ジョニーあんこば さん プロフィール

  •  
ジョニーあんこばさん: 浅草下町よもやまばなし
ハンドル名ジョニーあんこば さん
ブログタイトル浅草下町よもやまばなし
ブログURLhttp://johnnyankoba.blog.fc2.com/
サイト紹介文幼少期に浅草で体験した実話を中心に紹介します。昭和の下町にタイムスリップしてください。
自由文私が生まれ育ったのは、日本堤という町。ギリギリ三社様の氏子です。華やかな浅草の中心地から離れた、吉原や山谷、荒川区の南千住が隣接してます。なのでいろいろな人間模様を体験してます。
基本的に浅草が舞台の話しを中心に展開していきますが、それに限らず、さらにエリアを広げて、昭和の下町の「よもやまばなし」をどんどん紹介していきますので、よろしくお願いします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供146回 / 365日(平均2.8回/週) - 参加 2016/08/07 15:27

ジョニーあんこば さんのブログ記事

  • ゲーム開発秘話
  • ゲームメーカー勤務のときの、開発秘話をご披露。採用され、過酷な研修を経て、開発部門に残れるか否かの審判を受け、晴れて開発部署への配属が決まり、ソフト開発の第一歩が始まることになった。同期では、たった4名の狭き門。当然新人なので、いきなりメインの開発に就くわけではなく、すでに先輩が開発途中の既存のプロジェクトに振り分けられるんだけど、俺の入れられたプロジェクトは「人力飛行機(仮称)」のゲーム開発。当 [続きを読む]
  • ドヤ街山谷よもやまばなし
  • 最近のおでんの話しなんかで、「山谷」に関することを書いてきたら、無性に「山谷」のことを語りたくなった。以前の記事でドヤ街「山谷」の話しにも書いたけど、今日の記事はもっと深く掘り下げて書いてみたい。長文になります。かつて「浅草山谷」という旧町名があったため、その名前が残ってる。現在の東浅草、日本堤、清川、それに明治通りと吉野通りの交差点、あしたのジョーの舞台となった「泪橋」を越えて、荒川区の南千住の [続きを読む]
  • レトロパソコン 競馬予想プログラムで大儲け?
  • 学生時代、昭和50年代の終わりころに、人生初のパソコンを購入した。当時、「コンピューター」という機械とは何ぞや? と思ってる人が大勢いた。俺は技術系の人間だから、その次点では「コンピューター」というものがどんなもので、何ができるかってことは理解できたけど、もっと前の時代にSF映画とかで見た「コンピューター」は、現在でいう人工知能を遥かに超えた、底知れぬパワーを持ったスーパーマシンだと、俺も思ってた [続きを読む]
  • ボッタクリ屋台! 下町のおでん事情③
  • 山谷には無数の飲み屋がある…って話しを前々回の記事に書いた。時代も違うし駅前の繁華街とも違うから、大手のチェーン店なんか皆無で、個人経営、家族経営の飲み屋ばかりだったから、だいたい日付が変わるころには閉店となる。飲み足りないおじさんたちのために、町のいたる所に屋台のおでん屋が出てた。現代ほど道路使用が厳しくない時代だったから、普通に道路上に屋台を停めて営業する。営業中以外でも、屋台を自分の住む家の [続きを読む]
  • オニババのおでん 下町のおでん事情②
  • おでんの話しパート2。前回は剛力彩芽似のおばさんが引いてくる屋台のおでん屋の話しだったけど、今日は「ダメおやじ」の奥さんである「オニババ」に似てるおばさんのおでんの話し。小学校高学年から中学まで通っていた学習塾。「島本時習塾」という有名な塾で、地元の人はご存知だろう。そこの東浅草本校へ行ってた。塾のすぐそば、待乳山小学校と日本堤公園の前に一軒の駄菓子屋があり、夏の暑い時期は「ところてん」、その他の [続きを読む]
  • チビ太のおでん? 下町のおでん事情
  • 赤塚不二夫の「おそ松くん」に出てくる「チビ太」。いつも右手に「おでん」を持ってる。上から「こんにゃく」、「がんも」、「なると巻き」なんだって。昭和の時代、同じように串に刺した「おでん」をよく食った。生まれ育った町は山谷のドヤ街のそばだったから、大勢の肉体労働者のオジサンたちの胃袋を満たすため、数多くの飲食店が栄えていて、普通の町より「おでん」の需要が多かったのだろう、おでん種専門店がいくつか営業し [続きを読む]
  • 浅草風「もんじゃ」レシピ
  • 「浅草風」と書いちゃったけど、そんな種類のもんじゃが公に認められているわけではなく、俺が勝手に言ってるだけなのを、あらかじめご承知おきを。過去の記事「もんじゃ(←を すると見れます)」に書いた、今までの人生で一番旨かった、仲間内で「オリもん」と呼んでいた墨田区のもんじゃ屋のものを思い出して作成したレシピ。ただし、〇〇を何百グラムとか、△△を小さじ1杯だとか、そんな細かい数値は書かず、江戸っ子 [続きを読む]
