カトリック情報 Catholics in Japan さん プロフィール

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カトリック情報 Catholics in Japanさん: カトリック情報 Catholics in Japan
ハンドル名カトリック情報 Catholics in Japan さん
ブログタイトルカトリック情報 Catholics in Japan
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/catholic_info
サイト紹介文聖人伝、教会史、格言、みことばなどを掲載します。フェイスブックのカトリックグループにも投稿しています
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更新頻度(1年)情報提供790回 / 365日(平均15.2回/週) - 参加 2016/07/09 05:15

カトリック情報 Catholics in Japan さんのブログ記事

  • ミサの真価   聖ジャン・マリ・ヴィアンネ
  • どんな善業を全部よせ集めても、ミサ聖祭には及びません。善業は人間の業であり、ミサ聖祭は神様の業だからです。殉教もものの数にはなりません。殉教は人間が自分の生命をもって神様に献げたいけにえです。ミサ聖祭は、神様が御自分の御体と御血とをもって、人間のために行ういけにえです。聖ジャン・マリ・ヴィアンネ [続きを読む]
  • 聖アポリナリス司教殉教者     St. Apolinaris E. M.
  • 聖アポリナリス司教殉教者     St. Apolinaris E. M.      記念日 7月24日 ローマの暴君ネロは聖会に猛烈な迫害を加え、信者達を或いは猛獣の餌食とし或いは生松明として焼き殺すなど残虐の限りを尽くし、それでキリスト教を全く根絶し得たものと思い上がっていた。しかし使徒達はいち早く後継者を定めて宣教師を選び、わが亡き後を委ねておいたから、布教は厳しい当局の取り締まりの目をくぐってなおも続けられ、 [続きを読む]
  • 聖パンタレオン殉教者    St. Pantaleon M.
  • 聖パンタレオン殉教者    St. Pantaleon M.      記念日 7月27日 聖会の初代300年にわたるローマ諸皇帝の迫害中、最も残酷酷烈を極めたのは、恐らくディオクレチアノ及びマクシミアノ両皇帝が共に天下を治めていた頃のそれであったろう。その迫害はまず小アジアなるディオクレチアノの首都ニコメディアに勃発したが、その際当局のやり玉に上った初殉教者の中に、本日記念する聖パンタレオンも加わっていたのであ [続きを読む]
  • 聖ヤコボ使徒殉教者  St. Jacobus Ap.
  • 聖ヤコボ使徒殉教者  St. Jacobus Ap.          祝日 7月25日 聖主イエズス・キリストが世を贖う犠牲として御死去になるおよそ三ヶ月前のことであった。主はまたも御受難の迫ったことを使徒達に告げられたが、使徒達はそれが三度目の御諭しであったにも拘わらず、自分等の根強い世間的な考えから容易に主の御言葉の真意が汲み取れず「主がローマを相手にユダヤ民族解放のために正義の軍を起こし給う時は近づいた。 [続きを読む]
  • 聖母マリアの両親 聖ヨアキムと聖アンナ
  • 聖母マリアの両親 聖ヨアキムと聖アンナ      記念日 7月26日               聖母マリアの両親について聖書は何も記さないが、キリスト教の伝承は彼等の名がヨアキムとアンナであったことと、その生涯の物語を伝えている。 ヨアキムはナザレトで生まれて、若い時にアンナと結婚した。長年の間子供に恵まれなかったので、人々からさげすまれて、ついに彼は荒れ野に行って40日間断食して祈った。 アン [続きを読む]
  • 根本的な解決法   教皇ピオ11世
  • 根本的な救治策は、今日においても、教会史上もっとも激しい嵐のおこった時代と同じように、キリストに属することを光栄としている人たちが、福音の原理にしたがって、公私の生活をまじめに改新し、真に地の塩となって、人間の社会が完全に腐敗するのを防止することである。教皇ピオ11世「救治と手段」『ディヴィニ・レデンプトリス』1937年3月19日 (岳野慶作訳、中央出版社、1959年、pp.96-97) [続きを読む]
  • カルメル山の聖母
  • カルメル山の聖母          記念日 7月16日 カルメル山は、聖書のなかでその美のためにたたえられている。エリア預言者はこの山で正しい信仰を守った。12世紀に何人かの隠遁者は、この山でカルメル山の聖母のご保護のもとに修道会を創立した。 この日と関係ある歴史は、1251年7月16日、聖母マリアによって、カルメル山の聖母修道会の修道服-茶色のスカプラリオ-が聖シモン・ストックに渡された史実である [続きを読む]
  • 聖ビルジッタ修道女    St. Birgitta Vid. 
