平西杏莉 さん プロフィール

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平西杏莉さん: Pink Rebooorn Story
ハンドル名平西杏莉 さん
ブログタイトルPink Rebooorn Story
ブログURLhttps://rebooorn.amebaownd.com/
サイト紹介文待望の妊娠!と思ったら、トリプルネガティブ乳がんでした。 これは、2015年5月以降の実話です。
自由文このストーリーを読んでくださって、ありがとうございます。これは、2015年5月以降、実際に私の身に起こった出来事です。2015年5月22日、私は乳がんと告知されました。自分ががんになって、初めて、この病気に苦しみ、不安におびやかされながら、毎日闘っている女性が世界中にたくさんいることを知りました。そして一年後の今、自分自身の体験をみなさまと共有することで、少しでもお役に立てたらと思い、筆をとった次第です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 245日(平均1.5回/週) - 参加 2016/08/20 23:08

平西杏莉 さんのブログ記事

  • おしらせ:「東京でお会いしませんか」
  •  今日、術後1年と4ヶ月目の検診がありました。 採血と触診。おかげさまで、何事もなく良い結果をいただきました。 乳がん告知をされたあの日、自分が立っている地面は平らではないことを知りました。 久しぶりに病院に来て、「毎秒を必死に生きなければ」と思いました。 そして(こんなものを書いてしまっているから)尾田平先生の顔を見て、心の中でニンマリ。 今日も尾田平節はスパークしてい [続きを読む]
  • 第4章 その8:「ひとときの夏」
  •  世間はちょうどお盆前。 最後のAC投与までの短い回復期に、大阪へ行くことにした。夫の実家への帰省と、お墓参り、そして、私を元気づけようと、夫が少しの遊びを計画してくれていた。 岡山から大阪までは車で約三時間。いつもなら車で行くところを、今回は新幹線で行ってみようということになった。私の体に負担がかからないように...という夫の言葉が嬉しかった。 [続きを読む]
  • 番外編:「先生ありがとう」
  •  私の主治医は、心に寄り添ってくれます。 私の主治医は、不安を軽くしてくれます。 そんなこともよく聞きますが、正直なところ、私の主治医はそうじゃないです。 …と書くと、怖くて冷たい先生像が頭に浮かぶかもしれません。確かに最初、私自身も「この人とうまくやっていける自信がない」と思いました。 尾田平先生は、「つらかったね、苦しかったね」とか「きっと良くなるよ」と、弱っている [続きを読む]
  • 第4章 その7:「AC療法3クール目」
  •  2015年7月21日、3回目の投与日。 投与前の診察で、しこりが小さくなっているかどうかを尾田平先生に「触診して」確かめていただきたかった。「先生、今日、触診してもらえますか?」「まずは4回終わらせてからじゃな。今、何も変わってなかったとして…」  あとから考えると、尾田平先生は「この方針で大丈夫、信じてついてきなさい!」と、言っていたんだなと [続きを読む]
  • 第4章 その6:「しこりの変化」
  •  AC療法2回目の投与日(2015年6月30日)も実家に戻った。 さっそくムカムカや手足のしびれが始まり、食欲どころではない。 焦らずに、粛々といこう。 初回のときに体験済みの症状ばかりとはいえ、やっぱりつらい。 今回もあれが容赦なく覆いかぶさってくる。地球上のすべての重力が自分にのしかかっているような「ズーーーン」。これに耐えているときが、いちばんきつかった。 文字通り私は、ど [続きを読む]
  • 第4章 その5:「AC療法2クール目」
  •  やっと副作用も落ち着いて過ごしやすい日々が戻って来たというのに、あっという間に2回目の投与日がやってきた。 抗がん剤を投与したらしばらく食事を楽しめなくなるので、投与前のある晩、景気づけに夫と外食した。免疫力が回復した後の食欲はすごい。 まともなものを口にできなかった数日間を体が取り戻そうとしているみたい。なぜか歯ごたえのある生野菜をたくさん食べたくなるのがふしぎだっ [続きを読む]
  • 第4章 その4:「脱毛のとき」
  •  AC療法1回目投与から17日目の2015年6月25日。 日記には、ついに「日常が取り戻された感じがする」と書いている。 尾田平先生に診ていただいた後も、倦怠感、吐き気、動悸、食欲不振、顔の火照り、口元のしびれ、腕や背中の痒み、ホットフラッシュ、喉の渇き、便秘など、実にさまざまな副作用に苦しめられた。 救いだったのは、炎症を起こしていたくちびるの白い部分がとれたこと。食事がスムーズ [続きを読む]
