ねこ好きママ さん プロフィール

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ねこ好きママさん: 過干渉な毒親から絶縁したシングルマザーの奮闘記
ハンドル名ねこ好きママ さん
ブログタイトル過干渉な毒親から絶縁したシングルマザーの奮闘記
ブログURLhttp://prettycat11111.com/
サイト紹介文DVの父親と毒母の間に産まれた私が絶縁し、毒親の元を脱出した体験談をを書き綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供30回 / 88日(平均2.4回/週) - 参加 2016/10/17 20:43

ねこ好きママ さんのブログ記事

  • 〜私の出産、育児に対しても毒親ぶりを発揮〜
  • 今日は私の出産と育児に対して干渉してきた両親の事について書こうと思います。 どの妊婦さんも出産予定日が近づくといろんな感情がわくものです。赤ちゃんに会える楽しみ、出産の恐怖、育児の不安・・・。とくに初産だと不安は大きいですよね。 赤ちゃんにとってはお母さんのお腹に予定日ギリギリまでいる方が良いと聞きましたが、私は早く我が子の顔を見たくて仕方がありませんでした。 臨月になったら毎朝毎夕それぞれ一時間散 [続きを読む]
  • 〜新たな挑戦するも毒親に潰される〜
  • ヘルパーの仕事をしながらも悶々とした毎日を送っており、他の資格を取りたいと思うようになりました。試験を受けて学校に入り、3年勉強して国家試験を受けてやっともらえる資格で、勉強もかなり厳しいとは聞いていましたが、それでも挑戦したいと思い、自分で学校を探し、遠かったので寮付きで働ける仕事を探し、入学と同時に引っ越ししました。 両親は「お前が出来るわけがない」と案の定賛成はしませんでしたが、ダメだとは言 [続きを読む]
  • 〜母の手料理に飢えていた時期〜
  • 子どもの頃は両親が共働きでした。私たち子どもは祖父母の元に預けられ、仕事をしていたそうです。 父方の祖父母に預けられたり、母方の祖父母に預けられたり、1か月以上預けられたこともあったと聞いています。 小学校に上がってからは自宅にいたのですが、仕事をしていた事と、母が料理をするのが得意ではなかったので、食事と言えばスーパーでお弁当を買って来るか、仕出し弁当を取ってたこともあり、また大衆食堂に食べに行く [続きを読む]
  • 〜どうしても理解できない毒母の思考回路〜
  • ヘルパーの資格をとるためにスクールに通うことになりました。 今はヘルパーの制度が少し変わったみたいですが、私が通ったころは試験はなく講習と実技指導、現場実習で資格が取れました。20人くらいでしたでしょうか?いろんな年代、職業の方が集まっていました。私はうつの症状が多少あるけどなんとか毎回受講し、3か月くらいでしょうか、資格を取ることが出来ました。 現場実習の時に「私に向いているな」と思い病院の介護 [続きを読む]
  • 〜実家での生活再開、まさかのモラハラ被害に!?〜
  • 半分以上実感がないまま実家暮らしが始まりました。母親に「これがあんたの歯ブラシだからね」と言われて「ああ・・・実家に戻ったんだなぁ」と思ったことは今でも印象強く残っています。住むところ、仕事、お付き合いした方との別れ・・・。普段でも環境の変化に弱い方なのにあまりにも変化し過ぎで自分が決めたことですがなかなかすぐに受け入れられなかったのです。 実家に戻ってしばらくしてから入社予定の会社の研修に行きま [続きを読む]
  • 〜子どもの学習習慣〜
  • 私は母に「勉強しなさい!勉強しなさい!」と言われ育ちました。 正直すごく嫌でした。 自分の好きだった教科は確かに吸収も早いし面白いと思えるのですが、基本的に集中力が続かないので勉強するふりをして机に向かって折り鶴を延々と折っていたこともありました。 高校生の時に私の学習机の中を兄弟がチェックしていました。嫌だと言っても力づくで無理やり開けて見られていたので、その折り鶴もわからないようにゴミ箱に捨てて [続きを読む]
  • 〜毒親の典型的な特徴〜
  • 毒親が認知されていて、今さら書くまでも・・・と思ったりするのですが、 「毒親」という言葉に馴染みのない方、「ご両親が毒親かもしれない」と思ってこのページに来てくださった方に向けて「毒親の定義」を書かせていただこうと思います。私の両親は「典型的な毒親」だと思います。なので両親を基準に書かせていただきます。 ・過保護、過干渉である。両親の場合は私の行動を逐一監視されていました。理由は「信用出来ないから [続きを読む]
  • 〜ついに解放!?一人暮らし生活開始!〜
