カトリック情報 Catholics in Japan さん プロフィール

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カトリック情報 Catholics in Japanさん: カトリック情報 Catholics in Japan
ハンドル名カトリック情報 Catholics in Japan さん
ブログタイトルカトリック情報 Catholics in Japan
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/catholic_info
サイト紹介文聖人伝、教会史、格言、みことばなどを掲載します。フェイスブックのカトリックグループにも投稿しています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供770回 / 365日(平均14.8回/週) - 参加 2016/07/09 05:15

カトリック情報 Catholics in Japan さんのブログ記事

  • ロスキルドの聖ウイリアム司教
  • ロスキルドの聖ウイリアム司教                  記念日 9月 2日 ウイリアムという名のアングロサクソン人の司祭がクヌート王の宮廷付き司祭となった。ある日、王と共にデンマーク旅行した時、その地方における宣教の必要を大いに感じて、生涯そこに留まって働くことを決心した。やがて彼はゼーラントのロスキルドの司教に任命された。クヌート王の後継者であったスウェイン・エトストリドセン王は多くの長 [続きを読む]
  • ラドネツの聖セルジオ
  • ラドネツの聖セルジオ             記念日 9月25日 セルジオは1314年ロシアのロストフの上流階級の家に生まれ、洗礼名はバルトロメオであった。15歳の時モスクワとロストフの間に内戦が起こって、彼の家族は全財産を失って逃げ出す必要に迫られ、モスクワから50マイル先のラドネツに貧しい農夫として住むことになった。 5年後に、バルトロメオと兄のステファはラドネツをとりまく淋しい森の中でキリス [続きを読む]
  • 二通りの苦しみ方   聖ジャン・マリ・ヴィアンネ
  •  望むと望まぬとにかかわらず、苦しまねばなりません。善い盗賊のように苦しむ人もあり、悪い盗賊のように苦しむ人もあります。二人共に苦しむのは同じです。しかし、一方は、自分の苦しみを功徳のあるものにすることを知っていました。彼は償いの気持ちでこの苦しみを甘受したのです。そして、十字架に釘付けられ給うイエズス様の方に頭を廻して、主の口からあの美しい言葉を聞いたのです。「汝、今日我と共に楽園にあらん」。こ [続きを読む]
  • 聖グレゴリオ1世教皇教会博士  St. Gregorius Magnus P.P.
  • 聖グレゴリオ1世教皇教会博士  St. Gregorius Magnus P.P. 記念日 9月3日 聖グレゴリオ1世教皇は有名な西方教会側四聖会博士中の一人で、その聖会及び社会に尽くした功労の甚大な点から、世に大グレゴリオと尊称されている。 彼は540年ローマ市に呱々の声を挙げた。母シルヴィアは光栄ある聖女の列に加えられており、又貴族で家富み政府の要職にあった父も、グレゴリオの誕生後はそれらの門地財宝顕官を弊履の如く捨て [続きを読む]
  • サン・セヴェリノの聖パチフィコ司祭証聖者  St. Pacificus a San Severino C.
