天と地と さん プロフィール

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天と地とさん: 天と地と
ハンドル名天と地と さん
ブログタイトル天と地と
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/suesan-blog
サイト紹介文連載自叙伝『追憶』シリーズ 「ふきのとうノ咲くころ」
自由文詩・俳句・日記・エッセイを通し、日常、社会、教育(子育て)などについて、私の思うままに綴ります。
自叙伝『追憶』シリーズは、
 第二次世界大戦終戦の年、叔母の養子として引きとられた私が、いなか秋田の親もとを離れて、戦争の焼け野原となった東京で過ごした日々と、幼心の揺れ動く姿を綴ったものとなっています。


参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 114日(平均1.5回/週) - 参加 2016/09/11 14:47

天と地と さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 『追 憶』 ⑭ 〜若葉のころ〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 里帰り −ひと月遅れのお盆を前に、待ちに待った田舎へ行くことになった。上野駅では、人々が、夜行に乗るために、昼頃から行列を作って乗車を待つのであった。帽子にMPと印された、国防色(カーキ色)の服を着けたアメリカ兵が、駅の構内を右往左往しながら、乗客の整理をしていた。車内に入るだけ人をつめ込み、割り込んで来た人を、引っこ抜くように…。その状況を見て、子 [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑬ 〜 若葉のころ 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− おじさんの手造り −子供達はいつもの如く、大家さんの縁先に三々五々と集まって来ていた。大家さんのおじさんは器用な人で、時には、竹を割って、蝋を流し込んで、それに太い木綿糸を入れて、両方の竹を合わせて、蝋が固まった頃を見計らって、水に入れると、かぱっと竹の筒から剥がれて、ロウソクの出来がり。またある時には、子供の小さな下駄の型を格好良く作って、それに赤 [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑫ 〜 若葉のころ 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 弟 − そうこうしているうちに、若葉もすっかり色鮮やかな線になっているのであった。 六月に入った或る日、 母が弟を連れて遊びに来てくれたのであった。  「おどろいた。」 おばさんも、満足な顔でニコニコしていた。 「さあ、さあ、よく来てくれましたこと。暫くゆっくりしていけるでしょ。」 「うん。四、五日世話になるつもりだからよろしく。」 と、母は日焼けし [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑪ 〜 新たな生活の中で 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 楽しい遊び − 或る日、学校から帰って、おやつを食べていた。 私と同い年のテルヱちゃんが、友達をたくさん連れて、  「紙芝居見に行かん?」  「え!どこ?行く行く。」  そう言えば、近くの空き地に、拍子木を打って廻っているおじさんを見かけたが、 何をしているのかと思ったものだが、そのおじさんが紙芝居屋さんであったのでした。 “鞍馬天狗”や“のらくろ” [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑩ 〜 新たな生活の中で 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− お嫁さん − 叔母も大分世話好きなところがあったらしく、その織物工場の二男のお嫁さんにと、 田舎の親戚のお姉さんをお見合いさせたのであった。  話がまとまって、結婚式の前の晩、私達の家にお姉さんが泊まってくれた。 暫くぶりに、田舎の様子を聞くことが出来、話をする言葉が懐かしく、 いつもなら、とっくに眠くなる時間なのに、目が冴えてしまうのであった。   [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑨ 〜 新たな生活の中で 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 子守り − お友達と何の約束もない日の一番の楽しみは、向いの伊藤さんの則明ちゃんをあやすことでした。 則明ちゃんは、二才で、色白で、丸々と太った大きな赤ちゃんでした。 おんぶをすると、どしっとして、でも背中の感触が何とも言えなかった。 子守りをしてくれたからといって、則明ちゃんのおばさんが、しじみ貝を綺麗な布で括ったものを作ってくれたり、 お手玉を作 [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑧ 〜 新たな生活の中で 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 給食 − 「いってまいります。」  