  • 番外編:「手作りチョコ」
  •  バレンタインデーにちなんで、チョコレートのエピソードです。 抗がん剤治療を全クール完了し、さあ手術だという2015年12月。そのころ私は、食生活についていろいろなことを考え巡らせていました。 病気になってしまったとき、多くの人はその原因を考え、可能な限りその原因から離れた生活をしようと思うものです。 私はPETの経験から「糖質」を警戒するようになっていました。(現在はそれほど [続きを読む]
  • 第4章 その3:「副作用」
  •  喉のつまり、膿んだ唇、歯茎からの出血、 耳閉感… 気になる症状が増えてきた。 副作用のデパートだ…(T T) 次の投与日まで、あと2週間。それまで、尾田平先生に診察してもらえる機会はない。やっぱり、確認してもらいたい…!  拍子抜けした。処方されたのは、うがい薬…。 つまり、気になっていた症状は全てAC療法による副作用で、異常ではないということ [続きを読む]
  • 第4章 その2:「くちびる事件」
  •  AC療法1回目の投与を終えて一週間がたった頃、やっと、心身ともにすっきりしてきた。何でも食べられるし、仕事の意欲も戻ってきた! 運転もした。車のシートベルトが胸のしこりを圧迫して痛かったけれど、外出できるということがうれしかった。 体調の回復は感じたものの、胸のズキズキは続いていた。 痛みの原因はやっぱり気になったけれど、常に痛みと共にあるということには、慣れつつあるか [続きを読む]
  • 番外編:「術後一年」
  •  先日、術後一年の検診を、無事クリアできました。 大丈夫と信じる一方、万が一の「もし」という不安と闘いながら、当日までドキドキ不安でいっぱいでした。 「何事もない」という一言を主治医の先生が仰ったとき、体の力が一気に抜けるかと思うぐらいホッとし、「よかった…」と胸をなで下ろしました。 さて、検査後、以前お世話になった美容室の前を通りかかると、一名のスタッフの方と目が合い [続きを読む]
  • 第4章 その1:「AC療法1クール目」
  •  実家に帰ってから、いよいよ抗がん剤との闘いの日々が始まった。 全部で4クールのAC療法に備えたかったので、これからの日記を、より詳細につけていくことにした。自分の体の変化や気づきの記録が、回を重ねるごとに役に立つのではないかと思ったからだった。(まずは、一週間の様子を、当時の日記で振り返ります。)■【投与日】2015年6月9日第3章 その5:「初めての抗がん剤」第3章 その6:「ウ [続きを読む]
  • 番外編:「ごあいさつ 2017」
  • 遅ればせながら…  皆さまはどのようなお正月を過ごされましたでしょうか。 現在わたしは、ストーリーの第4章に取り組んでいます。この章では、今から約6カ月前の、抗がん剤投与開始後のことを書いていきます。 マイペースな更新にも関わらず、読者の皆さまに訪問いただき、お声までいただけることが本当にうれしく、励みになっています。今年もどうぞよろしくお [続きを読む]
  • 第3章 その8:「母の愛」
  •  母親に、実家に連れて帰ってもらった。実家は病院から車で20分くらいの距離にある。 母が和室にふとんを準備してくれていたおかげで、帰宅後すぐ横になることができた。横になるなりおそってきた激しい睡魔に勝てず、あっという間に眠りに落ちた。 私が乳がんになったことがわかる前から、母親は献身的にわたしを支えてくれる一番の応援サポーターだった。 彼女自身も、40代のときに大病をわずら [続きを読む]
  • 第3章 その7:「退院の日」
  •  翌朝は4時に目が覚めた。 「抗がん剤の影響はない」という自己暗示は、相当な緊張を心身に与えていたのだと思う。起きてもなお「大丈夫、普段どおり」と気張っている自分がいた。 その後も寝付けなかったので、YouTubeでバラエティ動画を見て時間をつぶした。 今日、退院することになっていた。 体調は良い!と思ったけれど、朝食はおかずだけを食べて、白米は残した。食後に2種類の飲み薬が出 [続きを読む]
  • 第3章 その6:「ウィッグ体験」
  •  初回の投与を終えた私は、抗がん剤のことを意識するのがイヤで、なるべく別のことを考えようとした。 病床に戻ってもすることがないから、きっと抗がん剤のことを考えてしまう。 そこで、夫と病院内を歩いてみることにした。 特に不快感もないどころか、異常を感じるところは一つもなかった。歩いていても、ふだん通りという感じだ。 でも、正直なところ、自分に暗示をかけていた、と言った方が [続きを読む]