  • コガネムシ
  • 練馬区が勤務地だったころ、仕事が終わり帰ろうと職場を出た。普段は石神井公園の駅まで歩いていくのだが、一人の部下が職場の目の前のバス停でバスを待っており、「たまにはバスに乗ったらどうですか?」と声をかけてきた。ちょうどバスが来たタイミングだったから、付き合うことにした。バスに乗ろうとしたその瞬間、バス停の上の木の枝から何かが落ちてきて、俺の首の後ろからワイシャツの中に入ってしまった。クールビズの季節 [続きを読む]
  • 東京都内へのソロツーリング
  •  つい8日前に信州への本格的なマスツーリングに行ってきたばかりなのに、また走りたくなって、ソロツーリングに行ってきました。今日の目的地は、なんと「東京都」。奥多摩の「日原(にっぱら)鍾乳洞」と「御岳(みたけ)山」の二つの観光地を巡る旅。日原鍾乳洞は何回か訪れているけど、最後に行ったのは、確か20代後半の頃。なので、概ね25年振りくらいかな。基本的に閉所恐怖症なので、肝試しみたいなもの。   観光鍾 [続きを読む]
  • アクロバティックな遊び
  • 下町っ子のみならず、特に男子は、成長と共にいろいろなアクロバティックな遊びを習得し、レベルアップしていくよね。そのレベルが低いと友達にバカにされるし、そもそも仲間はずれにされる可能性もある。「手放し運転」の画像を掲載したから、まず自転車編から。幼少の頃、三輪車から乗り始め、補助輪付きの自転車に乗り換え、慣れてくるとその補助輪を取り外して二輪走行するようになる。ほぼ全員、幼稚園に在籍中に補助輪が取れ [続きを読む]
  • 我が家の心霊写真
  • この写真は、独身時代、カミさんをTDLのシンデレラ城前で撮った写真。ご覧のとおり、右半分以上にエクトプラズム状のものが写り込んでいる。左側にある3本の横線は、写真を携帯で撮影したときの反射なので、無視してご覧願いたい。丸い小さな明かりは「オーブ」ではなく、シンデレラ城の照明。さて、この白いもの、当時俺は喫煙者だったけど、灰皿のない場所ではタバコは吸わないし、第一、写真を撮るときになんか絶対に吸わな [続きを読む]
  • 信州ビーナスラインツーリング
  • ;いつもはフェイスブックにアップしてるツーリングレポートですが、今回は参加者が多かったのと、フェイスブックの友人知人じゃない人もいるため、アクセスしやすい当ブログに記事として載せさせてもらいました。「浅草下町」とは無関係の「番外編」としてお許しください。参加者は以前の練馬区の勤務先での仲間に加えて、今回2回目の参加となった、大昔、台東区での勤務先での仲間で、同じハーレーのワイドグライドに乗るN氏で [続きを読む]
  • ツベルクリン反応とBCG
  • とにかく、注射が大嫌いだった。過去の記事「予防接種逃亡!」(リンクを貼ってあるので、よろしかったらあとで してください)にも書いたとおり、幼稚園の予防接種を抜け出して大騒ぎになったこともあった。数ある予防接種などの中で、やはり最悪は「ツベルクリン反応」と「BCG」だろう。結核の予防のための注射なんだけど、状況により、連続で2回も注射される可能性があるのに加えて、BCGでは肩にみっともない跡が [続きを読む]
  • 霧ヶ峰
  • 来週末、仲間と信州のビーナスライン方面へツーリングに行く予定で、その企画書を作成していたときに思い出した話し。ビーナスライン途中にある、霧ヶ峰。台東区には区立霧ヶ峰学園という施設があって、中学2年の時に2泊3日の移動教室でここを訪れる。観光バスを連ねてね。当時は中央道がまだ全線開通する前だから、結構な時間をかけて霧ヶ峰まで行った。観光やスポーツをしながら友達と同じ屋根の下で同じ食事を摂り、一緒に布 [続きを読む]
  • 「蚊」にそっくりなヤツ
  • 20年ほど前、職場にいた男性アルバイトで、「蚊」にそっくりなヤツがいた。年齢は30歳くらい、小柄で、ガリガリに痩せている。髪型はまったく色気のない坊ちゃん狩り、大き目の銀縁メガネをかけ、ギョロっとした目玉がのぞいている。腕も足も細く、全体的に弱っちい感じ。性格はおとなしくて真面目で、完全な指示待ち人間。なので、正規雇用の機会に恵まれなかったのだろう、わが社でアルバイトをしていた。どう見ても「蚊」に [続きを読む]
  • 下町の家庭教育
  • よく、母親から「家庭教育」を受けた。ただ、そのうちのいくつかは、「絶対に間違ってる!」という内容だったけど、まだガキだった俺はそれを言葉で伝えるスキルはなく、ただ心の中でモヤモヤした気持ちが広がっていくのを制御するだけだった。小学校のクラスメートで、M君という子がいた。M君の成績は中の下、性格は多少ヤンチャな部分があって、なぜかH系の話しの知識が豊富で、児童のお母さんたちからは「ちょっと変わった子 [続きを読む]