  • サン・セヴェリノの聖パチフィコ司祭証聖者  St. Pacificus a San Severino C.  記念日 9月24日 聖パチフィコは西暦1653年3月1日イタリアはアンコナ州のサン・セヴェリノに生まれた。幼くして父母を失い、伯父の家に引き取られた彼は、早くから荊棘の道を歩まねばならなかった。というのは独身の伯父は家事のすべてを二人の女中に委せていたのに、彼女たちは何故かパチフィコ少年を厭い、事毎に叱ったり虐めたり嘲 [続きを読む]
  • 人選の大切さ  ロヨラよりザビエル神父へ
  • さらに、インド諸島の善益のためには、そちらに派遣される人々が、時と場合に応じて現地で求められる種々の仕事に適した人であることは、どんなに大切かもおわかりでしょう。そのため、あなたがポルトガルと当地に帰還されることは、きわめて有益でしょう。それはただ、多くの人々が現地に行く望みをかき立てられるからだけでなく、宣教志願者のうち、派遣されるための適格者はだれか、各宣教地にふさわしい人はだれかを、ご自分で [続きを読む]
  • 聖カグノールド司教
  • 聖カグノールド司教                           記念日 9月 6日 フランスのルュクスイユにあった聖コロンバン修道院からは、多数の聖人たちが出て、7世紀までにフランスの最も重要な修道院となっていた。聖人たちは司祭や信者を高い霊的生活に導いた。モー市の司教となったファロとラオン市の司教となったカグノールドという兄弟は、聖人の中でも著名であった。 コロンバンがテオドリック2世王 [続きを読む]
  • ピエトレルチナの聖ピオ司祭
  • ピエトレルチナの聖ピオ司祭     記念日 9月23日 「受難のしるしを受けた司祭」、ピエトレルチナの聖ピオ神父がその身に主キリストの受難のしるしである「聖痕」を受けたのは1918年9月20日の朝、彼が御ミサを献げ、その後十字架の前で感謝の祈りを献げているときであった。この日彼はいつもよりまして祈りに潜心し、脱魂状態にあった。すると突然十字架から五筋の光がさして、彼の両手、両足、脇に傷をつけたので [続きを読む]
  • 天に叫ぶ罪
  • 寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。もし、あなたが彼を苦しめ、彼がわたしに向かって叫ぶ場合は、わたしは必ずその叫びを聞く。そして、わたしの怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは、孤児となる。もし、あなたがわたしの民、あなたと共にいる貧しい者に金を貸す場合は、彼に [続きを読む]
  • 聖ペトロ・クラヴェル司祭証聖者  St.Petrus Claver C.
  • 聖ペトロ・クラヴェル司祭証聖者  St.Petrus Claver C.    記念日 9月9日 昔は諸国に奴隷というものがあって、人でありながら物品の如く売買され、買い主の意のままに働かねばならなかった。これら奴隷達の運命は、時に甚だ悲惨を極めた。彼等は人間扱いを受けず、少しの自由も与えられずして、全く主人の所有物であった。しかしイエズスが「人を己の如く愛すべし」という掟を与えられてからは、信者達は奴隷までも愛す [続きを読む]
  • フィラノヴァの聖トマ大司教   St. Thomas de Villanova Ep.
  • フィラノヴァの聖トマ大司教   St. Thomas de Villanova Ep.  記念日 9月22日 この聖人は西暦488年スペイン、カステリア州の一小都市ヴィラノヴァに生まれた。両親は別にこれという財産もない人々であったが、共に信仰厚く慈善心に富み己の窮乏も顧みずに貧民を助けるという風であった。その称うべき心がけが愛子トマに遺伝し、後に偉大な博愛の聖者と仰がれるに至った事を思えば、その家門の面目は全く情け深い父母 [続きを読む]
  • 全ての善には報いがある   大聖マカリオス
  •  わたしたちの行なったことは、一つ残らず書きとめられるのだ。奮発して、もう一つ余計にした奉仕も、一回の祈りも、神のみ前にひざまずいたことも、痛悔の涙も、もう一度余計にした断食も、兄弟にかけたもう一つの親切なことばも、神のために行なったささやかなわざも、手仕事も、どれも、これも、みんなその日その日書き残される。 わが息子たちよ、われらの救い主は、わたしたちから、何も奪われない。おまえたちが肉体を去る [続きを読む]
  • 日本205福者殉教者
  • 日本205福者殉教者     記念日 9月10日  我が国に於ける切支丹宗門の迫害も数百回にわたって行われ、その都度数多の犠牲者を出したが、中にも西暦1622年(元和8年)9月10日の殉教は、大殉教と称せられている。それは史家レオン・パジェーの言葉の如く「致命者の総数が多かった上に、彼等の素質も優秀であった」為である。その日長崎郊外立山に露と消えた人々は総数55名、これを細別すれば外国人宣教師9名 [続きを読む]
  • 使徒聖マタイ福音史家    St. Matthaeus Ap. et Evang.
