小あんまき さん プロフィール

  •  
小あんまきさん: 適当な紀行集
ハンドル名小あんまき さん
ブログタイトル適当な紀行集
ブログURLhttp://eiko-s.dreamlog.jp/
サイト紹介文地元中心に失われゆく風景を巡っています。たまに城巡り+αの貧乏一人旅備忘録。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供78回 / 173日(平均3.2回/週) - 参加 2016/10/03 22:43

小あんまき さんのブログ記事

  • 春の島根・山口旅 石見 津和野城-ロ 本城へ
  • 春の島根・山口旅2日目。 石見 津和野城-ロ 本城へ編。 □ 津和野城-イ 出丸へ の続き。出丸跡から歩くこと10分位で、本城にたどり着く。急坂はないが、とはいえここは山城。もちろん、バリアフリーとは程遠い状態で、それなりの坂を進む必要がある。本城へ!!再び石垣登場!! 現地説明板坂崎成正 津和野城を近世城郭に造り替えた人物だが、大坂夏の陣の時に千姫を救出。しかし千姫は、本多家へ輿入れ。千姫を奪おうと企て失敗 [続きを読む]
  • 春の島根・山口旅 石見 津和野城-イ 出丸へ
  • 春の島根・山口旅1日目。 石見 津和野城-イ 出丸へ編。津和野駅から津和野町城跡観光リフトまで、徒歩30分弱。距離にしておよそ2km。時間に余裕があれば、歩きもOKだが、時間節約のため、レンタサイクルを使用。津和野駅の目の前にあるお店で借りることが出来る。自転車なのであっという間に目的地まで行けるが、リフトの手前はそれなりの坂。最後は自転車を押す形でリフト乗り場へ。ちなみに、レンタサイクルのお店では、観光リ [続きを読む]
  • 春の島根・山口旅 JR山口線 津和野駅
  • 春の島根・山口旅1日目。 JR山口線 津和野(つわの)駅編。自由席の乗車率は、6,7割位といったところか? 市街地を抜けると、すぐに山間部。車窓を眺めながらあっという間に? 津和野に到着。 (↓ 翌日撮影も含む)津和野駅ホームキハ187形 スーパーおき4号 “しまねっこ号”“しまねっこ”は島根県の観光キャラクター。なので、津和野もOK? 他県民からすれば島根県と一括りにするが、石見と出雲の国では、かなり文化が違うのかも [続きを読む]
  • 春の島根・山口紀行
  • 春の島根・山口旅。今回の旅は、津和野・萩を巡る、よりオーソドックスな観光コース。 いつものように地元から名古屋駅へ。そして新幹線で新山口駅へ。新山口からは、スーパーおきに乗り、島根県を目指す。新山口駅ホーム新幹線のぞみで新山口駅に到着。あまり接続はよくないので、少しぶらついてから、在来線ホームへ。新山口駅ホームJR特急スーパーおき4号・鳥取行  キハ187形 “しまねっこ”号。車窓を眺めながら、最初の目 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 JR日豊本線 上臼杵駅
  • 冬の大分旅3日目。 JR日豊本線 上臼杵駅編。臼杵駅から臼杵城へ。街を散策後上臼杵駅へ。上臼杵駅は、大分県臼杵市にある日豊本線の駅。細い道を進んでいくと、やがて見えてくる木造駅舎。上臼杵駅 木造駅舎立派すぎる大木に負けじと立ち続ける木造駅舎。一部サッシを入れているが、あまり手を加えられることなく、ここまで残ってくれたという感じの駅舎。とてもいい眺め。上臼杵駅こちらから見ると、一部改装しているのがわかる [続きを読む]
  • 冬の大分旅 臼杵 龍原寺 九州では貴重な三重塔
  • 冬の大分旅3日目。 臼杵 龍原寺 九州では貴重な三重塔編。九州には、どういうわけか、五重塔や三重塔が少ない。wikiのリストを見ても、殆ど無い。消失や解体されてしまったのか? そもそも建てられることがあまりなかったのか? 理由が分からない(調べる気もないが…)が、とにかく九州では貴重な三重塔が、ここ臼杵の街にある。三重塔道路沿いから眺める。なかなか美しい塔では…。電線が…。大売出しののぼりが…。三重塔ここか [続きを読む]
