Der Korrepetitor さん プロフィール

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Der Korrepetitorさん: Der Korrepetitor
ハンドル名Der Korrepetitor さん
ブログタイトルDer Korrepetitor
ブログURLhttp://korrepetitor.muragon.com/
サイト紹介文オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供58回 / 159日(平均2.6回/週) - 参加 2016/11/20 20:56

Der Korrepetitor さんのブログ記事

  • 指揮者と演出家
  • 日本とヨーロッパではそれぞれの立場とそれぞれの関係が大きく違う。ヨーロッパでは基本的には両者が同等の立場とされていて、当然両者がバランスよくうまくかみ合うことが一番である。しかし、日本では全く違う。演出家が絶対的最高地位なのに対して、指揮者はかなり立場も序列も低い。表向きには演出家に次ぐとされていながら、実際はそんなことはない。極端に言えばこれはヨーロッパと真逆と言える、ヨーロッパは両者のバランス [続きを読む]
  • 時代は変わった…
  • 最近色々な状況を目の当たりにしたり経験したり、または話を聞いたり、そこから分かって来た時代の移り変わりである。これは歴史的なこととも言えると思う。 それは何かというと、ドイツ語圏の劇場の在り方である。具体的に言うと、指揮者&コレペティトアの在り方、すなわちこれらがどういう人種か、何が求められるか、どういう者が適正とされているか、などである。またそれにより、オペラ界全体が影響を受けることは言うまでも [続きを読む]
  • 何かが違う
  • 最近何人かの色んなタイプの指揮者を見ました。学生レベルからそれなりのプロまで、またマスタークラスのレッスンから公の公演まで。それらから色々なことを感じ色々なことを考えていましたが…。 近頃世界的に指揮者のレベルがどんどん落ちているように思います。最近の指揮者がやってることは何かが違うんです。いや、違って来てるんです。レッスンを見ていても、公演指揮を見ていても、本来やるべき音楽から段々外れて行ってい [続きを読む]
  • ヴィヴラート
  • 日本人が異常なまでに大好きなものである!日本を中心とした東洋の民族はヴィヴラート、すなわち”揺れ”が大好きで心地よく感じるわけである。例えば日本では演歌などでもかなり声を揺らす歌い方があり、それが非常に美しく心地よく感じるわけである。これは東洋の民族にとって自然であり文化とも言える。ゆえにクラシック音楽をやる際、ここにも演奏にはヴィヴラートが存在するが、当然日本人らはその感覚でそのまま使うわけで、 [続きを読む]
  • 進路について
  • プロの音楽家を目指す者の進路というのは、何となく一般的固定観念があうと思う。今日の日本での設定は次のようである。 1、子供の頃にレッスン開始(ピアノや弦は3歳ぐらいかあ、声楽は高校入学後) 2、大体平均的に中高辺りからソルフェージュ等のレッスンを入試の為開始 3、音大入学〜卒業(積極的な者はその間マスタークラスやコンクール受験) 4、留学(外国の音大入学、あるいは個人留学) 5、コンクール入賞 6 [続きを読む]
  • 作曲家について
  • 代々作曲家は、オペラかシンフォニーのいずれかの分野で大成している。例えば、オペラで大成した作曲家、ワーグナー、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニら。シンフォニーで大成した作曲家はベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーン、チャイコフスキーら。基本的にはこのようにオペラかシンフォニー、言いかえるなら声楽的路線か器楽的路線とも言えよう。当然これはその人の適正などによるものである。ゆえに、なかなか超分 [続きを読む]
  • 衝撃的現実
  • 留学中の話である。某イタリア人の指揮者が学生オケの指導に来られた。この指揮者はすでにいい年だが、かつて一時代を築いた方である。練習を何度か見学に行き、その期間中指揮科の特別レッスンもして下さった。厳しい方だったが、熱心であった。しかし残念ながら学生からの評判は悪かった。今思えば、レベルが高すぎて誰も彼のことを理解できなかったのではとも思うが、いずれにせよ、オケの学生からも指揮科の学生からも理解され [続きを読む]
  • 違い
