Der Korrepetitor さん プロフィール

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Der Korrepetitorさん: Der Korrepetitor
ハンドル名Der Korrepetitor さん
ブログタイトルDer Korrepetitor
ブログURLhttp://korrepetitor.muragon.com/
サイト紹介文オペラ指揮者&コレペティトア・宮嶋秀郎がコレペティについて語るブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供77回 / 217日(平均2.5回/週) - 参加 2016/11/20 20:56

Der Korrepetitor さんのブログ記事

  • コレペティトアになる為の独学訓練
  • ヨーロッパにはコレペティ科のある音大がいくつも存在するが、日本には残念ながら存在しない。またヨーロッパの指揮科では必ずコレペティのレッスンが必須であるが、日本の指揮科にはない。要するに、教育機関もなければ、指導者もほぼいないに等しい。仮にうまく訓練してプロとしてやっていける実力がついたところで、劇場がなにので就職不能。今のところ個人レベルでしかできない状況である。それはされおき、結局のところ今の日 [続きを読む]
  • 理想の指揮&コレペティ教育
  • 自分は指揮科&コレペティ科に学んだ。そしてその前には声楽科にも学んだ。それでオペラの現場で下積みをし経験を積んで来た、典型的なオペラ指揮者&コレペティトアである。ヨーロッパの伝統的に近く、傍から見ると、特に声楽家から見ると、理想的なタイプの指揮者&コレペティトアかもしれない。しかし現実はむごいことに違う。指揮者&コレペティトアを採用する指揮者らはこのタイプを理想としない。むしろ否定する。なぜか指揮 [続きを読む]
  • コンクールについて
  • 近頃の傾向を見ると、全体的にそうではあるが、日本でそれなりにやっていける指揮者の条件は、はっきり言ってコンクールのみということである。これには色々と謎が多い。まずは日本はコンクールが大好きで異常に崇拝していると言うのはあるが、そもそもしの理由が謎である。 指揮者コンクールとは、ある種品評会みたいなものである。しかし完全に芸術ではなくビジネスである。我々芸術家や演奏家が思い描くものとは現実は程遠い。 [続きを読む]
  • 指揮者の現実
  • 自分の経験と最近友人に聞いた話から分かる、現在の世界の指揮者事情、現実である。これは大いにオペラの現場やそのレベルに関係あるのであえて書く。 まず結論から言うと、今世界の指揮教育は完全にシンフォニーに傾倒している。要するにコンクール指揮者養成というわけである。仮にコンクールを目指さないにしても、法区政はいずれにせよそれである。言いかえるならば、ヨーロッパ本来の伝統であった劇場叩き上げ指揮者がいなか [続きを読む]
  • 理解不能な傾向
  • とある有名指揮者のマスタークラスの書類&ビデオ選考に応募しあ事がある。設定上ハイレベルなため受けるのにはオーディションが必要とされた。こういったオーディションから採用試験に至るまで、実力の基準として指揮科卒業と書かれることがある。しかし実際は絶対条件ではなく、単なる基準に過ぎない。しかしこのマスタークラスのオーディションは違った。必要書類を提出したら返信が来て、卒業証明を出せと。世の中には学歴にう [続きを読む]
  • 追悼
  • 活動の拠点となっているチェコの有名指揮者Jiri Belohlavek氏が本日お亡くなりになりました。現役チェコフィルのシェフとして精力的に活動されていましたが、しばらく前から体調が芳しくなく、ここ最近はキャンセルするなど不調続きでした。にも拘わらず最後まで指揮台に立ち続け、指揮者としての人生を全うされました。残念ながらお目にかかる機会はありませんでしたが、しかしお世話になっているチェコを代表する [続きを読む]
  • 先のレベル
  • 指揮について。自分は日本の音大は声楽科だったが、高校時代から声楽と並行して指揮を本格的に目指すことも決めていた。大学に入ったか入らないかぐらいの時期から即指揮の勉強も本格的に開始。実は間もなく最初の先生に波紋になったり、学生オペラの副指揮を干されるなど、悲惨なことばかりでお世辞にもいい道を歩んではいなかった。一時期指揮をしていることを嫌がった当時の声楽の師匠から指揮活動禁止令を出され、もしやって見 [続きを読む]
  • ルサルカに寄せて
