琥珀のウイスキー さん プロフィール

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琥珀のウイスキーさん: 「琥珀の夢」と鳥井信治郎
ハンドル名琥珀のウイスキー さん
ブログタイトル「琥珀の夢」と鳥井信治郎
ブログURLhttp://kohakudream.seesaa.net/
サイト紹介文日経新聞連載「琥珀の夢」(伊集院静)に関する話題
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供75回 / 324日(平均1.6回/週) - 参加 2016/07/09 01:31

琥珀のウイスキー さんのブログ記事

  • 琥珀の夢(323) 竹鶴政孝
  • マッサン登場!信治郎はウィスキー造りにかかる費用の目算をしてみた。出てきた数字を見て大きくため息をついたが、すぐに思い直した。「まだ何ひとつしてへんうちからタメ息なんぞ零(こぼ)してからに、福がにげてまうで」後にも先にも信治郎が何度もため息を零したのはあの時だけだった、と後年クニが述懐している。商品ができるまで5年、10年という時間を要するウイスキー作りを成功させるきっかけが、信治郎にはまだ見えてい [続きを読む]
  • 琥珀の夢(302)トリスウヰスキー
  • 「トリスウィスキー」という名前は「サントリー」の社名より先にできたという話。(なつかしい「アンクルトリス」↓)『洋酒天国』とその時代 (ちくま文庫) (文庫) / 小玉武/著信治郎が新しいウィスキーの名前を考えていると、クニと吉太郎が帰ってきた。並んでいる「赤玉」「向獅子」「ヘルメス」を指差して、吉太郎が「トリイ、トリイ」と何度も繰り返した。吉太郎がいなくなった後も、信治郎の耳に「トリイ」という声が響いた。 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(262)クニ
  • 「ところで大阪からの荷は届いてますやろか」信治郎は主人への土産を別に送らせていた。裏にあると言われが信治郎が荷を解きに立ち上がると、主人はクニという若い女性に手伝うように言った。裏手に行くと、羽織が汚れるから自分がするというクニを制して、信治郎は自分で荷を開け、中から「赤玉」を取り出した。「船に酔わなんだか」と包装紙を優しくなでる信治郎を見て、クニがクスッと笑った。自分の赤ちゃんみたいに話しかけて [続きを読む]
  • 琥珀の夢(247)看板
  • 寿屋洋酒店の看板は今も数点残っている。それは今でも十分通用する素材とデザインだ。「大将、このくらいでかんにんしたってもらえまへんか」木工屋の職人は本当に泣きそうだったと、後に語っている。それほど信治郎の第一号の看板へのこだわりはすさまじかった。しかしそのおかげで、職人にはあれと同じ看板をという注文が一気に増えた。もっとも、信治郎が費やした資材、染料、手間賃を聞いて皆あきらめたそうだが。 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(186)
  • 三池丸が横浜港の桟橋に近づくと、イギリス公使を迎える軍楽隊が勇壮な音楽で迎えた。進次郎は馬車で日本大通りにあるホテルに入り、すぐに日本大通りをあるき出した。「何や、この道幅のおおけさは・・・」信治郎は道幅や英米領事館などの周りの建物に驚いた。そして、洋酒を扱う店に入って行った。 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(185)横浜港
  • 信治郎は目の前にひろがる横浜港の大きさに目を見張った。日本一だと思っていた神戸港をはるかに上回る光景がそこにあった。「三池丸」も日本有数の船だが、それ以上に大きな客船が何隻も浮かんでいた。特に大きなのは上海行のイギリス客船だと正吉から知らされた。三池丸が向かった桟橋は、すべて鉄製だった。日本一の大桟橋だった。横浜港は今や神戸を追い越して日本一の港になろうとしていた。元々はちいさな漁村だった横浜村は [続きを読む]
  • 琥珀の夢(129)
  • 儀助は「蜂印香竄葡萄酒」を一口飲んでしばらく目を閉じていたが、風呂へ行くと言って立ち上がり、「お前も飲んでみい」と言って部屋を出た。信治郎は問屋の主人の無礼な態度にまだ腹をたてたまま、葡萄酒を茶碗に注いだ。一口飲んだ信治郎は目を開いた。二口、三口と、儀助に教えられたとおり葡萄酒を口に含んで口の中に葡萄酒が広がるようにした。「これや、この味や」信治郎は大きくため息をついて声を上げた。「この味を探しと [続きを読む]
  • 琥珀の夢(125)