  • 世界の2大ピアノと言われているのが、SteinwayとBoesendorferである。日本では圧倒的にSteinwayが人気がある。この2つの違いとは何か。ここに好みや感覚など色々な傾向が現れる。 まずこの2つのピアノの違いだが、Steinwayはしっかりとした固めの音、Boesendorferは柔らかく溶け合いやすい音、ゆえに、Seinwayはソロ向き、Boesendorferは伴奏&アンサンブ [続きを読む]
  • とある歌手の限界
  • かつてヨーロッパで共演した某アジア人歌手(ソプラノ)、彼女との共演で大事なことに気づかされた。結論から言うと、その公演で彼女は歌手としての限界をさらけ出してしまった。そこから、歌手にとって大事なものとは何か、何を大事にすべきかを改めて再考することができた。ある意味分かり切っていたことではあったが、ここまで現実を目の当たりにすると…である。 彼女は発声の技術をよく研究し、綺麗な声で無理なく歌っていた [続きを読む]
  • 発音について
  • オペラでは言葉の発音、すなわちディクションが重要である。しかしこれは常に多くの問題があり、全ての歌手にとって永遠の課題とも言えるものである。同時に一生付き合わねばならないものでもある。 どこの国のどんな人種でも、その土地のその言葉のクセや訛りがあり、オペラの言語が母国語でない限り、完璧に発音するのは限界があるかもしれない。でもやり方次第で限りなく完璧に近くはなれる。でもこのそれぞれのクセや訛りはど [続きを読む]
  • オペラ公演におけるオーケストラ
  • オペラとは総合芸術と言われながらも、結局のところ音楽に支配されている。演劇的要素もあるが、それらは音楽に沿ってなされなければオペラにならない。ということは、オペラ公演を進めているのは指揮者であり、オーケストラである。ゆえに、指揮者は言うまでもないが、実はオーケストラはある意味オペラ公演で最重要な部署とも言えなくもない。ヨーロッパの劇場では座付きオケと言われ、オペラ劇場の組織の核をなす部署となってる [続きを読む]
  • メトロノームとは
  • 練習時に利用されるものであることは、これは良くも悪くも色々な使われ方がある。元々はベートーヴェンの友人であったメルツェルが発明したもので、それなりに歴史はある。しかしこれがある程度浸透するまでには時間がかかった。楽譜の最初に?=〇〇、という表示をよく見るが、実は作曲家がこれを普通に表記するようになたのは20世紀ぐらい以降であろう。それまでは皆無ではなかったが、何曲かだけ表記するにとどまっている。こ [続きを読む]
  • ピアニストのコレペティへの適正
  • これまでに日本の色々なオペラの現場でピアノ科出身の方と接してきた。そんな中色々な方々がいた。中には悪くない人もいた。しかし、残念ながら多くは難ありだった。その現場に対応できないのである。具体的には、チームになじめなかったり、指揮者が振って歌手が歌というところにつけられなかったり…。これらは結構頻繁に起こることで多くの指揮者が頭を抱えるのだが、そうなるピアニストのほとんどは、その起こってることが理解 [続きを読む]
  • 合わせる方法
  • もう9年ぐらい前のことだが、某著名奏者と指揮者について話したことがある。この奏者の方は世界的に優秀な方で、いくつかのメジャーオケを歴任され、その後教授になられた方。ある時話が弾んで多くのことを話し、たくさんのことを学ばせて頂いた。 そんな時、指揮者についての話になった時である。その方がおっしゃるに「多くの指揮者は合わなくなった時に自分に合わせるように指示を出して振るが、ほとんどの場合うまくいかない [続きを読む]
  • 日本語上演について
  • かなり前は全てのオペラを日本語上演にしていた時代があった。新世紀に入りそれはどんどんなくなり、近頃ではかなり減った。それは演奏技術と外国語歌唱への慣れ、さらにはインターナショナルな視野が出て来たため世界基準に合わせて行ったというのもある。何よりオペラは外国語のもの、ようやくオリジナルに対応できるようになって来たとも言える。 日本語上演のメリットと考えられて来たのは、まず日本語だから分かりやすい、読 [続きを読む]
  • 指揮者の危機
  • 現代の指揮者の現状について、コレペティトアにも大いに関係している部分がある。全世界の指揮者の世界を見たわけでもなければ全世界の指揮者全員を知っているわけでもないので一概に言えない部分があることは百も承知だが、しかしヨーロッパと日本を中心に自分の知る範囲では少なくとも危機感を感じる。 指揮者とはオペラやオーケストラなどのアンサンブルにおける音楽的リーダーであり、音楽監督などの責任職になるとプログラミ [続きを読む]
  • コレペティと伴奏