  • 冬の大分旅 臼杵の町をぶらり
  • 冬の大分旅3日目。 臼杵の町をぶらり編。この街に来て、観光案内所的な所に行っていないこともあり、街歩きマップは手に入れておらず、なんとなく感で、ぶらり散策。しかし、旅も3日目。疲れもたまり、より適当な散策に。結果として、二王座歴史の道や稲葉家下屋敷などを見ることなく、通り過ぎてしまった。 ぶらりなかなか趣ある商人の街が続く。ただこの道、意外と交通量が多いので、歩行者天国的な歩き方はできない。もうちょ [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 臼杵城-ハ 大手口へ
  • 冬の大分旅3日目。 豊後 臼杵城-ハ 大手口へ編。 □ 豊後 臼杵城-ロ 二の丸から今橋口へ今回の登城は、駅に近い搦手から。順序としては逆になり、最後に大手口。思ったよりも見どころが多かった臼杵城。長いシリーズになってしまったが、大手口編をどうぞ。臼杵城 大手口 ①古橋を渡って城内へ。今は石橋となっている古橋だが、絵図を見ると木橋。渡ったところに、冠木門があるのかと思ったが、よく見ると鳥居。おそらく護国神 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 臼杵城-ロ 二の丸から今橋口へ
  • 冬の大分旅3日目。 豊後 臼杵城-ロ 二の丸から今橋口へ編。 □ 豊後 臼杵城-イ 搦手から本丸へ の続き。キリシタン大名である大友宗麟。宣教師の記録によると、城内に礼拝堂が設けられていたらしい。それに伴う貿易により、“国崩し”と呼ばれる砲を手に入れ、城をなんとか守り抜いている。二の丸 ①真ん中に電柱? が入る変な写真になってしまったが、ここは多目的広場。かつての二の丸で、二の丸御殿があったと思われる場所 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 臼杵城-イ 搦手から本丸へ
  • 冬の大分旅3日目。 豊後 臼杵城-イ 搦手から本丸へ編。豊後 臼杵(うすき)城  毛利に敗れた大友義鎮(宗麟)が、丹生(にう)島に築城を開始したことに始まる。毛利対策、夫人との確執説、キリシタン絡みと諸説あるらしい。築城時期に関しても諸説あるらしい。大友氏の後は、福原直高が入封。慶長5年、関ヶ原後稲葉貞通が城主となり、以降ずっと稲葉氏の城として明治まで続く。明治に廃城となり、その大半の建物が解体される。今残る [続きを読む]
  • 冬の大分旅 JR日豊本線 臼杵駅
  • 冬の大分旅3日目。 JR日豊本線 臼杵(うすき)駅編。佐伯駅から臼杵駅へ。臼杵駅は、大分県臼杵市にある日豊本線の駅。佐伯から臼杵へ。大分県には、“○○き”という地名が多い。しかも、その“き”が同じ漢字であれば、この地域の特色にも思えるが、(杵)築・(佐)伯・(臼)杵と、すべて異なる。地元の方にとっては慣れ親しんでいる当たり前の地名だとおもうが、他県(遠くに行けば遠いほど)のものからすれば、迷うかも。 ちなみに、 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 佐伯の城下町をぶらり
  • 冬の大分旅3日目。 佐伯の城下町をぶらり編。観光案内所に行った時は、まだ閉まっていたため、観光マップを手に入れることはできず。ただ、三の丸櫓門の傍に、かなり大きな案内板。“城下町 さいき 散策マップ”がある。手書きっぽい感じの丁寧な地図で、なかなかわかりやすい。これを参考に、早速城下町をぶらり。かっぱ像城山登城口の傍に、何故かあるかっぱくん。そんなに大きなものでない。そのかっぱくんの手の所に手などを [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 佐伯城-ロ 三の丸へ
