ジュゼッペ さん プロフィール

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ジュゼッペさん: 一カトリック信者の日々想い
ハンドル名ジュゼッペ さん
ブログタイトル一カトリック信者の日々想い
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/little-dragon0803
サイト紹介文カトリック信者です。
自由文私はカトリック信者です。カトリック信者にふさわしい者ではありませんが、日々思ったことを綴ってみたいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供100回 / 320日(平均2.2回/週) - 参加 2016/10/01 07:32

ジュゼッペ さんのブログ記事

  • 聖母の被昇天
  • 聖母の被昇天祭おめでとうございます。マリア様は私達の本当のお母さまです。天の御母は、私達に先立って偉大な栄光をお受けになりました。天使と人類の元后になられたことは、私達の大きな喜びと強みと頼りなのです。絶対的な力があります。力の無い御母ではありません。本当に偉大な力があります。従って私達は安心して聖母に寄りすがることが出来ます。イエズス様は御母を通してお生まれになりました。ですから御母を通さない限 [続きを読む]
  • 超自然
  • カトリック教は宗教です。宗教という名のつくものはあまたありますので、それと分けて『真の宗教』と言わざるを得ません。カトリック教が真の宗教という所以は、神様と人間の関係にあります。全知全能の主の三位一体の神様は、その無限の愛故に私たちを創造されました。従って神様と私たちの関係は等しいことは無く、創造主と被造物の関係が道理としてあります。私たちが親から生まれて親を敬わなくてはならないのと似ています。そ [続きを読む]
  • マーチフォーライフに参加して
  • 昨日は、築地教会から出発して日比谷公園まで「マーチフォーライフ」の行進に参加させて頂きました。結論から申し上げると幸せな時間でした。まず、築地教会に着くとそこにはファチマのマリア様のおみこしがありました。闇に葬られた胎児と、これから生を受けた赤ちゃんが無事に産まれてきますように、という想いでロザリオを唱えながら歩きました。生命は、神様と直結しております。そしてマリア様は御母です。御母を通して行われ [続きを読む]
  • 最も小さな者
  • 『あなた方によく言っておく。これらの私の兄弟、しかも最も小さな者の一人にしたのは、私にしたのである、と言うであろう』(聖マタイの聖福音)『最も小さな者』とは、一般的によく、病人や虐げられている人、貧しい者、など沢山の解釈があります。しかし、最も小さな者は字の如く赤ちゃんです。特に生まれてくる前の胎児は、10ヶ月近く子宮の中で守られて生まれてきます。彼らはもちろん無抵抗です。主イエズスも聖母マリア様の [続きを読む]
  • 生命を守る運動
  • 来週月曜日、2017年7月17日に東京大司教区のカトリック築地教会にて、15時からミサ、16時から胎児のために出来ることがあります。胎児のために行進します。マリア様から喜ばれます。純粋に命を守る運動です。お時間ある人は是非参加しましょう。私の家族も参加予定で調整しております。マーチフォーライフ [続きを読む]
  • 生命のために
  • 私たちの取り巻く環境は常に戦争と隣り合わせです。個々の争いが無くならないように、国家同士の戦争も無くならないのでは無いでしょうか。戦争を抑止するためには、法律が必要だということで、憲法を変えたくないと本気で考える人もいます。聖職者の中にもおられます。しかし現実問題としてこっちが何もしなくとも相手が有っての争いです。私の身内にも戦争経験者が多くいますが、もちろん無益な戦争には反対しています。しかし家 [続きを読む]
  • 至聖なるイエズスの聖心
  • 6月はイエズス様の聖心の月です。あと僅かになりました。「至聖なるイエズスの聖心よ、我らを憐れみ給え!」の射祷を捧げましょう。全世界では、特にこの二百年は以前に増してイエズス様は否定されています。イエズス様は聖なる三位一体、全宇宙の王、創造主、我らの救い主という真理がことごとく否定されています。このような忘恩に対して私たちはどのようにすれば良いのでしょうか。忘恩の結果、ファティマのマリア様は、非常に [続きを読む]
