博 さん プロフィール

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博さん: 人生哲学の並木道
ハンドル名博 さん
ブログタイトル人生哲学の並木道
ブログURLhttp://sgi.blog.jp
サイト紹介文人生の学びに終わりはなし。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供115回 / 312日(平均2.6回/週) - 参加 2016/09/09 00:49

博 さんのブログ記事

  • 今をどう生きるかが大切
  • 占いやスピリチュアルといったことに一喜一憂する人がいる。毎朝のテレビ番組で、占いコーナーを見てから出勤・通学する人も多い。神秘的な感じに興味をひかれるし、その日の自分の運勢がよいと言われれば、悪い気はしない。だが、占いやスピリチュアルがたとえハズレたり、効果がなかったとしても「なぜだ」とクレームを言う人はほとんどいない。つまり、本気で信じている人は少ない。創価学会の信仰は、そうした神秘的で、不確か [続きを読む]
  • 忙しい日々を充実させるための信仰
  • 社会のグローバル化や、IT(情報技術)の発達によって、今や社会は24時間、急速に進化し続ける大変動の時代を迎えている。そうした中で、多くの人が時間と戦いながら日々を送っている。もちろん創価学会のメンバーも同じである。学会員も家庭を持ち、地域社会や仕事や学業など、いくつもの顔を持ちながら、充実した毎日を送っている。創価学会の信仰とは、今ある日常の活動に、「何か新しい項目を加える」というものではない。 [続きを読む]
  • 最も自分らしく輝くために
  • 何かに染まって、ものの見方が偏ってしまったり、一定のせまい考え方しかできなくなったりするのは嫌だ!そう考える人は少なくないでしょう。しかし、創価学会に対しても、「すべての人を同じ色に染めてしまう信仰」というイメージを持っているとしたら、それは大きな誤解です。創価学会には実に多様な人々がいます。職業も、サラリーマンや職人はもとより、芸術家、スポーツ選手、教育者、医師、実業家、システムエンジニア、主婦 [続きを読む]
  • 宗教とは生き方そのもの
  • とりわけ若い人の多くが「宗教に興味がない」と考えている。これはある意味もっともなことだろうと思う。よく「初詣は神社、結婚式は教会、葬式は寺」といわれるように、多くの日本の宗教が「儀式」の役割しか果たしていないと言えるだろう。そうした「宗教」が多くの若い人たちの人生にとって、もはや ”関係のないもの” になってしまっていることは、よく解る。一方、自発的に特定の教団に属して、何らかの信仰を生活の中で実 [続きを読む]
  • 創価学会は何を目指しているのか
  • 創価学会の活動は多岐にわたっていますが、その目的は「広宣流布」です。では「広宣流布」とは、具体的にどういうことでしょうか。それは「一人ひとりの幸福」であり、「社会の平和・繁栄」です。一人ひとりの幸福なくして、平和な社会はありません。また、社会の平和・繁栄なくして、一人ひとりの幸福もないでしょう。正しい教えを信じ、実践することで、「個人の幸福」を確立しようと努力する。と同時に、その個人が「社会の平和 [続きを読む]
  • なぜ政治に関わるのか
  • 先ごろ行われた東京都議選において、創価学会の支援する公明党は23人全員当選の大勝利を収めました。なぜ、宗教団体が政治に関わるのか?これまでに何度となく、創価学会、公明党は批判をされてきました。そもそも、宗教は「すべての人を幸福にするため」にあるものです。ですが、私たちの幸福を脅かす問題には、景気や環境、教育、社会福祉など、個人ではどうにもならない、実際には政治が取り組むべき問題も数多くあります。日 [続きを読む]
  • 組織の盛衰
  • 組織は、すべて人間にかかっている。中心者に力がなく、信頼と尊敬とを失った時、組織は沈滞し、壊滅する以外にない。聡明な人事は、組織を潤沢にさせ、人材を伸ばす。愚かな人事は、組織を壊し、人材を殺してしまう。創価学会の組織について、二代会長、戸田先生は、逝去の日まで、「人事ほど大切なことはない」と、よく述懐されていた。 [続きを読む]
  • 賢明な指導者
  • 賢明な指導者は、常に民衆の心が何を願い、何を目指しているかを察知せねばならない。特に、青年の心を無視し、彼らの意思を否定する時、そこには不信と断絶の深淵が生まれる。 [続きを読む]
