水彩画 徒然なるままに さん プロフィール

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水彩画 徒然なるままにさん: 水彩画 徒然なるままに
ハンドル名水彩画 徒然なるままに さん
ブログタイトル水彩画 徒然なるままに
ブログURLhttp://yasaito.muragon.com/
サイト紹介文自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供89回 / 120日(平均5.2回/週) - 参加 2016/11/23 16:11

水彩画 徒然なるままに さんのブログ記事

  • 枇杷の木、そして見知らぬ草の、力強さに乾杯!!
  • 会社の駐車場の脇に、いつまにか育った枇杷の木がある、それも沢山生えている。 会社は創業から19年、その初めの頃の話を聞いた、ある職人さんが田舎から沢山の枇杷を貰ってきた、それを会社で全員が食べたのです、そして食べながら枇杷の種をペッペっと吐いた。 それが種まきだったらしい、翌年、それらしい芽が出て来たのです、そして育ちに育って今や、10本程の枇杷の木が森林と化している、高さも6メートルはあるだろう [続きを読む]
  • パンジーは優しい
  • 私はマメでは有りません、そのマメではない私が育てられる唯一の花、それがパンジーですね。11月頃に植えて、そのまま放っておく、時折水やりをするだけ、極寒の1月、2月をパンジーはじっと耐え、この姿を現し始めました、偉い!! 薔薇は何度も育てたいと思って来ましたが、これはパンジーのようには行きません、薔薇が悪い子で、パンジーが良い子、なのでは有りません。本当はパンジーだって、もっと勉強すれば、美しく鮮や [続きを読む]
  • 会社再生物語 3
  • 菜の花畠を見ると、「菜の花の沖」という小説を思い浮かべる私です。 この題名は、司馬遼太郎の小説ですが、その題名が何故「菜の花の沖」なのかとずっと思って来ました。でも司馬先生の想いを私なんかが受取れるものでは有りませんので、そんなことを考えることも無かったのですが・・・・。 この菜の花の写真、これは房総半島でも伊豆半島でもなく、川崎市の準工業地帯にひっそりとたたずむ小さな畠の景色です。そしてこの畠、 [続きを読む]
  • 会社再生物語 2
  • いざ、会社再生物語を描こうとしたら、数々の躊躇が産まれました。 それは・・・・、 成果は自分の力、駄目だったことは自分以外の力不足と、そのような物語に成りそうと思った途端、筆が止まりました。それは、このクリーニング会社を昭和9年に創業した、父の人生に重なるからでした。 私の父は、明治の人です、と言っても明治44年の生れですが(笑)・・・ その父は、数えで12歳の時(当時の尋常小学校卒業)、東京は神 [続きを読む]
  • 会社再生物語 1
  • 水彩画ブログにはふさわしく無いですが、私の小さな小さな会社の再生物語を語って行きたいと存じます。 ☆昭和9年、父が創業を開始した田園調布の銀杏並木です(写真は現在です)。 この物語は今まで誰にも語っては居ません、というより語る程に私自身の馬鹿さが浮き出て来て、それがそのまま会社を構成しているメンバーが、犠牲になって来たという物語になってしまい、自分自身で口を閉ざすことになってしまったのです。 敗軍 [続きを読む]
  • 頂いた大根で鶏すき鍋
  • パートさんから大根をいただきました。彼女の実家で柑橘類を栽培しているのですが、畑も有り、時折、いろいろいただいて居ます。 頭の中で、この大根が、鶏の出汁を吸ったら旨いだろうな、などど思い、鶏の骨付きを買い、鶏すき鍋を作りました。 採りたての大根って、旨いんですよ、スーパーで買う大根は少なくとも収穫から一週間は過ぎていると聞きました。野菜の旨さは、そのものが持つ香りだと思って居ます、瑞々しい大根の香 [続きを読む]
  • 夫婦とは 2
  • ☆掲載の絵、画用紙はFでしたので、絵には下側も有ります、その部分も掲載します。 思い込んだら命がけ、では無いが、妻の思い込み・勘違いはかなりのものです。 あるスーパーへ二人で買い物へ(昔は仲良く買い物に行っていたのです)。 このシュチュエーションの場合、役割は決めずとも決まって居ました。私がカゴ持ち妻がそのカゴに買ったものを入れる(放り込むが正しい)、そうやって左回りにスーパーを巡るのでした。 そ [続きを読む]
  • 夫婦とは
  • ☆前回と余り変わらないですが、私なりの完成です。 結婚して、40年を迎えようとしている、無事に(そうでもないですが)迎えられることを心より感謝して居ます。 夫婦にはいつまで経っても、新しい発見があるものです。 私は風呂から上がると、まずバスタオルで体を拭きます(まあ当たり前ですか)、そしてパジャマに着替えるのですが、昨日あることに気が付きました。それは・・・・、 10枚くらいのバスタオルが巡回して [続きを読む]
