yoko さん プロフィール

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yokoさん: 抗がん剤は使わない。
ハンドル名yoko さん
ブログタイトル抗がん剤は使わない。
ブログURLhttp://yokoblog.seesaa.net/
サイト紹介文2016年5月に父がすい臓がんと診断され、 抗がん剤を使わず鍼灸、代替療法で治療しています。
自由文2016年5月に父がすい臓がん4aと診断され、
抗がん剤を使わずに鍼灸、代替療法で治療しています。
鍼灸師であり、2児の母である私が何ができるのか。
日々を綴るブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供84回 / 192日(平均3.1回/週) - 参加 2016/09/13 20:37

yoko さんのブログ記事

  • 子供の成長
  •  私の子供2人の名前は父が名付けてくれました。そして本当に可愛がってくれました。 父が東北で亡くなる時、長女は学校があったため横浜にいて、その日は朝、iPad を使って父とFacetimeで話したのが最期となりました。その時の会話は「ジイジ、大好きだよ。」「ジイジもだ。」でした。 その時は既に呼吸抑制が始まる強力な医療麻薬を打っていて、言葉を発するのも精一杯でしたが、確かに伝わりました。 父は孫の成長を本当に [続きを読む]
  • 4ヶ月目。
  •  父が亡くなって4ヶ月目。 本業の鍼灸院も少しずつ忙しくなり始めて来た。 朝起きて、顔を洗い線香と新しい水を供え、父に挨拶する。 「今日も丁寧に鍼療します。見ててください。」といつもと同じ挨拶。 父が亡くなった後、納棺師さんが毛糸を結んで輪っかを作り、父の腕につけてくださった。そしてその後、その輪っかを遺族に配ってくださった。なんの変哲も無いピンクの輪っかなんだけど、その輪っかを見ると父の温かい手 [続きを読む]
  • 死迫る患者に好きなたばこを…全面禁煙除外要望
  •  死が迫る患者に好きなたばこを楽しむ時間を――。 政府が今国会に提出を予定している健康増進法改正案で、医療機関の敷地内が全面禁煙となる方針であるのに対して、がん患者が最期の時を過ごす緩和ケア病棟での喫煙を例外的に容認するよう、緩和ケア医らが求めている。同法改正案は、非喫煙者がたばこの煙を吸い込む受動喫煙を防ぐのが目的。厚生労働省は「患者が集まる医療機関は配慮が特に必要」と説明する。 これに対して、 [続きを読む]
  • 肺がん・膵がん・在宅癌がん医療セミナー
  • 土曜日に「肺がん・膵がん・在宅癌がん医療セミナー」に行き、最新の話題を勉強しに行った。〓「肺がん」でのトピックは・環境公害により、肺がん罹患数・死亡数は増え続けている。・診断に有用なファイバースコープは直径4−5mmで7〜8割の発見率であったが、最近はもっと細いものが開発されており、さらに発見率が高くなる。・免疫チェックポイント阻害薬で新しい薬ペンプロリスマブ(キイトルーダ〓?)が先週から使えるよう [続きを読む]
  • 3ヶ月目。
  • 父が亡くなって昨日は3回目の月命日。父が呼んでくれたのか、飛び込みの患者様も入り、穏やかな1日だった。鍼灸院の近くには大病院があって、父も胆管にステントを入れた時はそこで手術した。ホームセンターに行く途中なのでよく前を通る。その時、バス乗り場でバスを待つ40代くらいの息子と、70代くらいの父親がいた。息子は父の荷物を持ち、父は寒そうに俯いてコートにくるまっていた。その情景が自分と重なり、涙が出た。 [続きを読む]
  • 冷えとり靴下で安物買いの銭失い
  •  私は冷えとり靴下の4枚履きを実践している。 これは私自身が冷え性で体質改善したいと考えていて、4枚履きを始めたらその心地良さに魅入られたからだ。基本は五本指絹→五本指綿(毛)→絹靴下→綿靴下(毛)の4枚が多い。 一番内側に絹を履くことによって蒸れずに布団の中でも履いていて快適なのだ。 しかも、基本は締め付けないようにゴムが入っていないから楽ちんである。しかも女性ならその上からトレンカを履いてしま [続きを読む]
  • 治療ってなんだ。
  • ネットニュースで山中伸弥教授がラグビー監督の平尾さんに出来うる限りの最新治療を紹介したニュースが出ていた。父の東北での主治医は正直良い医師ではなかった。「抗がん剤、危ないからこのまま辞めましょう」この一言で終了だった。そこから家族は食いついた。「丸山ワクチンはどうですか?」「低用量にしたらどうですか?」「漢方はどうですか?」・・・その答えは「効くって証拠がない」つまりエビデンスがないことで一蹴され [続きを読む]
  • 治療院開業
