borderline さん プロフィール

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borderlineさん: 御朱印ランナーの聖地巡礼〜街・山ときどきスイーツ〜
ハンドル名borderline さん
ブログタイトル御朱印ランナーの聖地巡礼〜街・山ときどきスイーツ〜
ブログURLhttp://tjar11.xsrv.jp/wp
サイト紹介文趣味の山歩きとランニングを生かして、できる限り自分の足で寺社(御朱印)を巡ります。時々スイーツも♪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供307回 / 200日(平均10.7回/週) - 参加 2016/11/08 20:57

borderline さんのブログ記事

  • 【奈良】智光曼荼羅を祀り、極楽往生を願う道場「元興寺」の御朱印
  • 平成29年4月30日奈良県奈良市の「元興寺」へ。「元興寺」(がんごうじ)は、日本最初の本格的伽藍である法興寺(飛鳥寺)が、平城遷都に伴って蘇我氏寺から官大寺に変わり、新築移転されたのが始まりだそう。また、「元興寺」の名称は『佛法元興之場、聖教最初の地』の言葉からきており、飛鳥寺→法興寺→飛鳥大寺→元興寺と名称を変えてきたとか。「東門」応永18年(1411年)東大寺西南院の門を、極楽坊正門として移築したそう。東 [続きを読む]
  • 【奈良】閻魔王とその一族を祀る「白毫寺」の御朱印
  • 平成29年4月30日奈良県奈良市の「白毫寺」へ。「白毫寺」は、天智天皇の第7皇子・志貴皇子の離宮であったなど、草創については諸説が伝わりますが、鎌倉中期に西大寺で真言律宗を興した興正菩薩叡尊が、再興・整備したとされます。弘長元年(1261年)叡尊の弟子・道照が宋から大宋一切経の摺本を持ち帰ったため、一切経寺とも呼ばれたとか。道路から長い階段を登り、更にどんどん登ります。「山門」拝観受付で拝観料400円を納め、 [続きを読む]
  • 【奈良】おじぞうぼうやのイラストが可愛い♪「福智院」の御朱印
  • 平成29年4月30日奈良県奈良市の「福智院」へ。「福智院」は、聖武天皇の御代(724〜749年頃)に、僧玄昉が建立した清水寺の遺鉢を受けた寺として受け継がれます。中世に廃壊するも、建長6年(1254年)興福寺大乗院の実信僧正が地蔵堂を造立し、古来南都における地蔵信仰の霊場であったそう。「山門」「御願地蔵尊」と手水の龍 「勝軍地蔵尊」甲冑を身に纏い、武器を手にした姿で馬にまたがるお姿であり、鎌倉時代以降、武家の信仰 [続きを読む]
  • 【奈良】義経の隠れ塔で大峯修行!「金峯神社」の御朱印
  • 平成29年5月3日奈良県吉野郡吉野町の「金峯神社」へ。「金峯神社」は、御祭神:金山彦命を祀る吉野山の総地主の神であり、一名金精明神とも呼ばれるそう。金峯とは、吉野から大峯山(山上ヶ岳)にかけての総称であり、古来、地下に黄金の鉱脈があると信じられたとか。「修行門」大峯奥駈道への分岐点でもあります。「拝殿」「義経の隠れ塔」文治元年(1185年)源義経がこの塔に隠れ、追っ手から逃れるために屋根を蹴破って外へ出た [続きを読む]
  • 【奈良】子宝の神を祀る「吉野水分神社」の御朱印
  • 平成29年5月3日奈良県吉野郡吉野町の「吉野水分神社」へ。「吉野水分神社」(よしのみくまりじんじゃ)は、豊臣秀頼により再建され、水の分配を司る天之水分大神を主祭神として祀ります。「みくまり」が「御子守」となまり、俗に「子守さん」とも呼ばれ、子宝の神としても信仰されます。「鳥居」と「楼門」「手水舎」 「拝殿」境内は四方を建物で囲まれており、拝殿は本殿に相対する形で位置します。境内をぐるっと一周します。石楠 [続きを読む]
  • 【奈良】役行者の山岳修行の道場!大峯山護持院「桜本坊」の御朱印
  • 平成29年5月3日奈良県吉野郡吉野町の「桜本坊」へ。「桜本坊」は、天武天皇が桜の吉夢を見て道場を建立し、役行者の高弟・角乗を住職に迎えたのが始まりだそう。爾来、天武・持統天皇の勅願所となり、天下泰平・万民安楽を祈る修験道の根本道場として、今日に至ります。夏には大峯奥駈修行も行われます。「山門」龍の手水L「聖天堂」1350年前、役行者により大峯奥深く「聖天の森」に祀られた日本最古の吉野聖天尊を、誰もがお参り [続きを読む]
