伊東教育研究所 さん プロフィール

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伊東教育研究所さん: 伊東玲(いとうあきら)のブログ
ハンドル名伊東教育研究所 さん
ブログタイトル伊東玲(いとうあきら)のブログ
ブログURLhttp://korewaisee.cocolog-nifty.com/akiraight/
サイト紹介文国公立学校や大学などでの教員経験と保護者や知人の子どもの世話をする現役として語るあれこれ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供76回 / 261日(平均2.0回/週) - 参加 2016/07/06 02:51

伊東教育研究所 さんのブログ記事

  • 君はあと5回目に飛べる〜久しぶりの跳び箱指導〜
  • 跳び箱を苦手にしている子どもがいたので、勉強の合間に、ちょっとだけやらせてみて、と頼んで指導させてもらいました。手を突く位置と、空中姿勢、着地の感覚の3つが、私の指導のポイントです。最初は手を突く位置をなるべく遠くにするように言い、上にまたがるようにしなさい、と言いました。それができるようになったら、今度は手で押して飛び降りなさい、と言い、それもさせました。まあ、誰でもするような、ごく普通の指導で [続きを読む]
  • 私が闘いたい相手は子どもを食い物にする組織
  • 原稿を書いています。いくつかを並行して書いています。現職の学校教員であったときから今も通じて変わらないのは、児童・生徒・学生を食い物にする学校や学習塾のやり方に抵抗することです。単純に考えて、お金に見合っただけの成果が得られるならば、それは食い物にしているとは思いません。ワークブックや問題集、参考書、家庭教師、学習塾、そして私立学校など、本人が希望していて、そのためのお金を払える家庭がお金を払って [続きを読む]
  • 風評被害は教育の敵のはず
  • インターネットでの中傷や誹謗についての対応の仕方は、無視することだと、あらためて「津情報」のカテゴリーで活躍されているブログでも書いてあり、本当にその通りだと思います。それでも、そういうことをされている方、「被害者」にとっては、相当に苦痛なのも事実です。今回は、「評判を気にする」などと書いたことで、どうやらそのブログが「加害者」側の立場にあるということも自ら認めてしまうので、こういう人がいてはよく [続きを読む]
  • 「2チャン」マニアは教師に向かない
  • 原稿の執筆中ですので、短い記事になります。いつも、誤字脱字だらけでダラダラと書いているので、この方が読んでいただく人にはよいようにも思います。「ブログ村」をのぞいて見ましたら、題名や内容に、有名な匿名掲示板の「2チャンネル」から生まれたことばや口調を使っている人が、ここのところますますその傾向を強めているように感じました。かつてブログまで作って私や勤務先の実名を挙げて、中傷誹謗を繰り返していた人も [続きを読む]
  • 公式窓口へ意見をするときは実名で粘り強く
  • 組織の公式窓口へ意見を出すときには、匿名と実名では、対応がかなり異なります。匿名の場合は、教育委員会でも学校でも、1つの意見としては聞くものの、それを特別に取り上げるということは、私の経験ではありませんでした。管理職的立場から、「〇〇という意見があったから、気を付けるように」と言われたあと、「ただし、匿名だから……」というように続きます。どこの誰からのものなのかがはっきりしない場合と、住所や氏名を [続きを読む]
  • 感受性の高い子どもや人に辛い学校現場〜見切る勇気〜
  • 社会や組織への順応性があると、優れていると短絡的にみなす考えは今もあります。「小学生の子」のカテゴリーの、あるブログを読ませていただき、他人事ではない心の痛みを感じています。はっきり言って、その子どもの学校の、紹介されている教師の姿や学校の様子は、ぜったいに望ましいものではないです。むしろ、悪い環境や人たちに出会った不幸と言えるものだと思います。子どもの場合は、家族がそれに気づかないこともあり、そ [続きを読む]
  • 「私はこれで大学教員を辞めました(仮称)」出版準備中
