こぶ平 さん プロフィール

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こぶ平さん: 笑顔のカンボジア閉店日記・・コンポンソンより
ハンドル名こぶ平 さん
ブログタイトル笑顔のカンボジア閉店日記・・コンポンソンより
ブログURLhttp://cambodia17.seesaa.net/
サイト紹介文1997年の初訪カンより廃業までの軌跡と人間模様
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 76日(平均1.5回/週) - 参加 2016/11/22 08:12

こぶ平 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 第2章第1節 自問自答の日々
  • 小生は、人や車が多い雑踏が嫌いで、ましてや遺跡にも興味がないので、カンボジアを最初に訪れた日から、どこか新天地を求めていた。プノンペン郊外の水辺の町キンスエヴァイにも行ってみたが、なんだかシックリこなかった。そんなある日、現地ガイドブックで「知られざる避暑地」があると知り、コンポンソン(シハヌークビル)へ行ってみることにした。その後の事は、第1章の前半で述べたので省略するが、当時(1997年)のコンポ [続きを読む]
  • 第1章第15節 痛風
  • 忘年会シーズンとなり、連日飲食を楽しんでいる方が多いと思うが、小生は、1ヶ月前から飲酒は止めている。というのは、タイトルにも書いたが、痛風の痛みが再発したからだ。そもそも最初に痛風が発症したのは、中学3年生の夏だった。痛風は、一般的に飲酒が大きな要因と言われているが、小生の場合は、当時の偏った食生活や遺伝によるものではないとか、勝手に推測している。夏のある夜、土踏まずの上部が、猛烈な痛みに襲われた。 [続きを読む]
  • 第1章第14節 まだ現役です
  •  年末が近づきそろそろ年賀状の季節となった。昔はせっせと書いていたが、当地に移住してからは、メールで済ましてしまい、すっかり疎遠になってしまった。その年賀状配達に大活躍するのが、日本郵便の配達用バイクだ。写真のバイクは、旧郵政省用に開発された、いわゆる「赤いボディーの郵政カブ」だ。正式名称は「ホンダ スーパーカブデリバリー(郵政省用)MD90cc」。耐久年数が過ぎ払い下げとなり、海外へ輸出され今でも現役 [続きを読む]
  • 第1章第13節 漏電
  •  深夜、シャワーを浴びていると、いきなり真っ暗になった。「おっ、停電か(電動シャワーの為)・・」全身がシャンプーの泡だらけで「まいったなぁ・・」と、ブツブツ言いながら、取り急ぎ手探りで水シャワーを浴び、浴室から出て、懐中電灯を点灯して、身支度をした。当地では、停電はよくあることで、慣れてはいるが、よりによってシャワー中とは、タイミングが悪すぎる・・・そんなことを思いながら、ふと、窓の外を見ると、と [続きを読む]
  • 第1章第12節 伝統的民間療法
  • ある日、マッサージ屋に行った際、写真のような光景に出会った。背中は真っ赤に腫れあがり、「ウ〜、ウ〜」と男性は唸っていた。日本では見たこともない医療方法で、一瞬目を見張った。これは、カンボジアで昔から行われている民間療法で、「カオホ・クチョル」と「チョップ・クチョル」と呼ばれるものだ。「カオホ・クチョル」というのは、背中に薬用油を塗り、「セン」と呼ばれる専用の器具で背中をこする。(写真では、薬用油の [続きを読む]
  • 第1章第11節 懐かしの公衆電話
  • 昨今では、ほとんど見かけなくなった、この不思議なボックス。古くからカンボジアに在住されている方は、ご存じだと思うが、これは、いわゆる公衆電話だ。当時(1997年)は、街のいたる所にあったが、携帯電話の普及で急速に消滅してしまった。貼ってある番号の意味さえも分からなかったので、ある時、知人にこれは、何?と聞くと、「公衆電話」という答えが返ってきた。「えっ、これが!?」と半信半疑で、内側をのぞき込むと、な [続きを読む]
  • 第1章第10節 お気に入りの場所
  • 静かに波の音だけが聞こえる・・・。誰もいない浜辺にひとり佇み、日常を忘れ、天を仰ぎ白い雲と青い空を眺める。目を瞑ると昔の記憶が、走馬灯のように思い出される。幼少の頃、学生時代、仕事の事など時系列を無視して頭の中を駆け巡る。そんな時なぜかローリングストーンズの「Time is on my side」のフレーズを、自然に繰り返し口ずさんでいる・・至福の時だ。頭と身体がリラックスして、波の音とともに、日頃のストレスが洗い [続きを読む]
  • 第1章第9節 刃物研ぎ屋