  • 御聖体
  • 『主の御体をわきまえず飲食する者は、自分自身への審判を飲食することである』使徒聖パウロの、コリント人への書簡11の23〜29を黙想しましょう。御聖体に対して、受ける心構えに付いてはっきりと記されていますね。御聖体の大祝日は、本来であれば先週『木曜日』なのですが、昨日は荘厳祭お祝いしました。聖霊降臨、三位一体、御聖体、という私たちの『主』の大祝日が続いています。御聖体も私たちの主であることを昨日のミサで思 [続きを読む]
  • 三位一体の天主
  • 昨日は三位一体の神様の祝日をお祝いしました。最近は三位一体と聞くと色々な所で使われていますが、『三位一体』とは本来、これは私たちの神様です。私たちカトリック信者は十字を切るとき必ず思い出すことの一つです。世の中には色々な神様が存在します。しかし本当の唯一の真の神様は、『三位一体の主』なのです。旧約時代は仄めかされ隠されていましたが、救い主が来られて明らかにされたのです。これは真理です。真理である以 [続きを読む]
  • 梅雨入り
  • 関東もいよいよ梅雨入りをしました。今のところまとまった雨は無いですが、雨は営業マンと主婦を泣かせます。しかし一方では雨は作物に欠かせないものです。命の与え主である主に感謝したいと思います。そして御母に委ねて一日一日を乗り越えていきましょう。 [続きを読む]
  • イエズスの聖心
  • 6月はイエズスの聖心の月です。祈りましょう!主あわれみ給え。 ▲キリストあわれみ給え。主あわれみ給え。キリストわれらの祈りを聴き給え。 ▲キリストわれらの祈りを聴き容れ給え。天主なる御父 ▲われらをあわれみ給え。天主にして世のあがない主なる御子 ▲われらをあわれみ給え。天主なる聖霊 ▲われらをあわれみ給え。唯一の天主なる聖三位 ▲われらをあわれみ給え。永遠の聖父(ちち)の御子なるイエズスの聖心(み [続きを読む]
  • 平和の元后
  • 主イエズス・キリストの御昇天祭おめでとうございます!聖フランチェスコは、イエズス様に向かっているまっすぐの道と、茨はあるけれど聖母マリア様が途中におられる道の二つを見ました。しかし、まっすぐの道でイエズス様にたどり着いた人はおらず、逆にマリア様がおられた道ではイエズス様にたどり着きました。朝ロザリオの後に、聖母の連祷を唱えているとき、今日は特に「平和の元后」という言葉に大きく自分自身が反応していま [続きを読む]
  • 警告
  • 聖母月も残り10日を切りました。ファティマのマリア様は、私たちに「警告」をお与えになりました。マリア様は私たちの真の真のお母様です。愛がある母親はたいてい子供が危なくないように導くものです。それが愛です。もし私たちが怖ろしい地獄を理解していたならば、その地獄に行かせたくないと大切な人に対して必死にモーションを起こすでしょう。これは愛です。多くの人が地獄を恐れなくなったような気がします。北朝鮮がミサイ [続きを読む]
  • ひざまずき
  • 先週13日土曜日にファティマのマリア様の御出現100周年を迎えました。実はマリア様の御出現の前というのは大抵天使が現れることが多く、ファティマも例外ではありませんでした。マリア様の御出現の前の年に天使が牧童らにあらわれています。天使はまず、「自ら先にひざまずき、額が地面に着くまで身をかがめて、(次の※)祈りを三度繰り返しました」とあるように、神様に対する礼拝の姿勢を示されています。それからというもの、3 [続きを読む]
  • 異動
  • 早いもので転勤してもう少しで1ヶ月になります。勤め出してから転勤も今回で四支店目となりましたが、今回の転勤は今までと違うのは役職になったという点です。責任も少しは重くなりまたが神様と聖ヨゼフのご加護で徐々になれてきました。このブログも通勤の電車内での更新が多く、今回の転勤場所が家から大幅に近くなったため、更新もままならない状態です(笑)今Twitterのように短いつぶやき程度になりそうです(笑)今月は聖母マ [続きを読む]
  • 労働者聖ヨゼフの祝日
