yukemuriのブログ さん プロフィール

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yukemuriのブログさん: yukemuriのブログ
ハンドル名yukemuriのブログ さん
ブログタイトルyukemuriのブログ
ブログURLhttp://yukemuri.muragon.com/
サイト紹介文コント(掌編小説), いろはカルタに纏わる思い、人情の機微に触れる江戸川柳色は匂へ、趣味の5・7・5
自由文玄冬期に入って、遊行ライフを執筆と読書で過ごしています。俳句108句、掌編小説108本を推敲編集して整理を終わりたいと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供371回 / 319日(平均8.1回/週) - 参加 2016/09/11 16:08

yukemuriのブログ さんのブログ記事

  • 江戸を見れば 38  家光のマンネリ化か
  •  1640年 寛永17年庚辰(かのえたつ)将軍も18年になると少しマンネリ化してきた点も見受けられる。  4月5日に江戸城本丸の再建が成り、家光はニ丸から本丸へ移動した。諸大名からの進物は莫大なものであった。諸大名や幕臣に倹約令を出しているのに当の家光は遊猟や御前試合、茶会や能楽と浪費がかさんでいた。  江戸庶民の生活の変化も最初に髪型に現れた。髪型を変えることが一番の手っ取り早く金のかからない心 [続きを読む]
  • 江戸川柳 色は匂へ  「に」の2 二 階
  •  二かいから落ちた最期のにぎやかさ   ガラガラどしん  二階から落ちて最期を迎えるのは大変な騒動の中で息を引き取ることになる。静かに湿っぽく息を引き取るのとは大違い。大変だよね。  二階から小便せぬでかどがあり    ごもっとも  吉原の遊女の部屋は二階にあるのでトイレも当然二階にあった。したがって二階で小便をして初めて一人前になると。角も取れて一人前の社会人となる。江戸の男社会の身勝手な常識に [続きを読む]
  • 江戸を見れば 37  タンポ・コタツ・据(すえ)風呂
  •  1639年 寛永16年己卯(つちのとう) 明正天皇在位11年、3代将軍徳川家光在位17年。時の権力者は大老の土井利勝(16万石)、酒井忠勝(12万3千石)で、ポルトガル人を放逐し、ポルトガル船の来航を禁止する。  江戸城大火で二丸・天守閣・櫓だけが残る。恒常的に日本列島は大火と地震と洪水に見舞われてその対応だけでも大変であった。  江戸の町では無頼の徒が徘徊し、盗賊の出没が続いた。  和歌山藩主 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「の」の3 野蒜の花(のびるのはな)夏
  •    花つけて野蒜の先ややゝたわむ   す み 女           季節の花300より  ずっと以前、軽く茹で酢味噌で食べた記憶がある。味の方の記憶はない。それ1回きりだったようで、今なら焼酎に合うのではと思う。               季節の花300より 春に、球根の部分を生のまま味噌をつけて食べる。辛味あり。葉や茎も食べられる。「野に生える蒜」の意味。「蒜(ひる)」は、ネギやニンニクの [続きを読む]
  • 江戸を見れば 36   大老とは何者ぞ
  •  1638年 寛永15年戊寅(つちのえとら) 2月28日に島原の乱はようやく鎮定された。2万5千の謀反に対して12万5千の募兵を動員しての勝利であった。  キリシタン禁制はますます厳しくなっていった。  11月7日に老中の上に大老を置き将軍の政務一切を裁断させるようになった。幕藩体制における大きな転換でる。  時の権力者として、大老 土井利勝と大老 酒井忠勝が表舞台に登場した年である。  大老=大 [続きを読む]
  • 江戸を見れば 35  立ち上がる農民
  •  1637年 寛永14年丁牛(ひのとうし) 10月に島原の乱が起こる。農民・キリシタン信徒たちの抵抗は頑強で、年内に鎮圧できなかった。 幕府が直面した最初の試練で、農民の力の強靭さを身をもって知った。  島原の乱のきっかけは「圧政と重税」であった。  乱が勃発してからはキリスト教が一揆のよりどころとされて、歴史上日本最大規模の一揆となった。まさに内戦状態であった。  この一揆の乱を招いた島原藩主の [続きを読む]
  • 江戸を見れば 34  銭形平次の投げ銭ができる
  •  1636年 寛永13年丙子(ひのえね)6月に一文銭と四文銭の二種類の寛永通宝が鋳造・発行された。  日常生活の通貨として、貨幣体系の整備がなされて、これまでの乱雑な通貨が統一された。  一文銭は銅銭で四文銭は真鍮銭と鐵銭があり、真鍮銭は1768年(明和5年)から、鉄銭は1854年から1860年の安政年間からである。  銭形平次が投げている銭は、 原作者の野村胡堂は、寛永通寶四文銭としている。 四 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「の」の2 鋸草(のこぎりそう)夏
