伊東玲 さん プロフィール

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伊東玲さん: 伊東玲(いとうあきら)のブログ
ハンドル名伊東玲 さん
ブログタイトル伊東玲(いとうあきら)のブログ
ブログURLhttp://korewaisee.cocolog-nifty.com/akiraight/
サイト紹介文国公立小学校と私立大学教員養成課程の元教員が学校の課題と教育の可能性を考えるブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供110回 / 348日(平均2.2回/週) - 参加 2016/07/06 02:51

伊東玲 さんのブログ記事

  • 「本を読んだらわかる」と言われて思い出す「壺」
  • 教育学を学んでいるときから現職の教員時代に読んだ本の数は、専門書や研究書や原点資料などを中心に、何冊になるか。自宅に遊びに来た同僚が蔵書の一部を見て、ちょっとした本屋さんの教育コーナーよりも多い、と驚いていた。ただし、私がもっとも嫌いなものが、教師用の雑誌で、あれこれと職員室で見かけただけでなく、若い頃には原稿も書かせてもらったが、やはりあまり意味がない。春の運動会のシーズンが終わって、話題の一つ [続きを読む]
  • 「自由」とは無縁な『学び合い』〜「学び合い」との相違点〜
  • 『学び合い』についての実践者の声や、関係著作物を見るとわかるように、『学び合い』は「自由」ともっとも遠い教育方法である。一斉授業の方が、子どもを、敵前で「自由」にし、無責任に危険にさらして子どもをつぶしている。『学び合い』には、最低「2割のリーダー」が不可欠だからである。反対に言えば、一見して「自由」に見えても、指導者の意をくんだリーダーたちがそこここにいて、全体を統率している。40人の児童・生徒 [続きを読む]
  • 唱えることで乗り越える苦労が「得」にも「幸せ」にもなる
  • 『学び合い』批判で多いのは、「一人も見捨てない」というお題目的な実践目標にこだわるものである。けれども、『学び合い』の実践者たちは、私の見る限り、ただお題目を唱えているのではない。「一人を見捨てない」という、とても現実のものになるとは思えない理想を、実現しようと非常に努力と工夫を重ねていると思われる。私が西川純先生から紹介されて見た中学校の数学科の授業の映像では、生徒たちがわいわいと『学び合い』を [続きを読む]
  • 地元でも呼びかけ〜『学び合い』の授業参観希望〜「みんなで取り組む」
  • 「みんなで取り組む『学び合い』入門」を読んでその「初発の感想」を書いてから、ますます『学び合い』についての興味が沸いてきています。そのなかでも「みんなで取り組む」ということばがずっと頭にあって、勉強会への参加も考えていますが、私が今住んでいる地元で「みんなで取り組む」というのはあるのだろうか、あれば私も参加してみたいし、ないのなら「みんなで取り組む」きっかけをつくってみたいと考えるようになりました [続きを読む]
  • 西川純著「みんなで取り組む『学び合い』入門」の初発の感想
  • いきなり「ラガード」(ロジャーズのイノベーター理論)的な題名をつけてしまいました。「初発の感想」なんて、本当に懐かしいことばです。この本は、相当に「したたか」だと感じました。あくまでも個人的な感想です。そのもっとも大きなものは、最初から『学び合い』というものはどういうものか、ということをほとんどそれ自体のことばによる説明はしないで、本の最初から、いきなり『学び合い』の世界に導いていると感じたからで [続きを読む]
  • 「書評」の前に〜「元」をつけてくれた配慮に感謝しながらも〜
  • 「みんなで取り組む『学び合い』入門」の書評を、襟を正して書こうとする前に、少し別の記事を書きます。選択肢が複数あったということと、「犬クソ教師」のくだりから、直感したものがありましたので、書いています。私は「教育の世界に面白い現象がおこったかもしれない」を、見て見たかったなとも思います。そういうことがあっても不思議のない先生です。今回は見送られた、という書き方ですむのかどうかはわかりませんが、まだ [続きを読む]
  • まずこの壺を買ってじっと眺めることから始めましょう、みたいなもの?
  • 私は『みんなで取り組む『学び合い』入門』を読んでいません。読んでみたいなと思っていましたが、著者の先生のブログの内容がどんどんとエスカレートして「私は最強の教育研究者」というような文言まで出てくると、はっきり言って、読むのが怖くなります。しかも、私がそれがうっとうしくて大学を辞めた大学の「村社会」の村長としての「辣腕」を自慢されると、さらに引いてしまいます。だいたい「最強」とは何?「教育研究者」と [続きを読む]
  • 守った「良心」の「つけ」との闘い〜前川文部大臣誕生の空想〜
  • 「良心」を守った記事を読んで、強く心を動かされました。。そこにも書かれているように、その原因となったものは公言できないものがあるはずです。しかもそれは、当人の生き方に大きく関わることで、「良心」を守ることを決断するまでには相当に悩んだことと想像します。水準や内容が異なるので一概には言えないこととは思いながらも、これからのことを思うと、自分自身のこれまでのことから、何かにつけて思うところが続くことと [続きを読む]
  • 教員養成改革殺人事件というミステリー構想メモ
  • 事件の被害者は、保身だけを大切にしてきた教育学部の教授。事件の容疑者は、昇進を教授によって抑えられている准教授、授業研究に協力したのに利用されていただけだとわかった学校教員、研究や論文を盗用された研究者、教授のゼミの卒業生で教授からパワハラを受けて教員への道を絶たれた若者、その教授のゼミ生でセクハラを受けていた学生の友人、などが有力。被害者の経歴は、官僚からの天下りのあと、大学の要職を歴任し、学会 [続きを読む]
