佐藤 隆定 さん プロフィール

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佐藤 隆定さん: 禅の視点 -life-
ハンドル名佐藤 隆定 さん
ブログタイトル禅の視点 -life-
ブログURLhttp://www.zen-essay.com/
サイト紹介文禅語を題材にしたエッセイ、思わず唸る禅僧の逸話、人生を心豊かに幸せに生きるヒント満載の禅ブログ。
自由文佐藤隆定(さとう・りゅうじょう)
禅僧、エッセイスト
「生きる」という、人間にとって根源的・日常的な活動について禅という視点から考え、法話や執筆等を通じて人々に伝える活動を行っている。
禅には人生を安らかに生きるための智慧が沢山秘められている。ただ、難しそうで敬遠されがちであるため、多くの方々に禅を知っていただきたいと思い、このブログを書き始めた。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供160回 / 312日(平均3.6回/週) - 参加 2016/10/08 23:28

佐藤 隆定 さんのブログ記事

  • 【洲原ひまわりの里】 魔女コンテストに挑戦しよう!
  • 洲原ひまわりの里 岐阜県美濃市の洲原地区で、8月中旬をメインに「洲原ひまわりの里」というイベントが実施され、人気を博している。長良川のほとりに建つオレンジ色の三角形の屋根が特徴的な洲原地域ふれあいセンターの周囲に約1万本の多様なひまわりを植え、「ひまわりの里」を創出しようとする取り組みだ。8月11日の山の日にオープニングセレモニーが開催され、以後、多くの観光客で賑わっている。このひまわりの里に [続きを読む]
  • 【禅語】八風吹けども動ぜず 〜不動心とは何だろうか〜
  • 【禅語】八風吹けども動ぜず 〜不動心とは何だろうか〜 武道の世界では「不動心」という言葉がスローガンのようによく掲げられている。不動の心。何があっても動じない精神力、常に冷静さを失わない心。そんな意味をこの不動心という言葉からは連想してしまいそうだが、禅で考える不動心はちょっと違う。じつは、禅語のなかにも不動心と似た言葉で「八風吹けども動ぜず」というのがある。八つの風とは、人の心を揺さぶりや [続きを読む]
  • 喝といえば心越興儔と水戸黄門。それから『スラムダンク』。
  • 禅僧のエピソードと『スラムダンク』から考える、喝 禅の世界には一字関(いちじかん)とか一転語(いってんご)とか呼ばれる特殊な言葉がある。一字関(一転語)とは、その一言でもって相手を真理に導く、気付かせる、悟らせるための言葉のこと。それにはいくつかの種類がある。なかでももっとも有名な一字関は、おそらく「喝」。「喝ァ――――――――ッ!!!!」と大声で叫ぶ、あれである。アニメなどで喝を耳にしたことが [続きを読む]
  • 鳥窠道林と白居易との名問答 「諸悪莫作 衆善奉行」【禅僧の逸話】
  • 鳥窠道林と白居易との名問答 8世紀から9世紀を生きた中国の禅僧に鳥窠道林(ちょうか・どうりん)がいる。鳥窠という名前の意味は、じつは「鳥の巣」。なぜ鳥の巣などと呼ばれていたかというと、この禅師なんとも不思議なことに、毎日松の木の上で坐禅をしていたという伝説が残っているのである。まるで鳥のように木の上で坐禅をし、巣を作っているかのように見えたために、鳥窠という名前で呼ばれるようになったというわ [続きを読む]
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(後篇)
