oisis さん プロフィール

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oisisさん: 辺見庸 研究
ハンドル名oisis さん
ブログタイトル辺見庸 研究
ブログURLhttp://eger.hatenablog.com/
サイト紹介文辺見庸の世界を旅します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供78回 / 131日(平均4.2回/週) - 参加 2016/11/13 13:28

oisis さんのブログ記事

  • 78.「誠実」をめぐる虚実
  •  辺見庸はおもに二つの著作のなかで「誠実」について述べている。玄妙な詩、技巧的で晦渋な表現を組み込んだ鋭い批評や、衒いながらの小説、それらとは逆に、譫言や自らの「痴態」をときに記してきたブログ「私事片々」からは一見程遠い「誠実」ではあるが、彼はそれをどのように語っているのであろうか。 辺見はまず「誠実」の変質を、商品の物神化と商品呪縛(商品フェチ)との関連で指摘し(『しのびよる破局』、52ページ) [続きを読む]
  • 77.シベリアと香月泰男(その2)
  •  辺見庸による香月泰男の絵(「1945」)については前述したが、評論家・ロシア文学者である内村剛介は香月の絵のことを次のように述べている。内村も敗戦とともにソ連に抑留され、11年間をソ連内の監獄・ラーゲリで過ごし、1956年末、最後の帰還船で帰国した 香月の絵の残酷はもうひとつの残酷を打ち消すために惹き起こされてくる残酷なのだ。「この飢えて死んだ兵士たちのむくろは、かつて勝ちいくさのときには無残な加害者でも [続きを読む]
  • 76.シベリアと香月泰男(その1)
  •  香月泰男は1943年に応召、満州に送られ、敗戦後シベリアに俘虜として抑留されたのち帰還した。その間、約4年であった。 辺見庸が、香月について記しているのは全著作の中で次の箇所だけである。 画家の香月泰男(一九二〜七四年)はかつて「1945」と題する不気味な画を描いた。画面いっぱいに、顔をはじめからだじゅうに無数の線条をはしらせた男が横だおしになっている。香月が『私のシベリヤ』(筑摩書房)で(同著 [続きを読む]
  • 75.辺見庸「父を問う」NHKの番組について(その2)
  •  辺見庸の母がポツリと、「あのひとはすっかり変わってかえってきた。化け物のように変わって」・・・そのような口吻で復員してきた夫について呟いたと、辺見は『1★9★3★7』で記している。 この記述から、敗戦で帰還した辺見の父の心の葛藤、荒みの一端が読み取れるのだが、そのことについては番組では触れられなかった。 父と息子との情愛と反発。一般の父子にみられることに類比・収斂したり、戦争での加害性への言及を [続きを読む]
  • 74.辺見庸「父を問う」(NHKの番組)について(その1)
  • 辺見庸の印象 無精ひげ、右半身のマヒ、右目の視力低下、口の乾き、不如意に右唇から唾液が出るのを何度かぬぐう等、大病の後遺症や72歳の高齢を感じさせた。ただし、話の内容は示唆に富むものであった。 愛犬とともに出演。(家族が家を出てから久しく、独居している寂しさを愛犬を飼うことによって癒す暮らしぶりを窺わせた)。 ダーク・アンド・エンプティの時代。だからこそか、むき出しのコンクリートブロックの壁で囲ま [続きを読む]
  • 73.逸見庸:TV出演(3月12日)への視角
  •  逸見庸が、病をおして近々NHK教育テレビに出演する(2017年3月12日:再放送3月18日)。テーマは「父を問うーいまと未来を知るために」。 辺見庸は、亡父をどのように語るのであろうか?NHKはこの時期、どのような番組作り・編集をする(できる)のだろうか? 辺見の父は1943年に出征した。外発的・強制的に戦争に駆り出された。 ほとんどの者が、内心、理不尽さを感じつつもそれを嚙み殺しつつ応召した。人間の存在のあり [続きを読む]
  • 72.洞察の分水嶺(その3)
  •  辺見庸は虚偽や衒いなどについてこんなことを語っている。 人間の問いと応答は、そのなかに千態万様の(問いじたい、応答じたいの)虚偽や街いプレやズレ、多少の演技をふくみもつものであろうし、それはそのまま人間存在の「根」そのものの危うさと妖しさにつながるだろう(『増補版1★9★3★7』201ページ)。 ここでの「問いと応答」は他者とだけではなく自己自身も含まれると考えられる。 ところで、評論家の近藤洋太 [続きを読む]
  • 71.洞察の分水嶺(その2)