  •    国境に鋸草などあはれなり   山口青邨           季節の花300より    花言葉は「真心を持って」「戦い」「治療」  地味で可憐な花が「国境」という言葉と重なるとあわれさを誘うのか。               季節の花300より   用途は広く、葉は歯痛、偏頭痛対策に使われる他、乾燥して粉にし、タバコの代用品にすることもあった。スウェーデン西部のダラカールリア地方では、ビールに [続きを読む]
  • つぶやき 84   なつかしい往復びんた
  •  中学2年生だったと思う。大の仲良し、小学校からの友達と私は大柄なN先生に呼び止められて、「往復びんた」をもらった。何故、「報復びんた」をもらったのかその時は分からなかった。  それからも友と「往復びんた」の話になると理由がわからないままに大人になった。  二人ともおとなしくまじめなタイップで清掃時間もしっかりと働いていた。あの時、周りに中学校きっての悪ガキが居て大騒動をしていた。本当はその悪ガキ [続きを読む]
  • 江戸を見れば 33  参勤交代の制度化
  •  1635年 寛永12年乙亥(きのとい) 鎖国体制と諸大名に対する統制の引き締め。武家諸法度の改定と参勤交代の制度化、寺社奉行の設置、評定所制度の新設と幕藩体制の基礎は徳川家光13年目にしてほぼ形が整ってきた。  参勤交代と一口で言っても一度に形が整ったわけではない。初めは外様大名に対して4月交代の参勤が確立した。これより30年ほど前に諸大名の妻子を江戸に留置することを実施していた。  参勤交代の [続きを読む]
  • 江戸川柳 色は匂へ  「は」の2 馬鹿亭主
  •  薪水の労をたすける馬鹿亭主  薪水(しんすい)の労=飯炊きや水汲み  今では当たり前の男の家事労働であるが、江戸時代では馬鹿呼ばわりされた。買い物のお供などしようものなら馬鹿亭主、駄目亭主と言われた時代である。 どこへでもくっついて出る馬鹿亭主   そんな雰囲気が残っている地方も                    ある。 あいつだに帰る気ならと馬鹿亭主    惚れています。 もう以後はさせや [続きを読む]
  • つぶやき 83  暇つぶしを支える「落語と蕪村」 
  •  落語が好きで、何本かはおしゃべりができるようになっていた。ちょっとした会合や宴会の時にその一部を披露して楽しんだ。  この落語の人物描写と「まくら・展開・さげ」の構成がコントを執筆するときに自然に生かされたようである。  それに蕪村の俳句作法が私の表現活動の原点となった。 俳人蕪村にある人が俳諧とはどうしてつくるものですか。と尋ねたときに、蕪村はすかさず窓から外を指さして「あなたにそこから何が見 [続きを読む]
  • 江戸を見れば 32  集団的自衛権の行使
  •  1634年 寛永11年甲戌(きのえいぬ)将軍家光の専制的支配は着々と進められていく。  1月に日本三大仇討の一つである岡山藩士渡辺数馬が荒木又右衛門助太刀で弟の敵、同藩の河合又五郎を伊賀上野の鍵屋の辻で討つ。  三大仇討は、曽我兄弟の仇討と赤穂義士の仇討が入る。  敵討ちは集団内の者が殺されたときにその集団内の者が加害者に復讐することで家を守る。集団的自衛であった。  私闘は原則禁止されていたが [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「い」の5 茨の花(夏)
  •    花いばら故郷の路に似たるかな   蕪 村    道のべの低きにほひや茨の花    召 波            季節の花300より 花言葉は「素朴なかわいらしさ」(野茨の花)「無意識の美」(野茨の実)            季節の花300より  黒柳召波 (くろやなぎ-しょうは)与謝蕪村(よさ-ぶそん)に師事、江戸中期の俳人。名は清兵衛。別号,春泥,春泥舎。京都中立売猪熊に店を構えた町衆の子 [続きを読む]
  • つぶやき 82  日本の国際的な信頼度は
  •  日本の政治を担う大臣が見ての通りのレベルで、誰が見てもおかしいと思われるような事例についても堂々と正しいと言い切る。  この様子を、外国の特派員や大使館員、それに各国のトップレベルの人がみて、日本の政治家を本当に信用してよいのか疑問に思っても不思議ではない。  特に、北朝鮮、韓国、中国などは、唯一の被爆国でありながら核兵器禁止条約に署名しなかった日本をどう評価するのだろうか。世界の国々は唯一の被 [続きを読む]
  • つぶやき 81  何で、コントなんか書くようになったの
  •  30代の年齢でどうしたはずみか、エリートコースの一つになる「研究所」に紛れ込んでしまった。  入所して吃驚、A課長とB課長が事あるごとに面と向いあって、激しくやり合う。職員会議や研究会議の時のその凄まじさは、初めての経験であった。  所内はA課長とB課長の派閥に分かれて、表立っては静かな対応であったが、事が起こるとAとBに票が割れて決めなければならないことも決まらない。という状態であった。  わ [続きを読む]
  • 江戸川柳 色は匂へ  「い」の2 医 者