  • 杭打機
  • 昭和の高度成長期、町中ではいたる所でビル建築が行われていた。当時の工法として、ビルを安全に安定的に立てるため、地下の岩盤まで杭を打ち、その上にビルを建てる方法が採られていた。杭を打つための、一番オーソドックスな方法は、杭打機による杭打ち作業。それもディーゼル式の杭打機を建てて、大きな重いハンマーで杭を打ち込む作業。20m位の高さがあり、真っ黒な杭打機を建設現場に建て、それで杭を打ち込む。こんな風景 [続きを読む]
  • 氷屋
  • 昭和の時代、物品販売業で「氷屋」という業種があった。現代ではスーパーやコンビニなど、多彩な商品を販売する店舗が当たり前だが、当時はこのように単品商品を販売するお店があった。他にも「油屋」とか「炭屋」とかね。「氷屋」であって、「かき氷屋」ではない。大きな製氷会社から氷を仕入れ、店にある大型の冷凍庫で保管しながら、それを町の飲食店や一般家庭に販売するお店。店頭販売だけでなく、リヤカーなどに氷を乗せての [続きを読む]
  • 花火
  • 一昨日の7月29日、雨が降る中で、隅田川花火大会が開催された。この花火大会、元々は両国の川開きの花火大会として江戸時代から続いていたものだが、交通事情や隅田川の水質汚染などの理由で中断していたものが、俺が中学三年の時に「隅田川花火大会」と名称を変えて復活したもの。その後、他の河川敷や遊園地、競馬場や野球場など、次から次へと打ち上げ花火を上げる花火大会や各種イベントが行われるようになり、一般的なもの [続きを読む]
  • ウーパールーパー
  • 6〜7年ほど前、武蔵野市が勤務地だったころ、埼京線で新宿に出て、中央線快速で三鷹まで通勤してた。新宿での乗り換えで中央線快速のホームでよく見かけたオヤジが、ウーパールーパーに瓜二つだった。今までの人生で、有名人や動物など、なにかに似てる人には何十人も出会ってきたけど、このウーパールーパーに似てるオヤジはその中でもピカイチ!このオヤジ、新宿から乗車して中野で降りちゃう。さらに乗り換えするのか、中野が [続きを読む]
  • うえの夏まつり
  • 上野は浅草のとなり、同じ台東区にある、北の玄関口だ。8月13日まで開催されている「うえの夏まつり」の話し。残念ながらすでに終わっちゃったけど、7月22日の土曜日には「うえの夏まつりパレード」が実施された。中央通りを大勢の人たちがパレード行進するイベント。中心となるのが「上野さんさ踊り」。ご存知のとおり、さんさ踊りは岩手県盛岡市がオリジナルだけど、東北新幹線が上野から盛岡まで開通したときから友好のた [続きを読む]
  • 昆虫採集セット
  • 「昆虫採集セット」っていう怪しい商品が売られてたよね。おもちゃ屋とか駄菓子屋に置いてあった。俺は直接買ったことはないんだけど、通っていたそろばん塾で、夏休み前になると月謝を2か月分支払うキャンペーンみたいなのを毎年やっていて、恐らく従業員に支払うボーナスのためだろう、強制ではなく、2か月分前払いしてくれた生徒にプレゼントをくれるという、不思議なイベントがあった。塾が休みの日がそのイベント日となって [続きを読む]
  • 下町の怪談
  • ”季節”なので、たまには怪談話しを。過去の記事で、いくつかの自分の心霊体験を書いたけど、今日のお話しは知人の体験談から。学生時代にバイトしてたスーパーの隣に、家族経営のこじんまりとした「K」という飲み屋があり、ウチのスーパーで食材を仕入れてくれたり、スーパーの仲間で飲みにいったり、とても良好な関係だった。「K」は主におじさんとおばさんの夫婦での運営で、当時、おじさんは60代、おばさんは若干おじさん [続きを読む]
  • スイカとカブトムシ
  • 縁側に腰かけ、庭を眺めながら、井戸で冷やしたスイカを切り分け、家族みんなで食べる…。夏の日本の家庭の風景として根付いてるシチュエーションだよね。残念ながら、浅草在住のころ、我が家には縁側も庭も井戸もなかったから、こんな風情のある景色じゃなかったけど、半ズボンにランニング姿の少年は、スイカが大好物だった。ところが、ある事件から、一切スイカが食えなくなってしまった。小学校低学年のころ、近所の商店街の片 [続きを読む]
  • ほうずき市
  • 浅草浅間神社(通称:お富士さん)で開催された「植木市」、入谷鬼子母神の「朝顔市」、そして先週浅草寺の「四万六千日」に合わせて開催された「ほうずき市」と、台東区では多くの「市」が立つ時期、梅雨から梅雨明け、そして本格的な夏への風物詩として、ガキの頃から染みついているイベントが目白押し。さらにこの後、隅田川の花火大会やサンバカーニバルが控えており、賑やかで活気のある、真夏の浅草が味わえるいい時期となる [続きを読む]