  • 聖ビルジッタ修道女    St. Birgitta Vid.       記念日 7月23日 聖女ビルジッタはスエーデンのフォルクングス王室の親戚に当たる、信仰深い両親の第五子と生まれた。子供達はいずれも敬神の念に篤かったが、ビルジッタはわけてもつつましく育てられ、幼時すでにキリスト及び聖母の御出現を蒙り、将来の働きに対し準備されたという。10歳の時、また聖マリアが御出現になって、彼女の頭に後年の使命の印として燦 [続きを読む]
  • 聖アレクシオ証聖者       St. Alexius C. 
  • 聖アレクシオ証聖者       St. Alexius C.           記念日 7月17日 15世紀のことである、病者、殊に精神病者の救済並びに寄る辺なき死者の埋葬等に尽くすのを目的とする一新修道会が創立され、会則にはアウグスチノ会の戒律を用い、保護の聖人には聖アレクシオを仰いでアレクシオ修道会と称した。 このアレクシオという聖人は聖会初代の人であるが、10世紀の頃ローマ市なるアヴェンチンの丘に、彼に [続きを読む]
  • 聖マリア・マグダレナ      St. Maria Magdalena
  • 聖マリア・マグダレナ      St. Maria Magdalena       記念日 7月22日 聖福音書中に記された聖女中、主の御母を除けばマリア・マグダレナほど人口に膾炙している人はあるまい。それではその生涯の事跡はどうかと言えば、ほとんど明らかに知られていないのである。そかしただ聖書中の彼女に関する乏しい記事を一読するだけでも、その主に対する熱烈な愛情といい、罪に対する深甚な痛悔の念といい、偉大な聖女よ [続きを読む]
  • 聖パンポ修道士
  • 聖パンポ修道士                  記念日 7月18日 パンポは、4世紀の砂漠の師父たちの中で最も偉大な教師の一人であったが、読むことができなかった。隠修士になるために最初に出かけたとき仲間の修道士達は詩編を暗記するように教えた。その時、パンポは詩編39の第一節、「わたしの道を守ろう。舌で過ちを犯さぬように」を初めて聞いて、沈黙が彼の最も大きな徳の一つとなって、弟子達にもこれを教える [続きを読む]
  • ケースバイケース   聖イグナチオ・ロヨラ
  • 前述のように諸事項の決定については控えめに、もしくは言葉少なに話すことが役立つのに対し、人々に霊的利益をもたらすためには、じっくりと長く、順序だって、愛深く、愛情をこめて話すことは助けになる。聖イグナチオ・ロヨラ 「トレントへ派遣した三神父への指示」『書簡1:386-389』1546年是非、フェイスブックのカトリックグループにもお越しください。当該グループには、このブログの少なくとも倍の良質な定期投稿がありま [続きを読む]
  • 聖アルセニオ修道士    St. Arsenius
  • 聖アルセニオ修道士    St. Arsenius         記念日 7月19日 アルセニオは。世界中で最も有名な教師の一人であった。助祭としてローマにいた時、ダマソ教皇は皇帝の子供達の教師として彼を推薦した。アルセニオは金銭、召使い、名誉、財宝などに恵まれて10年間過ごしたが、「すべてを捨てることによって救われる」という神の声を度々聞いて、エジプトのワディ・ナトルンの近くの砂漠の修道士たちの所へ行った [続きを読む]
  • 聖マルガリタおとめ殉教者    St. Margarita V. M.
  • 聖マルガリタおとめ殉教者    St. Margarita V. M.          記念日 7月20日 聖会にはマルガリタと呼ばれる聖女が幾人かあるがその最も古くして他の人々に宗家と仰がれているのは、本日祝う聖マルガリタ童貞である。ギリシャ正教会ではこの聖女を大殉教女と敬称し、またわがローマ公教会ではこれを14人の救難聖人中に加え、アグネス、セシリア、カタリナ等と共に最も有名な聖殉教女として尊んでいる。 聖女 [続きを読む]
  • 聖ボナヴェントゥーラ司教教会博士  St. Bonaventura Ep., Doct. Eccl.
