伊東玲 さん プロフィール

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伊東玲さん: 伊東玲(いとうあきら)のブログ
ハンドル名伊東玲 さん
ブログタイトル伊東玲(いとうあきら)のブログ
ブログURLhttp://korewaisee.cocolog-nifty.com/akiraight/
サイト紹介文国公立小学校と私立大学教員養成課程の元教員が学校の課題と教育の可能性を考えるブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供121回 / 365日(平均2.3回/週) - 参加 2016/07/06 02:51

伊東玲 さんのブログ記事

  • 大人でも落ち着かなければ勉強もできず文章も書けません
  • 新学期が始まっているところもあると思います。子どもたちにとって、いい夏休みだったでしょうか。子どもたちにとって、楽しい2学期になっているのでしょうか。いろんなことが気になると、時間があっても、心が疲れていて何もできない、という状態が続いています。思うこと考えること、言うべきことはあるはずなのに、それについて調べたり文章を書いたりするところまで結びつきません。そんな日々を送っているうちに、はっと思い [続きを読む]
  • 松谷みよ子さんと津海岸水難事件
  • 津海岸水難事件について、その後も調べている。気になっていたのはWikipediaの「橋北中学校水難事件」という記事。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E5%8C%97%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%B0%B4%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6ここにある「都市伝説」の章の「その起源」の節にある、松谷みよ子さんの「現代民話考」について。Wikipediaの記述では、松谷みよ子さんが、「人々は蒸し焼きであり、もんぺをはいた女の人が大勢 [続きを読む]
  • 「津海岸水難事件」についてなど
  • 近く何らかの形でまとめることになると考えているが、最近になって、昭和30年に水泳の授業中に女子中学生36名が溺死した「津海岸水難事故」についての、新たな情報を得ているところである。もともと、この事件の「うさん臭さ」は、犠牲者の多さと話題性から、責任問題を政治的にうやむやにしてしまうところから始まっている、そして現在でも、公刊される公的な著作類では「触れない」ようにすることが「慣例」となっている。身 [続きを読む]
  • 原爆の犠牲者に哀悼と誕生日にもらったメールに救われる自分
  • 広島と長崎の原子爆弾で亡くなられた方々、遺族の方々、今なおその被害に苦しむ方々に、心より哀悼の念を表しますとともに、お悔やみを申し上げます。こと長崎の原爆につきましては自分の記念日とも関連して、まだ幼い頃から意識しており、30歳の誕生日は長崎の平和公園で迎えたほどです。ところで本日、お名前を明記して、教え子の一人の方からメールをいただきました。たまたまインターネットでこのブログを見かけたそうで、私が [続きを読む]
  • したことよりも言われたことに「傷つく人」と不登校の「オール1」
  • 朝から「一教育屋」からのコメントが入った。今の通知表(成績表・連絡表)は、ほとんど、パソコンで作成して印字されたものである。学校によって異なるが、中には、校長や担任の印鑑まで、画像として印字されたものもある。私は、緊張しながらハンコを押し、一生懸命になって所見欄を手書きした時代を持つ元教師である。以前にも書いたと思うが、教師として不登校の子どもも経験した。評定については、特別な場合は同僚や管理職と [続きを読む]
  • 不登校生徒に成績通知表「オール1」は英断か
  • 不登校の児童や生徒とたちとのかかわりを持つようになって、いろいろな学校教育の局面をみることとなった。成績表(通知表・連絡表)というものに関しては、私の聞く限りでは、1学期と2学期は「白紙」で、さすがに指導要録とも関係する3学期には、それなりのものがつけられている、というのがこれまでの普通であった。この1学期の保護者面談で、「オール1」をもらってきて見せられた。さすがにすべての評定に「1」が並んでいる [続きを読む]
  • 情報等の発信するのにこれからは3つの顔を持つことにしたいと考える
  • 伊東玲のブログでは、教育に関することや文化、歴史、音楽に関することなど、これまでと同じように発信したいと考えます。けれども、大学教員時代のことや、身の回りで得ている現在の学校の諸状況については、表現の方法や実在の事物への影響も考え、さらには発信のねらいを確実なものにするために、筆名を使うことにしました。伊東玲としては、私なりの考えで、これからの学校教育に役立つことも発信したいと考えています。音楽教 [続きを読む]
  • 安心して学べない教室が生み出すもの〜本を読みながら〜
