おこ さん プロフィール

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おこさん: 毒親育ちの日々毒抜きブログ
ハンドル名おこ さん
ブログタイトル毒親育ちの日々毒抜きブログ
ブログURLhttp://mtloaday.hatenablog.com/
サイト紹介文アラフォーバリバリのアダルトチルドレンです。負の連鎖を止めるべく、毒親由来の猛毒を着々と毒抜き中
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供107回 / 143日(平均5.2回/週) - 参加 2016/10/31 10:59

おこ さんのブログ記事

  • 毒親下で中学受験を終えたみんなへ
  • 中学受験をした子の中には、毒親から暴力や暴言をあびるような環境下で頑張る人もいたと思います。でも・・・お疲れ様でした!やっと終わったね!!中学に合格した子も、残念な結果になった子も、「一生懸命頑張った」ことにまったく変わりはありません。本当に、お疲れ様でした。頑張ったという経験は、形を変えて、色々なところであなたの強い味方となってくれるでしょう。そして、毒親と一緒に過ごしたひどい毎日を乗り越えられ [続きを読む]
  • 新たな出会いと成長の場
  • 中学では、新しいお友達がたくさんできました。席が近くのお友達、小さな休憩時間に一緒にいるお友達、教室移動がある時に一緒に移動するお友達、お昼を一緒に食べるお友達。中学受験を終えて毒親の毒親熱も若干冷め、ストレスがぐんと減ったおかげでいったん気持ちがリセットされたのでしょうかね?入学当時はワクワクしていました。中学入学の時点では、友達に話しかけるとか、友達をつくるということに抵抗はなかったような記憶 [続きを読む]
  • 謝れない、向き合えない。
  • 中学合格は私としてもかなり嬉しく、これからの新しい生活にもそれなりに胸を膨らませました。(家から出られるのが嬉しかったというところがデカい。)ただ、小学校のお友達と全然違う場所へ行くのだという切なさも多少あり、どうなるのかなぁ…という、漠然とした不安もありました。中学合格の結果をもらってから小学校卒業まで、どのくらいの期間があっただろう?私はその間、何をしていたのかな。実は、受験中はかなりストレスフ [続きを読む]
  • 中学合格!
  • 長きにわたる中学受験の末、おこは無事、目的の中学校へ合格することができました。わたしも母親もほっとひと安心。母は軽く目に涙をためていました。母は毒親なりに暴力暴言をふりかざしながらも頑張って仕事や子育てをしてくれました。私は「受かった」という安堵感。ただひたすら、「あぁ、やっと受験が終わった・・・・・」と。そしてもうひとつ嬉しいことが。実は、合格した中学校と実家はかなりの距離離れていたので、入学す [続きを読む]
  • ありがとうございます。
  • おこのブログをはじめてから3ケ月が過ぎました。がっつり重いブログなのに、見に来てくださる方がいて心強いです。自分としては暗いつもりはなく、淡々と、冷静に、慎重に、過去を整理している感じです。おかげさまで、小学校時代までのおこはかなり安定しました。けど、思いついたままをただ書いているだけなこともあり、「これは後でまた書きます」と書いて言いっぱなしになっているものも結構ありますね。。これはブログとし [続きを読む]
  • 難しい、難しい
  • (「これは本当にフィクションなのか」の続きです)そして、「愛を乞うひと」最後のクライマックスシーン。虐待を受けて育った照恵が豊子と再会した時、照恵がどういう反応をするのかと興味津々で見てました。そしたら・・・照恵が過去を手放した!深草はすくすくと普通に育っているのに、やっぱり心のどこかで自分は豊子の血が流れているという気持ちに囚われていた。その気持ちを、豊子に会うことでどのように治めるのかが見も [続きを読む]
  • これは本当にフィクションなのか
  • 「愛を乞うひと」のドラマ、見ました。なかなか、でしたね。。豊子が発する何気ない言葉のひとつひとつが私の母と重なり、本当に驚きの連続でした。こうして色々なブログやドラマなどを見ていくと、毒親はある程度パターン化されていることに気づかされます。同じような人と毒親の話をしたら、あーそれそれ!って盛り上がれるのかな?今回は、「愛を乞うひと」のドラマを見て思ったことについてつらつら書いていこうと思います。 [続きを読む]
