たら さん プロフィール

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たらさん: れきし手帳
ハンドル名たら さん
ブログタイトルれきし手帳
ブログURLhttp://rekishitabi.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文日本各地を車でめぐる旅ブログ
自由文『日本の隅々まで観光してみよう』

これが今の目標。

最初は『日本100名城を中心にお城めぐりをしよう』
だったが、お寺や神社に移築門が多く残っていることを知り、
『ついでに社寺めぐりもしちゃおう』になった。

更に古戦場跡やら寺跡にも行くようになり
気付いたら『日本の隅々まで』と大それた目標になっていた。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供98回 / 217日(平均3.2回/週) - 参加 2016/07/24 11:32

たら さんのブログ記事

  • 松平氏発祥の地、松平東照宮(愛知県豊田市)
  • 徳川家&松平家の発祥の地。 ご存知の方も多いかと思いますが徳川家康は若い頃、松平元康という名前だった。ここはその松平氏の祖でもある松平親氏が居を構えた場所なのだ。現在は松平東照宮となっている。この石垣と水堀は関ヶ原の戦いの後、松平家9代当主松平尚宋が居館を構えた時の遺構。 なかなかの遺構で驚いた。その他に。松平氏が産湯として使っていた産湯の井戸が残っている。 なぜか5個くらい井戸があった。ちなみに。 [続きを読む]
  • 日本三奇矯の猿橋(山梨県大月市)
  • 国の名勝に指定され、桂川に架かる刎橋(はねばし)。 江戸時代から日本三奇矯の1つと言われている。刎橋とは、岸の岩盤に穴をあけて刎ね木を斜めに差し込んで作る橋のことを言う。少しずつ長くして重ねていく。下から見るとその仕組みが分かる。見るも渡るも無料。とりあえず意味なく1往復。見て、そして渡って満足。とはいえ、これだけじゃ物足りない。猿橋から桂川に沿った遊歩道を散策してみた。 しばらく歩くと大月市郷土資 [続きを読む]
  • 井伊ゆかりの高崎城(群馬県高崎市)
  • 徳川四天王の1人、井伊直政が築城したお城。現在は城址公園として整備されている。高崎が井伊ゆかりの地だったとは訪れるまでまったく知らなかったよ。高崎藩は交通の要所で、井伊家を筆頭に、歴代藩主は徳川家の譜代大名で固められていた。そう言われれば四天王が治めて納得の高崎城。見どころは現存している乾櫓(群馬県指定文化財)と東門 城門というより、屋敷門のような東門。農家に払い下げられていたが、移築復元された現 [続きを読む]
  • 藤原実方のお墓参り(宮城県名取市)
  • 平安時代中期の貴族で歌人。分かりづらい場所にあると思ってたけど、この案内板のおかげで迷わず到着。 砂利道を進んでいくと、木々に囲まれた薄暗いところでひっそりと眠っていた。清少納言をはじめ20名以上の女性と交際があったそうで、源氏物語の光源氏のモデルとも言われている。そんなイケメン貴族の最期はむなしく、乗っていた馬が倒れ、下敷きになって亡くなったそうだ。 そんな藤原実方の歌が小倉百人一首の51番なのだ。 [続きを読む]
  • 日本三大名瀑の華厳の滝(栃木県日光市)
  • 高さ100m弱。日本を代表する滝。ここからエレベーターで下り、更に下って歩いていく。しばらく歩くと目の前に大迫力の滝が登場。中禅寺湖の水が一気に落下している。まさに垂直落下。滝の爆音が聞こえるけど、癒されてしまうのが、滝の不思議なところ。滝と岩とコケ(?)と霧のバランスが幻想的な感じを演出している。 国の名勝に指定され、関東の学校の修学旅行で来る人も多い。しばらく滝を見て、マイナスイオンを吸い込む。な [続きを読む]
