史小倭七郷小倭七党に満賀野氏が数えられるので関係者かも知れない。環境 三ケ野川が東に流れその両方に狭い平野部が張り付く。その光景を三ケ野城の主郭から遠望で来た位置関係にある。一族 北畠家臣に満賀野甚九郎の名がある [続きを読む]
  • 真見城
  • 真見城 スライドへまみじょう 城名真見城読みまみじょう住所津市白山町真見字遠ケ瀬築城年築城者福田山氏形式山城遺構郭、堀切、土塁規模東西20m×南北50m城主福田山帯刀標高130m比高45m歴史小倭党(おやまととう)の福田修理允の母方の親戚にあたる。書籍勢陽五鈴遺響環境 白山町家城平野部の南端の山にある。雲出川を両側から山が迫り交通の難所である。考察 関所的には持って来いの場所である。城から雲 [続きを読む]
  • 辛怒田城
  • 辛怒田城(からぬたじょう) なんと変な城名である。 地理院地図で(怒田)を検索すると怒田 8件  怒田沢 3件  怒田畑 上怒田 下怒田 粟怒田 古怒田 上赤怒田  赤怒田 柴怒田 怒田野尾 怒田場 怒田ノ尻...各1件  合計 怒田に関する地名は20件以上。 読みとしても「ぬた」と「ぬだ」に分かれるようだ。 そして辛怒田、三重県熊野市にある辛怒田山の山頂に辛怒田城があるという。 標高638mとある [続きを読む]
  • 松阪の城 順位
  • 松阪市にある城・館を68件巡ったところで順位付けをした。採点項目は① 郭・井戸② 堀切③ 土塁・石塁④ 竪堀・空堀・水堀・池⑤ 土橋・虎口⑥ 切岸⑦ 石垣⑧ 歴史各10点満点×8項目=合計80点満点合計点数毎の星の数0〜9 ☆10〜19 ☆☆20〜29 ☆☆☆30〜39 ☆☆☆☆40〜49 ☆☆☆☆☆50〜59 ☆☆☆☆☆☆60〜69 ☆☆☆☆☆☆☆70〜79 ☆☆☆☆☆☆☆☆80    ☆☆☆☆ [続きを読む]
  • 西野城
  • 西野城 城名西野城住所松阪市西野町築城年不明築城者不明形式館遺構無し規模70m×50m城主不明標高95m比高0m環境南に法淨寺川現地 法淨寺川を谷底とする山口集落の東先端の見晴らしの良い丘陵地で、館跡は南に落差7、8mを有する法淨寺川が守りを固める。 想像ではあるが南の法淨寺川の反対、西から北側には堀があって水を流していたと思われるような状況が見受けられる。感想 近くに奥野城という城があった [続きを読む]
  • 松阪市 髯山の記録 現地案内板より
  • 髯山(ひげやま)の記録北畠時代の「狼煙場(のろしば)」・「見張場(みはりじょ)」跡で、いまも山頂三角点の近くに礎石(そせき)と狼煙場となった穴があり、三方を石垣で囲んで東方に向けて口を開けている。“ひげ山”は、火(ひ)揚(あ)げの山であることから、髯山と呼ばれるようになったといわれている。海抜六八七・七米の髯山は、かつての美杉村多気の霧(きり)山(やま)城・松阪市阿坂の白米(はくまい)城・度会郡大湊(おおみなと)が一 [続きを読む]