古代日本国成立の物語 さん プロフィール

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古代日本国成立の物語さん: 古代日本国成立の物語
ハンドル名古代日本国成立の物語 さん
ブログタイトル古代日本国成立の物語
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/himiko239ru
サイト紹介文小学生の頃から好きだった邪馬台国と古代史。自分なりに解き明かしたいと思い続けて40年。少し真面目に取
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供169回 / 218日(平均5.4回/週) - 参加 2016/09/01 17:10

古代日本国成立の物語 さんのブログ記事

  • 稲佐の浜(エピローグ)
  •  車を神門通りの駐車場に移動させ、神門通りでお土産を買うことにした。夕方に近い時間になっていたので人通りはそれほどでもなく、お土産もゆっくり選んで買うことができた。と言っても買ったのは出雲そばくらいだけど。神門通りから二の鳥居。こうして見ると、一の鳥居から二の鳥居に向かう参道は登り坂になっているのがわかる。そして二の鳥居からは「下り参道」になっていた。ということは二の鳥居がこのあたりで一番高いとこ [続きを読む]
  • 古代出雲歴史博物館
  •  Sさんのトイレ帰りを待つこと10分、いよいよ入館。こういうところはたいがいJAFの優待割引が効くので確認すると案の定10%引いてくれた。博物館のロビーが全面ガラス張りで陽の光が降り注ぎ、たいへん心地よい気分で拝観をスタートした。実はここでもSさんの念の効果が発揮されるのだった。大社境内を横から抜けて博物館へ向かう。まずは出雲大社境内遺跡で出土したスギの大木。発掘時の状況。(歴博のサイトから拝借し [続きを読む]
  • 出雲大社
  •  いよいよツアー最後の訪問地である出雲大社へ。西谷墳墓群から30分ほどの予定であったが、快晴の日曜日ということもあってか出雲大社へ向かう道路が渋滞。結局、1時間近くかかっただろうか、時刻はすでに2時近くなっていたように思う。駐車場に車を停めてまず向かったのが近くの蕎麦屋。「やしろや」というお店。昼時を過ぎていたので店内はすいていた。天かす、とろろいも、大根おろし入りの三色割子そば。1100円也。S [続きを読む]
  • 西谷墳墓群
  •  Oさん待望の西谷墳墓群へ到着。私も初めてなので少しワクワクしてきた。西谷墳墓群は弥生時代後期から古墳時代前期にかけての2世紀末から3世紀に築造されたと考えられている。32基の墳墓、古墳と横穴墓が確認されており、このうち、1・2・3・4・6・9号の6基が四隅突出型墳丘墓である。とくに3号墓は当時の葬送儀礼を知るうえで貴重な遺構、遺物が見つかった。 ここはまず隣接する「出雲弥生の森博物館」で情報収集 [続きを読む]
  • 荒神谷遺跡
  •  加茂岩倉遺跡で39個もの銅鐸の埋納を見た後は荒神谷遺跡だ。遺跡発見のきっかけとなった出雲ロマン街道を走る。この道路は遺跡を保存することを優先して当初ルートを変更して建設が進められた。その変更されたルートを走っているのだ。荒神谷遺跡は島根県出雲市斐川町神庭にある遺跡で358本もの銅剣に加えて銅矛と銅鐸がまとめて発見された。前回訪問時の記憶をもとに書いた記事がこちら。 この日の朝から訪ねたところは、 [続きを読む]
  • 加茂岩倉遺跡
  •  加茂岩倉遺跡に到着したのが9時半頃だっただろうか。駐車場に車を停め、山あいの細くゆるやかなのぼり坂を歩く。空はスカッと晴れ上がっているのに日陰に入ると肌寒い。次の荒神谷遺跡も山あいの似たような場所にあるので、それを感じてもらおうと「山あいのこの雰囲気を覚えておいて」と二人に伝えたのだけど、どうだったのだろう。 加茂岩倉遺跡は島根県雲南市加茂町岩倉にある弥生時代の青銅器埋納遺跡で、1996年、農道 [続きを読む]
  • 神原神社古墳
  •  ツアー最終日は気温も上がってポカポカ陽気の中、絶好の実地踏査日和となった。お宿を8時に出発し、まず向かったのが神原神社古墳。途中、右折すれば加茂岩倉遺跡という交差点を通り過ぎ、まっすぐに第一の目的地へ。この神原神社あるいは神原神社古墳は、ちょうど6年前に出雲へ出張した際に訪れたことがある。そのときの印象を元に書いた記事がこちら。 神原神社は島根県雲南市加茂町にある神社で、もともとこの神社は古墳の [続きを読む]
  • 熊野大社