  • 前回の投稿でルサルカのオーディションについて案内させて頂きましたが、補足と言っては何ですが、自分とルサルカについて書かせて頂きます。というのも、この作品は自分の人生に恐らく一番大きく関わっており、今回もただ好きでやりたいだけでなく、需要な意味を持って行う公演だと言う少しでも多くの方々に伝わればと思ったからです。 まずルサルカはチェコオペラ最高傑作とされております!チェコオペラと言うとピンとこない方 [続きを読む]
  • ルサルカ
  • 今日は宣伝をさせて頂きます! 2013年より振らせて頂いております東京のプロの室内オケのバウムクーヘン室内管弦楽団(KPB)にて、この度A.ドヴォジャーク”ルサルカ”をやることになりました。つきましては、以下の通りオーディションが行われます。ご興味ある方は是非お気軽にお問合せ下さい。 https://kammerphilharmoniebaumkuchen.wordpress.com/catego [続きを読む]
  • 最低必須条件
  • 演奏家として世に出るために、国や地域によっては最低必須条件が存在する。多かれ少なかれどこにでも何かしらあるのかもしれないが、頑なにそれにこだわるところがある。かつて留学時代、韓国人の仲間が皆過剰に”Master”修了にこだわっているのを見た。これは要は大学院修了ということだが、韓国人らがあまりにそれに強烈にこだわるのである時仲のいい韓国人に聞いて見ると、「これは韓国では最低限度必須なんだ」とのこと [続きを読む]
  • 言葉の必要性
  • 言うまでもなく、オペラ歌手にとっては言葉は必要である。言葉を扱う演奏家であるから、意味も分からず歌うと言うことはあり得ないし許されない。もしそうしたとしたら、それはただのカラオケで演奏でも芸術でもない。 しかし、自分の知る限り日本の一部の声楽家はこのことを知らなかったり否定したりする。恐らくそれは古いタイプでそこまでの教育を受けてないか、あるいは単に意識レベル等が極端低すぎるか、などであろう。そも [続きを読む]
  • 型にはまるということ
  • 日本は型文化である。型にはまることが美徳で、そうでないと弾かれる。これは元々武士や軍隊から来ている者と思われる。基本的には洗脳的な教育で受け継がれてきているが、島国の日本ではそれが完全に浸透し、日本人は型にはまることが一番安心になり、結果形から入る、見栄えから入る、ということが大好きになってしまった。これを日本文化と言ってしまえばそれまでだが、しかし反面危険なことでもある。確かに日本の中だけで決ま [続きを読む]
  • ジャンルが違う
  • 日本の声楽界で起こっている独特の現象、それは芝居をやりたい人がオペラへ進み、音楽をやりたい人はリート系に進むか場合によっては辞めてしまうということである。純粋の音楽をやりたい者で、リートに興味があればまだいいが、そうでなければ何もできなくなってしまう。本来声楽家=演奏家のジャンルなオペラが、なぜか無理やり芝居のジャンルにされてしまっている。ゆえに、オペラは演技で見せる物で歌で聴かせるものではないと [続きを読む]
  • 長所が短所にされる現実
  • 自分の経験である。現在進行形であるが…。自分は指揮者&コレペティトアになる以前、元々は日本の音大で声楽を専攻していた。その頃からすでに指揮者は志し本格的に勉強も始めアシスタント等からやり始めていたが、少なくとも日本の音大を出るまでは専門的に声楽の勉強をしていた。早い話が、現役で音大を出るまではプロの声楽家らと全く同じことをほぼ同じくらいやっていたと思って頂ければいいと思う。大学生活の後半はすでに卒 [続きを読む]
  • オペラ歌手の存在
  • オペラとは総合芸術であるため歌手多様な部署の色々な人種が共同作業を行う。その中で特に目立つ主要な柱が、音楽部門と舞台部門である。音楽部門は指揮者とオペラ歌手であり、舞台部門は演出家である。基本この3本柱が中心となり、その他は裏方スタッフという位置づけである。厳密には演出家も裏からスタッフと言えばそうだが、確かに舞台監督等は裏方と言って違和感はないが、演出家はその舞台部門のトップに君臨し、オペラ上演 [続きを読む]
  • 時代の流れ
  • 近頃日本では、オペラは演出の時代になって来た、演出家が全てを牽引するなどという考えややり方がかなり浸透している。多くのオペラ歌手は芝居のことしか考えず、音楽は二の次である。しかし、ヨーロッパでも以前よりは演出が強くなった傾向は確かにあるが、あるいは音楽のレベルが落ちただけなのかもしれないが、根本的に音楽重視(土台)という伝統は変わらない。演出を過剰に売り出すヨーロッパの劇場も近頃たまに見るが、しか [続きを読む]
  • レベルが高いということ