  • 那珂通辰のお墓参り(茨城県常陸太田市)
  • 水戸黄門の助さんのお墓がある正宗寺の奥。こんな看板を発見した。『←那珂通辰の墓』知らない人だが、気になったので行ってみることにした。ただ。駐車場がないので、案内板の通り沿いに車を止め、猛ダッシュでお墓へ向かう。柵の中にお墓&説明板があった。 説明板によると。那珂通辰(なか みちとき)は南北朝時代の武将。後醍醐天皇に背いた足利尊氏討伐軍として、足利氏に付いた佐竹氏と戦ったそうだ。奇襲で佐竹氏を破るも [続きを読む]
  • 助さんのお墓がある正宗寺(茨城県常陸太田市)
  • 水戸黄門の助さんのモデルとなった佐々宗淳のお墓参り。 助さんのお墓は本堂奥の森の中にある。この小さな案内板が無かったら、きっとお寺中を探し回ったことだろう。無事、助さんのお墓を見つけた。助さんこと佐々宗淳のお墓(常陸太田市の史跡)更に歴代佐竹一族のお墓もあった。 銘がわからず誰のお墓かは不明みたい。助さんのお墓があるから、てっきり江戸時代創建のお寺だと思っていた。調べてみると923年創建と古く、長い [続きを読む]
  • 武田信虎が眠る大泉寺(山梨県甲府市)
  • 躑躅ヶ崎館から東南に位置する大泉寺。ここに武田信玄の父武田信虎が眠っている。 高い木が並ぶ参道は良い雰囲気。ちなみに入口の総門は甲府市指定文化財 本堂の奥、ここが信虎のお墓(山梨県の史跡)。 門は閉ざされ、隙間からお堂を撮影。普段見ることが出来ないようだ。 ちなみに。武田信虎が創建。信虎を追放した信玄だけど、ここは保護をしていたらしい。父子の微妙な雰囲気が味わえるお寺だった。メモ住所…山梨県甲府市 [続きを読む]
  • スサノオが箸を拾った八岐大蛇公園(島根県雲南市)
  • スサノオVSヤマタノオロチ八岐大蛇公園(やまたのおろち こうえん)で現在も奮戦中。 ここは出雲神話の始まりの地として整備された公園。スサノオが斐伊川から流れてくる箸を拾った場所とされた場所。そこから出雲神話が始まっていくそうだ。と、言うことで箸拾いの碑も建っている。 メモ住所…島根県雲南市木次町新市駐車場…なし滞在時間…5分その他 ①公園脇の道路に停車し、ササッと見学 ②雲南市のシルバー人材センター [続きを読む]
  • ギネス認定の花時計(静岡県伊豆市)
  • 世界一の花時計そんな時計が土肥温泉街にある。普段は興味を示さない花時計も、ギネス認定という言葉に惹かれ、立ち寄ってみた。 なかなかの迫力で、ちゃんと全体が見れるように見晴らし台が設けられていた。直径31mで約5,000本の花があるらしい。花好きじゃなくても見ごたえは十分。 更に面白いものがある。時計をぐるっと囲むように、色んな種類の足つぼを刺激する石がある。優しいものから、トゲのようなもの。彩りみどり [続きを読む]
  • 賢忠寺で水野勝成のお墓参り(広島県福山市)
  • 徳川家康の従兄弟、水野勝成。福山藩の初代藩主だ。その水野家の菩提寺が賢忠寺。 1622年に創建されたお寺もドシッとした山門と幼稚園に様変わり。幼稚園だからか、中には入れず。周辺をウロウロしてたら遠くの塀越しに石塔の先っちょが見えた。塀を伝い、無事に石塔に到着。お目当ての水野勝成と歴代藩主の墓所。まさか敷地外にあるとは思いもよらなかった。お寺が閉まっていたことに逆に感謝。メモ住所…広島県福山市寺町4-24駐 [続きを読む]
  • 三条夫人が眠る円光院(山梨県甲府市)