  •  鉄の歴史博物館を後ろ髪ひかれる思いで出発。何とか熊野大社を参拝しようと、吉田掛合インターから松江自動車道(無料区間)に乗って次のインターの三刀屋木次で降り、県道24号線から53号線に入って山道を走る。この日は丹後半島からのロングドライブのため、ドライバーOさんはかなり疲れていたと思うが、日暮れの山道も慎重に運転していただいた。山道は暮れるのが早いというのはその通りで熊野大社に到着したときには太陽 [続きを読む]
  • 菅谷たたら山内
  •  妻木晩田遺跡の見学を終えた時点で予定時刻を大幅にオーバーしていたため、次の熊野大社をあきらめ、ルート変更して高速道路を利用して菅谷たたら山内を目指すことにした。タイムリミットは入館締め切りの16時。カーナビでルート探索すると到着予定時刻は16時を過ぎることになっている。ドライバーのOさんには安全運転を心がけながらも急いでもらう必要があった。高速を降りてからの山道、男3人を乗せたヴィッツはウィーンと唸 [続きを読む]
  • 妻木晩田遺跡
  •  青谷上寺地遺跡をあとにして車は9号線バイパスに入る。途中、道の駅でランチを済ませたあと、山陰道の無料区間に入ってさらに快適なドライブが続く。大山連峰が見えてきた。このあたりは日本海からの風が強いのだろう、風力発電の風車が立ち並ぶ。1時間近く走ってついに妻木晩田遺跡に到着。遺跡の概要はこちら。まずは資料館「弥生の館むきばんだ」で情報収集。この資料館の展示はいただけない。遺跡の価値を台無しにするよう [続きを読む]
  • 青谷上寺地遺跡
  •  丹後半島を出発しておよそ3時間で青谷上寺地遺跡展示館に到着。しかし「まもなく目的地周辺です。案内を終了します。」とカーナビに告げられ、道路標示もそれを示しているにも関わらず、それらしき建物がない。とにかく道路標示が示す駐車場に入ると建物が4つある。1つはドラッグストアなのでこれは違う。2つめは商工会のビルでどうも違う感じ。一番小さいのがプレハブ作りで郵便局のよう。4つめの建物が「青谷ようこそ館」 [続きを読む]
  • 丹後から青谷上寺地遺跡まで
  •  ツアー2日目は丹後半島をあとにして出雲を目指すロングドライブ。朝6時に起床してゆっくり温泉に浸かった後、お宿の裏へ出て天橋立越しに上る朝陽を眼に納め、7時半からの朝食をしっかりいただく。やはりお米がおいしく、朝からお腹パンパン。そして8時過ぎに出発。この日は当初予定では最初の訪問地が武内宿禰の終焉の地である因幡国一之宮の宇部神社であったが、そのあとの青谷上寺地遺跡、妻木晩田遺跡は絶対にはずせない [続きを読む]
  • 大風呂南墳墓群
  •  籠神社・真名井神社をあとにして向かったのが初日の最終訪問地である京都府与謝郡岩滝にある大風呂南墳墓群。ここはコバルトブルーに輝く見事なガラス釧(腕輪)が出たことで一躍有名になった。丹後半島東側の付け根、野田川河口付近から大宮町の竹野川上流に通じる峠道の尾根の先端に築かれた弥生時代後期の墳墓群。1号墓は方形台状墓で、朱が敷き詰められた大きな舟底状の木棺が納められ、前述のガラス釧1個、銅釧13個、ガ [続きを読む]
  • 籠神社・真名井神社
  •  丹後半島を一周してついに念願の籠神社へ到着。京都府宮津市大垣にある丹後国一之宮で祭神は彦火明命。真名井神社との関係で由緒がややこしかったので籠神社のWebサイトをもとに改めて整理すると次のようになる。【神代】 ・彦火明命が真名井原にて豊受大神を祀っていた(吉佐宮と呼ばれていた)【崇神天皇の時】 ・天照大神が大和の笠縫邑から真名井原の吉佐宮に遷された(豊鍬入姫命による) ・その後4年間、天照大神と豊 [続きを読む]
  • 浦嶋神社(宇良神社)
  •  竹野神社を後にして向かったのが京都府与謝郡伊根町本庄浜にある浦嶋神社。この時点で予定時間をかなりオーバーしていたので先を急ぐ必要があった。しかし、ここからは丹後半島一周ルートに入る。天候も怪しくなってきてツアー初日のメインイベントである籠神社に時間内に着けるかどうか、暗雲が立ち込めてきた。 浦嶋神社は延喜式神名帳に「宇良神社(うらのかむやしろ)」と記載されているらしい。祭神は浦嶋子、つまり浦島太 [続きを読む]
  • 竹野神社
  •  神明山古墳を堪能したあと、もと来た道を引き返して竹野神社の参道にもどり、せっかくなので参拝することにした。「竹野」と書いて「たかの」と読む。第9代開化天皇に嫁いだ丹波国大県主由碁理(ゆごり)の娘「竹野媛」が晩年郷里に帰って「天照皇大神」を祀ったとされる由緒ある神社で、したがって祭神は天照皇大神。創建年代は不明である。 本殿脇には摂社である斎宮神社(いつきのみやじんじゃ)。祭神は開化天皇皇子で丹波 [続きを読む]
  • 神明山古墳