  • レベルが高い、すなわち超一流演奏家とはどういう領域なのだろうか?そういうレベルの演奏に出会った経験のある人は何となく分かるだろうが、そこには技術とか理論とかはすでに存在しない、はるかに超越した感動がそこにある。ではそれはどういう世界でどうやってそこに辿り着くのか?もちろんそれが分かったからと言ってそこに到達できるわけではないし、その前にほとんどの人が大事なことに気づかずに終わってしまう。 大事なの [続きを読む]
  • 長母音
  • オペラにおいて発音は永遠付き合うものである!残念ながら日本人はこの発音に滅法弱い。何とか読み方を間違えずにやろうとはしているが、実際間違ったままのものも多く、そもそもほとんどが日本人の耳にとって聴こえやすい範囲でやっている。要するに、日本語風な発音というわけである。確かに我々には現地のネイティヴなものは極めて聞き取りにくい。もちろんどんな人種でもそれぞれの訛りになたりすることはある程度仕方ないが、 [続きを読む]
  • 表記
  • コレペティトアの表記について。日本では以下のものをよう見る。 コレペティトール コレペティトゥア ほとんどの場合こう表記される。しかし、いずれも明らかに間違っている。まずこれはドイツ語であり、正式にはKorrepetitorである。日本語で書くのは確かに難しく限界があるが、ドイツ語の正確な発音を無理やり書くと、コレペティトア、もしくはコレペティートアが正確になる。要するに、tiの部分が少し長くなる [続きを読む]
  • 指揮者と演出家
  • 日本とヨーロッパではそれぞれの立場とそれぞれの関係が大きく違う。ヨーロッパでは基本的には両者が同等の立場とされていて、当然両者がバランスよくうまくかみ合うことが一番である。しかし、日本では全く違う。演出家が絶対的最高地位なのに対して、指揮者はかなり立場も序列も低い。表向きには演出家に次ぐとされていながら、実際はそんなことはない。極端に言えばこれはヨーロッパと真逆と言える、ヨーロッパは両者のバランス [続きを読む]
  • 時代は変わった…
  • 最近色々な状況を目の当たりにしたり経験したり、または話を聞いたり、そこから分かって来た時代の移り変わりである。これは歴史的なこととも言えると思う。 それは何かというと、ドイツ語圏の劇場の在り方である。具体的に言うと、指揮者&コレペティトアの在り方、すなわちこれらがどういう人種か、何が求められるか、どういう者が適正とされているか、などである。またそれにより、オペラ界全体が影響を受けることは言うまでも [続きを読む]
  • 何かが違う
  • 最近何人かの色んなタイプの指揮者を見ました。学生レベルからそれなりのプロまで、またマスタークラスのレッスンから公の公演まで。それらから色々なことを感じ色々なことを考えていましたが…。 近頃世界的に指揮者のレベルがどんどん落ちているように思います。最近の指揮者がやってることは何かが違うんです。いや、違って来てるんです。レッスンを見ていても、公演指揮を見ていても、本来やるべき音楽から段々外れて行ってい [続きを読む]
  • ヴィヴラート
  • 日本人が異常なまでに大好きなものである!日本を中心とした東洋の民族はヴィヴラート、すなわち”揺れ”が大好きで心地よく感じるわけである。例えば日本では演歌などでもかなり声を揺らす歌い方があり、それが非常に美しく心地よく感じるわけである。これは東洋の民族にとって自然であり文化とも言える。ゆえにクラシック音楽をやる際、ここにも演奏にはヴィヴラートが存在するが、当然日本人らはその感覚でそのまま使うわけで、 [続きを読む]
  • 進路について
  • プロの音楽家を目指す者の進路というのは、何となく一般的固定観念があうと思う。今日の日本での設定は次のようである。 1、子供の頃にレッスン開始(ピアノや弦は3歳ぐらいかあ、声楽は高校入学後) 2、大体平均的に中高辺りからソルフェージュ等のレッスンを入試の為開始 3、音大入学〜卒業(積極的な者はその間マスタークラスやコンクール受験) 4、留学(外国の音大入学、あるいは個人留学) 5、コンクール入賞 6 [続きを読む]
  • 作曲家について
  • 代々作曲家は、オペラかシンフォニーのいずれかの分野で大成している。例えば、オペラで大成した作曲家、ワーグナー、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニら。シンフォニーで大成した作曲家はベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーン、チャイコフスキーら。基本的にはこのようにオペラかシンフォニー、言いかえるなら声楽的路線か器楽的路線とも言えよう。当然これはその人の適正などによるものである。ゆえに、なかなか超分 [続きを読む]