  • 厳格と、寛容と慈悲
  • 仏法の世界は、外からは絶対に壊されない。最も恐るべき破壊は、必ず内より起こる。仏法の本義を歪め、その精神をないがしろにする人物が内部にいる時こそ、最も恐れなければならない。だが、仏法は、「人」を排斥するのでなく、その思想を責め、改めさせるのである。思想、つまり「法」に対する厳格さと、「人」に対する寛容と慈悲を、はき違えてはならない。 [続きを読む]
  • 四箇の格言(しかのかくげん)
  • 日蓮大聖人が、建長5年(1253年)4月28日に立宗宣言された後に、当時、もっとも流布していた四宗に対し、各宗の教義の誤りを簡潔に破折された。「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」日蓮大聖人は、諌暁八幡抄等の諸抄で、以下のように述べられている。① 念仏無間。阿弥陀仏の名号を称え、念ずることは、無間地獄に堕ちる業因となる。  浄土宗の日本の開祖は法然で、依経は浄土の三部経(無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)で [続きを読む]
  • 日蓮大聖人の立宗宣言(7)生涯をかけた宗教闘争
  • 日蓮の論旨は、その宗教が「仏意に背く邪法になっていないか」、そして「民衆の幸福を妨げる悪法になっていないか」の二点が基準になっていた。この基準があってこそ、末法の法滅を打ち返すための宗教批判となり得るのであり、民衆を救うための宗教革命をなし得るのである。日蓮の引用した文証は、ことごとく学僧たちも知るところであった。しかも、整然とした論理であるだけに、この時、多くの者が恐怖を感じたにちがいない。この [続きを読む]
  • 日蓮大聖人の立宗宣言(6)念仏は無間地獄の業
  • 建長5年(1253年)4月28日の日蓮の説法は、法華経に明かされた仏意を実現すべく、末法法滅の今こそ、南無妙法蓮華経の大法が流布されなければならない時であると、訴えたものであった。彼は、末法今時の日本にあっては、釈尊に始まると称する諸宗派が、既に衆生を救う力を全く失ってしまっていることを宣言した。その明快な言説に、持仏堂に集った僧たちの表情には、次第に動揺の色が浮かんでいった。日蓮は、まず、釈尊の真意を説 [続きを読む]
  • 日蓮大聖人の立宗宣言(5)厭世思想の蔓延
  • こうした時代背景をさかのぼっていくと、社会を混乱に導いた大きな要因の一つとして、僧兵の登場を考えざるを得ない。白法が隠没しようとする時代に、宗教の威を借りた僧兵という武装集団が起こり、法を根本とするより、武力を頼んで自らの要求を貫くという横暴を繰り返した。僧兵が登場した頃から、物情騒然とした世になり、まさに末法の闘諍堅固の様相を濃くしていったことを、歴史は示している。ところで、中世の思想を考える場 [続きを読む]
  • 日蓮大聖人の立宗宣言(4)仏法隠没
  • 法師武者は、寺院に所属しており、悪僧とか山法師などとも呼ばれた。いわゆる僧兵である。彼らは、武装して、中央政権に対する示威行動や、勢力争いを繰り広げていった。僧兵といえば、延暦寺、園城寺、興福寺などが、よく知られているが、京都、奈良だけでなく、地方の諸大寺でも、僧兵が大手を振っていたのだ。そして、11世紀から12世紀にかけて、彼らの行動は、激しさを増している。仏教界が、自己保身のために、巨大な武力をも [続きを読む]
  • 日蓮大聖人の立宗宣言(3)
  • 時は、刻々と正午に近づいていく。道善房をはじめとする僧たちが、威儀を正して姿を現し、諸仏坊の持仏堂に集っていた。やがて、姿を現した日蓮は、人びとに軽く会釈をすると、持仏堂の正面にすえられた机の前に、南面して座った。僧たちは、日蓮に、尊貴な、冒しがたい威厳を直感したにちがいない。好奇心と期待に満ちた視線が、彼の一身に集まった。彼は数珠を手にかけると、いきなり、「南無妙法蓮華経」と三遍、唱題を繰り返し [続きを読む]
  • 日蓮大聖人の立宗宣言(2)
  • 仏法は、釈尊が入滅したあと、しばらくは正法がたもたれ、正しく実践されるが、時代が下るにつれて次第に形骸化し、遂には、法滅の「末法」に至るというのが、当時の日本仏教界の共通の認識であった。しかし、日蓮の末法観は、「法滅」の時というような、単なる現象論にとどまるものではなく、一重深いものであった。すなわち、彼は、法滅の根本原因を突き止めていたのである。その根本原因とは、一切衆生を成仏に導かんとする仏意 [続きを読む]
