kempis さん プロフィール

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kempisさん: カトリック社会学者のぼやき
ハンドル名kempis さん
ブログタイトルカトリック社会学者のぼやき
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kempis
サイト紹介文カトリシズムと社会学という歴史的には背反する二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 293日(平均0.8回/週) - 参加 2016/10/06 17:05

kempis さんのブログ記事

  • 宗教改革500年にあたってー信仰義認論ー(2)(学びあいの会)
  •  こういう刺激的な報告を聞くとどうしてもあれこれ思いつきを言いたくなる。少し雑感を述べてみたい。 今日のテーマは結論を先取りして言えばこうだ。神義論は結局義認論によって解決された。義認論も結局は二重予定説によって完成する。神義論の問いには予定説が答えだ。これがプロテスタント神学からの答えであろう。では、カトリック神学はこれになんと応えるのか。これが今日のテーマとなるはずであった。ところが実際には今 [続きを読む]
  • 宗教改革500年にあたってー信仰義認論ー(1)(学びあいの会)
  •  七月の学びあいの会は、ルターの95箇条論題の提示(1517)から500年に当たって宗教改革の意味を考えてみようということで、主にルターの信仰義認論の紹介・説明がなされた。宗教改革記念日 Reformationtag は10月31日という。この記念日はわれわれカトリックにはあまりなじみがなく、むしろ今年は浦上四番崩れの明治維新150周年といった方がピンとくる。いずれにせよ大事な節目の年ということだろう。今日はテ [続きを読む]
  • マタイ福音書「山上の説教」について・その2(学びあいの会)
  •  2017年6月26日の「学びあいの会」は前月に続いてマタイ福音書「山上の説教」です。前回は第5章の真福八端が中心でしたので、今回は6章・7章に進みました。今回は勉強というよりはともに聖書を読み、味わい、祈るというもので、なにか聖書講座みたいでしたが、これはこれでたまには良い経験でした。 S氏ははじめにマタイ福音書とルカ福音書の違いについて少し説明されました。Q資料など同じような資料に基づきながらも [続きを読む]
  • 映画「カロル ー 教皇になった男」を観る
  •  J.バッティアート監督のイタリア・ポーランド合作映画 A Man who became Pope を観てきました。DVD版でしたが、場所が鎌倉生涯学習センターのホールですのでそれなりの迫力がありました。2005年作の古い映画ですが、今回観たのは日本語字幕版でした。上智大学の卒業生など制作委員会が随分と苦労なさって字幕化が完成した映画とのことです。この辺の事情はカト研の皆様の中にはお詳しい方が多いのではないでしょうか。英語 [続きを読む]
  • 「聖霊」(神学講座『イエス・キリストの神』その8)
  •  2017年6月5日の神学講座は晴天に恵まれ、H神父様のご機嫌も良く、参加者は講義を楽しんでいました。今回はベネディクト16世著 里野泰昭訳『イエス・キリストの神』(2011)の第3章「聖霊」が説明されました。本書の最終章ですが、翻訳でわずか13頁の短い文章です。昨日は聖霊降臨の主日(A年)でしたので、偶然とは言え聖霊論を深く考える良い機会でした。講義は昨日の「聖書と典礼」も使って行われました。この教 [続きを読む]
  • マタイ福音書「山上の説教」について(学びあいの会)
  •  2017年5月の「学びあいの会」は5月にしては珍しい猛暑の22日に開かれました。過去数回、ベネディクト16世ヨゼフ・ラッチンガー著 里野泰昭訳『ナザレのイエス』(2008・春秋社、原著2007)を読んでいます。今回はその第四章「山上の説教」第1節「真福八端(幸いな人)」に入りました。 報告者はラッチンガーの説明の要約というよりはかなり自由にまとめて話しておられました。冒頭、聖書学の研究手法としての「様 [続きを読む]
  • ヨハネ福音書「山上の説教」について(学びあいの会)
  •  2017年5月の「学びあいの会」は5月にしては珍しい猛暑の22日に開かれました。過去数回、ベネディクト16世ヨゼフ・ラッチンガー著 里野泰昭訳『ナザレのイエス』(2008・春秋社、原著2007)をベースに、ヨハネ福音書について学んでいます。今回はその第四章「山上の説教」第1節「真福八端(幸いな人)」に入りました。 報告者はラッチンガーの説明の要約というよりはかなり自由にまとめて話しておられました。冒頭 [続きを読む]
  • イスラームの豆知識
