なの子 さん プロフィール

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なの子さん: ドイツ滞在記
ハンドル名なの子 さん
ブログタイトルドイツ滞在記
ブログURLhttp://nanohanabatakenokuni.blog.so-net.ne.jp/
サイト紹介文ドイツで体験したことなどを綴っています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 144日(平均2.9回/週) - 参加 2016/11/05 04:28

なの子 さんのブログ記事

  • 4度目の入院&3度目の手術
  • 前回に2週間ほど入院して点滴からの抗生物質を受けた後、家でも抗生物質を飲んでいました。体は完全な状態ではなかったのですが、とにかく退院できたことが嬉しくて、家事も休み休みでしたが朝から晩までこなし、それがとても楽しかったのです。病室ではなく家で過ごすことができるということ、ゆっくりと自分の家で思う存分シャワーを浴びることができること、そんなごく当たり前のことに幸せを感じ、そして家事ができるというこ [続きを読む]
  • 3度目の入院②
  • この3度目の入院は、それでもそれなりに楽しかった日々でもありました。私は4人部屋だったのですが、同室の患者さんはみんなとても親切で楽しい人たちだったのです。ご主人と息子さんと暮らしているという70代の女性、旦那さんと二人のお子さんがいる40代の女性、そして独身の30代の女性。特にこの40代の女性がムードメーカーで、豪快な笑いがとても印象的でした。また、私が一番感激したのは、みんな私が孤立しないようにと気を使 [続きを読む]
  • 3度目の入院
  • 2度目の手術を受けて退院してから10日程が経ったとき、熱と痛みがあったのか、それともかかりつけ医のところに診てもらいに行く予定だったのか忘れてしまったのですが、婦人科のかかりつけ医のところに行くと、少し問題があるかもしれないと言われました。ただ、本来なら入院する必要はなく、点滴(おそらく抗生物質)を毎日受けに来たらいいとのことだったのですが、運悪くかかりつけ医はもうすぐ数週間の休暇を取る予定で、それ [続きを読む]
  • 2度目の手術 (2度目の入院時)
  • 2度目の手術のときは、夫は仕事で他の地域にいたので、一人でそのときを迎えました。ただ、このときの記憶が全くないのです。どのようにして手術の日の朝を迎え、手術室まで行ったのか、全く覚えていません。手術は腹腔鏡下で受けました。それゆえたいした手術ではなかったと思うのですが、そのとき私は途切れることのない咳を激しくしていたので、術後はそのたびにお腹の筋肉を使うからか、ものすごく傷が痛み、それが大変でした [続きを読む]
  • 2度目の入院
  • 体外受精を試みたものの妊娠には至らず、その頃からあった発熱はその後も続き、出血の起こった卵巣付近の痛みも続きました。当時夫は仕事で遠くに住んでいて、週末しか家に帰ってこない生活で、たまたま日曜日に隣町の婦人科が緊急用に開いていたので、緊急ではなかったのですが、この状態で一人で夜を過ごすのが不安で、夫が職場のある地域へと出発する前にその医院に連れて行ってもらいました。診てもらった結果、病院に行ったほ [続きを読む]
  • もう一つの命
  • 順序が異なってしまうのですが、前回の記事で受精卵について書いたので、先にそのことを書こうと思います。受精卵を子宮に入れてもらったものの妊娠に至らず、その前からあった38度以上の熱や卵巣付近の痛みはその後も続きました。診てもらった結果、採卵の際に出血が起こった卵巣に炎症とできものが見つかり、それを取る手術を受け、その組織か何かを調べてくれたのですが、それはなんと胎児だったと言われました。当時夫は仕事で [続きを読む]
  • 受精卵を子宮に入れる
  • 体外受精とは、卵巣から卵子を取り出し、それを体外で受精させて培養し、子宮に入れるという方法で、受精卵がうまく着床すると妊娠ということになります。私の場合は10個の卵子がとれたようで、それを顕微授精して、最終的に順調に分割した受精卵が5つあったようでした。私の記憶が正しければ、本来なら採卵を受けた2日後に2つの受精卵を子宮に入れてもらう予定だったのですが、私はその採卵で卵巣から出血を起こし、手術を受けて [続きを読む]
  • 病室の謎②