  • 【奈良】儒学者・熊沢蕃山が隠棲した大峯山護持院「喜蔵院」の御朱印
  • 平成29年5月3日奈良県吉野郡吉野町の「喜蔵院」へ。「喜蔵院」は、金峯山寺塔頭の一つであり、承和年間(834〜848年)に智証大師円師が一宇の堂を建てたのが始まりとされ、寛文年間(1661〜1672年)には慶安太平記で有名な儒学者・熊沢蕃山が身を寄せていたそう。宿坊のほかにユースホステルも運営しています。「山門」「壽稲荷大明神」「本堂」御本尊:役行者像・蔵王権現像・不動明王像等を祀ります。【御朱印】寺務所で書置きを [続きを読む]
  • 【奈良】色鮮やかな金剛蔵王大権現が美しい「金峯山寺」の御朱印
  • 平成29年5月3日奈良県吉野郡吉野町の「金峯山寺」へ。「金峯山寺」は、吉野山から大峯山山上ヶ岳にかけての聖域「金峯山」にて、役行者が白鳳年間(7世紀後半)に修行を行い、修験道独特の御本尊:金剛蔵王大権現を感得し、その姿を山桜に刻んで、山上ヶ岳(大峯山寺)と吉野山(金峯山寺)に祭祀したのが始まりとされます。「仁王門」平成31年大修理着工予定とのことで、足場が組まれていました・・・「観音堂」御本尊:十一面観 [続きを読む]
  • 【奈良】一願成就の観音様を祀る「御厨子観音 妙法寺」の御朱印
  • 平成29年4月23日奈良県橿原市の「御厨子観音 妙法寺」へ。「御厨子観音 妙法寺」は、霊亀2年(716年)遣唐使に選ばれ、阿倍仲麻呂らと共に入唐留学により学芸を修めた吉備真備が、無事に帰国できたことに感謝し、天平7年(735年)息子:善覚律師に命じて観音堂を創建させたことに始まるそう。「みずし」の由来は、①池の端の方「水尻」にあったことから「みずしり観音」→「みずし観音」になった、②美しい「厨子」の中に観音様な [続きを読む]
  • 【奈良】浮足如来を祀る「法然寺」の御朱印
  • 平成29年4月23日奈良県橿原市の「法然寺」へ。香久山少林院「法然寺」は、法然上人が高野山へ参詣の折、聖徳太子御誕生地・橘寺へ立ち寄った帰路に、村人に念仏往生の教えを説かれた少林院という仏堂が由来とされます。その後、大永8年(1528年)知恩院・歓蓮社保誉源派上人が、夢の中で法然上人より「香久山の麓の寺はせまけれど、高きみのりを説きて弘めむ」との歌を賜ったことから、門跡を辞して御隠栖されることとなり、法然寺 [続きを読む]
  • 【奈良】日本初渡来の金銅釈迦佛を祀った「向原寺」の御朱印
  • 平成29年4月23日奈良県高市郡明日香村の「向原寺」へ。太子山「向原寺」は、欽明天皇13年(552年)百済の聖名王が朝廷に献上した金銅の釈迦佛(日本初渡来の仏像)を蘇我稲目が賜り、603年推古天皇が豊浦宮から小墾田宮に移った後地に、豊浦寺(向原寺)を建立したのが始まりとされます。しかし、疫病の流行が仏教崇拝によるとされ、廃仏派の物部氏により仏像は難波池に捨てられ、寺は焼却されたと伝わります。「山門」「薬師堂」 [続きを読む]
  • 【奈良】聖徳太子誕生の地「橘寺」の御朱印
  • 平成29年4月22日奈良県高市郡明日香村の「橘寺」へ。「橘寺」は、敏達天皇元年(572年)聖徳太子の誕生した地とされ、当時、橘の宮という欽明天皇の別宮があったが、推古天皇14年(606年)天皇の勅願により、太子が御殿を改造して橘樹寺を建立し、聖徳太子建立七ヵ大寺に数えられたそう。日本書紀では、垂仁天皇の勅命により、田道間守が不老長寿の薬を求めて海を渡り、10年後に持ち帰った種から芽が出たのが橘であったため、この [続きを読む]
  • 【奈良】日本最初の本格的寺院「飛鳥寺」の御朱印
  • 平成29年4月23日奈良県高市郡明日香村の「飛鳥寺」へ。「飛鳥寺」は、崇峻天皇元年(588年)蘇我馬子が創立した日本最初の寺であり、寺名を法興寺、元興寺、飛鳥寺(現在は安居院)とも呼んだそう。近年の発掘調査により、創建時には塔を中心に東西と北に金堂を配する日本最初の本格的寺院であり、外側に回廊を巡らせ更に講堂を含む壮大な伽藍であったとか。「山門」「鐘楼」延享2年(1745年)の建立だそう。「万葉池」水をそれぞ [続きを読む]