よなたん さん プロフィール

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よなたんさん: いちじくの木の下で2
ハンドル名よなたん さん
ブログタイトルいちじくの木の下で2
ブログURLhttp://underthefigtree.blog.fc2.com/
サイト紹介文聖書について思うことを書いてみようと思います
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供96回 / 106日(平均6.3回/週) - 参加 2016/11/29 21:39

よなたん さんのブログ記事

  • 悲しむ人々は幸い
  • マタイによる福音書5章4節には悲しむ人々は、幸いであるその人々は慰められるという聖句があります。この聖句に限らずそうなんですが、いくら読んでみても意味が分からない。この聖句について言えば、悲しいのに何で幸いなんだと思い、何か裏を読まないといけないんじゃないかとかいろいろと頭をひねって考えてしまいます。ただ、時折、日々の出来事によって、「あっ、そうか」と気づくことがあります。悲しい時のことを考えてみま [続きを読む]
  • 赦す一瞬
  • 高山貴久子(こうやまきくこ)さんという方の「赦す一瞬」という詩がなんだか心に引っ掛かっています。特に最後の部分起こしてしまったことを責めることは当たり前のようだけれど起こしてしまったことを赦す一瞬は永遠にかえてあまりあるという部分です。わたしたちはとにかく相手の失敗を責めてしまいます。そんな時、とにかく一瞬たりとも赦すことはできないと頑なになってしまうのですが、一瞬でいいから相手を赦してみるという [続きを読む]
  • 30聖書は生きるための教科書②
  • そんな失敗ばかりの人間であっても神さまは見捨てたりはしません。聖書の中の失敗ばかりする人間に対してもいつも神さまは手を差し伸べ、優しく接してくださっていることが分かります。わたしたちの実生活の中であっても、神さまがどのようにしてわたしたちに接しているかを深く考えてみると、いつもわたしたちに寄り添ってくださっていることを知ることができます。どんなに辛いときでも、わたしたちが倒れてしまわないように支え [続きを読む]
  • 30聖書は生きるための教科書①
  • 聖書にはいろんな人が登場します。罪を犯した人、葛藤に苦しんだ人、苦難に悩む人、約束を守れない人、挫折する人、裏切った人などさまざまです。それらの悩みや苦しみはわたしたちの苦しみそのものであったりします。成功した人の話はあまりありません。ヨブのような人であっても悩み苦しみました。ダビデも失敗をし、ソロモンも苦悩したのです。エリヤも死を望むほどに苦しみました。成功した人の話よりも失敗した人の話の方が学 [続きを読む]
  • 29みことばを心に留める③
  • みことばを毎日ひとつ心に留めて行動してみましょう。自分の心が少しずつほぐれていくのを実感できると思います。違った視点を導き出してくれることもあります。日頃悩んでいたことが、こんなところに道があったのかと気づかされることも多いのです。好きなみことばを選んでもいいでしょうし、なんとなく惹かれる言葉を選んでもいいと思います。苦しい時に聖書を開いたら、なんとなくそのみことばが目についたというものでもいいで [続きを読む]
  • 29みことばを心に留める②
  • こんなにわからないことだらけなのに、そこには心を惹きつける何かがあります。「話にならない」とか「ちんぷんかんぷん」だとか「さっぱりわからない」と言って、切り捨てることのできない権威と魅力がその言葉には満ちあふれています。わたしたちにできることは、そのイエスさまの言葉を心に留めておくことぐらいです。ずっと心にとどめておくと、実生活の中でふと気づくことがあります。わたしたちの視野が狭すぎて、何も見てい [続きを読む]
  • 29みことばを心に留める①
  • 新約聖書を読んでいても、イエスさまの言われる意味がよくわからないことがあります。尋ねた人の質問に対する答えになっていないのではないだろうかと思うこともありますし、なぜこのような問いかけになってしまうのだろうtかと思うこともあり、ずいぶんと悩まされます。しかし、「これはおかしいでしょう」とは反論できない権威に満たされており、逆に深く考えさせられてしまいます。そして、考えれば考えるほど、分からなくなる [続きを読む]
  • 28一人ひとり違う聖書②