  •  古代丹後の里資料館を見学したあとは近くの神明山古墳へ。資料館の方に行き方を教えてもらうと目の前の竹野神社の参道わきから登る道があるというので車を駐車場においたまま向かった。 この古墳は京丹後市丹後町宮にある前方後円墳。先に見た網野銚子山古墳、与謝郡与謝野町加悦にある蛭子山1号墳と合わせて「日本海三大古墳」と言われる。全長が190mで銚子山古墳に次ぐ規模で、古墳時代前期末〜中期初頭頃(4世紀末〜5 [続きを読む]
  • 古代丹後の里資料館
  •  遠所遺跡のあとは神明山古墳と古代丹後の里資料館へ向かったが、ここで大きな失敗をしてしまった。 実はこのツアーの行程を考えているときに「どこへ行くか」だけでなく「どこを走るか」も重視して頭を悩ませた。ニゴレ古墳の舟型埴輪に見たように、丹後が「古代丹後王国」として繁栄した理由のひとつは、海洋族であった一族にとってこの丹後の地が海運、水運に恵まれていたことがあると考えている。丹後半島西側には浅茂川湖や [続きを読む]
  • 遠所遺跡
  •  ニゴレ古墳のあと、すぐ近く遠所遺跡へ。遺跡は京丹後市弥栄町の西端、ニゴレ古墳の南側の谷奥にある。 遺跡の手前まで行こうと広い道から田んぼ道に入った瞬間、突然にギンギンガリガリと車が叫んだ。何が起こったのかすぐに判らなかったが、運転していたOさんは事態を把握していたらしく落ち着いた口調で「車の腹をこすった」とおっしゃった。そうだとしたらタダでは済んでいないはず。どこかが損傷していてもおかしくないほ [続きを読む]
  • ニゴレ古墳
  •  奈具岡遺跡の次はニゴレ古墳。ここは当初の予定には入っておらず、奈具岡遺跡のあと遠所遺跡に向かったのであるが、遠所遺跡の手前に突如現われたので立ち寄った。墳丘には簡単に登ることができたが、上部は少し急斜面になっており朝方の雨のために足元がぬかるんで少し危険な状況だった。下から見た感じでは円墳かと思ったが、登ってよく見るとどうやら円形ではないし四角でもない。前方後円墳の後円部かとも思ったが前方部が確 [続きを読む]
  • 奈具岡遺跡
  •  大田南古墳群をあとにして次は車で5分ほどの奈具岡遺跡へ向かう。 竹野川の中流域の小高い丘陵上に位置する、弥生時代中期の大規模な玉作りの専業的生産集団の遺跡である。緑色凝灰岩の管玉を製作した工房群22基と、水晶やガラスを素材にして玉を製作していた工房74基が検出された。どちらの工房からも未成品や失敗品が出土しており、材料から製品が作られるまでの工程が明らかになったという。また、鉄器生産を行っていた [続きを読む]
  • 大田南古墳群
  •  赤坂今井墳丘墓をあとにして次に向かったのが京丹後市の峰山町から弥栄町にまたがる丘陵地にある大田南古墳群。大小の円墳・方墳あわせて総数25基、古墳時代前期の古墳群である。ツアーの事前調査の時点で、全ての古墳が竹野川に面する丘陵の尾根に沿って築かれていることと、この山が採石場になっていてどうやらどこかの業者の私有地であることがわかっていたので、最初から古墳への登頂はあきらめていた。採石場の入口に車を [続きを読む]
  • 赤坂今井墳丘墓
  •  網野銚子山古墳をあとにして3人が向かったのが京丹後市峰山町赤坂にある赤坂今井墳丘墓。府道17号線沿いにある弥生時代後期末の墳丘墓であるが、尾根の先端部を方形に切り出して墳丘を形成しており、見た感じは方墳である。墳丘全体を撮影できる場所がなかったのが残念である。このあと訪問した丹後古代の里資料館で購入した「丹後王国の世界」から赤坂今井墳丘墓の発掘当時の全景写真。写真右上(北西部)から墳丘上に登った [続きを読む]
  • 網野銚子山古墳
  •  3月10日、朝6時半の便で羽田空港を出発、大阪空港で乗り継いで小型プロペラ機で兵庫県豊岡市のコウノトリ但馬空港へ。快晴の大阪空港を出発する直前に、但馬地方が悪天候の為に引き返す場合がある、とのアナウンス。いきなり出鼻を挫かれそうになったが、激しい雨の中を突き抜けて何とか無事に着陸。その後、レンタカーの手続きをしているときに思わぬアクシデント。いつも財布に入れているはずの運転免許証がない。いくら探して [続きを読む]
  • 丹後・出雲 実地踏査ツアー
  •  丹後半島から出雲にかけての日本海沿岸各地の遺跡・古墳・神社など訪ねる実地踏査ツアーを企画し、つい先週末の2017年3月10〜12日の3日間にわたって敢行してきました。メンバーは2013年の纏向遺跡ツアー、昨年の熊野ツアーと同じ古代史研究仲間のSさんとOさん。今回も珍道中となりましたので、そのあたりもあわせて順に紹介したいと思います。まず本日は3日間の行程を紹介します。●1日目(丹後半島一周) コウノトリ但馬 [続きを読む]