  • 病室のシャワー&トイレのドアの鍵がかかっていて、トイレの水を流す音が聞こえたというのに誰も出てこなくて、中で誰かが倒れているのかと思い看護婦さんを呼びに行き、でも看護婦さんが開けてみるとすんなりと開いた不思議なドア。そして中には誰もいなかったという、狐につままれたような出来事があったそんなある時、私はまさにそのトイレを使っていました。とその時、突然反対側のドアが勢いよく開いたのです!私はこのとき初 [続きを読む]
  • 病室の謎
  • 救急車で病院に運ばれて緊急手術を受けた後、私は集中治療室に入ったのですが、次の日になんと私の近所に住んでいるという男性の訪問を受けました。私はまだ新しい家に引っ越してそれほど経っていなくて、周りも全て新しく建った家でご近所さんたちも引っ越して来て日が浅く、私は近所に誰が住んでいるのかもほとんど知らなかったのですが、彼は私の家から数軒離れたところに奥さんとまだ小さな子供たちと住んでいるようでした。そ [続きを読む]
  • 不運あるいは当然の結果
  • 救急車の中で私はずっとどうでもいいことに頭を悩ませていたのですが、病院に着いてからもまた、些細なことが気になってどうしようもなくなっていました。というのも、病院に着いて診察台に乗せてもらったとき、女性隊員さんが何かを忘れたという感じで急いで部屋の外に出てまた戻ってきたのですが、手にはクッションを持ち、「これ、あなた必要でしょう?ここに置いておいてあげるからね。だから安心してね」と言って、帰っていき [続きを読む]
  • 苦しいときに考えていたこと
  • 救急車が到着したとき、私はもうほとんど動けない状態で、2階の寝室のベッドに横たわっていました。でも隊員の方がストレッチャーを運んでいる音が聞こえたとき、どうしてもそれに乗るのが恥ずかしくなり、急いでベッドから出て階段を降り、靴も履かずに自分で救急車に乗りました。このほんの少し前は立っていることができずに倒れ、意識が遠のいていくのが分かり、死を予感したというのに、我ながらどこにそんな力があったのだろ [続きを読む]
  • 二つ目の運命の分かれ道
  • 体外受精のために採卵を受け、その採卵後からずっとあった痛みはその後も治まることはなく、就寝の準備のためにバスルームになんとか行ったとき、私は突然激しいめまいのようなものを感じました。立っているための力が全くなく、どうしてだろうと思い、子供の頃に学校の朝礼時に長い時間立っていて倒れそうになるときのような症状で、貧血なのかな?と思い下まぶたの裏を見てみたのです。そしたら、いつもは赤みをおびているまぶた [続きを読む]
  • 運命の分かれ道
  • 体外受精は、卵巣から卵子を採取し、体外で受精させ、その受精卵を子宮に戻すという方法なのですが、その採卵が終わって目が覚めたとき、下腹部に強い痛みがありました。下腹部痛は通常あるものだという説明は事前に受けていましたが、それにしてもあまりにも強く、私と同じように採卵を受けた人たちは私のようには痛がってはいなくて、少しベッドで休んだ後、普通にすたすたと歩いて帰って行きました。それなのに私は、痛み止めの [続きを読む]
  • 不妊治療を受ける
  • マイホームを建てたばかりのときに夫が職を失い、再就職先は家から通える範囲ではなく、週の間は職場の近くの社宅に住み、週末はマイホームで過ごすという生活を始めた私たちですが、こんなことをずっと続けていくわけにはいきません。それでももちろん仕事がないよりはよっぽどよく、有難いのですが、二重の生活はどう考えても無理な話でした。また、会社側から採用の条件として、”いずれ職場の近くに引っ越してくること”という [続きを読む]
  • 再就職
  • 職を失った夫は、船員という職業なのだから航海の仕事が主になるのですが、仕事を探すにあたって「今は航海の仕事はしたくない」と言い始めました。とはいえ、もっと上の資格を持っていなければ、ドイツ国内での勤務の仕事はとても少ないのです。特に私たちが住んでいた地域では皆無でした。それにしても、あれほど好きだった航海の仕事をなぜ突然に嫌だと言い出したのだろう・・・夫はまだ専門学校に通っていたときから実習で2か [続きを読む]
  • 就職、そして・・・
  • 家を建てている間、夫は専門学校を卒業し、船員として就職しました。本来なら仕事が始まる前に家が完成する予定だったのが間に合わず、後ろ髪を引かれる思いで夫は世界へと出発しました。このときは2か月半の航海で、帰ってきた頃にちょうど家が完成しました。ところで、船員の労働環境はけっこう過酷だということを、この時初めて知りました。これは夫の会社がそういった時間配分を取っていただけなのかもしれませんが、港に停泊 [続きを読む]
  • 家を建てる