  • 私のこれまでの人生の中で未だに不思議な出来事がいくつかあります。 その中のひとつに「一人暮らしが出来たこと」が入ります。一人暮らしと言っても会社の寮だったのですが・・・。 実家からの通勤でしたが、入社して何年か経ってから何気なく両親に 「会社の寮に入りたい」 と言ったら、 「まずはどれくらいお金がかかるか調べなさい」 と言われたので、寮生活をしている先輩に大体の光熱費、食費等を聞いて両親に伝えました [続きを読む]
  • 〜母の愚痴、説教〜
  • いつからか、ちょくちょく母から「ちょっと話があるから来なさい」と呼ばれることが多くなりました。 小学生くらいからだったと思います。 だいたい「ここに座りなさい!」と言われて日頃の行いに対する説教やら、父親の愚痴やらを聞かされました。 何度呼ばれてもビクビクしていました。 何を言われるのかが怖かったこと。両親に内緒にしていることがバレてしまったのか?特に交友関係は両親に話すといろいろ口出しされるので極 [続きを読む]
  • 〜寂しさや不安な時の穴埋め〜
  • 寂しいとき、環境が変わった時など、精神的に不安定になることは皆さんでもあると思います。それぞれにストレス解消法があることでしょう。カラオケに行ったり、友人と遊んだり・・・。 これからお話しするのはストレス解消法ではありませんが、私がストレスを感じた時に起こる症状を書いていこうと思います。 いつの頃からかはっきり覚えていませんが、私は小学生の頃からよく食べる子どもでした。ご飯をおかわりするのはよくある [続きを読む]
  • 〜毒親のもう一人の被害者〜
  • 地域柄なのか、家族の考えなのかわかりませんが、長子を大事にする家庭があると思います。また、女は夫を立てるという風習も多少は残っているのではないでしょうか?特に私の祖父母の世代は長子は大事にされてきたと聞いています。古い時代の考えだととらえがちでしょうが、少なくとも私が育った家庭では長男は特別扱いでした。 大正生まれの祖母の話ですが、洗濯物は男女分けて洗う、男物の洗濯物は女物より高い位置で干す。女 [続きを読む]
  • 〜迷惑な素行調査〜
  • 「〜あり得ない人生計画〜」の続きです。 両親からのお見合いの話を押し切って誕生日までの間はなにもお見合いの事は極力考えずに過ごすことにしました。普通に仕事をし、生活していました。 ただ、誕生日が近くなると、やはり不安で不安で仕方ありませんでした。誕生日が来たらお見合いを考えるという約束を両親としていましたが、それは一時的な逃げでしかなく、実際にお見合いすることなんてまったく考えていませんでした。誕生 [続きを読む]
  • 〜あり得ない人生計画〜
  • 「〜親が頑張った就職先探し、そして〜」の続きです。 初めてのお見合いはお断りしましたが、その後も両親は勝手にお見合いの写真をいろんなところに配り、お見合いの相手を探していました。 私の写真を100枚ほど用意していろんなところに配っていたようです。何となくの記憶ですが、私の写真を100枚焼き増ししたと両親が話していた記憶があります。 いろんな所から父親宛に郵便が届き、その中には男性の写真と経歴書が入っ [続きを読む]
  • 〜着せ替え人形〜
  • よく、女の子のお母さんは 「女の子は着せ替え人形みたいにいろんな服が着せれるからいいよね」 と言われることがあるかと思います。 確かに男の子より女の子の方がかわいい服がある傾向が強いかもしれません。 私の子育ての場合ですが、子どもたちが赤ちゃんの頃はもちろんいろんなかわいい服を着せていました。ほとんど私の好みなので、似たような服が多くなっていましたが・・・。 ただ、2歳くらいの時でしょうか。「この服、 [続きを読む]
  • 〜疑う余地もなくアダルトチルドレンに当てはまった〜
  • 私が「アダルトチルドレン」という言葉を初めて知ったのは今から15年くらい前だと思います。はっきり覚えていませんが、摂食障害を経験した方の書かれた本の中に出てきたような記憶があります。 その当時は意味も知りませんでしたし、自分に当てはまるかどうかなんて思いもしませんでした。 インターネットが普及してきて情報を得やすくなった頃、また「アダルトチルドレン」と言う言葉に出会いました。 いろいろな内容が書いて [続きを読む]
  • 〜「良い子」でいることの安心感〜
  • 少なくとも高校時代以降は両親に干渉され、監視され、支配され・・・。 帰る時間が1分でも遅くなったりして両親の決まりを守ることが出来なかった時にはにずっと恐怖感を抱いていました。門限はいろいろ変わりましたが、一番早かった時で30歳の頃に16時。18時なんかから出掛けると「夜中に出掛けるな」と言われる始末でした。 あくまで例えですが、車を猛スピードで飛ばしてでも門限は守らなくてはいけない。そうでないと怒 [続きを読む]
  • 〜親が頑張った私の就職先探し、そして〜
