奈良学舍 さん プロフィール

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奈良学舍さん: 久遠の友
ハンドル名奈良学舍 さん
ブログタイトル久遠の友
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/hideken118/
サイト紹介文日蓮、法華経に導かれて
自由文日蓮、法華経を一人で信仰して学び、生きる糧としている会社員です。
特定の宗派とは一切関係ありません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供164回 / 167日(平均6.9回/週) - 参加 2016/11/09 22:38

奈良学舍 さんのブログ記事

  • 日本第一の法華経の行者
  • ◇日本の国民性の一つとして「大勢を見て身の振り方を決める」「右見て左見てはい、一歩」というものがあります。「赤信号みんなで渡れば怖くない」ですね。まずは「私はどう見られているのか」が、思考の基準となっているようです。それはそれで、この広いようで狭い国土で、お互いが近い関係で生きているという環境要因が作用しているのでしょう。しかし、果たしてこれだけを基準としていたら「自らの生を自らが生きている」とい [続きを読む]
  • 安穏の地
  • 法華経 如来寿量品第十六我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり園林諸の堂閣 種々の宝をもって荘厳し宝樹華果多くして 衆生の遊楽する所なり今年もまた、新緑が目にまぶしい季節になりました。毎年繰り返される光景、だけど、その度に新しい力を与えてくれます。経典も然り。人生の春夏秋冬で拝するごとに「何か」を与えてくれます。久遠仏の教えにつつまれる人生は幸の日々です。 [続きを読む]
  • 妙覚の須弥山・大涅槃の大海
  • 導師日蓮その人から見れば「破たる船に乗って大海に浮び、酒に酔る者の火の中に臥せるが如し」(一谷入道御書)との、当時の日本の仏教及び信ずる人々の状態。そのような環境に埋没することなく仏教に高低浅深・正邪善悪のあることを知り、「日蓮是を見し故に忽に菩提心を発して此の事を申し始めしなり」(同書)と、いわば「よし、世の嘆き、苦悩をば、私が真実の法によりて救済せん」と立ち上がった時、どこにも頼るべき人はいない、 [続きを読む]
  • 生死に出入すれども怖畏の想なけん
  • ◇人間がこの世に登場して、言葉ができて、思考も発達して、多くのことを経験して「これが理想だ」と、誰しもが思うところを文書化したもの・・・。経典とは「目的の書」とも呼べるでしょうか。人間が「こうなればいいな」「こうしたいな」「願いが叶えば」「なんとかよくしたい」その理想を、長年の念願を記した書である「目的の書」ですね。その経典は一千年以上も前から存在していたわけですが、現代を生きる私達は、「いつでも [続きを読む]
  • 不可思議の功徳力
  • 無量義経 十功徳品第三善男子、第二に是の経の不可思議の功徳力とは、若し衆生あって是の経を聞くことを得ん者、若しは一転、若しは一偈乃至一句もせば、則ち能く百千億の義に通達して、無量数劫にも受持する所の法を演説すること能わじ。所以は何ん、其れ是の法は義無量なるを以ての故に。善男子、是の経は譬えば一の種子より百千万を生じ、百千万の中より一一に復百千万数を生じ、是の如く展転して乃至無量なるが如く、是の経典 [続きを読む]
  • 釈迦如来の御所領
  • 日蓮遺文『釈迦御所領御書』「是れ我が有なり其の中の衆生は悉く是れ吾子なり」等云云。この文のごとくならば、この三界は皆釈迦如来の御所領なり。寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在り」等云云。この文のごとくならば、乃至過去五百塵点劫よりこのかた此の娑婆世界は釈迦菩薩の御進退の国土なり。◇毎日見る平凡な風景、どこにでもある日常の光景。そこが「この三界は皆釈迦如来の御所領なり」との教示です。といわれても、中 [続きを読む]
  • 縦に三世、横に一閻浮提を照らす光明
  • 日蓮遺文『兄弟抄』心の師とはなるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり。設ひいかなるわづらはしき事ありとも夢になして、只法華経の事のみさはぐらせ給うべし。サンスクリット語ではパラミター、漢字では「波羅蜜」とされるものは、菩薩行での基本的な徳目とされていて「般若経」では「六波羅蜜」。大方広仏華厳経では「十波羅蜜」となります。六波羅蜜は「布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」の六つの実践徳目ですね。・ [続きを読む]
  • 衆生の遊楽する所