「いってらっしゃい。」 この頃は、学校が楽しくてしょうがなかった。 昼食には、給食が出されるのであった。 コッペパンと魚の缶詰や果物の缶詰、干しすももなど、珍しい食べ物が出るので、お昼が待ち遠しい。 何しろ一般家庭ではめったに食べることのないものであるから。  しかし、それは毎日ではなかった。 第九小学校は、戦災を [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑦ 〜 新たな生活の中で 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 故郷を想う夜 − その夜は何となく眠れなくて、吉田さんのところで味わったショックがやっぱり残っていたのであった。  じっと目をつむると、 「里では一月遅れのひな祭りが済んだろうなぁ・・・。」 「今年も川の土手で餅草(よもぎ)を取って、菱餅や大福餅を作って、 小春日和で、ちょろちょろと山肌を流れる雪解けの沢のせせらぎの中の小さな岩をよせてみると、 沢蟹 [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑥ 〜 新たな生活の中で 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 新しい友達 − クラスの友達とも、いつの間にか、屈託のなく話せる様になっていた。 親しい友達も出来た。 吉田トモちゃんといって、とてもしっかりして、やさしくて、私にとっては頼りになるお友達であった。 学校からも一緒に帰るようになっていた。  或る日、 「あたいのおばさんに紹介するから寄って。」と誘ってみた。  「いいわ、そしたらおばさんに、あたいんち [続きを読む]
  • 『追 憶』 ⑤ 〜 蕗の薹の咲くころ 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 転校届 − 八王子に来て一週間。春休みもあと残すところ五日位しかなくなった。 転校届をするため、中野区役所へ叔母について行ってみた。 区役所に入って行って驚いた。昔風の家の中で、手続きをするのであった。 故郷では、白く塗った大きな建物が町役場であったため、驚きと共に、何かほっとした気持ちになった。 そこいらは、付近の景色が故郷によく似ているところがあ [続きを読む]
  • 『追 憶』 ④ 〜 蕗の薹の咲くころ 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 八王子へ到着 − 夜が明けて、澄み切った朝の立川駅から八王子線に乗り換えた時は、新たな八王子の生活に胸が弾んでいるのであった。 八王子駅に着いた。駅から続く沿道には、バラックが立ち並び、道路には爆弾の破片が突き刺さっていたりしたが、 橋を渡った叔母の家の付近には、戦災の欠片すらなかった。  − ご挨拶 − 次の日は、近所に挨拶回りです。 「この子がうち [続きを読む]
  • 『追 憶』 ③ 〜 蕗の薹の咲くころ 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 旅立ち − 座席をとって腰をかけたが、胸がいっぱいになって母と話すことが出来ず、涙をこらえるのが精いっぱいであった。 叔母は、 「姉さん、心配しないで、この子が田舎に帰りたいと言ったらいつでも連れて帰って来ますから。」  「難儀かけるけどよろしくな。すゑ子もおばさんの言うことを良く聞いていい子になれや。」  私は「うん。」と小さいおカッパ頭でうなずく [続きを読む]
  • 『追 憶』 ② 〜 蕗の薹の咲くころ 〜
  • はじめから見る ?? 自叙伝 『追 憶』 シリーズ− 蕗の薹の咲くころ − その頃、八王子の叔母も、家財道具をほとんど叔母の実家、すなわち母の実家に空襲の危険を逃れて疎開して来ており、度々私の家にも訪ねて来ていた。 折に触れて、子沢山の姉(私の母)の家庭を見るにつけ、「子の授からない我が身を哀れんでいるより、誰か養子を」と考えていたが、 我が子を簡単に手離すはずがないと思っていたし、姉(母)にも気を遣っ [続きを読む]
  • 『追 憶』 ① 〜 蕗の薹の咲くころ 〜
  • −まえがき− 第二次世界大戦に於いて敗戦国となった日本の、昭和二十年四月に国民学校1年生になった少女が、 その明くる年に、戦災の痛ましい状況も知ることなく、八王子の叔母のところへ養女として、 ちょっと不安と希望を胸に出発することになったのでした。『追 憶』 国民は、新聞を凝視した。  “ ピカッ、ドン ” もくもくと、巨大な、きのこ雲が浮き上がり、不気味な感じを、私は強く心にとらえたものであった。 こ [続きを読む]
  • 『天と地と』へようこそ
  • はじめまして。ようこそ、スヱさんブログ 『天と地と』 へ。 詩・俳句・日記・エッセイを通し、 日常、社会、教育(子育て)などについて、 私の思うままに綴ります。自叙伝 『追憶』 シリーズは、 第二次世界大戦終戦の年、 叔母の養子として引きとられた私が、 いなか秋田の親もとを離れ、 戦争の焼け野原となった東京で過ごした日々と、 幼心の揺れ動く姿を綴ったものとなっています。ブログ初公開 第1弾は、 『蕗の薹の [続きを読む]
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