  • 日蓮大聖人の立宗宣言(1)
  • 日蓮仏法の立宗の日は、建長5年4月28日、西暦1253年である。日本に仏教が伝来してから、約七百年のことである。旧暦4月28日は、太陽暦(グレゴリオ暦)に直してみると、6月2日となる入梅直前の初夏のころである。日蓮大聖人は、数え年32歳。12年間の、叡山をはじめとする諸国の遊学から、安房の国(千葉県南部)の清澄寺(せいちょうじ)に帰って来て、間もなくのことであった。日蓮大聖人の幼名は善日麿(ぜんに [続きを読む]
  • 友人葬の導師として
  • 今週は、6日から9日にかけて3件の葬儀が続いた。最初の6日と7日にかけて行われたS家の葬儀は、町内会のお手伝いを要請され、葬儀役員としてお手伝いをさせていただいた。このS宅の葬儀は浄土宗の僧侶によって行われた葬儀であったが、7日の告別式の朝、式が始まる前に、斎場の方から僧侶へ渡す費用の内訳と封筒が役員席へ届けられた。その費用の内訳をみると、戒名料30万円、お布施15万円、お車代1万円の計46万円。他の町内会の役 [続きを読む]
  • 創価学会幹部の要諦
  • 戸田先生の昭和27年指導今後の支部長(幹部)は、今までと違って、頭もよく貫禄と風格がなければいけない。支部長(幹部)は、責任をもって、どんな問題でも解決できなければならない。支部員(会員)が支部長(幹部)を見ると、心から安心して信心に励めるといった、信望のある幹部であってほしい。しかし、貫禄と威張ることとは全然違うのだ。威張るようなことがあったら、戸田は許さない。しかし、悪と戦えないような、弱々しい [続きを読む]
  • 学会の組織
  • 信心の極理は、御書に明確に説かれている。学会の組織は、その本義と実践を、すみやかに後輩に指導徹底していくために、つくられたものであり、あくまでも実質主義を原理とする。 [続きを読む]
  • 勤行の心構え
  • 御本尊の前で勤行する時は、日蓮大聖人の御前にいるのと同じことだ。仮にも、だらしのない態度であってはいけない。居眠りしたり、あくびをしたりするような勤行では、決してならない。私たち凡夫の、さまざまな日常生活のなかで、最も厳粛で、また、最も崇高な仏界の時が、この勤行の時である。御本仏・日蓮大聖人の御前で、居眠りや、あくびができるものか、よく考えなければならない。そうかといって、形式のみにとらわれたり、 [続きを読む]
  • 創価学会を宗教法人にした理由
  • 戸田は、創価学会の会長に就任すると、学会を宗教法人とする検討を始めた。昭和26年4月には、宗教法人法が施行されていた。彼は、創価学会を宗門から独立した宗教法人とすることが、今後の広宣流布の活動の展開にとって、不可欠であると考えたのである。なぜかといえば、まず第一に、広範な活動に際して、総本山に直接の責任や迷惑を及ぼさないためであり、第二に、総本山を外護する団体として、思い切った折伏行を断行するためで [続きを読む]
  • 青年訓
  •  戸田は、未来を託す青年部に、今こそ明確な指針と、希望と、精神とを与えようと心を砕いた。それは、彼の心からの曇りない叫びでなければならない。彼はその草案を練りに練っていた。一語の無駄もなく、彼の精神が、そのまま青年たちの心に、永遠に生きねばならぬ。彼は、憔悴するほどの熱意で、文章にしていった。 それは初め、班長への告示として発表され、後に「青年訓」として、多くの青年部員たちが常に朗唱し、支えとして [続きを読む]
  • 本物の指導者とは
  • 昭和26年8月31日の支部長会における戸田先生の指導。「広宣流布は、全東洋へ、全世界へなさねばならぬ大事業です。その盤石な基礎の建設を、今、日本において行っているのが、われわれなんです。それは地道な作業であり、派手に報道されている売名の戦いや、遊戯のような運動とは、全然、違う大偉業なんだ。大聖人は『日本一同に南無妙法蓮華経と唱えん事は大地を的とするなるべし』と仰せです。この御聖訓を、諸君は、がっちり腹 [続きを読む]
  • 三変土田(さんぺんどでん)
  • 昔、近しい親戚同士で、隣り合って住んできた二軒の家があった。先代同士が喧嘩してしまい、いつか、口もきかない絶交状態に陥って以来、長い年月が過ぎた。この間に、片方の一軒の家は、千里の向こうに新しい親戚ができて、親しく付き合うようになった。しかし、なんといっても隣同士のことである。俗に、遠くの親戚よりも近くの他人という。まして、もともと親戚ではないか。今は、先代の記憶も薄くなり、昨今、互いに心で誼を求 [続きを読む]