yukemuriのブログ さん プロフィール

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yukemuriのブログさん: yukemuriのブログ
ハンドル名yukemuriのブログ さん
ブログタイトルyukemuriのブログ
ブログURLhttp://yukemuri.muragon.com/
サイト紹介文コント(掌編小説), いろはカルタに纏わる思い、人情の機微に触れる江戸川柳色は匂へ、趣味の5・7・5
自由文玄冬期に入って、遊行ライフを執筆と読書で過ごしています。俳句108句、掌編小説108本を推敲編集して整理を終わりたいと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供337回 / 285日(平均8.3回/週) - 参加 2016/09/11 16:08

yukemuriのブログ さんのブログ記事

  • 花かるた 色は匂へ 「な」の4 夏茱萸(なつぐみ)夏
  •    夏ぐみの甘酸つぱさに記憶あり   佐藤千須               季節の花300より  小学生の頃、家の2軒南隣の2歳年下の後輩の家の庭にグミの木があった。食べごろになるとおばちゃんから声が掛かりみんなして茱萸をもいで塩水で洗い食べた。              季節の花300より  茱萸のようなほっぺをした可愛い女の子が仲間に入ってにこにこしながら茱萸を食べては種をプッと飛ばしていた [続きを読む]
  • 5・7・5アラカルト 川柳23  
  •  もう眠いどんな川でも渡ります   八木蛙生  ばぁちゃんが健在の時によく言っていた。 「あん馬鹿たれが、嘘八百ばかりで万に一つも本当の事がねえ。」 そのばぁちゃんは、仲人口で100組ほどの縁談をまとめた。  同じ嘘八百でも人を幸福に導くものは嘘も方便で笑って済ませる。国民の生活を苦しめる嘘八百には断固として戦わなければならない。 「生まれた土地は荒れ放題、今の世の中右も左も真っ暗闇じゃござんせん [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「な」の3 夏草(夏)
  •      夏草や兵共がゆめの跡    芭  蕉                 藤原氏三代の栄華も一場の夢と化している。義経の居館、奥州高館の跡を見て過去の戦果も栄華も、勝ち負けもすべては一炊の夢、人間の営みは空しく消えていく。  藤原氏は滅ぶべくして滅んだ。藤原泰衡が義経を殺し、その首をさしだす。それが頼朝出陣の口実になり、藤原氏の滅亡を早めた。                      「国破 [続きを読む]
  • コント73  嘘八百ついて成仏
  • 「理想を掲げないことには政治の道へは進めない。しかし、現実的に生きなければ票は集まらない。掲げたほとんどの理想は実現しない。だから理想なのかもね。」  福岡政治(まさはる)は、話し始めた。  今日は、新井市長の要請を受けて、市長秘書の長井恵介君の次期県議選立候補についての下準備の会合であった。  市長の息子、新井金三郎が父からの言を伝えた。 「政治議員は、まじめに議員活動に取り組んでいる一人で信頼 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「な」の2 茄子の花(夏)
  •    葉の紺に染りて薄し茄子の花   高濱虚子                                            季節の花300より 夏に採れる野菜なので「夏実(なつみ)」、それがしだいに変化して「なすび」、それが省略されて「なす」になった。また、「梨実(なしみ)」が変化したもの、ともいわれる。 [続きを読む]
  • 江戸を見れば 25  紫衣事件(しえじけん)
  •  1627年 寛永4年丁卯(ひのとう)7月の紫衣事件は、将軍の権威が天皇のそれに優位することを人々に認めさせた。徳川一強支配は遂に天皇をしのぐ王者としての存在になった。  紫衣とは、紫色の法衣や袈裟をいい、古くから宗派を問わず高徳の僧・尼が朝廷から賜った。僧・尼の尊さを表す物であると同時に、朝廷にとっては収入源の一つでもあった。  「勅許紫衣法度」「大徳寺妙心寺等諸寺入院法度」を定め、朝廷がみだり [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「ね」の2  葱坊主(ねぎぼうず)春
  •    花葱に誰か住まへる舊居かな   三輪一壺    おのづからある大小や葱坊主   増田手古奈    葱坊主ごしに傳はる噂かな    波多野爽波             季節の花300より  ねぎぼうずに出会うと何故か楽しくなる。そして元気が出る。愉快な不思議な花だ。  しかし、葱坊主を見かけなくなってもうかれこれ50年は過ぎたろう。昭和30年代は少し町はずれに行くと蓮華畑や里芋畑、そして葱畑が [続きを読む]
  • 江戸を見れば   24 将軍は富と権威を見せつける