  • この2つは明らかに違うことであるが、時としてごっちゃになてしまう。設定的にも、作業的にも。コレペティとはピアノを弾きながら歌手に稽古をつける、または手助けをする。伴奏はソリストと共に共同作業で持って音楽を作る=演奏する。簡単に言えばこういうこと。 まず設定的なこと。前述の通りである。コレペティトアとはコーチかトレーナー的な者であり、伴奏者でもなければピアニストでもない。むしろピアニストにはできない [続きを読む]
  • 表記の順番
  • オペラの案内、すなわちチラシ、プログラム、年間スケジュール等、世界的に伝統的に決まっている書かれる順番がある。まずは当然オペラの演目名、ここには言うまでもなく作曲家とセットで書かれる。まずはこれがないと話が始まらない。そしてその下あたりに小さく台本者などの名前が添えられる。その後当然日時や場所が書かれ、そして出演者や関係者(スタッフ)等の名前になる。この書き方=順番こそが伝統的に決まっている定型が [続きを読む]
  • 指揮者とピアノ
  • 不思議な現実である。ヨーロッパを中心に指揮者とはピアノが弾けるというのは常識である。ヨーロッパの伝統的スタイルでは指揮者はまず劇場歌から、すなわちコレペティトアとして修業を始める。同時に指揮科に入るにもそれなりにピアノが要求される。名目上は日本で言う副科ピアノかもしれないが、しかしそも内容は極めてピアノ科に近い。もちろんピアニストを目指すわけではないのでピアノ科ほど求められるわけではないかもしれな [続きを読む]
  • 配置
  • オペラ上演の場合は舞台に歌手陣、オーケストラはオーケストラピット、という風に決まっているが、演奏会形式の場合はどういった配置にするかが問題になる。ホールの構造やどの程度演出効果を出すかなどによって色々変わって来るのだが、同時にそこにその団体の市域レベルなども現れて来る。よく見てみると色々な要素がこの配置の設定の仕方にある。 ヨーロッパの場合は比較的シンプルである。一部の例外を省き、オーケストラを舞 [続きを読む]
  • 音楽と縦
  • 変な題名だが、重要なことである。というのも、ここには大きな問題があるから。 アンサンブルの現場において音楽作り、すなわち練習する上で、縦を合わせるという作業がある。もちろんめちゃくちゃではどうしようもなく、少人数ならまだしも、ある程度の員数になると指揮者が就く。当然オペラの場合、コレペティトアもその手助けをすることになる。しかし、勘違いしてはいけない大事なことがある。特に日本の音楽現場にいてである [続きを読む]
  • なぜ日本にオペラ指揮者&コレペティトアがいないのか
  • この理由はいくつかある。とりあえずあげてみる。 ― 劇場がない=オペラが文化ではなかった ― 教育機関がない→指導者がいない ― 指揮者志望の者がオペラに興味を持たない ― コンクールに時代ゆえに とりあえずざっとあげるとこんなところかと思う。これらを細かく分けるとまた色々出て来るが、基本となるのはこれらではないかと思う。 まず劇場がなかったというのは仕方がない。元々異文化なものを取り入れているわ [続きを読む]
  • 残念な現実
  • オペラにはドイツ、イタリア、フランスを中心にチェコ、ロシアなど様々なジャンルが存在する。特に最初の3つは主要ジャンルとされ、オペラ人の基本と言える。世界中のオペラ劇場やオペラプロジェクトもこの3つを軸にプログラミング等を行うし、オペラ人を目指す者もこの3つを軸に考え学ぶ。しかし、人間社会においては仕方のないことなのかもしれないが、偏りが起こってしまうこともある。 残念な現実だが、日本ではかなりイタ [続きを読む]
  • 新たな出会い
  • 今日は某友人の紹介でオペラ公演の為の練習の代理コレペティでした。こう言ったケースはたまにありますが、今回久しぶりでした。紹介者の友人以外は皆初対面、いい出会いでした。 今日の歌手の皆様は本当に優秀な方々ばかりで、最初から結構歌えていたのでコレペティといっても大したことはしてないようなものです。コレペティトアとは基本的には自分が歌手らへ何かしらを与える立場ですが、こういう優秀な歌手陣の場合はこちらも [続きを読む]
  • 本来なるべき者
  • これまでの色々な経験から思ったことだが、劇場の指揮者&コレペティトアは必ずしもオペラをやるのに適した人材ではないということである。どんな世界でも実力と地位は全く比例しない、実力があってもチャンスすら来ない者もいれば、実力がなくとも何らかの理由で成り上がって行く者もいる。これは世の中であるからある意味普通かもしれない。しかし採用基準、すなわち、どういう者がオペラをやるべきか、自分の知らない時代のこと [続きを読む]