  •  辺見庸が記した「永山則夫の処刑」に比べ、 評論家・近藤洋太の記述は、まさに「虚言」であり上滑りしている。 彼は、死刑囚の永山則夫にたいする小山俊一の姿勢に疑問をもち、それを投げかけている。 たんに生きること(考えること)を放棄しようとしているだけの死刑囚になぜ「驚嘆」し「震撼」させられるのか。小山の思想の真髄は、このようなところにはないはずだ。(No.70『前掲書』) 何という物言いであることか。この [続きを読む]
  • 70.洞察の分水嶺(その1)
  •  評論家の近藤洋太は、小山俊一の思索の書である『EX-POST通信』の一節についてこんなふうに書いている。「私は彼の反国家的・反社会的な言説に必ずしも賛成ではない。たとえば、「EX-POST通信」No. 4の次の一説などがそうだ。」(……私たち生き残った戦争世代の者の処世(ママ:原文は処生)上の最低綱領は〈国家のために指一本うごかさぬこと〉の外になく、思想上の最低綱領は〈「民族」「国民」を志向するいかなる動向にも加担 [続きを読む]
  • 69.イメージが論理を駆逐する
  •  辺見庸は、メディア状況のなかで、「私が最も耳をそばだてているのは、ジヤーナリズム論では、レジス・ドゥブレである」と言っている。 そのフランスの思想家レジス・ドゥブレは、「世界を人間の意思の力で変えようとする運動は、活版印刷の終焉とともに幕を閉じた」とも述べているが、そのことに関連して、辺見庸は次のように続ける。 彼はテレビについて述べたなかで、「イメージが論理を駆逐している」ということを指摘して [続きを読む]
  • 68.辺見庸の謬漏
  •  「品行の問題(自己否定による個の深化不徹底)」と「突き抜けられなかった」ことは、辺見庸にとって個のフレイジル(fragile)な面としてあらわれている。前項ではそのことについて述べた。 加えて、これもすでに指摘してきたところであるが、彼の思考の基盤にかかる脆弱性について、どうしても指摘しておかなければならない。〇平成天皇に思わず手を振り、武田泰淳の靖国神社参拝を容認する発言をしている。〇「鹿野武一が常 [続きを読む]
  • 67.感覚の最深部
  •  透徹した思索者の一人として、辺見庸は、現行憲法の改定に断固反対し、天皇ヒロヒトの戦争犯罪を厳しく指弾する。また、このままではファシズムの危険および人類滅亡が必至であると警告している。さらに、いかなる場合でも(たとえ南京虐殺の首謀者であっても)死刑には絶対反対である。確定死刑囚の大道寺将司の詩作(句集)も支援してきた。 そんななか辺見は、人倫、誠実こそ、基本的に、生きるうえで必須のことであるとも述 [続きを読む]
  • 66.辺見庸における「延性破壊」
  •  最近、辺見庸は「延性破壊」を内的世界に起こしつつあるようにみえる(延性破壊とは塑性変形を起こし、材料の著しい伸びや絞りを伴う破壊のことをいう)。 かつて辺見庸は、吉本隆明や埴谷雄高の晩年の変質を嘆き、批判していた。しかし、辺見の最近の(晩年の)変質は、彼らと異なるもののautonomyの揺らぎを感じる。(いまさらdignified や、ましてやnoblesse obligeを、とは言わないが)。 最近何度かインタビューを受け [続きを読む]
  • 65.二人の「ポムチェジャ」
  •  吉田松陰 安政の大獄における悲劇のヒーロー、近代日本の先覚者のように受け取られているが、実は彼は、朝鮮半島やアジアへ侵略思想の創始者なのだ。 日本という国の悲惨さは、いちじるしく知性を欠く政治家とマスメディアに支配されているにとどまるのでなく、みずからの近現代史の実相と、その朝鮮半島、中国とのかかわりの深層を、あまりにも、じつにあまりにも知らず、謙虚に知ろうともしていないことである。この国は、せ [続きを読む]
  • 64.スポーツ競技の危険
  •  スポーツが法律問題として大きく社会問題として取り上げられるようになった。そんな折、知人の弁護士が『?平和学?としてのスポーツ法入門』という本を出した。「スポーツ法」のことや「スポーツの平和創造機能」について述べられている。 スポーツの「功罪」については以前から論じられてきたが、この本では主にスポーツのもつ「功」について「平和の創造」という新しい視点から展開されている。 「スポーツでの勝利は、確 [続きを読む]
  • 63.ファシズムの快と自省