  • 愛を乞うひと
  • 遅ればせながら2017年、明けましておめでとうございます。オリンピックまであと3年。海外のアスリートが日本の地を踏む頃には、私の毒抜きを完了してしおきたいところです。さて、本日11日は、毒親育ちの私にとって興味深いスペシャルドラマ「愛を乞うひと」が放送されます。どんな感じなのだろう。そして私は何を思うのか。見てみたいと思います。www.ytv.co.jp本年もよろしくお願いします! [続きを読む]
  • 毒親育ちの小学生総括
  • 子供は、親との相性は大切です。私はどうしても共鳴できずでした。高学年にもなると、自分の過程が少なからずおかしいなぁということに気づけます。6年になる頃にはもう母親の言動が理不尽で無茶苦茶なことも分かっていました。(小学生って、小さいようでよく分かっているのですね。)力でも勝てないし、経済力なんて皆無な子供は、親から何かを強要されたら従うしかない。言葉が強すぎるけど、これって監禁状態とほぼ変わりませ [続きを読む]
  • 毒親を殺そうかと思ったとき
  • 精神的に八方ふさがりで発散する場所がなくなっていた私は、小学校でも友達といざこざを起こすようになっていきました。先生から電話がある度、母親は泣きます。泣いて泣いて、「なんでそんな子になっちゃったの!」と聞くのです。でも分からないんですよね。なんでそうなっちゃってるのかが。私は友達とも仲良くしたい。もう混乱状態です。ある時、休日にお昼寝をしている母親を見て、それから台所に目を向けて、ふと殺意を抱きま [続きを読む]
  • 毒親である母の心にこびりついた「寂しさ」と「強い想い」
  • (この記事の続きです)母は、キレずに私達と話ができる時は、バカにしたように父の文句を言っていました。たまに面白い話もあるので笑ったし、そういう文句を年中聞いていると、私達も父のことをそんなに良い人間ではないのかなという目で見るようになりました。ま、子供を母から守れない人だったしね。。でも、ひとつ忘れてはならないのは、母も自分の気持ちに寄り添ってくれる人がいなくて寂しかったということだと思います。じゃ [続きを読む]
  • 父と母の距離が遠のいていく
  • 私の中学受験時代は、妹と私の間の亀裂が深まっていっただけでなく、母と父の仲が急激に悪化した時期でもありました。あれは何故だったのでしょう?多分、教育方針の大きな違いや子育ての価値観が違うということだったと思うのですが。母が父と結婚した理由は、なんとなく分かります。父親は周囲の人と仲良くできるキャラなので、そういうところが良かったのだと思います。母親には皆無な社交性。笑顔。若かりし頃、人と上手に [続きを読む]
  • あたたかい部屋で笑って
  • 親の理不尽な強要・脅迫・暴力に満ちた家で育ったわたし。こういう家で私が毎日寝泊りすることができたのは、子供というものが、無知で、人生のすべてが家族だから、という他に理由はないでしょう。子供への最高の贈り物は、サンタさんからのおもちゃよりも、親からの適切な愛情だと思います。「いつもありがとう」という言葉をかけてもらうだけで、子供はどんなに誇らしく思えることか。食卓の準備をテレビ観ながらダラダラして [続きを読む]
  • ナゾの大人扱い
  • 汚い話で思い出しましたが、母親は、6年生になった私を悪い意味で大人扱いしました。つまり、大きくなったんだから、もう何でも普通にできるのが当たり前でしょという体で話をしてくるのです。例えば、こうです。ホットケーキや卵焼きくらいしか作れるものがない私に、「あんた何でそれしか作れないの?」と鼻で笑う「もうすぐ中学なのに、それだけしかできなくてどうすんの?」と聞く「包丁の使い方教えて」とお願いする私に [続きを読む]
  • ごめんね、妹
  • 小学校6年生頃になると、妹との関係も悪化。おこ幼少期〜低学年は仲の良い姉妹でした。遊ぶのはいつも一緒で、妹はすぐ泣くタイプだったので、私は妹を泣かしている奴らから妹を救い出す役。(主に小学生に入ってから)4年生以降は、こんな感じです。◆おこ4年生・受験が始まり、放課後にできた時間で、妹と楽しく遊ぶ時間が増える。・母親の暴力暴言の強さに、姉妹間で差があることに気づき始める。・姉妹間の関係は、そんなに変 [続きを読む]
  • きったなーい!