  • 三条夫人という人を知っているだろうか。戦国武将、武田信玄の正室だった女性だ。その人のお墓が、信玄の居館躑躅ヶ崎館近くにある。円光院。武田信玄が定めた甲府五山の1つ。 案内板があるので、すぐ見つけられる。小説の影響か、悪妻というイメージを持っていたが、説明板を読むと、夫婦仲は良かったらしい。夫人に先立たれた信玄は盛大に葬儀を行ったとか。今までの勘違いイメージを夫人に謝罪。満開の藤。境内に良い匂いが充 [続きを読む]
  • 四国霊場70番礼所の本山寺(香川県三豊市)
  • 四国霊場おススメのお寺。何しろ。国宝と貴重な五重塔が無料で見れるのだ。本堂(1300年築 国宝)&五重塔(1913年築 三豊市指定文化財) 四国霊場88ヶ所のうち、五重塔があるのは4ヶ所しかないのだ。古さは置いといて、かなりのレアモノ。鎮守堂(香川県指定文化財)&大師堂 国重文の仁王門(室町時代築)に立つ仁王像も文化財。  お寺は垣根がなく、開放的。広さはないが、無料で国宝が見れるおススメの場所だ。メモ住所… [続きを読む]
  • 総持寺祖院でパワースポットめぐり(石川県輪島市)
  • 1321年創建のお寺。 曹洞宗の大本山だったが、明治の大火で境内が焼失。横浜市鶴見に大本山が移され、祖院となる。とは言え。焼失を免れた建物に加え、再建された建物もあり、なかなかの規模だ。山門&回廊&仏殿(登録有形文化財)  焼失を免れた経蔵は石川県指定の文化財 開祖瑩山(けいざん)の霊廟伝燈院(1693年築) 開祖の霊廟が焼失を免れているのは何か特別なものを感じざるを得ない。そして。境内に散らばっているパ [続きを読む]
  • 中山道の宿場、大井宿(岐阜県恵那市)
  • 江戸から数えて46番目の宿場町。恵那駅から本陣跡までウォーキング。阿木川を渡ると、ちょこちょこと古い建物が登場する。 明治天皇行在所の伊藤家や幕末に庄屋を務めた古屋家、更には大手門のような門まであった。  更に歩くこと数分。やっと大井宿本陣跡に到着。ここの表門が現存建物だ。ところどころ、昔ながらの風景が残る宿場町。充実したウォーキングだった。メモ住所…岐阜県恵那市大井町60-1駐車場…なし滞在時間…40分 [続きを読む]
  • 紅葉の名所、永源寺(滋賀県東近江市)
  • 県道188号線沿い。駐車場には売店が並んでいる。『まさに観光地』という雰囲気だ。そこからかなり長い参道を歩いて、お寺に到着。 プロレスが好きだった自分としては、頭に永源遥氏がよぎってならない。山門(1795年築 国重文)の先、ここからが有料。1361年、近江守護大名佐々木氏頼が創建。織田信長の近江侵攻で焼失したが、江戸時代に再興された。山門をはじめ、境内には江戸時代築の建物が多く残っている。方丈(1765年築) [続きを読む]
  • 柴田勝家・お市の方のお墓参り(福井県福井市)
  • 北の庄城から足羽川を挟んだ所にある西光寺。保育園と一体化しているお寺。お寺と保育園のセット。旅先でちょくちょく見かけるが、自宅付近では見たことがない。このセットは珍しくないのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、境内へ。まっすぐ進み、資料館手前に柴田勝家とお市の方夫妻が眠っている。小さな社に収められている石墓。勝家とお市、勝家の甥柴田勝景、勝家の子柴田孫次郎のお墓らしい。いい言い方をすれば、仲よく収まっ [続きを読む]
  • 柴田勝家の居城、北の庄城(福井県福井市)
  • 柴田勝家が縄張りし、築城したお城。現在は柴田公園として整備されている。 羽柴秀吉との戦い(賤ヶ岳の戦い)で敗れ、妻のお市の方(信長の妹)と共に自害したところ。 どっしり佇む柴田勝家と、しなやかに立つお市の方。今は三姉妹の銅像も建っているらしい。城跡は都市化が進んでおり、遺構も少しだけ。 左が北の庄城の堀跡で、右が福井城の堀跡なぜ違いが分かるのかが分からないが、そうらしい。ちなみに。北の庄城は9層と [続きを読む]