  • 法華経 如来寿量品第十六我此土安穏 天人常充満園林諸堂閣 種種寳荘厳寳樹多華菓 衆生所遊楽我が此の土は安穏にして 天人常に充満せり園林諸の堂閣 種種の寶をもって荘厳し寶樹華菓多くして 衆生の遊楽する所なり如来寿量品第十六の自我偈の一説を拝していると、「ああ、なんか包まれているなあ、心が満ちている」との喜びが涌いてきます。どこに行かずとも、娑婆世界が、私達の日常のこの生活の大地が、そのまま寂光土であ [続きを読む]
  • 閻浮提の人の病の良薬
  • ◇「時代は病んでいる」とはよく聞く話ですが、「病んでいる」のならば、良き医者による良き治療が必要となります。時代という「確たるものがない」「形としては存在しない」ものに対する治療、投薬。それはつかみどころがないものだけに、甚だ困難なものに思われます。しかし、つかみようがないといっても、時代をつくるもの、それは人間です。人間が病む、即ち時代が病む。人間が蘇る、即ち時代が蘇ることともなるでしょうか。こ [続きを読む]
  • 諸の衆生は世世より已来常に我が化を受く〜久遠回想の歓喜
  • 「向こう三軒両隣」「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」との「江戸の長屋」みたいな付き合いとは次元が異なりますが、「日蓮が法門」を核にした同信の友の絆、結束は固いものがあります。南無妙法蓮華経・・・この発音が独特、その「リズムの持つ力」なのでしょうか。口唱するほどにテンポも軽やかに、唱え出だされた自身の音声、友の音声がミックスされて我が耳に入り、それが更に精神世界を耕して、グングンと高揚感 [続きを読む]
  • 十方は依報なり衆生は正報なり
  • 日蓮遺文『瑞相御書』夫十方は依報なり衆生は正報なり。譬へば依報は影のごとし正報は体のごとし、身なくば影なし正報なくば依報なし。又正報をば依報をもって此れをつくる。(建治元年・1275)万物の共生・・・・地球上で暮らす生きとし生けるものは、ありのままでいて、調和しながら生きているものなのでしょう。当然、そこには食物連鎖があり、生死があり、生命のつながりがあり、自然界の運行、春夏秋冬、雨、風、海、山、川、平 [続きを読む]
  • これほどの悦び
  • 日蓮遺文『種種御振舞御書』されば日蓮貧道の身と生れて父母の孝養心にたらず、国の恩を報ずべき力なし。今度、頚を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん。其のあまりは弟子檀那等にはぶくべしと申せし事これなりと申せしかば、左衛門尉兄弟四人馬の口にとりつきてこしごへ(腰越)たつ(竜)の口にゆきぬ。此にてぞ有らんずらんとをも(思)うところに案にたがはず兵士どもうちまはりさわぎしかば、左衛門尉申すやう只今なりとなく。 [続きを読む]
  • 実乗の一善
  • 日蓮遺文『立正安国論』汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰んや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全、心は是れ禅定ならん。此の詞・此の言信ず可く崇む可し。仏国となるべき国、宝土となるべき国それはどこか遠い彼方、夢の中の世界、子供に読み聞かせる物語の世界の国ではありません。私達の住む、この三界(欲界・色界・無色 [続きを読む]
  • 久遠の道場
  • 法華経 如来神力品第二十一所在の国土に 若しは受持・読誦し解説・書写し 説の如く修行し 若しは経巻所住の処あらん若しは園中に於ても 若しは林中に於ても若しは樹下に於ても 若しは僧坊に於ても若しは白衣の舎にても 若しは殿堂に在っても若しは山谷曠野にても 是の中に皆塔を起てて供養すべし所以は何ん 当に知るべし是の処は即ち是れ道場なり諸仏此に於て阿耨多羅三藐三菩提を得諸仏此に於て法輪を転じ 諸仏此に於て [続きを読む]
  • 精進の鎧
  • 法華経 従地涌出品第十五 爾の時に釈迦牟尼仏 弥勒菩薩に告げたまわく善い哉善い哉 阿逸多乃し能く仏に是の如き大事を問えり汝等 当に共に一心に精進の鎧を被堅固の意を発すべし如来今 諸仏の智慧諸仏の自在神通の力 諸仏の師子奮迅の力諸仏の威猛大勢の力を顕発し宣示せんと欲す身には『精進の鎧』をつけ、心は道心『堅固』に。諸仏より『智慧』と『自在神通の力』、『師子奮迅の力』、『威猛大勢の力』を頂く。すごいですね [続きを読む]
  • 四法を成就せば
  • 何かと物騒な世情となってきました。このような世相、このような時代にこそ、久遠仏を拝する「日蓮が一門」の還るべき原点は、「法華経」と「日蓮遺文」ですね。ここで「四法」を思い出しましたので、確認してみたいと思います。【 普賢菩薩勧発品の四法成就 】◆普賢菩薩勧発品第二十八◎は経典⇒は意訳()内は私なりの読み方です。◎唯願わくは世尊、当に為に之を説きたもうべし。若し善男子・善女人、如来の滅後に於て云何し [続きを読む]