  • なんだか時間が空いてしまいました!もう年末ですね〜久々の投稿は、ちょっと汚いお話です。過去のトラウマに縛られて生きている母親は、「子供にはあぁいう想いをさせまい」という一心で行き過ぎた教育(主に勉強)を強いてきました。しかしながら、もうちょっと手前の、人として大切な、「毎日顔を洗うこと」や「毎日歯を磨くこと」や「毎日髪を洗うこと」を教えなければという意識はなかったようです。こういうところも、毒親の典 [続きを読む]
  • 親のいない放課後
  • 放課後も夜も勉強やらなきゃボコられるやってもボコられるそんな受験の日々を過ごしていたら、親のいない放課後の時間は、大声を出したり暴れたりして発散するようになりました。妹に「お姉ちゃん〇〇して遊ぼう〜♪」と話しかけられると「あーーーーー!!」と大声をあげてびっくりさせたり、机に向かっても全然集中できない時は、「あーーーーーー!!」と叫びながら家じゅうを走り回りました。最後までやり終えた参考書は細 [続きを読む]
  • 愛と温もりある未来へ
  • 虐待や貧困などが原因で、親とまともな生活が送れない子供たちの多くは、児童養護施設に保護されます。しかし、児童養護施設に行けば安心で幸せな生活が待っているかと言うと、必ずしもそうとは言い切れません。 (※写真の子と記事の内容は無関係です)「日本こども支援協会」代表の岩朝しのぶさんという方は、人生始まったばかりのまだ幼い時期に身体的・精神的にダメージを負った子達をケアするという事は、並大抵のことではない [続きを読む]
  • 母から学んだことわざ
  • 異常な暴挙が繰り広げられる環境下でも、母親から学んだ言葉があります。「井の中の蛙 大海を知らず」ということわざです。毒親でも、たまには冷静に話せます。母親「小さな世界で偉そうにしていることを、井の中の蛙っていうんだよ。」おこ「胃の中?」母親「違う。あんたバカじゃないの?井の中の"い"は井戸の"い"。」おこ「ふーん」母親「井戸の中で、蛙よりも小さい生き物に、蛙がいばっていること。井戸から出たら、蛙よ [続きを読む]
  • 「お前はもう〇〇家から外れろ。明日手続きしてくるわ。」
  • 放り出されている間に考え事をする時間があったせいか、外へ出された時の記憶は沢山ありますね。また今回も外へ出された時の話です。 しつこくてすみません。でも記憶の整理のために必要なのです。「もう学校も行くのやめろ!お前はもう〇〇家から外れろ!明日手続きしてくるわ。ほら早く出ていけ!」と母親がむちゃくちゃにキレた時、私と一緒に私の持ち物の殆どを玄関にばらまくこともありました。ランドセルも洋服も本も靴も! [続きを読む]
  • 月が動くことを知ったとき
  • 外に出されるときは、母親は平気で2〜3時間放置します。 冬でもです。あまりに寒い日は、放り出された後に時間差で玄関が開き、コートが投げ出されました。『外で暖をとれ』ということでしょうか。なんかこうして冷静に書いていると、無茶苦茶すぎて笑える時がありますね。死んだら困ると思ったのでしょうね。月が動くことを知ったのは、この時です。お天気のいい日はきれいな星空で月も見えるので、ずっと同じ場所に座ってい [続きを読む]
  • 勝手なルールでキレるな。何も知らないのに怒るな。
  • 母親は、私を散々殴って蹴ると、しまいには家の外へ放り出しました。「お前なんかもう出ていけ!どっか行っちまえ!二度と帰ってくるな!」ただ家の外へ出すだけではなくて、二度と帰ってくるなという言葉をいつも言っていました。外の世界で生きているわけがないと思う私は、大泣きしながらいやだ!ごめんなさい!と懇願するしかありません。結局、母親は私の髪の毛を引っぱって玄関へひきずり、ふんばる私を足で蹴り出し、思い [続きを読む]
  • 子供がほしい!
  • 毒親育ちでも、良き夫に出会えたので子供がほしいです。妊活はじめて6ケ月。まだだなーはやく毒抜きしろってことかな?笑基礎体温で少し気になるところがあるし、早めに病院で診てもらおうかなと思う今日この頃です。でも、子供がほしいと思える人になれて良かった。^^12月中には小学生のおこ(小)を卒業させるぞ!mtloaday.hatenablog.com [続きを読む]
  • 時間ができた放課後の、最高で最低な思い出
  • 中学受験のためにすべての習い事をやめ (過去記事:「習いごとを全部やめた」)、いきなり時間ができた放課後。母親は、もっと勉強させるために習い事をやめさせたのに、私はできた時間で妹と遊ぶようになりました。「お姉ちゃん、〇〇して遊ぼうよ〜(^0^)」「お姉ちゃん、庭で〇〇しようよ〜(^0^)」「じゃあ、〇時までね(^0^)!」ダダダッと走る今までずーーーーっと放課後のほとんどを習い事に費やしていたので、放課後に何も [続きを読む]