  •   もりあてた医者はほどなく痛み入り    もりあてる=まぐれ当たりのこと  薬の調合がまぐれ当たりで治癒した時は、感謝され礼を貰うときは痛み入るだろう。なんて思ってしまう。  よい後家が出来ると咄す医者仲間   よほどの美人だろう。ありそう。  仲人にかけては至極名医也      本職そっちのけ。まあいいか。  上手にも下手にも村の一人医者    しょうがねえ、いないよりいいよ。 [続きを読む]
  • 江戸を見れば   31 高札(たかふだ・こうさつ)情報発信
  •  1633年 寛永10年癸酉(みずのととり)鎖国体制は着々と進む。2月には奉書船以外の海外渡航を禁止し、海外在住日本人の帰国を禁止した。  国内を見ると黒田家の御家騒動や将軍の弟、忠長は高崎で自殺させられる事件が起こった。白岩一揆が起こり、藩主酒井家の苛政に抵抗し城を襲撃し家老を殺害した。  幕藩体制を引き締める方法として、高札情報発信を活用する。  高札=法度・掟・罪人の罪状などを記した立て札。 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「い」の4岩煙草(夏)
  •    日の洩れのほとんどなしや岩たばこ   濱田波川    露天湯に花を映して岩煙草       濱田坡牛            季節の花300より  山野草についてとても詳しい先輩がいてその先輩を通して岩煙草のすばらしさに触れた。それをきっかけに鷺草やエビネ蘭について関心が広がり鑑賞を楽しんでいる。自分で育てようとは思わない。もっぱら他人の育てた作品を鑑賞している。     季節の花300より [続きを読む]
  • 江戸を見れば   30 将軍の遺産が動く
  •  1632年 寛永9年壬申(みずのえさる) 正月24日に2代将軍秀忠が没した。2月に遺産が家光とその一族・近臣に配分された。  家光には金30万枚とその他330万両が相続された。秀忠が家康から譲り受けた遺産額は不明である。御三家と女中に配分された分は約200万両と言われている。  そして、11月には家康の久能山の金銀が江戸に運ばれた。  将軍の死に際して近侍の森川重俊が殉死をする。同じ近侍の永井信 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「い」の3 虎杖(いたどり)の花(夏)
  •    虎杖の花をこぼして雨強し   佐藤樣人            季節の花300より      季節の花300より(実) 若芽と茎は酸味があり食用になり、地下茎は薬用になる。 表皮から糸状のものを採るので「いとどり(糸取)」と呼ばれ、しだいに「いたどり」になった。漢字の「虎杖」は漢名で、「杖」は茎で、「虎」は若い芽にある紅紫色の斑点が虎のまだら模様の皮に似ているところから [続きを読む]
  • いろはかるた噺考 2  「ろ」 
  • 【 論語読み論語知らず (上方) 】  「論語読みの論語知らず」を話題にして、江戸の庶民は権威に対して抵抗を試みた。  江戸時代は、個人の道徳書として論語が基本であった。その論語を指導する先生が教えることと実生活との落差が大きかった。  江戸時代の戯作者、式亭三馬の滑稽本。浮世床の中で「論語読みの論語しらずよりか、論語よまずの論語知らずの方が余程、徳よ」と言っている。  現在もなまじ大学で中途半端 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「い」の2 いちごのはな(春)
  •    花苺ひとこと妻と立話   池内友次郎               季節の花300より  苺の初物は、近くの和菓子屋さんの「苺大福」を食べることで味わうことになる。市内の「苺大福」をすべて味見して、近くの和菓子屋さんの「苺大福」が自分に一番合うことが分かって、それから何十年の付き合いである。  赤い実に点々とある「つぶつぶ」はイチゴの「たね」(「たね」というものは、ふつうは実の内側にあるが、イ [続きを読む]
  • 江戸を見れば   29 鎖国体制への準備
  •  1631年 寛永8年辛未(かのとひつじ)キリシタンへの弾圧は益々ひどくなっていった。渡船や関所の検閲の励行と朱印状のほかに老中の奉書の添付を必要とする奉書船制の採用によって貿易の統制を強化し、鎖国への準備が着々と進んだ。  対外的な厳しい統制、それ以上に国内での生活や思想の面での制約も厳しくなった。支配体制の維持に徳川幕府は必死であった。  あまりの厳しさに各藩では、農民の逃散の対応に追われてい [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「う」の3 鬱金の花(うこんのはな)秋
  •    朝露や鬱金畠の秋の風   凡  兆            季節の花300より 凡兆=芭蕉の門人、京都で医を業とし、去来と共に「猿蓑」を撰した。妻羽紅(うこう)も俳人。             季節の花300より 根や茎の部分が胃薬等に使われ、いわゆる「ウコン」と呼ばれる。食用、染料としても利用される。カレー粉を黄色くする際にもこのウコンが使われるらしい。 [続きを読む]