  • 使徒聖マタイ福音史家    St. Matthaeus Ap. et Evang.    祝日 9月21日 イエズス・キリストの十二弟子中口ばかりでなく筆を以ても聖教を伝え広め、為に福音史家と呼ばれている人が二人ある。それは主の愛弟子聖ヨハネと、始めて福音書の著作に手を染めた聖マタイとである。 このマタイは元の名をレヴィと称し、ユダヤ国の北部ガレリア州にアルフェオという者の子と生まれ、ユダヤ人であるのに常時その国を支配して [続きを読む]
  • 聖アンドレア金と同志殉教者
  • 聖アンドレア金と同志殉教者   記念日 9月20日 韓国の教会の栄光であるこの殉教者達は、1925年教皇ピオ11世により列福されたが、1984年教皇ヨハネ・パウロ2世の韓国巡礼に際して列聖された。1839年の迫害の時に、79名の殉教者が生まれた。その中で邦人司祭アンドレア金が目立っている。そのあとまた迫害が激しくなり、1866年から1867年ににあと24名の殉教者が出た。この第2グループは二人の司 [続きを読む]
  • 聖プロトと聖ヒアチント殉教者
  • 聖プロトと聖ヒアチント殉教者      記念日 9月11日 1845年、ヨゼフ・マルキという司祭が旧サラリア街道を発掘していた時、壁にそって作られた墓を発見した。それは一枚の板で閉じられていて、ラテン語で「9月11日に殉教者ヒアチントを葬った」と記してあった。ヨゼフ・マルキが墓をあけてみると、その中に人間の身体の灰と、黒こげになった骨を包んだ布きれがあった。そして、ヒアチントの墓の傍らに「殉教者プ [続きを読む]
  • やがて起きること  大聖マカリオス
  • 師父マカリオスは、兄弟たちに、こう言われました。「やがて、隠世修道着たちに、大きい苦しみがやってくる。そのとき、かれらは自己放棄や節制を忘れてしまうだろう。現世の強力な王は、このときとばかりに、かれらを圧迫するであろう」「現世の強力な王とは誰ですか?」「それは混血のイスラエル人のことだ。エザウの子孫だ。しかし、わたしたちの王はわれらの主イエズス・キリストである。かれの公の宝は、徳、霊魂と肉体の純潔 [続きを読む]
  • クペルチノの聖ヨゼフ証聖者   St Joseph a Cupertino C.
  • クペルチノの聖ヨゼフ証聖者   St Joseph a Cupertino C.   記念日 9月18日 聖人はいずれもこの世から天主と一致した方々であるが、主が御自分への一致に招き給う途は必ずしも一つではない。ある聖人方は人目を引かぬ平凡な日常生活により、ある聖人方は神秘的な特恩、例えば奇蹟、脱魂、受痕等により主への一致を成就された。それは皆天主の思し召しによることで何れを優り、何れを劣るとすることは出来ないが、本日祝 [続きを読む]
  • 聖ヤヌアリオ司教殉教者  St Januarius m.
  • 聖ヤヌアリオ司教殉教者  St Januarius m.    記念日 9月19日 イタリアのベネヴェントで生まれたヤヌアリオは、ディオクレチアヌス皇帝がキリスト教信者達を迫害し始めた頃、そこの司教であった。カンニアの異教徒のドラゴンティウス総督は数人の助祭と信徒を捕らえて地下牢へ投げ入れた。 ヤヌアリオは彼等を慰めに訪れた。獄吏は彼を見つけると、ヤヌアリオを捕らえて他の2人の信者フェストとデシデリオと共にノラ市 [続きを読む]
  • 聖コルネリオ教皇と聖チプリアノ司教殉教者
  • 聖コルネリオ教皇と聖チプリアノ司教殉教者   記念日 9月16日 コルネリオ教皇は、迫害の嵐のなかで3年間教会を指導した。迫害のために転んだ信者が悔い改めてかえってくるとき、彼は歓迎し、彼等を寛大に再び教会に受け入れていた。厳しすぎる人がそれを見て、激しく非難し、離教するほどであったが、北アフリカのカルタゴ市の司教チプリアノは教皇の立場を強く守った。二人とも、迫害のさなかにあって、殉教に直面する信 [続きを読む]
  • 聖ロベルト・ベラルミノ司教教会博士
  • 聖ロベルト・ベラルミノ司教教会博士  St. Robertus Bellarmin E. et D. E.  記念日 9月17日 イタリアのベラルミノ家より出でたこの聖人は、聖ペトロ・カジニオと同様イエズス会の司祭修士であって、16世紀新教の異端が跋扈する時に当たり、聖教の真理を擁護すべく天主の御選びを蒙った方である。 彼は1542年10月4日、フィレンツェ州のモンテ・プルチアノ市に生まれた。つとに故郷の中学に通学していた頃から、 [続きを読む]