  • いきなり教員養成課程の准教授相当という文部科学省の資格認定を受けて、大学教員になりました。ところが、せっかくそれまでの経験や研究を活かせる場を得たと思ったところ、最初の年から失望の連続で、ストレスばかりをためる毎日でした。最終的には、次年度の準備の教員会議で、教員養成を本気でやるつもりがあるのかを問いただし、保身に満ちた教員たちの姿を見て、これからの展望を管理職に問い、期待するな、と言われたことで [続きを読む]
  • 「教育勅語」発布時の「君が代」知ってる?〜論議は慎重に〜
  • そのものだけを取り出せば、どのようにでも解釈できます。その解釈は良くも悪くもできるもので、時代によって変化します。たとえば、『学問ノススメ』は、勉強すれば誰にでも立身出世ができるというもので、有名な冒頭からとても平等な文言から始まります。でも、そのなかには、職業の貴賎に関するところが出てくるのも有名です。だからといって、福沢諭吉という人や『学問ノススメ』を、良いとか悪いとか単純に評価することはでき [続きを読む]
  • 今回の教育改革は後継エリート選別の国家計画かという妄想
  • 今さらながら今回の教育改革をもう一度考え直してみるうちに、私は何か大きなもやもやが生まれてきました。そして、既に気づいている人たちが、「ブログ村」の「教育論・教育問題」カテゴリーのなかにはいたのではないか、とあらためて思うところです。今回の教育改革のねらいは何か。少子高齢化や日本の国際競争力などの国民的課題に対応するために、かなり念入りな準備ともっともらしい論理を掲げで具体化される教育改革の真相は [続きを読む]
  • 子育ても教育も「探究」と「対話」で充分
  • アクティブラーニングの諸外国の一例を紹介してあるブログ記事を読ませていただき、なるほどと思いました。アクティブラーニングは、それまでのグループ学習がそのままつながるという考えは甘い、というようなブログのお考えも読みました。学びの共同体や学び合いという考え方も、経験的にそのような場面があることも知っています。ただ、私の場合は、あれこれと考えても、いつしか、経験主義哲学のJ・デューイの教育論に戻ってし [続きを読む]
  • 新聞記事へのご反応に感謝から教育を創造する学校外の場作りの構想へ
  • 昨年の6月から断続的に連載していただいている教育改革関連の記事は、先週で3回目のシリーズを終えました。最初は読んでいる方たちがどのようなご感想や意見なのか、あるいは、誰もお読みになっていないのか、直接に反応を得ることはほとんどありませんでした。書かないかと新聞社の方から声を書いていただくままに書いて来たものなので、2回目の声がかかったときは驚きました。3回目のときも驚きましたが、せっかく声をかけて [続きを読む]
  • 学校現場と大学教員の癒着が子ども不在の教育を生む心配
  • 小学校教員のときは、大学の教員からご相談を受けると、できる限り協力しました。私の授業を連続して記録し、その授業についての意見交換をしたときに私が述べた考えをほとんどそのまま書いてご自身だけが「筆者」となり、末文に小さい文字で「協力者」として私の名前を書いて、めでたく認められた先生もいます。邦楽と子どもの合唱のコラボの演奏会を企画し、実際の演奏での調整や指導は共演者と私が行い、それを「業績」とされた [続きを読む]
  • 「ブログ村」の「教育論・教育問題」にいる「エマニエル教師」(承前)
  • ある種の記事を書くと、いつでも同じような内容の記事をあげるブログがあります。以前は一つの記事でも相当に力を入れて書いましたが、最近は、短いものになっています。短くなっても言っていることはほとんど昔と変わらず、不適切なことばを題名や内容に使いたがる悪癖も変わっていません。私の前の記事は、書いたあとも後味が悪く、削除しようかと考えていましたが、別に、捏造でも妄想でもありませんので、今もそのままにしてい [続きを読む]
  • 技術家庭の授業で「エマニエル夫人」を見せても教師ができた時代
  • 三重県に隣接する県にある政令指定都市の教員が小学校授業中に映画を見せていて、保護者からの苦情からニュースになり、その教員は懲戒処分になるということがありました。かつてはその政令指定都市の教員になると都市外の教員よりも待遇がよいということで、そこの教員たちはエリート意識を持っていたようですが、実際は相当に手抜き授業をしているという話を聞いたこともありました。ここのところはそのようなこともなくなったよ [続きを読む]
  • 卒業式の練習で「去年の子どもたちは…」という熟年教師は不必要