  • 冬の大分旅3日目。 豊後 佐伯城-ロ 三の丸へ編。山をおり、最初の三本の分かれ道の所にたどり着くと、そこはほぼ三の丸。やはり、江戸の平和な時代に、山は不便というのは自然の流れ。 というわけで、三の丸を散策。 □ 豊後 佐伯城-イ 二の丸・本丸へ の続き。三の丸櫓門(大手門)三の丸内から撮影。 この看板、どうにかなりません? 場所悪すぎでしょ。現地説明板現地地図板桝形再現城絵図を見ても、実際に桝形であったのか [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 佐伯城-イ 二の丸・本丸へ
  • 冬の大分旅3日目。 豊後 佐伯城-イ 二の丸・本丸へ編。佐伯駅から佐伯城の麓(三の丸)までは、およそ2km。徒歩だと30分弱かかる。今回は、レンタサイクルを利用する予定であったが、貸出所である観光案内所は閉まっている。あらかじめHPで確認しておけばよかったのだが、朝9時からであった。駅についたときは、8時15分ぐらい。 バスは待機していないし…。というわけで、貧乏旅行にも関わらず、今旅2度目のタクシーを利用。1,000 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 JR日豊本線 佐伯駅
  • 冬の大分旅3日目。 JR日豊本線 佐伯(さいき)駅編。3日目の始まりは、再び大分駅から。ここから、佐伯駅を目指します。佐伯駅は、大分県佐伯市にある日豊本線の駅。大分駅ホーム787系 JR特急 にちりん1号 宮崎空港行もっとも日の出が遅い季節。まだ駅のホームは暗い。車両もガンメタ? なので、より目立たない。車内内装も、ちょこっとメタル調。九州横断特急に比べ乗客が多いとはいえ、やはり閑散期&平日。空席多しの状態で出発 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 府内城-ハ 二の丸堀を眺めながらぶらり
  • 冬の大分旅2日目。 豊後 府内城-ハ 二の丸堀を眺めながらぶらり編。城内が駐車場という残念な状態の府内城。それだけに、外側から眺める方が美しいのは事実。というわけで、主に三の丸から、二の丸・本丸を眺めて散策。 □ 豊後 府内城-ロ 本丸から西丸へ の続き。大手口 ①ここから、反時計回りで散策。早速 → へ。城絵図(地図)二重櫓(着到櫓)福原直高による築城の府内城だが、万治元年には、大給松平家が藩主となり、明治 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 府内城-ロ 本丸から西丸へ
  • 冬の大分旅2日目。 豊後 府内城-ロ 本丸から西丸へ編。本丸と二の丸を隔てる堀が埋められ、中が駐車場という、かなり残念な状態の府内城。酷く破壊されてしまった一方で、本丸・二の丸を囲む石垣は、それなりに残る。なので、それなりに見るところはある。というわけで、中編(ロ)をどうぞ。 □ 豊後 府内城-イ 東丸から本丸へ の続き。天守から眺める ①写真左側 ← にある金網の場所は、北渡櫓があったと思われる場所。ここ [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 府内城-イ 東丸から本丸へ
  • 冬の大分旅2日目。 豊後 府内城-イ 東丸から本丸へ編。竹田から再び大分市に戻り、次は市内にある府内(ふない)城へ。府内城へは、大分駅から北方向に向かって、およそ15分ぐらい。googleマップだと1.3km。豊後 府内城  大友氏が去ると、慶長2年(1597)に、福原直高が築城開始。慶長6年に、竹中重利が府内に入り拡張。天守なども含め、慶長7年におおよそ完成したと思われる。その後、府内には松平氏(大給)が入り、明治維新まで続 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後竹田の城下町をぶらり
