kempis さん プロフィール

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kempisさん: カトリック社会学者のぼやき
ハンドル名kempis さん
ブログタイトルカトリック社会学者のぼやき
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kempis
サイト紹介文カトリシズムと社会学という歴史的には背反する二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供23回 / 201日(平均0.8回/週) - 参加 2016/10/06 17:05

kempis さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • ヨハネ福音書に見る創世記の太祖たち(学び合いの会)
  •  2017年4月の「学び合いの会」は春爛漫の24日に開かれました。遅咲きの桜は散り終わり、素晴らしい五月晴れに恵まれました。山の緑が一年で最も美しい時期です。 今回はヨハネ福音書のなかで描かれる創世記の太祖3人(アブラハム・イサク・ヤコブ)の話です。ヨハネ福音書による三人の太祖の描き方の特徴を明らかにするというものです。創世記の太祖というとどうしてもヨゼフも付け加えて4人とするのが普通だが、ヨハネ [続きを読む]
  • ヨハネ福音書のパンの章(第6章)について
  •  2017年2月の「学び合いの会」は厳寒の27日に開かれました。昨日信徒総会が開かれ、皆さんお疲れだったのか、あまりの寒さの故か、参加者は7名にとどまりました。 今回は過去数回ヨハネ福音書について学んできた流れの続きです。ヨハネ福音書は共観福音書とは性格が少し異なるようだ。もともとギリシャ語で書かれたようだし、著者も使徒ヨハネとされている。共観福音書が基本的にイエスの行動を中心に書かれているのに対 [続きを読む]
  • 映画「沈黙」を観る
  •  M.スコセッシ監督の映画「沈黙」を観てきました。観る前に思っていたよりも印象深い映画でした。「良い映画」といえるかどうかは、エンターテイメント映画としてみるのか、小説の映画化として成功しているのかとか、俳優は適役だったかとか、いろいろな角度からの評価があるのだろうから、わたしにはなんともいえない。カト研のみなさまとも映画鑑賞後の感想を語り合ってみたいものである。 映画を観る前は、遠藤周作の原作は改 [続きを読む]
  • ヨハネ福音書の主要な象徴:水・ぶどう・パン・牧者
  •  2017年1月の「学び合いの会」は厳寒の23日に開かれました。あまりの寒さの故か参加者は8名にとどまりました。過去数回ヨハネ福音書について学んできた流れで、今回は、ベネディクト16世著里野泰昭訳『ナザレのイエス』(2008・春秋社)をベースに、ヨハネ福音書における主要な象徴である水・ぶどう・パン・牧者の4つが一つ一つ取り上げられ、その象徴的意味が説明されました。 ベネディクト16世『ナザレのイエス』は三 [続きを読む]
  • 神秘主義神学の平和思想(資料)
  •  2017年1月の「学び合いの会」は厳寒の23日に開かれました。あまりの寒さの故か参加者は8名にとどまりました。過去数回ヨハネ福音書について学んできた流れで、今回は、ベネディクト16世著里野泰昭訳『ナザレのイエス』(2008・春秋社)をベースに、ヨハネ福音書における主要な象徴である水・ぶどう・パン・牧者の4つが一つ一つ取り上げられ、その象徴的意味が説明されました。 ベネディクト16世『ナザレのイエス』は三 [続きを読む]
  • 「神秘主義神学の平和思想ーW.ジョンストン師から学ぶ」(続)
  •  わたしは今日12月18日(日)に所属の教会の壮年会主催の講演会で話をしてきました。タイトルは「神秘主義神学の平和思想ーW・ジョンストン師から学ぶー」(続)です。前回6月12日に同じタイトルで話をさせてもらったのですが、こちらの手違いで時間切れとなってしまい、今回続きを話す機会を与えていただいたわけです。クリスマス前の忙しい時期に20名位の方にお集まりいただきました。報告後の話し合いも話題が多岐にわ [続きを読む]
  • 神学講座「創造主なる神」(その3)
  •  神学講座は2016年12月5日にベネディクト16世著 里野泰昭訳『イエス・キリストの神 ー 三位一体の神についての省察』(2011)の第一章「神」第3節「創造主なる神」に入りました。晴天で暖かい日和で参加者は多かった。 H神父様は、お祈りの後、冒頭、この第3節はあまり神学的には深い議論はなされていないと、いつもの調子で軽く入られた。だが、わたしには興味深い節であった。元々講話だったということもあり [続きを読む]
