水彩画 徒然なるままに さん プロフィール

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水彩画 徒然なるままにさん: 水彩画 徒然なるままに
ハンドル名水彩画 徒然なるままに さん
ブログタイトル水彩画 徒然なるままに
ブログURLhttp://yasaito.muragon.com/
サイト紹介文自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供120回 / 157日(平均5.4回/週) - 参加 2016/11/23 16:11

水彩画 徒然なるままに さんのブログ記事

  • 必死だったんだ
  • 武田鉄矢の話 昭和のピン芸人の話でした。 その芸人、あるキャバレーでの芸で、お客からビールを掛けられた そうしたらその芸人がお客に言った・・・・、 今度は必ず良い芸をしますから、その時はコップで下さい、ビールを・・・ そうしたらお客が「うーん気にいった!!、それが芸だ」と 必死だったんだと、何を言われても、ビールを掛けられても、しがみつく心意気とでも言うのか、こんな根性今はない。 こんな根性、有っ [続きを読む]
  • 等々力不動慕情 6
  • 水彩画では無くなって来ました、止めどきが過ぎたようです。 しかし、これも自分の絵だなと、思いました。ゴルフ橋が、光でキラキラしているのですが、これは色を置いたなという感じ、へたくそ!!です。 でも、苦しみながらも良い時間を過ごさせて貰いました。 失礼しました。 [続きを読む]
  • 東北で良かった!!
  • この発言の大臣が辞めた、それは当然の前の当然だろう。 お前で良かった、その前にお前が良かった これは、かみさんへの気持ちです。 後者は40年前の恋愛中・・・、前者は現在です。 ☆家の玄関前です、かみさんの植えたパンジーが、今年は嬉しそうに咲いて居ます。 自分が余命を告げられて、今更かみさんに、こんな言葉もないですが、でも今の真実を書き留めたいと思いました。 あの大臣の失言(いや、失言なんて有りませ [続きを読む]
  • 夕景の東京駅
  • 透明水彩画展の帰り、東京駅の美しさに感動しました。 夕景の東京駅西口、煉瓦創りの駅舎を改装した姿です。 丁度、夕方の光が駅舎を浮かび上がらせていて、何とも美しい光景と思いました。 ☆東京駅駅舎、北口の風景です。 これを見ながら、昔々を思いだしました。 中学校のころだったと思います、水谷という級友が、東京駅を見に行かないかと私を誘いました。彼はその頃から油絵を描いて居ました。 東京駅を描きに行こうと [続きを読む]
  • 等々力不動慕情 5
  • 14歳の少年が、羽生レジェンドを破りましたね、将棋の話です。彼は数学と詰将棋が大好きで、一方美術は嫌いとのことでした。 将棋には最善と言う手が有るが、美術(絵画)には、最善がない、いつまでも続いて終わりがない、そんなことを14歳の少年が言葉して居ました。 羽生レジェンドに勝っても、何だこの落ち着きはと思わせる風情があり、人間って何年生きたかではないなと、思いました。 この言葉を聞きながら、私は描い [続きを読む]
  • 等々力不動慕情 4
  • 私が今住んでいる所のすぐ側に、小さな池があります。光明寺というお寺の池で、私が小学校くらいの時には、解放されて居ました。道路のすぐ脇が池で、大人達に交じって釣りをしたり、ドジョウを取ったりと、楽しい思い出です。 しかし今は塀に囲まれていて、入ることが出来ません、住民らが解放運動をして居ますがお寺は頑固です、昔子供の事故が有ったとかで、神経質になっているのだと思います。 その池は、当時私が住んでいた [続きを読む]
  • 等々力不動慕情 3
  • 水彩画ブログを見て行くと、百人百色で、何で同じ絵具を使っているのにこうも色使いが違うんだと思います。そしてその人の絵は、誰が見てもその人の絵だと分かるのです。 筆跡のようなものなのですかね、色跡は有りそうです。 と言いつつ、等々力不動慕情がなかなか進みません。遠景が少しは変わったとは思います。 今日は土曜日ですが、帰って来たのが8時頃、そして色々うろうろし、さてと向かい合ったのが先ほどでした。 そ [続きを読む]
  • 買い物上手