  • 等々力アリーナ 大きな不安と小さな不便 2
  • ☆もう少しです。 私は市役所の担当の許可を得て、その体育館に入りました。そして一組一組のご家族に接しながら、どうか洗濯物が有りましたらお手伝いをさせて下さいと、お伝えして歩きました。 大きな不安を抱えてらっしゃる避難者の皆様、これからの生活、故郷への想い、帰れるのだろうかという、この全てが合わさったご不安、しかし自分達は生きて居る、もったいないことだと、大震災で死んで逝った同胞者への何とも言えない [続きを読む]
  • 等々力アリーナの、大きな不安と小さな不便 1
  • ☆明日には完成と思って居ますが・・・・、 今日は3月11日、あれから6年です。ラジオでも、テレビでも、特集を放映して居ました。未だに仮設住宅に3万人の被災者が住んでいるという実態も放映されて居ました。 それを見ながら私は、等々力アリーナに避難していらした、福島の被災者の皆様を思いだします。等々力アリーナとは、川崎市の総合運動施設にある体育館です。川崎フロンターレの本拠地でもあります。 私共の会社は [続きを読む]
  • 免許更新と大震災の記憶
  • ☆あまり進みません、今週中にはと思って居ます。 三年置きのの免許更新、行って来ました。あれから6年、刻まれた記憶は忘れることは有りません。 世間ではゴールドなどと言う羨ましい制度に乗っている人々が居ますが、私は未だに「違反者」で、三年しか権利が無く、しかも更新は、鮫洲まで行かねば成りません。その鮫洲に行ってきました。 主題はこのことなのですが、実は、違うことに有ります。 今から6年前、三年毎の免許 [続きを読む]
  • 検査
  • 今日は一か月に一度の検査の日でした、結構怖いものです。私の病は、完治は難しくゆっくりですが進行して居ます。 それを抑えるのが「ホルモン療法」です、これにいつか限界が来ることは分かって居ます、しかしこの一カ月に一回の検査である数値が出ます、その数値に一喜一憂する私です、やはり命は惜しいんです。 今日は数値下がって居ました、乾杯です(笑) 天国の両親に、まあだだよ!!と、曇り空を仰ぎました。 今日も寒 [続きを読む]
  • たまには、料理を
  • ラザニアを作ろうと思った。 昔の味を思い出しながら、スーパーへ・・・・。 ラザニアは何処だと探していたら何と、茹でなくて良いと書いてあるラザニアパスタを売って居たのだ、何と便利なと買い求めた。 ☆これが茹でなくて良いラザニアパスタ(便利です) 後は、冷蔵庫の残り物でと、ラザニア作りを開始です。 先ずはミートソースを作る、丁度「伊藤園の理想のトマト」というジュースが残っていたのでこれを使うことにした [続きを読む]
  • 朋遠方より来たり、又楽しからずや
  • 朋とは友のことでしょう、人生で何よりも楽しいことの一つが、友との出会いです。昨日私は、40年降りくらいの友と、ひと時を過ごしました。 あの時の仲間達です、あの時って?、それは私が20代から30代の頃に関わった仲間たちです。それは武道館での催しで有ったり、日本青年館でのショーでした。 それはともかく、久しぶりの仲間は私と同じように歳を重ね(当たり前ですが)、70代になって居ました。しかし顔を合わせば [続きを読む]
  • ラストワード(身近に潜む、真実と言う劇薬)
  • これはある日の、かみさんとの会話です。 私 最近カラオケで、CDが造れるらしいな 妻 ふーん(コーヒーを飲みながら雑誌を読んでいる) 私 一枚造って見ようかな、俺 妻 誰が聴くの・・・・・・ ☆久しぶりに花を描きました。失礼、画用紙の端が  写ってしましました。 かみさんのラストワード、かなり効きました、しかし真実でしたね。 真実は劇薬、こんな所にも潜んで居ます、何気ない言葉に真実がある、それを言 [続きを読む]
  • 嘘は常備薬、真実は劇薬 最終
  • 長く成りすぎますので、結論をと思います。 私はこの掃除で、人間の奥底に流れる共通心理と感じる大切なことを学びました。誰もが(例外はあると思います)心の琴線を揺らすような出来事、それは多分「真実は劇薬」という、滅多にお目にかかれない体験なのかも知れません。 その初めが、たった一人での掃除でした。それはいくら掃いても薄汚れたままで、その下にあるであろう真黒なPタイルは何処にという、安部公房の「砂の女」 [続きを読む]
  • 嘘は常備薬、真実は劇薬 5