  •  2017年5月14日に教会壮年会主催の講演会がありました。テーマはイスラームについてでした。カトリックから見たイスラームということになりますから興味深い報告でした。報告者は現役時代に中東に10年近く駐在員として住まわれた方で、生活感あふれる報告でした。全身にムスリムの真っ白な男性衣装(UAEだからカンドウーラと頭にかぶるクゥトラ)をきちんと着こなされ、かなり力に入った講演でした。ご本人は「豆知識」と謙遜 [続きを読む]
  • ヨハネ福音書に見る創世記の太祖たち(学び合いの会)
  •  2017年4月の「学び合いの会」は春爛漫の24日に開かれました。遅咲きの桜は散り終わり、素晴らしい五月晴れに恵まれました。山の緑が一年で最も美しい時期です。 今回はヨハネ福音書のなかで描かれる創世記の太祖3人(アブラハム・イサク・ヤコブ)の話です。ヨハネ福音書による三人の太祖の描き方の特徴を明らかにするというものです。創世記の太祖というとどうしてもヨゼフも付け加えて4人とするのが普通だが、ヨハネ [続きを読む]
  • ヨハネ福音書のパンの章(第6章)について
  •  2017年2月の「学び合いの会」は厳寒の27日に開かれました。昨日信徒総会が開かれ、皆さんお疲れだったのか、あまりの寒さの故か、参加者は7名にとどまりました。 今回は過去数回ヨハネ福音書について学んできた流れの続きです。ヨハネ福音書は共観福音書とは性格が少し異なるようだ。もともとギリシャ語で書かれたようだし、著者も使徒ヨハネとされている。共観福音書が基本的にイエスの行動を中心に書かれているのに対 [続きを読む]
  • 映画「沈黙」を観る
  •  M.スコセッシ監督の映画「沈黙」を観てきました。観る前に思っていたよりも印象深い映画でした。「良い映画」といえるかどうかは、エンターテイメント映画としてみるのか、小説の映画化として成功しているのかとか、俳優は適役だったかとか、いろいろな角度からの評価があるのだろうから、わたしにはなんともいえない。カト研のみなさまとも映画鑑賞後の感想を語り合ってみたいものである。 映画を観る前は、遠藤周作の原作は改 [続きを読む]
  • ヨハネ福音書の主要な象徴:水・ぶどう・パン・牧者
  •  2017年1月の「学び合いの会」は厳寒の23日に開かれました。あまりの寒さの故か参加者は8名にとどまりました。過去数回ヨハネ福音書について学んできた流れで、今回は、ベネディクト16世著里野泰昭訳『ナザレのイエス』(2008・春秋社)をベースに、ヨハネ福音書における主要な象徴である水・ぶどう・パン・牧者の4つが一つ一つ取り上げられ、その象徴的意味が説明されました。 ベネディクト16世『ナザレのイエス』は三 [続きを読む]
  • 神秘主義神学の平和思想(資料)
  •  2017年1月の「学び合いの会」は厳寒の23日に開かれました。あまりの寒さの故か参加者は8名にとどまりました。過去数回ヨハネ福音書について学んできた流れで、今回は、ベネディクト16世著里野泰昭訳『ナザレのイエス』(2008・春秋社)をベースに、ヨハネ福音書における主要な象徴である水・ぶどう・パン・牧者の4つが一つ一つ取り上げられ、その象徴的意味が説明されました。 ベネディクト16世『ナザレのイエス』は三 [続きを読む]
  • 「神秘主義神学の平和思想ーW.ジョンストン師から学ぶ」(続)
  •  わたしは今日12月18日(日)に所属の教会の壮年会主催の講演会で話をしてきました。タイトルは「神秘主義神学の平和思想ーW・ジョンストン師から学ぶー」(続)です。前回6月12日に同じタイトルで話をさせてもらったのですが、こちらの手違いで時間切れとなってしまい、今回続きを話す機会を与えていただいたわけです。クリスマス前の忙しい時期に20名位の方にお集まりいただきました。報告後の話し合いも話題が多岐にわ [続きを読む]
  • 神学講座「創造主なる神」(その3)
  •  神学講座は2016年12月5日にベネディクト16世著 里野泰昭訳『イエス・キリストの神 ー 三位一体の神についての省察』(2011)の第一章「神」第3節「創造主なる神」に入りました。晴天で暖かい日和で参加者は多かった。 H神父様は、お祈りの後、冒頭、この第3節はあまり神学的には深い議論はなされていないと、いつもの調子で軽く入られた。だが、わたしには興味深い節であった。元々講話だったということもあり [続きを読む]
  • 「共観福音書のプロローグの意味を考える」
  •  2016年11月の「学び合いの会」では、「共観福音書のプロローグの意味を考える」というタイトルでS氏が報告されました。前回は、「ヨハネ福音書のプロローグ」が紹介されましたので、その続きという意味もあったようです。大変力のこもった、学ぶことの多い報告でした。 共観福音書は「共観」と言われるくらいだから各書の内容は大体同じなのは当然であろう。ガリラヤから出たイエスの洗礼から死・復活までの公生活が描か [続きを読む]