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 (後篇) 前篇に引き続き、十牛図を読み解いていきたい。後篇は第六よりはじまるので、前篇を読んでいない方は先に十牛図の前篇を読んでから、この後篇を読んだほうがわかりよいように思う。下の記事が前篇なので、未読の方はこちらを先にどうぞ。www.zen-essay.comそれでは十牛図の続きに移ろう。 第六 騎牛帰家(きぎゅうきか) 牛に乗って家に帰る。自分を探し当てて、旅から戻る。 [続きを読む]
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(前篇)
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 十牛図とは、禅の極意、つまりは「悟り」というものを感覚として摑むことができるよう、牛を題材にした十枚の絵によって悟りへのプロセスを描き表わした絵画であり、教本であり、芸術である。この十牛図の面白さは、何と言っても「悟り」といった漠然とした不可思議な事柄を説明するのに、文字ではなく絵図を用いた点に尽きる。言葉で説明を重ねるのではなく、絵を見て直感的に仏の教えを感じ [続きを読む]
  • 「億劫」が意味する果てしない時間 【身近な仏教用語】
  • 「億劫」が意味する果てしない時間【身近な仏教用語】 やらなければいけない仕事があっても、あまり気が乗らずにぐだぐだして時間を無駄にしてしまうようなときがある。あるいは取り組もうと思っても、その仕事を終えるまでの手間と時間をちょこっとイメージしたら、とんでもなく大変そうで一歩を踏み出す気持ちが急速に萎えて躊躇してしまうようなときもある。そんな気持ちや様子を「おっくう」と表現することがあるが(若 [続きを読む]
  • 【両祖】曹洞宗の祖は2人いる 〜道元禅師と瑩山禅師〜
  • 【両祖】曹洞宗の祖は2人いる 〜道元禅師と瑩山禅師〜 日本の仏教宗派の一派である曹洞宗(そうとうしゅう)では、あまり宗祖(しゅうそ)という言葉を使用しない。宗祖とはその言葉のとおり、宗派の祖、つまりはその宗派の創始者というほどの意味であるが、そうした言葉を用いない。普通、それぞれの宗派にはそれぞれの教えを説いた創始者という意味での宗祖が存在する場合が多いのだが、曹洞宗は少々特殊な事情があって [続きを読む]
  • 智慧と知恵の違い、「賢い」の意味、オレオレ詐欺で考えてみよう
  • 智慧と知恵の違い【身近な仏教用語】 寺院の本堂の奥、須弥壇(しゅみだん)の上には必ず蝋燭(ろうそく)が置いてある。蝋燭の本分は周囲を照らすこと、つまり照明にあり、暗がりを明るくするものであるというのが蝋燭の役割。しかし仏教ではこの蝋燭というものを単なる照明用具とは考えず、「ある象徴」として捉えている。何の象徴なのかというと、智慧の象徴なのだ。普通「ちえ」と聞くと、大抵はこちらの漢字の「知恵」 [続きを読む]
  • 供養の意味や考え方を知ると、供養の在り方は豊かに広がる
  • 供養の意味や考え方を知ると、供養の在り方は豊かに広がる 亡き人の冥福を祈って行われる行為は、総じて供養と呼ばれる。仏壇にご飯や水を供えたり、墓前に花を飾ったり、読経をしたり。そういったものをすべて供養と考えて、亡き人が少しでも喜ばれるように、安らかになるように、そう願って人は供養を施す。供養とは何か、という問いに大雑把に答えるなら、まず、亡き人の冥福のために行われる行為はすべて供養と考えてよ [続きを読む]
  • ぜんざいの語源は仏教用語? ぜんざいとお汁粉の違いは?