  • 「共観福音書のプロローグの意味を考える」
  •  2016年11月の「学び合いの会」では、「共観福音書のプロローグの意味を考える」というタイトルでS氏が報告されました。前回は、「ヨハネ福音書のプロローグ」が紹介されましたので、その続きという意味もあったようです。大変力のこもった、学ぶことの多い報告でした。 共観福音書は「共観」と言われるくらいだから各書の内容は大体同じなのは当然であろう。ガリラヤから出たイエスの洗礼から死・復活までの公生活が描か [続きを読む]
  • 「ヨハネ福音書が神学に与えた影響」学びあいの会
  • 「学び合いの会」では、2016年9月26日の今回から、2010年度におこなわれた上智大学キリスト教文化研究所の聖書講座『さまざまに読むヨハネ福音書』シリーズでの連続講義が改めて取り上げられます。今日はそこでの増田祐志師の講義「ヨハネ福新書が神学に与えた影響」が再度紹介されました。 全体は三部に別れ、第一部「聖書におけるヨハネ福音書の位置」 第二部「キリスト論論争」 第三部「ヨハネ福音書と現代」 と題されて [続きを読む]
  • 思想・職業・葬儀
  •  お彼岸ということもあり、最近亡くなったお二人のことを思い出す。知人と言うべきか、友人と言うにはおこがましい。先生と呼ぶべきか。普通に言えば先輩と後輩ということになる。共に社会学者だが、お一人は80過ぎてすぐに、、もう一人は70直前で亡くなった。K氏はプロテスタントの父親を持ちながらマルクス主義者として生き、M氏はプロテスタント系の大学で長く教鞭を執り、比較社会学者、特にスコットランド・北アイルランドの [続きを読む]
  • 神学講座(その16)第二バチカン公会議以後
  •  神学講座は、2016年7月7日に、F・カー著『二十世紀のカトリック神学』の第12章「バチカン公会議以後」に入りました。私は所用で参加できませんでしたが、あとで神父様からいただいたレジュメを使って内容の簡単な整理をしておきたいと思います。本章は最後のまとめというよりは、著者F.カーの立場をかなりはっきりと書いている部分だし、また、H神父様の要約・紹介の仕方も興味深かったためです。 結論的に言えば、カーは、 [続きを読む]
  • 「神秘主義神学の平和思想ーW・ジョンストン師から学ぶー」
  •  わたしは今日6月12日(日)に所属の教会の壮年会主催の講演会で話をしてきました。タイトルは「神秘主義神学の平和思想ーW・ジョンストン師から学ぶー」としました。梅雨空のなか30名前後の方がお集まりいただき、話もいろいろあって有意義な会でした。 といっても、スライドを使った私の話は予定の半分で時間切れとなってしまい、肝心の平和論には入れませんでした。申し訳ないことをしたと反省しきりでした。ということで、今 [続きを読む]
  • 神学講座(その15)ヨゼフ・ラッツインガー Joseph Ratzinger (1927- )(その2)
  •  神学講座は、2016年6月6日に、F・カー著『二十世紀のカトリック神学』の第11章「ヨゼフ・ラッツインガー」の第二回目に入りました。参加者は20名弱でしたでしょうか。参加者は殆ど婦人会の方で、H神父様の口は滑らかでした。 前回はラッチンガー論の入り口で終わってしまいましたが、なにぶん間だが3ヶ月も空いてしまい、神父様も話のつながりが難しかったようです。私個人としては、本書の著者カーがラッティンガーはト [続きを読む]
  • 学びあいの会 「史的イエスとホモウーシオス」
  •  2016年5月30日の「学び合いの会」は朝方雨にみまわれ、出席者は8名にとどまりました。前回から2009年に上智大学キリスト教文化研究所の聖書講座でおこなわれた連続講義が再度紹介されています。この講義はベネディクト16世教皇様の着座に際して、ラッチンガー著『ナザレのイエス』をとりあげて上智大学キリスト教文化研究所の先生方や神父様方などカトリック神学の専門家が連続講義をおこなったものとのことです。第一回は岩 [続きを読む]
  • 教義神学から見た史的イエスの研究史
  • 3月28日の「学び合いの会」は朝方大雨にみまわれ、出席者は6名にとどまりました。増田祐志師編『カトリック神学への招き』は前回で読み終わりましたので、今回は「史的イエス」の研究史が紹介されました。上智大学の岩島忠彦師がイグナチオ教会の聖書講座で、「史的イエス論の射程と限界」シリーズの一つとして1909年11月に報告された発表「教義神学から見た史的イエスの研究史」が改めて紹介されました。その時に配布さ [続きを読む]
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