春爛漫 さん プロフィール

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春爛漫さん: 泉のほとりに
ハンドル名春爛漫 さん
ブログタイトル泉のほとりに
ブログURLhttps://inochinoizumi30000.muragon.com/
サイト紹介文聖歌38番のように共に御国を目指し泉のほとりに集いましょう。導かれるままに綴っていきたいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供106回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2016/07/14 14:53

春爛漫 さんのブログ記事

  • 祈祷したことを実践しなければ
  • ?? 真のお父様のみ言 祈祷したことを実践しなければ ですから、体恤信仰がどれほど必要であるかを知らなければなりません。祈祷だけしていてはいけません。祈祷すれば実践しなければなりません。祈祷は、神様との公約です。祈祷は神様と人間との公約なので、これは誓いです。ですから、祈祷すれば必ず実践するのです。そして、一つの問題をもって毎日のように祈祷する必要はありません。心からの祈祷は一度するのです。そして [続きを読む]
  • 神様の心情を感じて暮らす
  • ?? 真のお父様のみ言 神様の心情を感じて暮らす 神様が喜ばれ、悲しまれることを、常に識別しながら暮らす人は、悪なる人になろうとしてもなることができず、天の法度に背こうとしても背くことができません。そのような男性は、いくら美人が誘惑しても相対しません。そこに同化できないのです。 公的であれ私的であれ、神様が最も嫌われる人は、対人関係において、人を利用しようとする人です。そして、その次には、何でも自 [続きを読む]
  • 神様に侍って天国の人格を完成する
  • ?? 真のお父様のみ言 神様に侍って天国の人格を完成する ですから、そのようにして、一日の生活を何気なく過ごしてはいけないのです。それは、すべて天が実際の生活を中心として天国を成すための一つの材料であり、一つの教材として私に接近させてくれるものです。そうだとすれば、それを良い結果として消化させることができる主体的な自我をどのように発見するか、ということに力を注がなければなりません。 それを発見する [続きを読む]
  • 善悪は生活の中で決定する
  • ?? 真のお父様のみ言 善悪は生活の中で決定する 善悪というものは、思いの中で決定されるものではありません。善悪というものは生活圏内で決定されます。天国と地獄は、皆さんの観念の世界で決定されるのではなく、生活舞台で決定されるのです。これは重要なことです。 電車に乗って人々を見回してみると、気分の悪い人、気分の良い人がすぐに分かります。気分の悪い人は、自分よりも霊力が低いのです。しかし、気分の良い人 [続きを読む]
  • すべてのものを神様のものとして消化
  • ?? 真のお父様のみ言 すべてのものを神様のものとして消化 私たちが接するすべての万物は、教材です。私たちが、このような霊的な世界の直接的な感応、あるいは間接的な感応を起こすことができ、関係を結べる対象は、神様の創造物です。この創造物は、神様の性相に似て出てきたものなので、その中には、間接的ではありますが、その性相的な要素があるのです。したがって、その中には、私たちが関係を結べる善の要素、内的な性 [続きを読む]
  • 常に喜び、体恤的な感度を広げよ
  • ?? 真のお父様のみ言 常に喜び、体恤的な感度を広げよ そして、皆さんが朝に家を出て、夕方に戻るときには、絶対にマイナスとなって帰ってきてはいけないのです。帰ってくる時は、必ず朝に出ていった時よりもうれしい立場、すなわちプラスとなった立場に立ちなさい。そのようにすれば家庭内の不和が起こりません。もし、マイナスとなって帰ってくれば、自分の妻や息子、娘にもマイナスの感じを与えるようになります。それは、 [続きを読む]
  • 信仰者たちが疲れる理由
  • ?? 真のお父様のみ言 信仰者たちが疲れる理由 皆さんが指導者になろうとすれば、今後多くの人に接するとき、その人の正常な基準と非正常な基準、言い換えれば、悲しいときの基準とうれしいときの基準を判断できなければなりません。正常な基準を中心として見るとき、上に上がっていくときはうれしく、下に下がっていくときは悲しいということを、目だけ見ても、表情一つだけ見ても、すぐに推量れなければなりません。話し声が [続きを読む]
  • 体恤信仰を開発する生活
  • ?? 真のお父様のみ言 体恤信仰を開発する生活 先生は、皆さんが笑いながら話をするとき、すぐに感じが伝わってきます。その笑いが神様の前にプラスとなる笑いなのか、マイナスとなる笑いなのかという感じが伝わってくるのです。皆さんも、そうなれるように、習慣化して開発していかなければなりません。ですから、自分を中心として成される周囲のすべての要件には、無意味なものは一つもありません。すべてのことが、私を開発 [続きを読む]
  • 原則を中心として物事に対しなさい
  • ?? 真のお父様のみ言 原則を中心として物事に対しなさい 皆さんがそのような立場を尋ね求めていくようになれば、どんなことに対しても、既に心が知っているのです。ある事や物に対するようになるとき、それが私にプラスになるのかマイナスになるのか、すぐに分かるのです。事を成すときにおいても、私の心とみ旨が、対象と主体が授受して一体となってこそ、本来の動機、すなわち神様の創造原理に一致する四位基台圏が展開する [続きを読む]
  • どのように物に接すべきか