  • 聖ボナヴェントゥーラ司教教会博士  St. Bonaventura Ep., Doct. Eccl.  記念日 7月15日 聖トマス・アクイナスと共に公教神学界の双璧と称えられる聖ボナヴェントゥーラ、彼の遺した偉大な足跡は中世紀はもちろん現代までもなお燦然たる光輝を放っている。この二大学者はその著書、ならびに弟子の多いことにかけても互いに譲らぬが、聖トマスがその教の平明かつ深遠な所から天使的博士と呼ばれるに対し、聖ボナヴェントゥ [続きを読む]
  • 遺産  永井隆
  •  妻が亡くなった当時、私がなにかにつけて不自由な暮らしを続けているのを見るに見かね、後妻をもらえ、とすすめる友人が多く、また具体的な縁談も、いくつか持ちこまれた。まだそのころは病人といっても講義や診療のできる私だったから、再縁をすすめられるだけの力はもっていた。また実際の話が、妻にぽっくり先立たれ、二入の幼子をかかえ、敗戦後のすさまじい世相の中で、忙しい公職についたまま生き抜くことは並々ならず難し [続きを読む]
  • 聖カミロ・レリス司祭     St. Camillo de Lellis
  • 聖カミロ・レリス司祭     St. Camillo de Lellis           記念日 7月14日 1550年イタリアのナポリで生まれたカミロ・レリスは気の短い男であった。ローマの病院で労働者として働いたが、乱暴な行いとばくちのために追い出されて兵士となった。当時ベネツィアはトルコと戦っていたが、カミロは5年間この戦争に参加した。その後、マンフレドニアのカプチン会の修道院に行って、そこの新しい建物を造る労 [続きを読む]
  • 聖ハインリッヒ皇帝    St. Henry 
  • 聖ハインリッヒ皇帝    St. Henry       記念日 7月13日 ハインリッヒはドイツのレーゲンスブルク市で、972年に生まれ、幼い時から同市の司教、聖ウォルフガングから王侯の義務、権限、謙遜、神への畏敬などを学んだ。 1002年、いとこのドイツ皇帝オットー3世のあとを継いで皇帝となり、教会の改革に力を尽くした。 教会法を守らせるために、司教会議を召集したり、ドイツ全土のあちらこちらに聖堂や修 [続きを読む]
  • 11-2 ストーンヘンジの謎
  • 『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年11 巨人の積み石遊び――巨石記念物――2 ストーンヘンジの謎 しかし、もちろんストーンヘンジは巨人たちが遊んだなごりではない。 それでは何であったのだろうか。どういう目的のために造られたものであったのだろうか。 そしてどのようにしてそれらは造られたものだったろうか。ストーンヘンジには、そういうたくさんの謎がある。 アリニュマンを、石の列のあいだから星 [続きを読む]
  • (ボネ神父伝41) 第3部 永遠への出発
  • 江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、41第3部 永遠への出発◆、1 おわりにあたって むかし、絶世の美人が、かの女の美貌をむしばんでゆく歳月をうらんで、あの有名な歌をよみました。「花の色は 移りにけりな いたずらに我が身世にふる ながめせし間に」。 わずかの出費を惜しんで文化生活を尻ごみし、時間を浪費する人々のむとんちゃくさもさることながら、時間のあるうちにといって、ばらの冠をつけて楽しむ人々もや [続きを読む]
  • 望外の恵み  聖ジャン・マリ・ヴィアンネ
  • わが主は「何にてもあれ、わが名によりて聖父に願うところのものは与えらるべし」と申されました。しかし、私共は、神様に御独子を願うことまでは思いつかなかったでしょう。ところが、神様は人間が夢想だにできないことをされたのです。人間が言うことも考えることもできないこと、決して敢えて望むこともできなかったことを、神様は愛のあまりに、言われ、考えられ、実行されたのです私共のために聖子に死んでいただだきい、聖子 [続きを読む]