  • 第3章 その4:「初めての抗がん剤」
  •  11時から、いよいよ抗がん剤の点滴が始まる。 ACの点滴時間は約一時間。次の順番で投与される。15分間 吐き気止め 15分間 アドリアマイシン(A)30分間 シクロホスファミド(C)5分間 生理食塩液(点滴管内を調整するための液で、抗がん剤ではない) 朝、起きてから、ベッドの上でただじっと、その時を待っていた。ドキドキした。 このドキドキは、怖さと期待が入り混じった、今まで味わっ [続きを読む]
  • 第3章 その4:「奈落の底」
  •  私は、カーテンを開けることをためらい、しばらく耳を澄ましていた。 「ここは、今日から入院の患者、平西杏莉さんの病床です。乳がん、35歳、ステージⅡbで、明日から抗がん剤投与開始の予定です。」 声の主は、女性。  その声が誰なのか、わからなかった。 そして、ことさら強調するように、こう言った。 「この患者さんは、『トリプルネガティブ』です。」 ・・・! [続きを読む]
  • 第3章 その3:「投与前日」
  •  抗がん剤投与前日、その日は、ランチに「丸亀製麺」でうどんを食べた。これまでいろいろなことがあったけれど、ようやく「治療」といえる段階までたどり着いた。意外と冷静にこれから病院へ行くことを受け止めていた私は、釜揚げうどんを全部美味しくいただいた。夫が会社を休み、付き添いできてくれた。 夫はいつもと変わらなかった。病院に着いたとたん、「少し時間があるからコーヒーショップへ [続きを読む]
  • 第3章 その1:「AC療法」
  •  ある夜中、胸の痛みから始まって、全身がチクチクするような感覚に包まれ、目が覚めた。(私、どうなるんじゃろーか…) その夜は眠れなかった。翌日も、心が落ち着かないまま、入院準備や家の掃除をした。仕事の締作業をするときは、しっかり気をひきしめなくてはならなかった。 「抗がん剤」のイメージが、日に日に強くなり、実感がわいてきた。がん細胞だけではなく、正常な細胞の細胞分裂すら [続きを読む]
  • 第3章 その1:「仕事」
  •  K病院での、抗がん剤投与第一回目の実施日が決まった。 約一週間後の、6月9日(2015年)。 どのような反応や副作用が起こるともわからない初回に関しては、ほとんどすべての患者さんは前日から入院するということだった。例にもれず私も、その形をとることになった。 仕事で関わり合う人たちには、知らせないことにした。連絡がとれない期間を想定して、逆算し、仕事の区切りが不自然なことにな [続きを読む]
  • 番外編:「ピンクリボン月間」
  •  罹患者であるという立場で、あらためて自分の人生や生活を見てみると、これまで、たくさんの事象や情報に、これほどまでに無関心だったのだなあ、と気づかされます。 ピンクリボンのマークすら、「そういうものがあることは知っているけど、意味を深く考えたことはない」という感じでした。 毎年10月は、ピンクリボン月間。乳がんの正しい知識や、検診の大切さを広めるというビジョンのもとに、年 [続きを読む]
  • 番外編:「美容院」
  •  先日、久しぶりに美容院へ行きました。美容院、何年ぶりだったでしょうか。最後の抗がん剤投与からは11ヶ月目でした。  初めて毛髪が抜けたときの衝撃を覚えています。 頭皮の毛穴の抵抗力が全くなく、抜けるというよりは取れるという不思議な感触で、掴んだ毛束が掴んだ分だけするん、と落ちました。  夫は、「初回でそのリアクション、勘弁してく [続きを読む]
  • 第2章 その10:「決断」
  •  子どもの頃から、自発的に、「決断」をしたことなんてなかった。目標は平均的な人生。 もちろん、大学受験とか、少しは頑張ってきたつもりだ。だけど、自分の実力をはるかに超えた困難の壁を乗り越えなくてはならない状況には、なったことがなかった。…というよりも、責任が発生しそうな方向へは決して行かないように、それとなく舵をきってきた、といったほうが正しいかもしれない。 私は大きな [続きを読む]
  • 第2章 その9:「意思決定」
  •  PETの検査結果がどのようなものであったとしても、乳がん患者である以上は、化学療法やホルモン療法など、副作用を受け入れるほかないと覚悟をしていたはずだった。 でも、今になって、抗がん剤投与後に、月経が戻ってこなかった場合の「子どもが持てなくなる」という未来を、どうしても受け入れたくなかった。 尾田平先生は、迷う私に対して、こう言った。「他の患者さんが順番待っとるけん、 [続きを読む]