  • 儀助と信治郎は店に入った。「大阪の小西儀助が来たと伝えてくれるか」儀助に言われた丁稚が下がると、しばらくして洋装の男が現れた。「さあどうぞ、奥へ奥へ」と言われたがその場に立っていた信治郎を、儀助が一緒に来るように促した。奥にはずらりと商品が並んだ棚に囲まれた楕円形の机の上に、さまざまな形のガラスの瓶とグラスが並んでいた。すぐに銀製の盆を手にした女性が現れ、どうぞ一杯と言って「電気ブラン」を2人に勧 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(124)
  • 信治郎は、東京の問屋の店半分が畳敷きではなく、机をはさんで客と対応しているのに驚いた。また電話が何台も四六時中鳴り響いているのも小西屋とは大違いだった。儀助が出てきた。店の主人から勧められた日本銀行のほぼ完成した建物を、信治郎は儀助と一緒に見た。大阪の日銀の何倍もの大きさだった。清國から多額の賠償金を取ってさぞお金があるのだろう、と儀助は言い、2人は次の問屋に向かった。大伝馬町に入ると、その店には [続きを読む]
  • 琥珀の夢(122)伊集院静氏に紫綬褒章
  • 儀助の言葉が信治郎には理解できなかった。この国の一番は大阪ではないのか?信治郎は首をかしげてもう一度皇居を見た。東京の様子は大阪とはいろいろ違っていた。洋装の男衆、女衆が多いこともそうだったが、橋のたもとに物乞いがいないことも目立った違いだった。商家が目に見えて多くなったあたりで、「恵比寿ビール」の看板が目に入った。「信吉、あれが明日訪ねる『国分』はんや」東京で一番の問屋だという。問屋の商いもこれ [続きを読む]
  • 琥珀の夢(120)富士山
  • 信治郎は初めて乗る汽車の旅に興奮して眠れなかった。信治郎の耳に、父母の会話がよみがえった。どうして丁稚の信治郎がそんな遠くに行かねばならないのかという母のこまと、いや、小西屋の旦那に信治郎はそれだけ見込まれているのだという父の声だった。浜松を過ぎると、5月の星空を円錐形に切るようにしている山影が見えた。初めて見る富士山の姿だった。「鳥井信治郎の商いの夢をどうか叶えさせとくれやす・・・」そして大磯を [続きを読む]
  • 琥珀の夢(117)
  • 旅支度のために久しぶりに実家に戻った信治郎に、家族は感心しきりだった。母のこまは不安がったが、兄の喜蔵は心配するなと話した。こまは大阪から東京に旅立ったまま消息を断った何人もの家族、男衆の話をした。大阪人にとって、東京はまだ別の土地だった。父の忠兵衛は年の初めから床に伏すことが多くなっていた。信治郎の目にもその衰えははっきりわかった。喜ぶ忠兵衛に、信治郎は「帰ってきたらみやげ話をぎょうさんしますよ [続きを読む]
  • 琥珀の夢(107)
  • 儀助は信治郎の話を聞いていた。「赤門印には甘みの加減が足らんのと違いますか」信治郎がそう言うと、儀助は目を大きく開いて信治郎を見つめた。儀助は驚いていた。自分が何年も探しているものを、まだ1年も経たないうちに丁稚の信治郎が口にしたことに感心した。「どや、わてと2人で、その甘味をこしらえてみよか?」物事はあきらめたら終わりだ。そのことを儀助は忘れかけていたが、信治郎のおかげで思い出したのだった。「信吉 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(105)
  • 居留地に行くと、やはり苦情はあの外国人だった。中から以前と違う中国人の執事が出てきた。信治郎は栓の取れた葡萄酒の替え1本に加え、2本の葡萄酒と、伊助から渡されていた銭の入った封筒をその執事に渡した。執事は笑って自分の名はヤンだと言った。店に帰ると信治郎は儀助の手伝いに、いつもより早く呼ばれた。作業場で待っていた儀助の機嫌が悪いことが、信治郎にはすぐわかった。「信吉、今朝居留地へ『赤門印』の苦情で出 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(90)商人
  • 信治郎は儀助の奉公時代の話をじっと聞いていた。儀助が背中に傷を負ったのは、店が川の私の船賃を出さなかったせいではなかったと、儀助は言った。少し遠回りをすれば浅瀬を渡れる段取りだったのに、儀助が配達を手間取ったため急ごうと思って判断を誤ったのだった。儀助は、背中の傷は商人としての大切なことを教えてくれたと言うのだった、信治郎は胸の中で手を合わせ、いい話を聞かせてくれたと儀助に感謝した。儀助はそこで話 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(89)奉公
  • 傷のことを聞かれが信治郎が「すべって転んでもうて・・・」と答えると、儀助は、足元を見ないで歩いているようでは一人前の商人になれないと言った。「す、すんまへん」あわてて謝る信治郎に儀助は、すぐ謝るのもだめだと言って奉公人の心得を話し始めた。奉公とは仕事を覚えることだが、それは店のためだけでなく自分のためでもある。だから奉公は厳しいのだ、と儀助は話した。儀助は茶を飲みながら、自分の奉公時代の話を始めた [続きを読む]
  • 琥珀の夢(88)額の傷