  • 当時住んでいた村に土地を購入し、私たちは家を建てることになりました。夫が地元の建設会社を選び、その会社がモデルルームとして展示していたいくつかの家を見て、そのうちの一つの家を型とすることにしました。その型を元に部屋数を変えたり、床はどんなものにするか、家や部屋のドア、窓、外壁や屋根、お風呂や洗面台など、一つ一つのものを数ある中から選び、私たちの好みの家に仕上げていきました。当時夫が通っていた専門学 [続きを読む]
  • 甥っ子誕生
  • 結婚して2年が過ぎた頃、夫の両親にとって初孫となる甥レオンが産まれました。夫の兄ミヒャエルの子で、レオンの母親であるシュテフィは、逆子のため帝王切開でレオンを産んだのですが、予め分かっていた出産日を私たちにも義両親にも隠し、自然分娩のように産まれてから連絡をくれました。それで私たちも急いで病院に駆けつけました。このとき、私は初めて産まれたばかりの新生児を見たのです。第一印象は、とにかく「小さい!」 [続きを読む]
  • マイホームへの思い②
  • 就職が内定したとはいえ、まだ働き始めてもいないこの時期にマイホームを建てることについて、私も私の両親も反対でしたが、義父は賛成だったようです。ただ、義母は反対しました。でもその理由というのが、「あなたが家を建てると、ミヒャエル(夫の兄)も家を欲しがるからやめて!」でした。ミヒャエルは当時フルタイムの職に就いていなかったので、家を買う余裕はなく、義母はそのミヒャエルの反応を心配したようです。でもこの [続きを読む]
  • マイホームへの思い
  • 夫が2年制の専門学校に行きだして卒業まであと数か月という時、夫は家を建てたいと言い出しました。私がドイツ語B1試験を受けるために、その対策コースとして市民大学のドイツ語コースに再び通っている頃でした。私もいつかはマイホームを持つことができたらと思ってはいたのですが、夫が専門学校に通い始めた頃から夫と将来のことを話し合うことがあり、家を買うのは夫が就職して少なくとも5年後と私たちは決めていたのです。と [続きを読む]
  • 職業安定所を訪れる②
  • 店員としての職業教育を受ける私を受け入れてくれたお店で働くことが決まり、私は希望でいっぱいで、手続きなどのために既に何度か通った職業安定所を訪れました。私の担当者の部屋へ行き、ノックをして中に入ると、いつもは楽し気な雰囲気の担当者が怖い顔をしているのです。明らかに機嫌がとても悪いことは見て取れました。そして彼は私がまだ席にもつかないうちに、ぶっきらぼうに何やら言葉を発したのです。私は当時、再教育と [続きを読む]
  • 職業安定所を訪れる
  • ドイツ語コースを終え、ドイツ語B1試験Zertifikat Deutschをなんとか1で合格した私は、私が行くことを望んでいた大学の上級ドイツ語試験準備コースに通う条件を得たのですが、その大学は私たちが当時住んでいた州の州都にあり、家からは遠い所でした。私が日本で学んだ学科のある大学は、当時私が住んでいた地域やその周辺にはなかったのです。私の夫は当時はまだ学生でしたが、就職予定先での仕事は世界を廻るもので、その都度飛 [続きを読む]
  • 再びドイツ語コースに通う
  • 市民大学(VHS)ドイツ語初級コースを終え、次の段階に進むことを中断していた私は、再びドイツ語コースに通うことに決めました。というのも、初級ドイツ語試験(B1/Zertifikat Deutsch)を取得したかったからです。これはごく基本的なドイツ語試験なのですが、当時私はドイツの大学に入学できるといいなと思っていて、その際には高度な上級ドイツ語試験に合格する必要があり、私が調べた大学にはその試験の準備のためのドイツ語コ [続きを読む]
  • 義兄の大家族出身の彼女
  • 昔から子供をたくさん産んで大家族を作るのが夢で、結婚前は大家族スペシャルのテレビ番組をいつも好んで観てはいつか私も!と思っていた私ですが、さすがに結婚して2年近くが経っても子供が授からないとなると、不妊であることは容易に想像がつきました。ちょうどそんなとき、夫の兄のミヒャエルが、一緒に暮らしていたローラと別れることになったのです。ローラには当時ニコルという3歳の女の子がいて、ニコルはローラがミヒャエ [続きを読む]
  • 知人の子
  • ドイツに来て半年以上が経った頃、私は鈴木さん(仮名)という駐在の日本人家族と知り合いました。鈴木さんご夫婦にはゆうきくん(仮名)という赤ちゃんがいて、私が出会った当時はまだ生後3か月でした。そしてゆうきくんは、私が初めて接した赤ちゃんでもありました。今でもゆうきくんと初めて会った場面を鮮明に覚えています。とても可愛い顔立ちの男の子で、私が抱くとにこにこと笑ってくれました。赤ちゃんは存在そのものが可 [続きを読む]