  •  父が亡くなってから、鍼灸治療室の開業準備を進めて来て、ようやく2月13日の営業にこぎつけました。 今考えていることは、父のように慢性病で戦っている人たちの力になりたいということ。 あきらめずにできることを全力で治療するということ。 父との闘病生活は辛かったけれども、素晴らしいことも、嬉しいことも沢山ありました。 私のできることは、精一杯辛い症状を薬を使わず取り去ること。  少しでも辛い方々の力に [続きを読む]
  • 節分を前に
  • 長男は保育園に通っている。毎年節分になると少なくとも3人の鬼が現れる。しかも手が込んでいて、保育園の先生が鬼にならないので、子供達は本気で怖がる。息子も去年ギャン泣きした今年は「鬼が来るから体を鍛える!」と言って2リットルの水を持ち上げたりしている(笑)長女は小学生。「小学校には鬼は来ないかな?」と聞くと、「ジジが小学生は鬼のことを本気で殴ったり蹴ったりするから、絶対に小学校に来ないって言ってたよ [続きを読む]
  • 2ヶ月目。
  •  父が亡くなって2ヶ月経った。 家族葬で行ったため、今でもポツポツと香典や手を合わせてくださる方がいらしてくれる。父は生前墓を一度買ったが、売って母と共に樹木葬に切り替えた。樹木葬は直に骨を土の中に埋め、その上に桜の木を植える予定である。葬式も家族葬を指定し、戒名をつけないよう指示した。実はこのことが親戚に理解されず、少しだけ摩擦が起きた。家族葬を選んだ訳は、残された家族が対応するのになるべく大変 [続きを読む]
  • 初夢
  • 毎年、亡くなった父は孫と一緒に1月2日に眠る時、良い初夢が見られるように、半紙に回文歌と宝船を書いてくれました。書いた回文は「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」という回文歌。父と違い、書道はとてもじゃないけれど苦手なので、絵葉書で私と長女の合作です。寝て見た結果は。。。可もなく、不可もなく(笑)私は普通の夢、他の家族に至っては「見なかった〜」なんて。父がいなくなっ [続きを読む]
  • 振り返ってみると
  •  父が亡くなって明日で1ヶ月。 とにかく体と心の疲れが出ている。・まず、やる気が出ない(笑)・なんとなく、ぼーっとする。・珍しく口の周りに吹き出物が多発。・やたらと線香をあげる(笑) しかしながら、こんなことをしていては周りにも迷惑だし、きっと自分でも後悔するだろう。 しかも、鍼灸師なのに吹き出物が出るなんて、なんという体たらく。 父の希望は家族仲良く、なんでも一生懸命やることだ。これに尽きる。な [続きを読む]
  • 手紙
  • 父が亡くなって早2週間が過ぎた。今でも近くにいる気配がする。何か不思議な気分。父は遺書を残さなかった。実は私はそのことを少し寂しく思っていて、本当に簡単でいい、私宛の手紙が欲しかった。そんなことを母に話したが、母は「作家の曽根綾子が、死ぬ前は遺恨を残すから日記や手紙を書くなっていう本をお父さんは読んでたから書かなかったのよ。まあ、私は50年連れ添ったから、東北に行く時、手紙をもらったけどね。」と、 [続きを読む]
  • 母と話したこと。
  • 出棺が無事終わり、父は葬祭ホールに安置された。ホールには家族が泊まれる部屋もあり、母と私はその部屋に泊まった。2人で何度か父の顔を覗いては「信じられない」と言葉を繰り返した。この先、父のいない生活は想像だってつかない。改めて父の存在の大きさを痛感した。母と父の話題で最初に上がったのは「間の悪さ」だった(笑)父の間の悪さは昔からだ。私の結婚式の前日に、犬を怒らせ、口を噛まれた。何針も縫う大怪我で、し [続きを読む]
  • 納棺の日
  • 亡くなった次の日に納棺した。AM10:00が出棺時刻なので、私と母は朝一で市役所に行き、死亡届を提出し、火葬許可証をもらいに行った。すぐに済むのかと思いきや、説明が長い。「10時に出棺なのですが、説明は後にして火葬許可証だけ先に発行していただくことはできますか?」と聞くと、「説明しながらの発行になるので。。。」とのこと。9:30をとうに回ったので、母だけ先に帰した。9:40になると兄から催促の電話。「ま [続きを読む]
  • 葬儀の準備
  •  父が亡くなった瞬間から、泣いている暇はなく、やることが多くあった。父は樹木葬のための土地をあらかじめ手配していた。なので、葬式は質素に家族葬を望んでおり、戒名を拒んでいる。しかしながら「葬式にお経は1回唱えてほしい」とのことで、お坊さんは兄の知り合いにお願いしていた。葬儀屋を呼んで、家族葬の手配。17日に葬儀をすることになった。そして夕方の17:00に兄がお願いしていた納棺師が到着。とても上手な [続きを読む]
  • 最期の時