  • 私は夕方、スーパーに寄ります、これは一つの趣味のようなものです。 チラシはいつもチェックして居ます、そのチラシを見ながらの買い物でした。 なな・・何と!!、新巻鮭の半身が480円でした。 ラップで切り身を包んで冷凍する所です。その前に、一つ味見をしました、安い!!=不味い・・・、ありがちですから。 しかし、本当の荒巻だと思いました。脂に焼けありと安い理由が書かれて有りました。冷凍の段階で、焼けが出 [続きを読む]
  • 等々力不動慕情 2
  • 寮生活の思い出 1 私は21歳から2年間、ある学校法人の食堂に奉仕に入りました。奉仕などと言う言葉が通じる現代ではないと思いますが、昭和の中ごろにはまだこのような働き方が有ったのです。 美大を二年しくじった私は、東京に居る所がなく、ある人の紹介で千葉の片田舎にある学校法人にお世話になったのでした。そこは食堂、高校と大学とその職員が利用する大食堂でした。 一回に1000人くらいが食事に来ます、全寮制 [続きを読む]
  • 等々力不動慕情
  • 思い出深い等々力不動の渓谷、一時は生活用水が流れて、渓谷風情では無かったが、この頃は違って来ました。 最も、私がここで遊んだ50年以上前は、本当の清流だったのですが・・・・。 思い出し、思い出しながら、お不動さんの新緑を描きたいと思いました。 何だ!!これは、ですね。妙に赤いのは、ゴルフ橋です。等々力駅から数分歩くと、このゴルフ橋に差し掛かります、その脇から渓谷への階段が有り、数十メートル降りると [続きを読む]
  • 思い出の、タラの芽をいただきました。
  • 早春の山菜の一つ、タラの芽、今から40年前ですが私は「タラの芽」を初めて知りました。 その「タラの芽」をパートさんからいただきました。小田原の彼女の故郷で、群生しているのです。早春の僅かな時、その芽を摘んで食べます、ほろ苦いその味は否応なく40年前を思い出します。 一番は天ぷらかな、妻の故郷では、この時期に山菜と言う山菜が出まくります、わらび・ゼンマイ・ETC(笑)・・・・、その中に「タラの芽」も [続きを読む]
  • 面白い!!
  • 今のスマホは、取り込んだ絵を、色々料理出来るのですね。 ちょっといたずらして見ました。 ☆ポップアートという画像操作です、どこに色を入れたのか、思い出すような絵になって居ます。 ☆これはセピアですね。子供の頃の写真は皆この色になって居ます。これはこれで良いなと思いました。 春が無くなったんですかねえ、今日は26度まで上がりました。明日はもっと上がるとのことです。私の曖昧な記憶ですが、昔は18度くら [続きを読む]
  • タンポポと私
  • 会社の駐車場の脇、コンクリートで土は見えない場所に、タンポポがいつの間にか咲いて居ました。 何処からか種が飛んで来て、ここに落ちたのでしょう。人生で言えば、運の悪い生まれとでも言うのか、与えられた環境で必死に命を繋ごうとする力を感じます。 私     何処から来たんだい? タンポポ  玉川の方から 私     玉川の方が良いよね タンポポ  風が吹いていてさ、逆らえなかったんだ 私     仲間は [続きを読む]
  • 本物と偽物
  • おはようございます。 表題は、物のことでは有りません。 私の心のことです、今の病を得る前の67年の人生をどう生きて来たのか、それを己に問うた今の気持ちです。 何故私は、美大を受験したのか、そしてそれを思いだす度に、偽物だったなあと思います、それは絵で何かを表現したいから学びたい、のではなく、美大そのものを目指しただけだったのです。求めたのは、心ではなく形でした。 ☆前回の絵に、少し手を入れました。 [続きを読む]
  • 美術大受験の思い出 2
  • 天才と鈍才の違いを見せつけられた受験でした。 その受験生が天才で有ったのかどうかは分かりません、しかしその時の私には彼の描き方が強烈に印象づけられたのでした。 こんな受験生が居るのか、これ以上彼は何を学ぼうとして居るのか、などと詰まらないことも考えて居ました。そんな私は既に、自分の世界を奪われて居ました。 亡くなった松方弘樹という俳優が、若い頃歌手に成りたかったと思い出を語って居ました。そしてどこ [続きを読む]
  • 美術大受験の思い出 1
  • 古い古い話です。 今から50年前の話、私はある美術大学を受験しました、それも二回も・・・・。 絵の道に進みたいと思いこんでいたのです、でも若い頃のそんな思い込みは重要だと今でも思って居ます。そしてそれは見事に打ち砕かれるのですが・・・・。 その頃私は、美術の予備校に通って居ました、それは受験の絵を学ぶためです。変な話ですね、受験の絵を学ぶって、でも普通の大学でも同じですね、その大学に入る為の学びを [続きを読む]
  • 義姉の思い出