  • 私が反省しなくては成らない・・・、私は確かに聞いた、この言葉を、何だろうこの奥底から上がって来る身ぶるいは、でも何で反省なのか少しも分からない、外から赴任して来た先輩が、このだだっ広いホールを見て何を反省するのか、やはり分からないのでした。 翌日、厨房の朝は早い、私は炊飯でしたので誰よりも早いのです。朝は結構好きでした、そしていつものように鍵を空けようとすると、何!!、開いて居るのです、さては昨夜 [続きを読む]
  • 嘘は常備薬、真実は劇薬 4
  • 私が働いていた食堂の厨房、それをコの字に囲むように、大きなホールが有りました。一度に1000人くらいが食べられる広さでした。坪数にして800坪くらいですか、ええ、広かったです。 その床は、黒いPタイルが貼って有りました、このタイルが磨かれていると実に美しいのでしょうが、その景色を私は見たことが有りませんでした。 というより私は当初、その床が黒いPタイルであることを知りませんでした。そこは乾いた泥で [続きを読む]
  • 嘘は常備薬、真実は劇薬 3
  • 人生で一番大切なこととは何だろう、人それぞれだから一人一人違うよねと言われそうだが、そうではなく、誰でも共通に大切なことがあるとしたら、それは何だろうか。 私はそれを、この職場で教わったと今でも思っている、今でもそう思っているということは、ずっとそう思って生きて来たと言って良いですね、しかし正直ずっとそう思って来たというだけで、そう生きて来たとは言えないのです。 この歳になり、後どれくらい生きられ [続きを読む]
  • 嘘は常備薬、真実は劇薬 2
  • 私のお見合い、上手に断られたのですが、その時私はこんな風に思ったのです。 この世は嘘だらけ、本当のことを言われても何とも思わないのにと、そうやって表面を平和にして置く、そんなことをしていると、何処に真実が有るのか分からなくなるぞと。 しかし考えて見ると私は純粋でした、真実が大事と真剣に考えていたのですから。 何処に真実が有るのかと、探し続けた青年時代、そして仲間達はデモに参加していた、しかし私はそ [続きを読む]
  • 嘘は常備薬、真実は劇薬
  • 心理学者故河合隼雄の言葉です。 嘘はいけない、何故本当のことを言わないの!!と、怒る人が居ます。でもその人は、真実と言う、測れない程重い何かを、受け止める力があるのでしょうか、いやその前に真実の重さなんてことを、考えたことあるのでしょうか。 真実は劇薬、それくらいに捉えて居ないと、その劇薬を浴びてしまうのです。それは聞いた方が立ち上がれなくなる、ことなのです。 嘘は常備薬、この言葉もそうだなあと思 [続きを読む]
  • 故郷の山に向かいて言うことなし
  • 妻の故郷に聳える(と言っても低い、右の山です)御浜富士です。 45年くらい前に、この故郷を私は父母と訪れました、妻を娶る為です。紀州熊野から更に山に入った所です。 田舎者の親父が、何て田舎なんだ!!と、名台詞を吐きました、それくらい田舎でした。 お袋は、妻の祖母に連れられて山に入り、松茸狩りを堪能しました。私はこっそりと抜けだし、夕方暮れるまで、わらび取りに夢中に成りました、山中わらびだらけで、誰 [続きを読む]
  • 誕生祝い
  • *真鶴港の夕景です。 妻と娘夫婦そして息子が、誕生会を開いてくれました、嬉しかったです。この歳になっても、そういう気持ちを引き出されました。 幸せだなあと思いました、自分の体が蝕まれ後どれくらいかと考える日々が一瞬ですが消えたような気持ちでした。 小学校六年生のある日、祖母が他界しました、その姿を見ながら幼稚園のあの日を思い出しながら後悔にさいなまれていた私、その時に本当に人は死ぬんだと何故か強く [続きを読む]
  • おばあちゃん、ごめんね
  • ☆この絵は、横浜港近くの入り江です。 あれは幼稚園の頃、私には物凄く悔いた思い出があります、それを吐露して懺悔したいと思いました。 私の家は、お袋も第一線で働くクリーニング屋で、それはそれは忙しかったと幼い記憶が有ります。お袋を、商売に取られている、そんな記憶です。もう少し、甘えたい、そのように願っていたんですね、当たり前か。 それは年に一度の幼稚園の運動会、それにもお袋は来ませんでした。その代わ [続きを読む]
  • 幸せは二人三脚でやって来る
  • この言葉は、資生堂の以前の社長の言葉です、お名前忘れました(汗) 幸せという贈り物は、幸せだけを詰めてやっては来ない、その中には、これは受取りたくないと思うものも一緒に詰まっていると。やって来るもの、降って来るもの、自分に降って来るものは全部受取れと言う、欲張った言葉です。 自分に降りかかるものは全部、自分の課題なんだと教えてくれているのでしょう、しかしそれを全部受取ると幸せに成れるのか。 私は癌 [続きを読む]