  • 先日、このブログの閲覧者から、開店から閉店に関する記事は、いつ始まるのか、というご指摘を受けたが、 なにしろ19年間もカンボジアとお付き合いをしているので、一足飛びに本題へ入る前に、 いろいろと述べたい事があるので、今しばらくお待ち願いたい。さて、第4節でも触れたが、市場に関しては興味深いことが多く、というか、日本と異なる事が多くあり、同時に日本とよく似ている事もあり、注意深く観察するとカンボジアの [続きを読む]
  • 第1章第8節(3)コンポンソン今昔物語
  • 現在でも当地コンポンソンでは、よく見かける風景だ。初めて見た時は、何かの手違いで牛が逃げ出したのか、お祭りの準備で移動しているのか、とにかく、驚いたのを覚えている。なにしろ日本の街中で牛が闊歩している光景など見ることがないからだ。ただこの牛たち、現在はだいぶ肉付きがよくなったが、当時の牛たちは異常に痩せており、見た感じ骨と皮という印象を受けた。写真は、深夜片側1車線道路で微睡む牛の親子達である。し [続きを読む]
  • 第1章第7節(2)コンポンソン今昔物語
  • この写真は、同じ場所で撮った11年前の「Hong Kong New Motel」と現在の「上海カラオケ」だ。 このモーテルは、車で直接客室へチェックインでき、内部にはキッチンが設置されていた。きっと当時の富裕層が宿泊する際に長期で利用したのではないだろうか・・。ところが、このモーテルは、利用客が少なく、いつも閑古鳥が鳴いている状態で、且つオーナーが常駐していないことをいいことに、スタッフが売上金を猫糞していた。そんな [続きを読む]
  • 第1章第6節(1)コンポンソン今昔物語
  • 2013年頃より当地の開発が活発になり、昔の面影が日々失われつつある。カジノ・カラオケ・ホテルなどがその一例である。殊にカジノ開発に関しては、首都プノンペンで規制されている為、大小含め現在20軒以上も営業しており、そのほとんどに、中国の投資マネーが絡んでいる。週末ともなると、プノンペンから行楽兼ねてカジノへ多くの人がやって来る。こういったことは、現地の雇用増加や経済の活性化に繋がるので、良い面もあるかも [続きを読む]
  • 第1章第5節 支払方法
  • 第1章第5節 八百屋でニンジン2〜3本手に取り、「いくら?」と聞くと、1キロ2000リエルと店主が答える。ところが、クメール語の聞き取りに慣れていない時期は、この「1キロ」というのが、聞き取れず、「ああ、2本で2000リエル(約50円)か」と勝手に判断し、2000リエル手渡し、帰ろうとすると店主が血相変えて、まるでこちらが泥棒したような目つきで、即座にそのニンジンをもぎ取り、秤に乗せ計り、改めて「3000リエルよ!」と言っ [続きを読む]
  • 第1章第4節プサールー(市場 ????? )
  • 海外に長く滞在していると、現地の食事に飽きてきて、やっぱり和食が食べたくなるものだ。しかし 当時、コンポンソンには和食レストランは一軒もなかったので、仕方なく滞在ホテルのキッチンを借りて、自炊することにした。さっそく食材購入の為、地元のスーパー(サムデラ)へ向かった。スーパーといっても、日本のコンビニに毛の生えたようなもので、店舗が狭く(現在の4分1程度)、整理のつかない商品が所狭しと積み上げられていた [続きを読む]
  • 第1章第3節オーチティルビーチ ????????????? 
  • シャワーを終え、ホテルのフロントでバイクを借りて、町中へ繰り出すことにした。バイクは、18歳で免許を取得してから、乗り慣れていたが、それ以降だいぶブランクがあったので、最初はぎこちない運転となった。さて、町中を走りながら驚いたことは、交差点に信号がひとつもないことだった。信号がないということは、交通事故が多発すると想像したが、現地の人は、長年の慣れと交通量の少なさのおかげで、意外と事故することなく、 [続きを読む]
  • 第1章第2節いよいよコンポンソンへ
  • さっそく車を手配して国道4号線を南下した。初訪カンの1997年に新設された新空港ターミナルを過ぎ、しばらくすると驚くほど牧歌的で長閑な牧草地帯が、目の前に広がってきた。現在と違い、道路沿いには、工場などはほとんどなく、とにかくこの牧草地と時々見え隠れする赤土が延々と続いていた。ほんの数年前に内戦があったとは思えないほど、長閑な風景を見ていると、すごく癒された気持ちになってしまう。2時間程走ると、ドライバ [続きを読む]
  • 第1章-第1節カンボジアとの出会い
  • 最初の一歩を踏み入れたのは、1997年なので、カンボジアとのお付き合いは、今年で19年目に当たる。1993年にUNTAC(国連カンボジア暫定機構)が設置され、国民議会選挙により、フンシンペックが第一党になりシハヌーク国王が復位して、政局は徐々に安定に向かっていた。とはいえ、1997年当時は、まだ物騒な時期で、モニボン通りでは、深夜に銃声が響いていた。プノンペンの街は、今と大きく違い、高層ビルなどはなく、平屋または2階 [続きを読む]
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