  • ?? 真のお父様のみ言 どのように物に接すべきか それでは、対物関係において、どのように天化(注:神様を中心として行動すること。あるいは神様を中心としたものにすること)させるのでしょうか。つまり、その物に対して、堕落した私として接するのではなく、神様が主体となって対したという立場をどのように立てるのかというのです。対人関係においても、私自身として接するのではなく、どのように神様と共に接するのか、ま [続きを読む]
  • み旨と一致しようとすれば
  • ?? 真のお父様のみ言 み旨と一致しようとすれば それでは、み旨との一致点に基礎を置くためには、どのようにしなければならないでしょうか。非良心的な立場に立ってはいけません。み旨を中心として、私の心が純潔な心で完全に授受でき、完全に共鳴できる生活態度をはぐくんでいかなければなりません。そのようにすれば、どんなに難しいことであっても、その難しいことが私にとってマイナスになるのではなく、プラスになるので [続きを読む]
  • 信仰者が注意すべきこと
  • ?? 真のお父様のみ言 信仰者が注意すべきこと それでは、信仰生活において最も注意しなければならないこととは何でしょうか。あることに対するとき、ささいなことであろうと、大きなことであろうと、事のいかんにかかわらず、個人的に対してはならないということです。言い換えれば、皆さんの心がぱんと張っていなければならないのです。空気をぱんぱんに入れて、完全に丸くなったボールのような心の姿勢をもつのです。ぺちゃ [続きを読む]
  • 自分の心を神様の方向と一致させる
  • ?? 真のお父様のみ言 自分の心を神様の方向と一致させる 人には心があります。そして、心には心の門、すなわち「心門」があります。また、神様が私たち人間に対するには、「時」があります。もちろん、神様はいつでも私たちに対していらっしゃいますが私たち自身において、神様が対してくださるその方向に、心の門をどのように合わせるかが問題です。これは非常に難しい問題です。 自然を見れば、春夏秋冬があり、朝昼夕夜が [続きを読む]
  • 体恤信仰の出発
  • 久々に記事を書きます。最近何となく気持ちが落ち着かない日々が続いていたのですが、今日久しぶりに手に取った「後天時代の生活信仰」の中に今の自分に必要なみ言を見つけることができました。 このようにしてみ言で自分の未熟な心の中を整理できるということは、本当にありがたいことだと思います。 亡き父が生前よく口にしてた言葉があります。「かたよらない心、とらわれない心、こだわらない心、広く、広く、もっと広く…」 [続きを読む]
  • 訓読会は霊界を動員する道
  • ここしばらく書籍「御言訓読と霊界動員」のお父様のみ言の中から第1章の『訓読会に関するみ言』を紹介させていただきました。この本は2005年に発行されたもので私も久しぶりに読んだのですが沢山の恩恵をいただくと同時に、み言どおりにできていなかったことを本当に申し訳なく感じ悔い改めさせられました。 第2章は『み言とは』 第1節 み言の絶対価値 第2節 み言に対する私たちの姿勢 第3節 み言の伝統 第4節 [続きを読む]
  • 「御言訓読と霊界動員」ー 一歩でも踏み間違えば、すべて覆されるのです。
  • ?? 真のお父様のみ言 訓読会の重要性がどれほど途方もないか、ということを知らなければなりません。天上世界と地上世界の一族の首を一度に打つことができる内容をもつみ言です。そのことが皆さん自身にかかっていることを知らなければなりません。常に深刻です! 先生一人に、霊界にいる先祖から子孫までのすべてがかかっているので、どれほど深刻でしょうか。一歩でも踏み間違えば、すべて覆されるのです。 訓読会のこのみ [続きを読む]
  • 「御言訓読と霊界動員」ー時間さえあれば訓読会をしなさいということです。
  • ?? 真のお父様のみ言 先生が場所を定めてさしあげながらこのような道を経てきたので、神様が安着できるのです。皆様の家庭も、先生が安着できる家庭にならなければなりません。そのためには、『御旨の道』を読み、『原理(講論)』を読むのはもちろん、『祝福と理想家庭』や、今まで先生が語ったみ言の中で重要なみ言は、サタン世界と対峙して闘ってきた勝利の記録なので、すべて読まなければならないのです。 ( 1997・ [続きを読む]
  • 「御言訓読と霊界動員」ー霊界も、今や放送時代に入ってくるのです。
  • ?? 真のお父様のみ言 どのようにすればそれぞれの家庭が確立するのか、ということが問題です。それは、み言を中心とした訓読会を通してするのです。家庭訓読会、教会訓読会、社会訓読会、国家訓読会、世界訓読会、霊界訓読会をすべてしなければなりません。霊界もそうです。今までは放送できませんでした。 しかし、霊界も、今や放送時代に入ってくるのです。それは、霊人体の活動する人たちが、随時、霊界と連絡可能な連絡機 [続きを読む]
  • 「御言訓読と霊界動員」ーこのみ言を伝えながら、「死」を考えていたのです。
  • ?? 真のお父様のみ言 皆さんになぜ「訓読会をしなさい」と言うのでしょうか。このみ言を伝えながら、「死」を考えていたのです。「私が死ぬ前にみ言を残さなければならない。み旨を成し遂げることができなければ、み言だけでも残してから死ななければならない」と考えながら、深刻な立場でみ言を語ったのです。その時、霊界ではどれほど深刻に見つめていたでしょうか。ですから、皆さんが訓読会をすれば、皆さんに代わってその [続きを読む]
  • 「御言訓読と霊界動員」ー訓読会を通して霊界が皆さんにつながるのです。
  • ?? 真のお父様のみ言 訓読会で学ぶ思想と一致しなければならない、という事実を知らなければなりません。先生がサタン世界と闘って勝利した戦勝的記録の発表が、訓読会で朗読する文章であることを知らなければならないのです。そこには、40年間がすべて生きているのです。 ですから、訓読会とともに、訓読会を通して教えられる、そのみ言を覚えなければなりません。先生は、そのみ言と実践が一つになっているので、み言が先 [続きを読む]