  • 小西儀助が、信治郎の待つ2階の作業場に現れた。信治郎が頭を下げ、顔を上げると儀助が一瞬、信治郎の顔を見た。儀助は持ってきた紙包みを開け、信治郎にすり鉢とすりこぎを持ってくるように命じた。儀助は手袋をして、包みの中身を鉢の中に移した。それは乾かした芋の中身だと言って、儀助は芋の繊維を崩さないようにそれを糸くらいにほぐすように信治郎に言った。丁寧にやれ、と言って儀助は隣で本を読み始めた。思ったより難し [続きを読む]
  • 琥珀の夢(70)
  • 信治郎と兵次郎が桟敷に移ると、3つ目となる近松門左衛門の極みの演目が始まった。「信はん、これが名残の橋づくしや」兵次郎が言った。太夫の声に聞き惚れながら、信治郎は「道行」の2人にいつしかまた涙していた。天神橋、梅田橋、緑橋・・・よく知る橋の名前の出てくる恋物語は、信治郎の思い入れを強くした。舞台が終わるころ、兵次郎が芝居の後で川風にでも当たりに南地の方に行こうと誘った。信治郎は舞台に夢中で生返事をし [続きを読む]
  • 琥珀の夢(67)御霊文楽座
  • 信治郎にとって初めての芝居見物となる「御霊文楽座」は、当時大阪で全盛期を迎えていた。出雲の阿国のかぶき踊を源とする歌舞伎に対し、人形浄瑠璃は各地に点在した操り人形と音曲、語りのかたちが発展したものだった。人形浄瑠璃には「時代物」と「世話物」の二種類の戯作があり人気を博した。歌舞伎と人形浄瑠璃は互いに影響し合いながら競い合っていた。御霊文楽座は間口七間(13メートル)の大舞台で、旦那衆の遮光板の1つと [続きを読む]
  • 琥珀の夢(60)水入らず
  • 父の忠兵衛は夏風邪をこじらせていたが、起き上がって信治郎を迎えた。信治郎が銭の入ったぽち袋を差し出すと、忠兵衛は何度もうなづいた。小西儀助商店での様子を信治郎が話し始めると、忠兵衛はせつが入れた湯だと言って信治郎に入浴を勧めた。信治郎は次姉のせつにもぽち袋を渡し、風呂に入った。上がると着替え場に新しい着物が置いてあった。家族は久しぶりに水入らずで夕食を取った。尾頭付きの魚を見て「たいそうなもんです [続きを読む]
  • 琥珀の夢(62)炭酸水
  • 信治郎は、久しぶりの実家の店を見て、奉公先の小西屋に比べて雑で緩いのを感じた。倉庫の前に積んだ炭酸水のような瓶物が上に置かれているのを平場に戻した。休みの時までそんなことをする必要はないと笑う兄の喜蔵に、信治郎は炭酸水の仕入れ値を尋ねた。小西より遥かに高かった。店の大きさが違うという喜蔵に、いくら高級品の炭酸水でもそれは違うと感じたのか、信治郎は小西屋の仕入れ問屋を教えた。信治郎は翌日、小西屋の丁 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(52)守り神
  • 信治郎が主人の夜なべ仕事を手伝ったのを知った弥七が、信治郎にいまいましそうに声をかけるのを見ていた常吉が、「信どんは強いんやな」とこぼした。「神さんの力で助けてもらうんですわ」信治郎は答えた。「わて?日早う起きて神農さんにお祈りしてるんだす」。「神農はん」はこの町の守り神で、中国の強い皇帝だったことを教え、信治郎は常吉を少彦名神社へ誘った。梅雨が明けた暑い夏の朝早く、信治郎は大八車を引いて店を出、 [続きを読む]
  • 52. 琥珀の夢(51)難波の医師
  • 儀助の言葉は決して大げさなものではなかった。薬は人間が地球に登場し、動植物を食用として生きるうちに、経験によって薬用になると知ったものである。道修町で「神農さん」と呼ばれる少彦名神社も、実は古事記・日本書紀に記された医療の始祖のひとつを祀ったものである。日本書紀によれば、朝鮮の新羅から5世紀に訪れた医師が難波に住んで医業を開始し、「難波の医師(くすし)」と呼ばれたことが記されている。当時、疫病の大 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(50)薬は国を守る
  • 信治郎は湯を沸かしながら特異な香りに気がついてそちらに目をやった。「これは麝香や・・・」儀助が話し始めた。清國、蒙古、朝鮮に生息するジャコウジカの麝香腺から取り出したものを固めて乾燥させ、粉末にしたもので、鎮痛剤にも興奮剤にもなる。そんな儀助の独白を、信治郎は一言も洩らさず聞きながら、それぞれの葉の色や形、そして何より匂いをかいで覚えようとした。儀助は骨状のものを削りながら、時折削りとったものを鼻 [続きを読む]
  • 琥珀の夢(49)夜鍋
  • 小西屋で奉公を始めて1ヶ月ほど過ぎて、信治郎は番頭の伊助に呼ばれ、その晩の儀助の夜鍋を手伝うように言われた。手伝いの段取りは弥七に聞くように言われたが、弥七は何も教えてくれなかった。常吉に訪ねると、旦那の言うとおりにしていればいいとの事だった。儀助は夜の9時に仕事場に現れた。手にしていた鍵で大きな錠前を開け、中に入った。信治郎は昨夜自分が磨いたランプに火をつけた。今夜は少し薬を刻むので、まず桶の水 [続きを読む]