  • 義姉が他界して早、半年が過ぎました。その間、沢山の思い出が心を巡りました、巡って来る思い出に戸は立てられません、そして一つの強烈な記憶が私を覆いました。 それは1985年、今から32年前のことです。私はあるイベントの企画に携わって居ました。そこであれも足りないこれも足りないと、そしてお金も足りない、この足りないづくしの中で、でもお尻は決まって居ました、日本青年館で行うイベントの日時は決まっていたの [続きを読む]
  • 親友という腐れ縁
  • 彼は小学校の時、隣の6組だった。 その名はひろし、付き合いは無かったが、妙に有名な男だった。中学に入り2年目、彼は私の隣の席に座った。 嫌な奴と一緒になったと思ったら、彼も同じことを思ったらしい、私も誰にも劣らない変人だったのだと思う。その変人同士が、60年近く経った今でも席を同じゅうしている。 高校は別々だった、そして彼は父親の都合で遠くに引っ越して行った、それが千葉県、親父さんが一戸建てを購入 [続きを読む]
  • 見えて来たもの 見えなくなって来たもの
  • 量子論が賑やかです、といっても私には何が何だか分からないですが、私自身もこの量子とやらで出来て居ると聞けば、何々!!と思わざるを得ません。 小さい、とにかく小さい、これくらい小さいと、それを実感することが難しいです。比べるものが有りませんので。でもその動きは、日常で見ることが出来ますね、例えば「光」です。 朝太陽が昇れば、その光で満たされます、今日は雨ですが(笑)、でも明るい朝を迎えて居ます。この [続きを読む]
  • 等々力不動
  • 検診の帰り、数値が下がったのがエネルギーとなったのか、子供の頃に遊んだ等々力不動まで足を延ばしました。 桜が咲き始めたお不動さん、今は花見の宴会はご法度なのです。昔は、酔っ払いの親父達が飲んだくれていたのですが、今ではご近所の意向を重んじ、大騒ぎは禁止です。 ☆等々力不動の正門です。 小学校の頃、私と悪ガキ達はこのお不動さんに度々来て居ました、それは・・・・・、 粘土を採る為でした、60年近く前の [続きを読む]
  • ニュートラルが良い
  • 余命を宣告されるような病の物語、読んでいただいている方々はしんどいだろうし、もう読んでもいただけないと思って居ます。 しかし私に取ってこの病は、私を解放してくれている、唯一の贈り物なのです。 余命とは、実は誰にでもあるもの、それは余命50年ですとは言われないだけですね。50年では余命とは言わないでしょうが、それでも余命は余命です。 では、余命数年と、50年では何が違うのか・・・・・。 それは、アク [続きを読む]
  • 検診結果
  • 月に一度の脅迫から解放されました。 結果が良いと、私より先生の方が笑顔なんだと改めて感じました。 それはそうですよね、患者の結果の善し悪しが、その患者の未来を奪ったり拓いたりする訳ですから。 良い先生だ、先生の方から、○○さんもう一年ですねと言われて私は驚きました。それはカルテを見ればわかることなのですが、そういう気づかい嬉しかったです。 病になり、先生と出会う、これも一つの運命だなと思いました。 [続きを読む]
  • 月に一度の検診日
  • 明日は月に一度の検診日です。この日が近づくと、身体の具合が良く無く成ります。 死刑宣告を受けた死刑囚が、その実効日を知らされる?感覚なんでしょうか、分かりませんが、先生から聞かされる数値に一喜一憂するのです。 前立腺癌は、ある数値に支配されます。それがPSAという数値です。アンドロゲンというホルモンを抑えるのがホルモン療法なのですが、それが抑えれているか、それを測るのがPSAです。 抑えられて居な [続きを読む]
  • 夕景の苗代 8
  • 今日も寒かったです、暑くなると冬を恋しがり、寒くなれば暑い時を懐かしむ、それが人間なんだなと思います。喉元過ぎれば熱さを忘れる、そうやって都合の悪いことは忘れて、忘れて、だからこそ生きてこられた、そんな風にも思います。 水彩画は、そんな私のいい加減な生き方を「否定」します。色を置いたら、その色に従わなければ成りません、再生が効かないという何とも私向きでない絵の具なのです。 水彩でも、不透明水彩とか [続きを読む]
  • 夕景の苗代 7
  • ☆描き過ぎたり、戸惑ったりしながら、少し進みました。 今日は寒く成りました、夕景の苗代、遠景をアルプスにしました。寒さと温かさ、この混在が良いなと思います。 桜が2分咲きくらいですか、行ったり来たりしながら春が来ますね。 [続きを読む]