  • 本日は労働者聖ヨゼフの祝日に当たります。ピオ12世の頃の新しい祝日です。聖ヨゼフは聖家族のために働きました。血筋は高貴でしたが、大工の仕事をされたと聖福音にあります。勤勉で従順そして柔和な大工さんだと想像出来ます。祈りつつ仕事されたことでしょう。その腕も確かなものもお持ちでした。イエズス様にも大工の仕事を教えられました。全ての労働者の見本です。私たちも仕事をする前は、御自身を聖ヨゼフに委ねましょう。 [続きを読む]
  • 御復活節の祈り
  • 御復活節の祈 栄えある主イエズスよ、主はわれらを救わんために十字架につけられて死し、御約束の如く三日目によみがえり、そを証さんため弟子たちに御みずからを示し給えり。▲主は御死去をもつて罪に勝ち、御復活をもつて死と地獄とに勝ち、御みずからの天主にましますことを証し給えば、われらは主の御復活を崇め主の大いなる御栄えを喜び奉る。 これこそ主の造り給いし日なれ。アレルヤ。 ▲この日にあたりわれら喜びかつ踊 [続きを読む]
  • 御復活
  • 主の御復活おめでとうございます。主イエズスは、あの惨たらしい死を通して私たちを贖い、そして御復活によって私たちの信仰を強められました。人に平等に訪れるもの、それは「死」です。私たちは必ず死にます。死者がよみがえるということを信じるには、かなりの信仰が必要だと思われます。主の御復活を黙想するときによく思うことは、確かにイエズス・キリストが復活されたのは歴史的事実です。しかしこの歴史は単なる歴史ではあ [続きを読む]
  • 聖金曜日
  • 罪無き神様が、被造物に侮辱され、偽証され、鞭打たれ、痛めつけられ、さらにその体に重い重い十字架を負わせて、長い長い道を歩かされ、釘と槍を体にさされたこの日。主は私たちの罪のため、その愛の深さを私たちに示されました。黙想し静かに犠牲と祈りを捧げましょう。 [続きを読む]
  • イエズスの御受難を崇むる祈
  • 祈りましょう。<イエズスの御受難を崇むる祈>「主イエズス・キリスト、主は世をあがなわんためにこの世に生れ、ユデア人に棄てられ、裏切者なるユダのために口づけをもって敵に売られ、なわめを受けて罪なき子羊の如くとしょに引かれ、アンナ、カイファ、ピラト、ヘロデの前にあざけられ、偽証人の陥るるところとなり、むち打たれ、辱められ、つばきせられ、ほほを打たれ、いばらの冠をかむせられ、よしにてたたかれ、衣をはがれ [続きを読む]
  • 聖週間
  • 昨日は枝の主日でした。聖週間の幕開けです。昨日読まれた聖福音を思い起こすと、これは人間と神様の対比が浮き彫りにされたような印象がありました。イエズス様を十字架に磔るためには、主義主張さえ変え、嘘さえ付くのです。このユダヤ人の「神殺し」は本当に私たちと無関係なのでしょうか。人間と神様ではどちらを大切にすべきだったのでしょうか。この十字架は一体誰のために用意されたものかをよく考えると、これは私たちの罪 [続きを読む]
  • 年度末
  • 本日で聖ヨゼフの月が終わります。会社では明日から新年度が始まります。人事異動が盛んな季節です。そんな私も当事者です。年度の終わりは聖ヨゼフの月が終わるというのも感慨深いものがあります。聖ヨゼフは最期の最期まで導き主です。聖母マリアに次いでの取りなし手と言われている通り聖ヨゼフに祈る人は裏切られることはありません。人生は涙の谷。聖ヨゼフは聖家族の責任を一切背負いました。そして家族を養いました。仕事の [続きを読む]
  • 改革の精神に満足はありません
  • ある司教様(『どこか遠いところでつくられた信仰様式からの脱皮』を目指す司教)がカトリック教会には「民主主義が無い」「秘跡に頼り、権威主義に頼ってきた教会を内側から変えなければならない」と仰っています。これは暗に教会に対する批判です。私たちが洗礼を受けたときに、教会に何を求めるのかという問いに対してなんと私たち(代父母)は答えたでしょうか。声高らかに「信仰」と答えたはずです。実際のところ信じるとは、 [続きを読む]
  • 姿勢
  • 私は営業の仕事をしております。そのため一般家庭のお客様の家を訪問させて頂いておりますが、時々年配のお客様から家を出る際に、商談が終わって帰るときに玄関先で正座をして深々と頭を下げて私を送り出す人がおられます。比較的にこれは年配の高齢者の方が多いのですが、温泉宿でもこのようなことは多くみられます。これはとても美しい姿です。思わず私も腰を低くして感謝の気持ちをあらわします。さて、祈りは私たちのお願いの [続きを読む]