  • どんなに頑張っても人それぞれ個性を持って生きているのですから、まったく同じものが見えるようになるとは思えません。人それぞれ視点も、視野も違うのですから、違うものを見ていることをお互いに認め合えばそれで済む話ではないのだろうかと思うのです。人間の生き方の正解は一つではないのです。同じ生き方など一つもないのですから、理解の仕方も人それぞれ違うはずなのです。ただ、視点が違うことを認めて、お互いに分かち合 [続きを読む]
  • 28一人ひとり違う聖書①
  • ときおり、聖書に書いてある解釈に対して個人的な見解の違いを議論し、正しいのはどちらだと論争する人がいるのですが、それは本当に必要なことなのでしょうか。わたしたちが聖書を読んで理解しようと思うと、心の窓を開いて読まなければいけません。わたしたちは聖書のことばを心の鏡に映してしか見ることができないのです。ところが、鏡の周りは深い霧に覆われ、鏡は曇り、しかも歪んでいるのです。こんな鏡を通してみていては、 [続きを読む]
  • 27理解できない聖書②
  • 人間の頭はたくさんのことを一度に処理できないようになっていることをいつも思い知らされます。普通の本ならそんなことをしなくても順に言葉を拾っていけば、頭の中に全体をイメージして理解して行けるのに、聖書だけはそういう訳に行かないのです。不思議なことですが、言葉を順に拾っていくだけでは理解できないのです。全く理解できなかった最初のころと、今と何が違うのだろうと考えてみたとき、以前は頭で読み、論理的に考え [続きを読む]
  • 27理解できない聖書①
  • 考えながら読むことのむずかしさをいつも痛感します。考えていると言葉が頭に入ってこないし、読むことに集中すると、考えていたことを忘れてしまいます。しかも書いてある言葉とは関係のない思いまで湧き上がってくるので、思いに集中すると、先に進めなくなります。以前は読むことに集中するようにしていたのですが、最近では考えることを優先するようになっています。それでもいつまでも考えているわけにもいかないし、時間がく [続きを読む]
  • 26お勧めの箇所を探してみる⑤
  • 大事なことは自分の気持ちをちゃんと知って読むことだと思います。無理をして読んでも何も残りません。量的なことも考えておきましょう。100ページを超えるイザヤ書のような書もあれば、ヨハネの手紙3のように、1ページで終わる書もあるのです。読みたいとか考えたいという気持ちの強さに合わせて読む箇所を選ぶことも考慮しておきましょう。80年かかりそうなこの計画も意外に早く終わりを迎え、気が付いたら2回目の通読にチャレン [続きを読む]
  • 26お勧めの箇所を探してみる④
  • 聞いたことのある名前の人が書かれている書を選ぶ方法もありますが、一書を通して一人の人に焦点を当てていることは少ないので、これだと途中で興味を失うかもしれません。しかし、その場合でも○章×節〜△章×節を読んだことと、そのときに思ったことを書き留めてはさんでおきましょう。旧約39書、新約27書、続編13書なので、1年に1度機会が訪れると79年で通読できることになります。でも通読が進むうちに通読に失敗した書にもう [続きを読む]
  • 26お勧めの箇所を探してみる③
  • 次の機会がいつ来るのかは誰も知りません。本人すら分かりません。翌日やって来るかもしれませんし、一週間後かも一ヶ月後かもしれません。1年後かも3年後かもしれませんが、その時が来たらまた一書選んで読んでみましょう。その時、読みやすいものを選ぶのがよいと思います。どれがお勧めかは読んだことのある人しか分かりませんので、聖書を通読したことのある人を見つけて質問してみましょう。「聖書の中でどれがおもしろいと思 [続きを読む]
  • 26お勧めの箇所を探してみる②
  • でもやっぱり読んでみたいという気持ちが少しでもあるのなら、チャレンジしてみることは大事なことだと思います。まずは、自分が日頃どれくらいなら頑張れるか、考えてみましょう。一年なら大丈夫という人もいれば、大体は三日坊主という人もいます。全体で3時間が精いっぱいという人もいるかもしれません。でもそんな人でも、創世記だけなら読むことができるでしょう。連続した3時間でなければもっと気が楽です。ただ、読んだ後は [続きを読む]
  • 26お勧めの箇所を探してみる①
  • 一生に一度は聖書を通読してみましょうと勧められても、なかなか読み通せるものではありません。「わたしはクリスチャンだから」という義務感だけでなかなか読めるものではなさそうです。普通の人なら、いやクリスチャンでも分厚い聖書を目の前にしただけで「もう無理」と弱音を吐いてしまいそうです。しかも量が多いだけではありません。その量の多さに加えて難解さもあります。多くの聖書学者が奮闘して取り組んでも、まだ良く分 [続きを読む]
  • 25面白くない聖書③