  • 日蓮に連なりし人々
  • 日蓮が「立正安国論」の冒頭に記した、「旅客来りて嘆いて曰く。近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり。死を招くの輩・既に大半に超え、悲まざるの族敢て一人も無し」という惨状に、どれほど多くの人が心を痛めたことでしょうか。「天下の災・国中の難、余独り嘆くのみに非ず衆・皆悲む」とあるとおりです。彼らは祈ります。西土教主の名を唱え東方如来の経を誦し [続きを読む]
  • 六牙の白象王に乗りし人々
  • 佐渡流罪・・・失なき日蓮が流罪に処せられるという理不尽なる仕打ち。しかしながら、「何れの経をも行ぜよ、仏法を行ずるには分分に随って留難あるべし。其の中に法華経を行ずるには強盛にさうべし、法華経ををし(教)への如く時機に当って行ずるには殊に難あるべし」(種種御振舞御書)ですので、これも「その人が法華経の行者たるの証明」であり、また「その人物の偉大さ」に比例したものとも言えるのかもしれません。と同時に、声 [続きを読む]
  • 六牙の白象
  • 法華経 普賢菩薩勧発品第二十八普賢菩薩・・・十方世界に普く広く出現し、種々の方便力で持経者を守護し、衆生を救済する菩薩です。特徴的なのは、六牙の白象に乗って登場し、法華経の行者を守護すると説かれていることです。この六本の牙は六波羅蜜を、白は一切衆生救済というその誓願を、象は「実践、修行」の象徴です。象は無敵で、誰人も邪魔をしたり、妨げたりすることはできません。一般の寺院では、智恵の象徴・文殊菩薩、 [続きを読む]
  • 真浄の大法
  • 法華経 如来神力品第二十一 我等も亦自ら是の真浄の大法を得て 受持読誦し解説書写して 之を供養せんと欲す一面的な捉え方として今日的には、受持?信仰読誦?拝する解説?個人で、友と学ぶ書写?PC、スマホ等で学ぶ供養せんと欲す?ブログ等で日々、学び讃えるということになるでしょうか。拝する度に思いますが、法華経の一言一句は心に残りますね。『真浄の大法』とは、まさに妙なる表現だと思います。何かネガティブなこと [続きを読む]
  • 虚空の無辺なるが如し
  • 法華経 分別功徳品第十七 世尊無量 不可思議の法を説きたもうに多く饒益する所有ること 虚空の無辺なるが如し『経験値の限界を超越して十方世界を心に収める』『三世・一閻浮提も我が一心にあり』法華経を拝していると、言い知れない感慨が込み上げてまいります。不思議ですね。今日も一日、久遠仏の慈悲に包まれ、導師日蓮に導かれながら。 [続きを読む]
  • 無始の善根皆変じて金色となり
  • 日蓮遺文『妙法尼御前御返事』法華経の第七の巻に云く「我滅度の後に於て応に此の経を受持すべし、是の人仏道に於て決定して疑有ること無けん」云云。中略法華宗は此れ等の宗宗にはにるべくもなき実語なり。法華経の実語なるのみならず一代妄語の経経すら法華経の大海に入りぬれば法華経の御力にせめられて実語となり候。いわうや法華経の題目をや。白粉の力は漆を変じて雪のごとく白くなす、須弥山に近づく衆色は皆金色なり。法華 [続きを読む]
  • 自灯明 法灯明
  • 日蓮遺文『聖人御難事』日蓮末法に出でずば仏は大妄語の人、多宝十方の諸仏は大虚妄の証明なり。仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人但・日蓮一人なり。「日蓮一人なり」法華経を身で読み、法華経説示の難を受け、久遠仏の教えを証明した日蓮。その強き生き方は法華経身読と同時に、まさに自らを灯明とし、法を灯明とするものでもあったと思います。久遠仏を拝し、導師日蓮に連なる『自灯明 法灯明の [続きを読む]
  • 和顔にして為に説け
  • 法華経安楽行品第十四 若し比丘 及び比丘尼 諸の優婆塞 及び優婆夷国王王子 群臣士民有らば微妙の義を以って 和顔にして為に説け若し難問すること有らば 義に随って答えよ「和顔にして為に説け」法華経の中でも好きな言葉です。怒り、悲しみ、諦め、嫉妬、批判が渦巻く世の中。これも世界の一方の現実です。そんな中だからこそ経典を開き、法華経を拝して心田を耕し、久遠仏の慈悲に包まれ、心豊かに和顔で生きてゆきたい。 [続きを読む]
  • 日蓮一度もしり(退)ぞく心なし
  • 日蓮遺文『弁殿尼御前御書』第六天の魔王、十軍のいくさをを(起)こして、法華経の行者と生死海の海中にして、同居穢土をと(取)られじ、うば(奪)はんとあらそう。 日蓮其の身にあひあ(当)たりて、大兵をを(起)こして二十余年なり。日蓮一度もしり(退)ぞく心なし。しかりといえども弟子等・壇那等の中に臆病のもの、大体或はを(堕)ち、或は退転の心あり。 尼ごぜんの一文不通の小心に、いまゝでしり(退)ぞかせ給はぬ事申すばかりなし [続きを読む]