  • AM7:30に私の学校に出発する長女からテレビ電話がかかって来た。画面を父の前に持って来ると、長女が「じいじ。行ってきます。大好きだよ。」と言った。父はうなづきながら「じいじもだ。行ってらっしゃい。」と声を振り絞って言った。AM10:00に口内清掃をしている時、時折棒先の脱脂綿をググッと噛む仕草が見える。喉が渇いているのだろう。何度も何度も新しい水に浸して、むせない程度に処置した。だんだんと呼吸が荒くなってい [続きを読む]
  • 11月15日
  • AM6:30父の「ううっ」という声で目が覚めた。父はベットの手すりを掴み、痛そうだ。どうやら夜中に手すりを掴んでいたことが多いようで、気を使い「痛い」言えなかったようだ。朝、明るくなって安心したのか「お兄ちゃん呼んで、注射してもらう?」と聞くと、はっきりと「うん。」と言った。兄に連絡し、鎮静をかけてもらった。それでも時折痛くなり、顔をしかめるたびに背中をさすり、「大丈夫だよ」と声をかけつづけた。意識は戻 [続きを読む]
  • 11月14日④
  • 鎮静をかけた後、パッチを張り替えた。量を増やしたので痛くないだろうと言うことだった。父は意識は朦朧としつつ、判断は出来た。21:00頃、微かな声で「オシッコ」と言ったので、「寝たままして良いよ」と声をかけると安心してしていた。量は500ccは出ていたと思う。AM0:00また「オシッコ」といい、母と一緒に取り替えてあげる。そして「痛い」と言いだした。背中をさすりながら、「お兄ちゃんに連絡する?注射してもらう?」と聞 [続きを読む]
  • 11月14日③
  • 11月14日のオキノームとオプソ服用はAM3:308:2011:0011:30「オプソ」PM18:30嚥下障害が強くなって来ており、これ以上の経口服用は難しい。本人も苦しそうだ。19:00に背中と腰の痛みが強くなり、兄が父に「注射にするか?」と聞くと、父も「そうしてくれ」と。もう一度兄が「何か言うことあるか?」と聞くと「何もない」と父は答えた。私も母も今までで充分伝えている。ただ「大丈夫だよ。痛いの取れるよ」と繰り返した。鎮静をか [続きを読む]
  • 11月14日②
  • 朝から柏屋のまんじゅうをほんのひとちぎりと、アールグレイをティースプーンで三口くらい。後は薬とそれに伴う水分がやはりティースプーンで2〜3杯。段々食べられなくなっている。うがいは何回もしているので、口の中は乾燥させてないはす。洗口器を買っておいて本当に良かった。脈は細くて堅い。私と母で手を握っていると、母が「お父さん、オシッコしてくるから、手を離すね」というと、父はうなづいた。すると私の名前を呼び「 [続きを読む]
  • 11月14日
  • AM5:00頃、背中の痛みで目が覚める。オキノームを飲むが、やっとのことだった。AM8:00にも服用。飲み込めるか自信がないので、兄に相談すると、「オプソなら飲みやすい」と。オプソは水溶液だがやはりむせそうだ。すると兄は「飲ませなくてもいい」と。なので私が食い下がって「痛いと言ってる時に鎮痛剤が飲めなかったら痛いままだよね?痛いまま放っておく?」と言うと「後は座薬しかないから、どうにもならなくなったら病院に来 [続きを読む]
  • 11月13日④
  • 父の血圧は下がって来ている。もう電子血圧計では測れない。脈は細くて緊脈。脈拍は64/分。兄は「今日が山場だ」と言った。叔父が見舞いに急に来てくれる事になり、祖父が好きだったお茶とお菓子を持って来てくれた。すぐに淹れて父にも口に含ませた。お菓子の大福も小さく小さくちぎって口に入れると、うんうんとうなづいていた。ウイスキーの水割りも少しだけ口に含んだ。叔父と父はほとんど話さなかったけれど、叔父は「何も言 [続きを読む]
  • 11月13日③
  • その後、父は今話さなくてはならないと思ったのか、父の付箋とマーカーがびっしりとついた「歎異鈔」を指差して訥々と話し始めた。「俺は物事の根源は日本の古代史にあると思っている。それにもっと早く気づいていれば10年、15年前から家にもっと早く帰って根を詰めて勉強できたと思う。母さんの言う通り、早く帰れば良かった。」そして兄に向かって「お前のやってる仕事は素晴らしい仕事だ。みんなに頼りにされている。しっかりや [続きを読む]
  • 11月13日 ②
  • 14:30頃、背中の痛みでオキノーム。背中をさすり続けていたが、15:00頃、突然「お兄ちゃんはどこにいる?」と聞いてきた。「どうした?痛い?」と聞くと「苦しい」と。いつもより苦しそうなので、兄に電話し、オプソを飲ませていいか確かめると、良いとのことなので、オプソ服用。背中をさすっていると、「押してくれ」とのことで、指圧した。15:30頃、「お腹が痛い」と鳩尾らへんを指差す。オキノーム服用し、お腹をさすった。幸 [続きを読む]