  • しばらく更新ができていなかったのは、物理的に時間がなかったことが原因である。いくつかのブログは更新していたが、やはりこのブログは私にとっては一番大切なものなので、書くためには心身の力を必要とする。時期的に大学教員時代は別として、公務員時代の経済事情に比べて、現在は非常に不安定な状態なので、毎日、ほとんど休む間もないぐらい何かやっている。特に期末試験もあったので、子どもたちの学習支援も時間を使う。皮 [続きを読む]
  • 「本を読んだらわかる」と言われて思い出す「壺」
  • 教育学を学んでいるときから現職の教員時代に読んだ本の数は、専門書や研究書や原点資料などを中心に、何冊になるか。自宅に遊びに来た同僚が蔵書の一部を見て、ちょっとした本屋さんの教育コーナーよりも多い、と驚いていた。ただし、私がもっとも嫌いなものが、教師用の雑誌で、あれこれと職員室で見かけただけでなく、若い頃には原稿も書かせてもらったが、やはりあまり意味がない。春の運動会のシーズンが終わって、話題の一つ [続きを読む]
  • 「自由」とは無縁な『学び合い』〜「学び合い」との相違点〜
  • 『学び合い』についての実践者の声や、関係著作物を見るとわかるように、『学び合い』は「自由」ともっとも遠い教育方法である。一斉授業の方が、子どもを、敵前で「自由」にし、無責任に危険にさらして子どもをつぶしている。『学び合い』には、最低「2割のリーダー」が不可欠だからである。反対に言えば、一見して「自由」に見えても、指導者の意をくんだリーダーたちがそこここにいて、全体を統率している。40人の児童・生徒 [続きを読む]
  • 唱えることで乗り越える苦労が「得」にも「幸せ」にもなる
  • 『学び合い』批判で多いのは、「一人も見捨てない」というお題目的な実践目標にこだわるものである。けれども、『学び合い』の実践者たちは、私の見る限り、ただお題目を唱えているのではない。「一人を見捨てない」という、とても現実のものになるとは思えない理想を、実現しようと非常に努力と工夫を重ねていると思われる。私が西川純先生から紹介されて見た中学校の数学科の授業の映像では、生徒たちがわいわいと『学び合い』を [続きを読む]
  • 地元でも呼びかけ〜『学び合い』の授業参観希望〜「みんなで取り組む」
  • 「みんなで取り組む『学び合い』入門」を読んでその「初発の感想」を書いてから、ますます『学び合い』についての興味が沸いてきています。そのなかでも「みんなで取り組む」ということばがずっと頭にあって、勉強会への参加も考えていますが、私が今住んでいる地元で「みんなで取り組む」というのはあるのだろうか、あれば私も参加してみたいし、ないのなら「みんなで取り組む」きっかけをつくってみたいと考えるようになりました [続きを読む]
  • 西川純著「みんなで取り組む『学び合い』入門」の初発の感想
  • いきなり「ラガード」(ロジャーズのイノベーター理論)的な題名をつけてしまいました。「初発の感想」なんて、本当に懐かしいことばです。この本は、相当に「したたか」だと感じました。あくまでも個人的な感想です。そのもっとも大きなものは、最初から『学び合い』というものはどういうものか、ということをほとんどそれ自体のことばによる説明はしないで、本の最初から、いきなり『学び合い』の世界に導いていると感じたからで [続きを読む]
  • 「書評」の前に〜「元」をつけてくれた配慮に感謝しながらも〜
  • 「みんなで取り組む『学び合い』入門」の書評を、襟を正して書こうとする前に、少し別の記事を書きます。選択肢が複数あったということと、「犬クソ教師」のくだりから、直感したものがありましたので、書いています。私は「教育の世界に面白い現象がおこったかもしれない」を、見て見たかったなとも思います。そういうことがあっても不思議のない先生です。今回は見送られた、という書き方ですむのかどうかはわかりませんが、まだ [続きを読む]
  • まずこの壺を買ってじっと眺めることから始めましょう、みたいなもの?
  • 私は『みんなで取り組む『学び合い』入門』を読んでいません。読んでみたいなと思っていましたが、著者の先生のブログの内容がどんどんとエスカレートして「私は最強の教育研究者」というような文言まで出てくると、はっきり言って、読むのが怖くなります。しかも、私がそれがうっとうしくて大学を辞めた大学の「村社会」の村長としての「辣腕」を自慢されると、さらに引いてしまいます。だいたい「最強」とは何?「教育研究者」と [続きを読む]
  • 守った「良心」の「つけ」との闘い〜前川文部大臣誕生の空想〜
  • 「良心」を守った記事を読んで、強く心を動かされました。。そこにも書かれているように、その原因となったものは公言できないものがあるはずです。しかもそれは、当人の生き方に大きく関わることで、「良心」を守ることを決断するまでには相当に悩んだことと想像します。水準や内容が異なるので一概には言えないこととは思いながらも、これからのことを思うと、自分自身のこれまでのことから、何かにつけて思うところが続くことと [続きを読む]