  •  1626年 寛永3年丙寅(ひのえとら)父秀忠は6月に上洛し7月11日に参内、続いて息子家光も上洛し18日に参内した。9月6日には御水尾天皇を二条城に迎え五日間にわたって接待した。  将軍家にとっては大きな誇りであり、同時に京の住民には将軍の富と権威を見せつけるよい機会であった。  将軍在京中は随行の侍たちの取り締まりを厳しく規制した。 城外への外出は一切禁止、参詣はもとより遊覧・銭湯への入浴も禁 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「つ」の5 露 草(秋)
  •  露草のをがめる如き蕾かな     松本たかし       季節の花300より    露草に亡き子よしばし來て遊べ   竹中すゝき女    露草の藍にひしめく露の玉     河野静雲               季節の花300より    ツユクサ全般の花言葉「なつかしい関係」 花言葉の「なつかしい関係」は、この植物の学名のもとになった伯父と甥のコメリンが二人ともアムステルダム薬草園の園長だったこと [続きを読む]
  • 江戸を見れば   23 身分制の固定化が始まる
  •  1625年 寛永2年乙丑(きのとうし)3代将軍家光は1623年7月に将軍になって3年目に入る。先ず武士から身分的な差別をはっきりとさせて幕府の権力安定化を図る。 万石以下(旗本ら)の江戸の宅地面積を規定する。 万〜七千石=50間四方  六千〜四千石=50〜40間四方 三百〜二千六百=30〜40間四方  千五百〜八百石=30間四方 七百〜四百石=25〜30間四方   三百〜二百石=30間四方 旗本 [続きを読む]
  • 5・7・5アラカルト  川柳22
  •  海に生き抜いて墓みな海へ向き   渡部銀雨  学校を出て初めて赴任したところが漁師町であった。  坂のある街の斜面の上の方にこの街の墓地がある。墓はみんな海に向かって、街並みを見下ろすように海を眺めるように立っている。  夕暮れになると墓に明かりがともり、だんだんと町が暗闇の中に浮かんで、やがて消えていく。  海に生きた男たちや彼らを支えた家族たちの物語が語り継がれていく。そんな漁師町で6年間を [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「つ」の4 釣鐘草(夏)
  •    かはるがはる蜂吐き出して釣鐘草   島村はじめ      かわるがわる=縦書きの平仮名繰り返し記号で表記(?)です。            季節の花300より    下山する釣鐘草の早や萎れ   片山那智兒            季節の花300より   花言葉は「親交」「友情」   眺めていて楽しくなる花です。まさに友人だ。 [続きを読む]
  • 江戸川柳 色は匂へ  「す」 摺 鉢(すりばち)
  •  すりばちを借りて亭主のあらを言ひ  江戸の朝は摺鉢で味噌をすることから始まる。味噌汁をつくるにも味噌和えをつくるにも江戸の庶民にとってすりこ木とすり鉢は欠くことのできない調理具である。  朝帰りの亭主との一戦にとばっちりを受けたすり鉢は壊れてしまう。隣にすり鉢を借りに行くと隣の女房も経験者、かっかしている隣の女房に男とはそんなもんだと慰める。  負けてゐなさいと摺鉢かしてやり  すりこ木とすり鉢 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「つ」の3 躑 躅(春)
  •     垣なくて妹が住居や白つゝじ   雁 宕               季節の花300より  妹=女のきょうだいと男が女を親しんで言う場合がある。主として,妻や恋人をいう。               季節の花300より  この句ではどっちの意味かな。恋人として鑑賞してみよう。恋人は白つつじに囲まれた家で生活しているんだ。 [続きを読む]
  • 江戸を見れば   22 初代 中村勘三郎 猿若座を創建
  •  1624年 元和10年甲子(きのえね)寛永元年(2月30日) 三代将軍家光の2年目。江戸城西の丸の造作が終わり隠居した二代将軍秀忠は9月22日に西の丸へ移った。  11月には秀忠の娘、女御の和子は中宮となった。  中宮(ちゅうぐう)=本来は皇后の別称。後に複数の皇后が立てられた際は、2番目以後の者を指すことが多かった。また、上皇が退位後に迎えた皇后に贈られることもあった。  順位的に考えると皇后 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「つ」の2 黄楊の花(つげのはな)(春)
  •    大虻に蹴られてちりぬ黄楊の花   小野蕪子    閑さにひとりこぼれぬ黄楊の花   阿波野菁畝               季節の花300より  材は緻密で堅く、印材、定規、櫛、将棋の駒などに用いられる。  小学校5・6年頃(昭和23・4年)であったろう。家の近くに黄楊細工の工場があって、工場の窓際の仕事の様子を何時間も飽きずに眺めていたことを思い出した。現在はどうなっているのかと調べてみる [続きを読む]
  • 江戸を見れば   21 ヘアスタイルの規制