  • ぜんざいの語源は仏教用語? ぜんざいとお汁粉の違いは? 餅が好きで、さらに餡子も好きな甘党にとって、もはや「ぜんざい」は究極のご馳走ではないだろうか。少なくとも、私にとっては至福の一品。寒い冬、トースターで餅を焼くその傍らで、小鍋でレトルトのぜんざいを温める。ぷっくりと膨らんだ餅がはじける前に箸で掴み出し、椀の底に置く。餅はやっぱり2個くらいあったほうがいい。1個ではちょっと少なくてさみしい。 [続きを読む]
  • 【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語
  • 【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語 幼い子どもが亡くなった場合、あるいは水子の供養をする際などに、それぞれの子が眠る家の墓石とは別に、合祀墓のような形となっている石塔に向かって読経焼香をし供養を施すことがある。そしてそのような供養塔にはけっこうな確率で、地蔵菩薩が祀られていたりする。じつは仏教の世界観のなかで子どもと地蔵菩薩は関わり合いの深い関係にあり、子どもを救う [続きを読む]
  • 【風外本高】紅葉の名所、足助の香嵐渓で暮らした禅僧
  • 【風外本高】紅葉の名所、足助の香嵐渓で暮らした禅僧 江戸時代後期の曹洞宗の僧侶に風外本高(ふうがい・ほんこう)がいる。紅葉で有名な愛知県の足助の香嵐渓(こうらんけい)にある香積寺の25世住職であった風外は、その前は大阪の寺院で住職をしていた。そこへ足助の人々や役人がやってきて、ぜひ香積寺の住職になっていただきたいと招かれて足助の地に赴くことになったわけである。当初この話を断わろうと考えていた風 [続きを読む]
  • 禅語一覧【五十音順】
  • 禅語一覧 ブログ「禅の視点」において取り扱った禅語を、五十音順で以下に一覧掲載しました。それぞれの言葉を すると、その言葉を題材にしたエッセイや詳しい説明を読むことができます。興味のある言葉を見つけたら、ぜひ してみてください。※一部に仏教用語として扱った言葉も混ざっていますが、両者は厳密には分類できないものも多くあります。なので、ここでは禅語と考えることも可能な仏教用語も含めた [続きを読む]
  • 皮肉という言葉はなぜ「皮」と「肉」なのか。意外にも原意は仏教用語。
  • 皮肉という言葉の意味【身近な仏教用語】 現在使われている「皮肉」という言葉には、主に2つの意味がある。1つは、人を意地悪く遠回しに非難すること。もう1つは、思ったとおりにならないことを嘆く様子。「親のコネで就職できてよかったね」というセリフが前者で、「頑張ったのに就活が徒労に終わるなんて皮肉だ」というセリフが後者。まあ、この2つのほかに、ずばり「皮と肉」そのものを意味することもあるが、普通皮 [続きを読む]
  • 【禅語】霧の中を行けば覚えざるに衣湿る 〜環境から受ける影響〜
  • 【禅語】霧の中を行けば覚えざるに衣湿る 善い人のそばにいれば、意識せずとも善い影響を受ける。悪い人のそばにいれば、自ずと悪い方向へと流れていく。先が見えないような濃い霧のなかを歩いていると、いつの間にか衣服が湿っているように、身を置く環境によって無意識のうちに受ける影響というものがある。それが「霧の中を行けば覚えざるに衣湿る」という禅語の意味。たとえば、言葉遣い。人が覚える言葉は、その人が育 [続きを読む]
  • 『修証義』とは何か 〜その成り立ちと構成・概要〜
  • 『修証義』とは何か 曹洞宗には『修証義(しゅしょうぎ)』という名の経典がある。永平寺の開山である道元禅師が著した『正法眼蔵』から、比較的平易な語句を選び出して再編成されたのが『修証義』であり、『正法眼蔵』のダイジェスト版とも言える経典だ。『正法眼蔵』を一度でも読んだことのある方ならご存じかと思うが、『正法眼蔵』は本当に難解な書物。それはもう、哀しいほどに難しい。読了できる気がしない。もしでき [続きを読む]
  • 諸悪莫作の解釈 〜七仏通誡偈は簡単そうで奥が深い?〜
  • 諸悪莫作と七仏通誡偈 仏教には七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)と呼ばれる短い偈文がある。七仏というのは仏教の創始者であるブッダ以前に存在したとされる6人の仏と、ブッダを足した7人の仏をいう。この7人の仏は過去七仏(かこしちぶつ)と称され、禅宗ではその名前を日々読経するほど重んじられている。その7人の仏が、こぞって同じことを説いたとされるのが、この七仏通誡偈とよばれる偈文なのだが、その内容は次 [続きを読む]