  • 普通の本だと、読み手の意識で読み方が変わることなどあり得ないことなのですが、聖書はどうも違うようです。とくに詩編や詩歌、預言書は神さまの存在を意識しないと読むことができません。創世記は比較的読みやすい書物ですが、比較的神さまの働きかけを明確に書いてある書物です。創世記が聖書の一番初めに置かれてあるのも、神さまの計らいではないかとも思えてきます。聖書を何度も何度も読むうちに見えていなかったものが見え [続きを読む]
  • 25面白くない聖書②
  • 結構努力して何回か読んでいるうちになんとなく書いてあることが頭の中に入るようになってくるのですが、それでも書いてある意味は分かりません。一旦「ああ、そうか」とわかったようなつもりになっても、また隣の箇所から疑問がふつふつと湧いてきます。ところが、神さまからの働きかけを意識して理解しようと努めると、言葉がイメージとなって頭の中に映しだされてきます。出来事同士が意外なところでつながっていきます。日常の [続きを読む]
  • 25面白くない聖書①
  • 「聖書って、読んでもちっとも面白くない」と言われることがあります。それはどうしてでしょう。聖書を読んでいるという人でも、面白くなくてどうしても読めないという箇所があったりします。それはどうしてなのでしょう。読みにくい箇所としては歴代誌の系図やマタイの1章などがまず挙げられます。ヨシュア記で嗣業の土地を分配するところもなかなか退屈です。律法の規定や氏族ごとの任務などもなかなかのものだと思います。詩編 [続きを読む]
  • 24好きなみことばを選ぶ③
  • さらに読み続けると、その想像した登場人物の中に自分の性格が垣間見えるような気がしたのです。聖書が心の鏡になっているのではないかと思えました。自分の性格を文字で表そうと思っても、なかなか言い表しにくいし、自分の考えをさらけ出すのは怖いので、文字にして人に示そうなどと考えることはできなかったでしょう。しかし、聖書の登場人物の像を借りて、自分の気持ちを書き表すことができるのは、とても新鮮でした。さらに神 [続きを読む]
  • 24好きなみことばを選ぶ②
  • どうやったら好きな聖句を探すことができるのか、何か簡単な方法はないかと考えてみると、聖書を全部読んで探さなくても、自分の共感の持てるところだけを、は自分の好きな聖句を探すことを目的にして読んでみるというのがいいのではないかと思います。その場所を選ぶ方法の一つに、人から選ぶという方法もあります。洗礼名となっている人物が聖書に登場するなら、その人の好きなところ、自分に似ているところを探し出すと、そこに [続きを読む]
  • 24好きなみことばを選ぶ①
  • 「聖書の中で好きな聖句がありますか。」と聞かれてすぐに、「『○○』の△章▽節に書かれてある『××』というみことばです。」と答えられる人は少ないかもしれません。そもそも聖句を覚えようということもしないし、聖書を開くこともなければ、そんな聖句を知る機会はなかなか持てないかもしれません。たとえクリスチャンであったとしても、しばらくは好き嫌いという話よりも、理解することで懸命になり、心に染みこむ前に読むこ [続きを読む]
  • 23自分を変えた聖書③
  • さらに読み続けると、その想像した登場人物の中に自分の性格が垣間見えるような気がしたのです。聖書が心の鏡になっているのではないかと思えました。自分の性格を文字で表そうと思っても、なかなか言い表しにくいし、自分の考えをさらけ出すのは怖いので、文字にして人に示そうなどと考えることはできなかったでしょう。しかし、聖書の登場人物の像を借りて、自分の気持ちを書き表すことができるのは、とても新鮮でした。さらに神 [続きを読む]
  • 23自分を変えた聖書②
  • 聖書を初めて手にして読んだとき、聖書をゆっくり読むという、たったそれだけの簡単なことがなかなかできません。一箇所を何度そんなときに聖書100週間と言うプログラムに出会い、ゆっくり考えて読むということを教えてもらいました。ゆっくり読んでいるうちに、聖書に出てくる人々は非論理的で、非合理的でなぜそんな行動をしてしまうのかと思うようなことばかりが書かれていることが見えてきました。そして、いろいろと考えてい [続きを読む]
  • 23自分を変えた聖書①
  • 聖書に触れることのなかった時、わたしはもっともっとドライな人間だったような気がします。できるだけ論理的に、できるだけ合理的に考え、割り切って行動していました。聖書を読み始めたとき、「こんな非論理的な話があるものか」と思う箇所もたくさんありました。そもそも意味のわからない箇所もたくさんありました。それでも聖書を読み続けたのは論理的に考えればどんな書物でも理解できるだろうと考えたからです。まったくわか [続きを読む]