  •  辺見庸は述べる。 何度もくりかえしますが、ファシズムというのは、けっしてでたらめなやつだけがやっていたわけではないのです。ファシズムにはファシズムなりのある種のロマンというものがあった そのことを忘れないようにしたいとぼくはおもうのです。「ファシズムにはいかなる精髄もなく、単独の本質さえない」、それは「ファジーな全体主義だった」とイタリアの作家ウンベルト・エーコーは指摘したことがあります。つけく [続きを読む]
  • 61.COP21への裏切り
  •  マスメディアは、連日、米国の「移民、難民の受け入れ拒否」や「反グローバリズム(貿易、経済、金融)」を報じている。 トランプ大統領は、目先の利益と利己を求める大衆にすり寄り(または体現し)、失われた「米国ロマン」の復権を訴えている。まさにヒトラーの言動そのものである。 アメリカファーストの実相が「アメリカの利己主義・排外主義」であることは、経済・社会・金融・軍事面だけではない。地球環境の保護、改善 [続きを読む]
  • 60.「不条理な」苦痛
  •  今日の世界情勢として政治の右傾化、排外主義の台頭がある。それは「トランプ現象」に顕著に表れているのだが、日本にも当てはまることである。 逸見庸は『いま、抗暴のときに』で、次のような主旨のことを述べている。十数年も前のことだ。 ドブレは前掲書で憂いがちにいっていた。「技術の進歩は不可逆だが、政治は可逆的なものだ。つまり、政治には進歩はないということだ」。人間的なるものは技術的進歩に追いついていない [続きを読む]
  • 60.ロマンチシズムの力
  •  「ぼくらの年になると、とにかく無事に暮らせればいい、という気持ちが片方にあって、そういう気持ちを引っぱって行くだけの力は、ロマンチシズムにはないんですよ。だからどうしても破壊ということになっちゃう。」(五木寛之との対談で)。 武田泰淳『武田泰淳全集』別巻二、筑摩書房、1979年、107ページ。 この武田の発言は、五木寛之が、当時の若者たちのなかに、日本浪漫派や国際浪漫派とでもいうべき人が出てきている [続きを読む]
  • 59.反照者たち
  •  憧れの感情は心に一条の光となって生きる動力となる。それはロールモデルの底辺にも存在する。憧れの対象に向かって投げかける光線は穏やかだ。 それに反して自己がさりげなく投げかけた光線が衝撃の反照となることがある。自己の根底を照らす光の束であり、自己にとって心の内奥にまで入り込む。反照者は実在の人で知遇を得た人である場合もあるし、そうではなく書物の中で知った人である場合もあろう。 縁を得た人は幸いであ [続きを読む]
  • 58.十字架
  •  石原吉郎はふつうに生きることを否定した。生きていることがむしろ不正常だという考え方が、経験的にも彼にはあった。石原という非生産的でネガティブな人、あらかじめ緩慢な自死を定められてきた人―。知る限りで何人か思い浮かぶけれど、たとえば尾形亀之助がそうだったのではないか。(中略) ただ、尾形の正確な末路はよくわからないけど、いわゆる自餓死と言われている。ハーマン・メルビルの『バートルビー』にも喩えられ [続きを読む]
  • 57.講演会(1月30日)のこと
  •  辺見庸の右目が見えなくなった、体を激痛が走る、「エベレスト」にも登っていない、という。右目は手術し入院は7日ほど。左目も問題ありとのこと。 今年の1月7日から再開されたブログ「私事片々」は2017年1月23日で途切れ、その後、更新されることなく消えた (例のごとく突然に。だが、今回はすこし様子が変だ)。  身近な家族が辺見から去って久しい。不自由な体では歩くこともままならない。マックでダブルチーズバーガーや [続きを読む]
  • 賛意、同感の表明
  •  辺見庸の批判は身体を賭けた批判であり「剛速球」であるが、一方では、賛意を表し、または高く評価している人や作品はある。これにより辺見庸の思考の骨組みが見えてくる。 辺見庸が自分の著作の中で、一定以上の字数または言及する頻度(表現された語に込められたニュアンスがそれに加わる)で、人や作品を以下の4つのカテゴリーで考えてみよう。 辺見庸による賛意や評価は、作品の芸術性そのものでの文芸評論だけではなく [続きを読む]
  • 辺見庸氏の著作(本文)の中で出てきた作品リスト
  • 資料1* 辺見庸氏の著作の本文の中で出てきた作品(辺見庸氏以外の著者の著作物)は次記のとおりです。*一部を除き基本的に辺見庸氏の著作(本文)において書名が記されたものを掲げ、それらの表記形式は、基本的には記載通りの形式にしています。* 本文の注記において記載されている本(作品)は掲げていません。* 本文に記載されているにもかかわらず、掲載漏れの文献があるかもしれません。ご容赦ください。・武 [続きを読む]