  • くだらない学校が作る不登校とくだらない不登校
  • 学校がくだらないのも学習塾がくらだらないのも同じように、不登校もくだらない。当たりがよければ学校もよいし、学習塾もよい。同じように、不登校にも価値あるものもある。つまるところ、教育や子育てには、何ら確かなものはなくて、人の数だけ可能性もあれば限界もあるということだと実感する。理想はいずれも望ましいが、現実はいずれも悲惨であることが多い。どちらがましか、ということになってきてしまう。不登校であること [続きを読む]
  • モーツァルトのF
  • モーツァルトはオーボエの音域では出ないとされていたF(ファ)の音を楽譜に書いた。そのおかげで演奏者の技術は進歩した。モーツァルトは、その後輩のベートヴェンがオーボエのふつうの音域の最高音であるD(レ)までしか使わなかったのに、演奏者をいじめるためにFを書いた。演奏者はFが出せるようになった。Fが出せないとオーボエを演奏するとは言えないくらいになった。モーツァルトのFは、聴き手にはとても気持ちの良い音であ [続きを読む]
  • 運動会の後片付けから考えた学力の種
  • 私のところへ来ている子どもたちの学校が運動会だというので、私の子どもたちをつれて見に行きました。午前に一度行って、午後にまた行ったのです。残念ながら午後はすでに演目が終わっていて「閉会式」でした。帰っている保護者もたくさんいます。2時半に演目が終わり「閉会式」になったのはよいと思いました。幸いにも昨日までの雨が上がり、「五月晴れ」というのはこんなことをいうのかなと思わせる、柔らかい日差しと心地よい [続きを読む]
  • 「勝ち組」の子育て論に共感者多数の「めでたさ」〜日本の現状〜
  • ブログ村の教育論・教育問題カテゴリーは、なんでもありの様相をさらに強めているようです。不登校やいじめの問題に粘り強く取り組んでいる方々もいれば、学校教育そのものについて自ら疑問や課題を挙げて情報交換しようという学校の教員もいます。今は「旬」を迎えて少し強気な大学院の先生もいますし、その方の論理を取り入れる教員が学校教育を「滅ぼす」という勢いで疑問を投げかけている先生もいます。読書情報を流す若い人や [続きを読む]
  • 追突された教員に「健脚」を自慢する校長はユニークなパワハラ?
  • 附属小から異動した学校に、ずるずると「通勤」させられてしばらくしたころのことでした。カーブの上り坂で脇道に入るために止まっている車に驚くことがあったので、その坂を上るときには前方をよく注意するようになっていました。その日も、前の車が急に減速し、脇道に入るために止まりました。私は余裕で車を止めて、その車が脇道に入っているのを待っていました。ドンと衝撃を受けて、バックミラーを見るとフロントガラスの中で [続きを読む]
  • 生徒に「先生みんながお前を疑っている」という津市立の中学校
  • 生徒が学年の副担任から「先生みんながお前を疑っている」と言われたという耳を疑うような話を聞いた。本当のことなら、生徒に対する体罰として懲戒の対象になることである。その教師を含んで数人の生徒に「指導」している教師たちは、「親には先生たちからの話は言うな」とも言っているらしい。これはまさに脅しである。それで保護者に連絡もなしに遅くまで残して多数の教師で生徒を個別に「指導」したり、部活を早引きさせて「指 [続きを読む]
  • 仲間意識が生徒を踏みにじる学校とは
  • 中学校の教師は、組織全体や学年団の教師同志の人間関係は重視するが、生徒に対しては、「支配」する傾向からなかなか抜けない。中学校の教師が組織性を強調すればするほど、そこで作られる「絆」が生徒の前に「壁」となってしまうことを自覚できないことに、長い間、残念な思いを持ってきている。組織的に研究ごっこをしていた中学校が地域でもっとも「荒れた」学校になった実例を知っており、それを黙々と自分一人の教育実践で「 [続きを読む]
  • 大学附属小がやった「労害」排除のやり方
  • 確かに校内では年長になっていたのですが、附属小の教頭から「老害だ」と言われて、教員を辞めようと考えました。50歳になる前のことです。小学生と授業を創るのが楽しく、しかも授業や教育の歴史の研究をするのが好きだった上に、将来教員になる実習生を指導する立場にあったので、退職するまでそのままいたいと考えて、あれこれと学校のために尽力していました。附属小の教育研究や日々の教育実践の向上のためはもちろん、当時 [続きを読む]
  • 西川純のメモを読んで単純に感動した話
  • 校務員共済や私立学校共済に入っていた時期に調子に乗ってローンを組んでいて、まさに今、そのローンの返済に大変な日々を送っているという点で、身につまされるような記事もありましたが、今回はそれではありません。「急がねば」という記事名で書かれている内容に、ただ、感動してしまったのです。感動というのはご承知の方もいるように、明治期は、よくないことば、として使われていました。「そんなに簡単に心が動じてはならな [続きを読む]
  • 東大生のアイドルの回想
  • 小学校教員時代の何人かが東大へ進学しました。特にいっしょに課外活動で合唱をやっていた子どもたちは、東大が多く、京大や芸大に進学した者が比較的多いのではないかと思います。もちろんその子たちが東大などへ進学したことと、私の教育力が直接結びつくようなものは、私自身にも見当たらず、もっぱら本人の努力や意志だったのだと思います。偶然のことです。そのなかの1人に東大生のアイドルというのがいます。その子が昨年に [続きを読む]