  •  1623年 元和9年癸亥(みずのとい)7月27日に秀忠は将軍職を二男の家光に譲った。8月には禁裏御料(江戸時代の天皇領)幕府の進献により一万石を加増し計二万石となる。  11月には女御和子は女児を生んだ。後の明正天皇となる。  ポルトガル人の日本在住の制限、日本商人のルソン渡航を禁止。 「お奉行様、なぜ髪型の規制をしなければならないのですか。」 「髪型の規制が必要であるからだ。」 「髪型の規制が [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「そ」の2 蘇鐵の花(夏)
  •    白鳥は芝生に眠り蘇鐵咲く   佐藤念腹          季節の花300より    塀の無き鳥の獄舎や花蘇鐵   目黒白水             季節の花300より  昭和30年代の地方の学校では、校内に蘇鉄の木がよく植えられていた。最初の赴任地の学校では校舎入り口の玄関横に二宮金次郎の銅像と蘇鉄の木が植わっていた。  その前で子どもたちと記念の写真を撮ったのを久しぶりに眺めている。 で [続きを読む]
  • 江戸を見れば   20 家康七周忌
  •  1622年 元和8年壬戌(みずのえいぬ)4月12日に将軍秀忠は江戸を発ち16日に日光山に着いた。17日は祭礼の模様をみて、18日に法要を済ませ、19日に日光を離れ21日に江戸に帰った。  江戸の幕藩体制は大名の国替えや取り壊しが頻繁に行われ幕府の統制力は徐々に強められていた。  紀伊根来寺(ねごろじ)の僧兵を中心とした武力集団は根来組の同心として鉄砲組へ編成された。鉄砲射撃や鉄砲鋳造に熟達してい [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「た」の5 煙草の花(秋)
  •     見えて來し開拓村や花たばこ   室生礪川                  季節の花300より  子どもと一緒に家庭訪問で開拓村に出かけた。「お前、ここから通ってきているのか。」驚きと感動の言葉をかけた。  校内のマラソン大会では彼は必ず1位になる。そのわけをしっかりと理解できた。山の上から遠く街並みが小さく見え、街並みに覆いかぶさるように海が静かに光っていた。               [続きを読む]
  • 江戸川柳 色は匂へ  「せ」 関 所(せきしょ)
  •  関所前女をなぶりなぶり行き 関所=箱根、今切、碓氷、栗橋のような要衝で通行人を取り締まる役所。 なぶる=からかい、ひやかす、ばかにする 「入鉄砲に出女」を警戒していた当時は、特に女性に対する身体検査は厳しかった。関所に近づくと連れの男が「なぶりなぶり」歩き始める。まさかと思いながら女は不安の表情でいっぱいになる。  実際には不審な女がいれば関所婆がいて本格的に取り調べることになる。  御妾は箱根 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「た」の4 蓼の花(たでの花)夏
  •  草の戸を知れや穂蓼に唐辛子   芭 蕉 「笈日記」  醤油くむ小屋の境や蓼の花    其 角 「末若葉」  三径の十歩に尽て蓼の花     蕪 村 「蕪村句集」  蓼の花嵐の後を盛りかな     蓼 太       季節の花300より(犬蓼)  大島 蓼太(おおしま りょうた、享保3年(1718年) - 天明7年9月7日(1787年10月17日))は、江戸時代の俳人。与謝蕪村、加舎白雄などと共に [続きを読む]
  • 江戸を見れば   19 武器輸出禁止
  •  1621年 元和7年辛酉(かのととり)8月11日にシャム国使が長崎に来る。9月1日に登城して将軍秀忠に御目見え。国使はシャム国で活躍している山田長政老中土井利勝宛の書状を持参していた。  書状には、南方貿易が盛んになるにつれ海賊的行為をする日本人がいることを明国から指摘されていた。  シャム国との通商を許可。同時に日本人の外国船便乗渡航や武器の輸出禁止、それに日本人を外国人に売り渡すことを強く禁 [続きを読む]
  • 花かるた 色は匂へ 「た」の3 ダリア(夏)
  •    故郷や戦後を生きる紅ダリア   掌           季節の花300より  ダリアの花言葉は、「華麗」「優雅」「気品」「移り気」「不安定」  母の郷の庭に戦後大流行したポンポンダリアが咲いていた。つい先だって近くの山里をドライブしていたら、戦後よく見かけたダリアが農家の庭に咲いていた。車を止めてしばらく眺めて立ち去った。頑張ってるなあ。 花名のダリアは、スウェーデンの植物学者アンデシュ・ダ [続きを読む]
  • 江戸を見れば   18 天皇家と縁組実現
  •  1620年 元和6年庚申(かのえさる)6月18日に将軍秀忠の娘和子は入内して、御水尾天皇の女御となった。  和子は天皇に夏冬の装束のほか色々の衣100領・銀一万両、女院へは衣50領・銀五百枚、女房達には銀二百枚を贈った。  領=装束や甲冑などを数える語。  徳川家にとっての念願の権威付けも金のかかることであった。  京では放火が頻繁に起こり、江戸も大火に見舞われ、洪水や霧島山噴火と日本列島は大荒 [続きを読む]