  • 冬の大分旅2日目。 豊後竹田の城下町をぶらり編。当初はレンタサイクルを利用するつもりだったが、雨のため断念。もちろん、その選択は正解で、カッパの無いワタクシは、傘を差しつつ自転車を歩いて押すことになっていたはず。レンタサイクルの理由は計画的に。小さいポンチョなんかを携帯するのもありだな。小雨なら何とかなる。しかし、この時は大雨。というわけで、城下町散策編をどうぞ。トンネルを抜けるとそこは…素堀のな [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 岡城-ニ 西の丸へ
  • 冬の大分旅2日目。 豊後 岡城-ニ 西の丸へ編。降雨のため、七曲りから下るのをあきらめ、大手門から帰ることに変更。というわけで、西の丸は最後に行くことに。 □ 豊後 岡城-ハ 家老屋敷跡から近戸門跡へ 編の続き。中川民部屋敷跡 ①中川民部は、3代藩主中川久清の五男・久旨を祖とする家系らしい。こちらは礎石のみの状態で、覚左衛門屋敷のような床板の再現はされていない。もちろん、厠も。詳しくは ↓ の説明板をどうぞ [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 岡城-ハ 家老屋敷跡から近戸門跡へ
  • 冬の大分旅2日目。 豊後 岡城-ハ 家老屋敷跡から近戸門跡へ編。雨よ、降らないでくれ、と思いながらも、ついに降り出した雨。何とか少雨でとの願いも空しく、どんどん強まる雨。ついにあきらめ、傘をさしての散策に。傘も面倒だが、何よりも滑りやすくて、足元を気にしつつ散策。 □ 豊後 岡城-ロ 本丸からかつての大手・下原門跡へ 編の続き。但見家老屋敷跡辺りから眺める ①本丸がある城の中枢部を過ぎ、清水谷と呼ばれる [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 岡城-ロ かつての大手・下原門跡へ
  • 冬の大分旅2日目。 豊後 岡城-ロ 本丸からかつての大手・下原門跡へ編。雨よ、降らないでくれ、と思いながらも、しっかりと滞在時間を確保してあるので、のんびりと散策。ほぼ独り占めに近い雰囲気での古城散策は最高である。 □ 豊後 岡城-イ 大手門から本丸へ 編の続き。本丸・三重櫓跡現地地図板現地地図板 クロップ本丸石垣 ①立派な石垣が続く。隙間の少ない、技術の高さを感じる石積み。よくこんなきれいに、加工して積 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 岡城-イ 大手門から本丸へ
  • 冬の大分旅2日目。 豊後 岡城-イ 大手門から本丸へ編。予定では、豊後竹田駅からレンタサイクルを利用するつもりだったのだか、天気予報は残念ながら雨。山城で雨はきつい。少しでも、雨が本降りになる前に、できるだけ回りたいと思い、タクシーを利用。 駅前でタクシーを利用しようとタクシーに近づくが、運転手がお休み中。すぐに後ろにいた運転手が、起こしてくれて、いざ出発。寝起きで大丈夫か? と、若干不安に駆られながら [続きを読む]
  • 冬の大分旅 JR豊肥本線 豊後竹田駅
  • 冬の大分旅2日目。 JR豊肥本線 豊後竹田(ぶんごたけた)駅編。2日目の始まりは、大分駅から。ここから豊後竹田駅を目指します。 豊後竹田駅は、大分県竹田市にある豊肥本線の駅。大分駅ホームキハ185形 九州横断特急62号 阿蘇行塗装を変えるだけで、結構雰囲気が変わるもんだな。魅力に欠ける街ランキングで、栄冠を手にした名古屋は、JR東海も含めて、遊び心という点で少しは見習わんといかんね。名鉄もパノラマカーの存続を、 [続きを読む]
  • 冬の大分旅 豊後 日出城
  • 冬の大分旅1日目。 豊後 日出城編。暘谷駅から南に向かって歩くこと5分ぐらいで、日出城の城下町&城にたどり着く。ちなみに日豊本線には、日出駅という駅があるが、城に行く場合は、暘谷駅が最寄りの駅。日出(ひじ)城 南北朝時代に大神氏によって築かれたと伝わるが詳細は不明。慶長6年(1601)、木下家定の三男、延俊が三万石で入封。その居城として築かれたのが、日出城。木下家定は秀吉の正室、おねの実兄。別名:暘谷(ようこく) [続きを読む]