  • 明けました
  • 2017年、明けました。今年もひっそりと、訪問記を綴っていきたいと思います。今年は天気が良く、初日の出を見れた方も多かったのではないでしょうか。天気のような、良い1年になることを願います。ちなみに。写真は今日の日の出ではありません。。。 [続きを読む]
  • 四国霊場の第55番礼所、南光坊(愛媛県今治市)
  • 国道沿いに建つ大きな山門。塀がなく開放的なお寺だ。 創建はお馴染み行基。四国本土に建立した8坊というお寺の1つ。戦国時代、その8坊すべてが焼失してしまったが、ここだけ江戸時代に再建された。しかし、太平洋戦争で、金毘羅堂(1818年築)と大師堂(1916年築)以外は焼失してしまった。 それ以外は戦後に再建されたもの。ちなみに。隣には大山衹神社という神社がある。 国道沿いに大きな鳥居と大きな山門が並ぶ珍しい光景 [続きを読む]
  • 曽我時致の首洗い井戸(静岡県富士市)
  • 住宅地をさまよい見つけた史跡。この奥に曽我兄弟の弟、五郎の首を洗った井戸がある。 曽我兄弟は仇討の後、弟曽我時致(五郎)が捕えられ、首を刎ねられた。その首を洗ったと伝わる井戸。洗った後、井戸は真っ赤に染まったと言われている。ちなみに今の井戸は水がなく、枯れ果てている。メモ住所…静岡県富士市上井出駐車場…曽我寺の駐車場を利用滞在時間…5分その他 ①住宅街にある史跡なので駐車場はない ②近くの曽我寺、 [続きを読む]
  • 幼き曽我兄弟が誓い合う曽我八幡宮(静岡県富士市)
  • 曽我寺から歩くこと数分。曽我八幡宮がある。 この辺りは曽我兄弟にまつわる史跡スポットが多い。ここには幼い曽我兄弟像を見るためにやってきた。父が討たれたのは兄5歳、弟3歳。父の仇討を幼いながら誓い合う兄弟像。幼き兄弟の想い。像を見ると妙に切なくなってしまう。メモ住所…静岡県富士市上井出1804駐車場…曽我寺の駐車場を利用滞在時間…5分その他 ①八幡宮の専用駐車場もある ②近くの曽我寺、五郎の首洗い井戸もセ [続きを読む]
  • 中山道の碓氷関所跡(群馬県安中市)
  • 1616年、江戸幕府が中山道の関東入国の関門として設置した重要な関所。 当時、東西に門があり西側を安中藩、東側を幕府が守っていた。関所お馴染みの入鉄砲と出女を厳しく監視していたのだろう。当時の材料を使って、東門が復元されている。ちなみに。関所の歴史は古く、899年、醍醐天皇が盗賊を取り締まるために設けたのが初見。1度場所を移転しているが、長い間色んな人を取り締まっていたのだろう。跡地が群馬県の史跡に指定さ [続きを読む]
  • 宝がありそうな宝島寺(岡山県倉敷市)
  • 859年創建と伝わる古いお寺。 住宅地の一角にある、どこにでもありそうなお寺。お宝は入口の仁王門 仁王像と共に江戸時代の大火から免れ、岡山県の文化財に指定されている。門目当てだったので、長居はしなかった。メモ住所…岡山県倉敷市連島町矢柄5633駐車場…無料?あり滞在時間…5分その他 ①仁王門前に駐車スペースがある [続きを読む]
  • 曽我兄弟のお墓参り(静岡県富士市)
  • 日本三大仇討の1つ、曽我兄弟の仇討。仇討の話は曽我物語として語り継がれている。その曽我兄弟が眠っているのがこの曽我寺 兄、曽我祐成弟、曽我時致仇討後、祐成はその場で討ち取られ、時致は捕まり、斬首となった。曽我兄弟のお墓かなり新しい石墓。よく見ると両脇に古い石墓があった。 2人の銅像も。ちなみに。曽我兄弟の墓と伝わるお墓は全国で15ヵ所くらいあるらしい。そして。境内の裏にまわると河津桜がキレイに咲いてい [続きを読む]