  • 昨日にある保護者から相談を受けた話です。卒業式の練習で昨年に続いて今年も6年の担任をしている「ベテラン」教師が、「去年の卒業生はもっと上手だった」と言い続けて、子どもたちがうんざりしているとのことでした。その話を子どもから聞いた保護者もその内容に「腹が立ってきて」学校に電話をしたそうです。電話に出た担任教師は、それほど深い意味はなかった、というような言い訳をし、まだ練習はあるので、と言ったそうです [続きを読む]
  • 保育所保育指針などの本質的問題〜幼保一元化不可行政〜
  • あるブログ記事を読んで、いささか心配になったので書きます。そのブログでは、今回示された「保育所保育指針(案)」が、保幼小の連携、施設管理、保育士の専門性の向上などを具体的かつ積極的に示していて、「国歌」の問題などを論議しているのは表面的だというようなことを書いているように、私には読めました。あくまでも、私には、そのように読めました。地方自治体の議員の方が書くブログなので、影響力も大きいと思います。 [続きを読む]
  • 教育の「やさしさ」とは〜教育改革を具体化する軸について〜
  • やさしさ、というものは難しいものです。厳しさとやさしさは裏表になっているな、というぐらいはわかりますが、何が難しいかと言えば、たぶん、その加減だと思います。たぶん、というのは確信が持てないからです。かつては、信念がありましたので、心を鬼にして子どもに対することが、やさしさにつながる、という考えで指導していました。ある子どもの例です。外国から来た子どもで、母国語は日本語ではありません。日本語はとても [続きを読む]
  • あるご家族とのお話から〜変わっていて何が悪い〜
  • 同じ子どものご家族のなかにもいろんなお考えがあります。他の子どもたちと同じように自分の子どももなって欲しいと願いと、他の子どもと違うところを大切にして欲しいと願うお考えが、同じ子どもをめぐって交錯します。リンゴが落ちるのを見て、どうしてか、としつこく考えるように、いつでも、どうしてか、なんでか、と考える子どもを、うれしそうに語るご家族の姿を見ると、私はうれしくなります。でも、そういう子どもが、学校 [続きを読む]
  • 真の父親らしさ
  • 子どもたちが幼い頃は、たくさんの音楽仲間、学生・生徒たち、そして教育関係者のなかにいる私がいました。そういうときの私は、家の中でも、社会的に目立つ存在ということで、家族との関係を持っていました。子どもたちの、子育てや教育にも、当然のように私の理念や理想を求めていました。大学を辞めて、しばらく好き勝手なことをしていて、気が付いたら、自分でも何をやっているのかわからなくなってきました。でも、それが楽で [続きを読む]
  • 敗戦直後と同じ人口のなかで子育てする小学生たち
  • 2050年には日本の人口は敗戦直後とほぼ同じぐらいまで減少しているという、国土交通省の推計があります。敗戦直後は子どもや若者が多く、その後、高度成長経済の担い手となり日本を経済大国にしました。これから日本をどのようにでもできるというエネルギーがみなぎっていました。その時期と同じ量の日本人にもどるとき、あふれているのは高年齢者です。働き盛りは、子育てと父母や祖父母の世代を支えの両方をしなければなりま [続きを読む]
  • そばにいる存在の大切さ〜教育改革がいかにあろうとも〜
  • 大学教員時代の思い出は、思い返せば、いつも最後は自責の念にかられることばかりです。ある人の勧めで、先日『恋妻家宮本』という映画を見ました。信頼する人の勧めだったので、私は何かの試験を受けているような気持ちになってしまい、最後まで登場人物の言動や設定や物語の展開を「深読み」しようとして、映画が終わったときは大変疲れていました。あとで勧めていただいた人にそれを伝えると、「別に深い意味はなかった。中学校 [続きを読む]
  • 教育実習に行ける枠を定員の半数程に限定していた教員養成
  • 一生の財産となる貴重な経験としての教育実習についての、あくまでも思い出話の一つです。もともと附属学校のない教員養成課程であれば、教育実習は母校に戻ってさせてもらうということも考えられることです。私は小学校教員免許を通信教育で取得しましたので、実習校は小学校時代の担任の先生が管理職をやっている学校にお頼みしました。今も、大変お世話になったあの学級の子どもたちと担任の先生の顔や声が思い出されます。公立 [続きを読む]