  • 本来なら成人に達し、自分の意思で動けるようになる年齢ですが、私の場合はそうでもありません。それどころか毒親度がどんどん増していったような気がします。 大学を卒業し、就職したのですが、やはり両親が選んだ企業でした。内定をもらうまでの間、数社受けた記憶があります。でも、それも両親が決めたものでした。 正直、自分の気に入らない企業は力を入れて試験を受けなかったので、結局は一社だけの採用通知でした。就職氷河 [続きを読む]
  • 〜惰性で過ごした大学時代〜
  • 結局、大学は高校時代に目標にしていたところでなく、自宅にほど近い大学に進学することになりました。高校時代のことがあったからか、両親は近いところに進学することを決めたようです。受験して他に合格した大学もあるのですが、両親が一番近い大学を選びました。もちろん私に選択権はなく、学科は母親と母親の知人で決められました。「あの子にはこの学科が良いだろう」と。今さらながらですが、私の希望なんて聞いてもらえるは [続きを読む]
  • 〜現在のこと〜
  • 両親の元を離れるまでシングルマザーで子どもを連れて両親の元で暮らしていました。と言っても実家に入っていたわけではありませんでしたが。 女手ひとつでの子育ては大変だとよく言われますが、私にとっては今までの両親との生活の方が大変だったので、子どもとの生活がとても幸せです。もちろん子育てに悩みはつきものですが、試行錯誤しながらではありますが、心穏やかに生活出来ていると思います。 どうやって両親の元を離れた [続きを読む]
  • 〜「気の持ちよう」でうつ病は治らない〜
  • つい最近の話です。知人と話をしていて聞いたことです。ちょっと憤りと疑問を感じたので書かせていただきます。 「支援員」と名の付く職に就かれている方から言われたことだそうです。知人はうつを長く患ってて、対人関係の問題から外出が出来ないという状態でした。それを聞いた支援員の方が 「え!?なんで外に出れないの?なんで?なんで?もしかして出不精!?」 うつ病が周知されてきている昨今、未だにこんなこという人がい [続きを読む]
  • 〜親への感謝の気持ちの強要〜
  • 楽しい高校生活もあっという間に過ぎていくものです。3年生になって進学を考える時期になってきました。おかげさまで母親が入学を決めた大学は合格圏内で学部を選ぶ段階になったのですが、自分の意見は全く取り入れてもらえない状況でした。三者面談で「学部はどこを目指されますか?」との先生の問いに、真っ先に答えたのが母親。 「この子はA学部を考えています!」 いやいや、私はB学部が興味があって行きたいと思ったのに・ [続きを読む]
  • 〜本格的に支配され始める〜
  • 中学を卒業してから遠方の高校に進学しました。自宅から電車に乗って2時間くらいでしょうか・・・。田舎から都市部への通学だったこと、女子高だったこともあってか楽しく高校生活をしていました。私が通った高校には親類がOGだったこともあり、母親が口を効かせて、本来推薦にならないところを「特別」という形で推薦入学することになりました。試験を受けたから「コネ」ではないと思いたいですが。楽しいと思える高校生活の中 [続きを読む]
  • 〜子どもへの愛情表現〜
  • 先の記事で少し触れた事ですが、もう少し詳しく書きたいと思います。知り合いの小学生の子どもさんが他のお母さんに抱っこをせがむのを見たことがあります。また、別の小学生のお子さんですが、営業の仕事で訪れた初対面の男性に抱っこをしてほしいというのを見かけたことがありました。前者のお子さんは小さい妹さんがいて、お母さんはシングルマザーですが恋人がいるという環境でした。小学校低学年で幼いながらも妹さんの面倒を [続きを読む]
  • 〜中学時代、許されない反抗期〜
  • 中学に入ってからはしばらくの間はいじめはありませんでした。他の小学校からも入学してくるのでしばらくは紛れていたのと、みな新しい中学校生活で緊張していたのでしょうか・・・。たまたま隣になった男の子と同じ塾だったので話があったりしてました。英語の成績が同じくらいだったので一緒に間違ったところを見直していた記憶はあります。クラスで仲良くなった女の子がいじめられていました。でも私は構わずその子と仲良くして [続きを読む]
  • 〜精神崩壊の危険信号の数々〜
  • 生い立ちの中でも書いていこうと思いますが、両親は毒親だと思いますが、学生時代に学校に行かせてもらったり、物を買ってもらったり・・・。その恩は忘れません。特に裕福な家庭だったか、と言えばそうでもないと思いますが、金銭面で生活に困ることはありませんでした。その面では両親を感謝するところもありますし、自分が同じ水準の生活を子どもにさせてあげたいと思っても正直容易ではありません。その点は自分に出来ない事を [続きを読む]