テモテパパ さん プロフィール

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テモテパパさん: テモテパパのぶろぐ〜みことばを読んで〜
ハンドル名テモテパパ さん
ブログタイトルテモテパパのぶろぐ〜みことばを読んで〜
ブログURLhttp://ameblo.jp/temotepapa/
サイト紹介文主に聖書の言葉を読んで思ったことを 何でも良いから、毎日書く、で頑張っています。
自由文聖書のみことばはyou versionから
通知されるものに頼っています。

あくまでも、個人の勝手な思いなので、
適当に読み流してください。

たまに、他のことも書くので、
統一感は全くありません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供138回 / 131日(平均7.4回/週) - 参加 2016/12/15 07:25

テモテパパ さんのブログ記事

  • 約束してくださった方を信じる
  • 約束した場合、その約束が信じられるかは、約束した相手が信じられるかにかかっている。仕事上の約束事(契約)でも、相手企業の信用情報も重要だ。今日の聖句では、約束してくださったのは、主なる神である。だから、この約束が信じられるかは、この方をどのような方として信じるかにかかっている。ただ、目には見えない方を信じることはなんと難しいことか。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 順序
  • このみことばだと、信仰が、一番ベースにあるよね。確かに、信仰が大切なのはその通りなのだけど。神の愛があって、神のあわれみがあって、神から与えられる永遠の命があって、だから、信じている人もいるかも。それは人それぞれだから、順序なんて関係ないんだろうな。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 主の計画
  • 主のなさることは、私たちのために計画されたこと。そう、頭で分かっていても自分の思い通りにならないと、「何で、どうして」と思ってしまう。でも、それがあとになって、「そうだったんだ」と思うこともある。だから、信じるしかない。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 誘惑
  • 誘惑って、自分がフラフラしているから、ゆらいでしまうから、負けてしまうんだよね。芯がちゃんと通っていれば、誘惑には負けないはす。でも、それって難しいよね。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 見てはいないけど
  • 見ずに信じるって難しい。復活のイエスが現れたときに、居合わせなかったトマスは、信じることができなかった。当時の人は、まだ直接見れる可能性があったけど、現代のわたしたちは、直接見ることは叶わない。この聖句を書いたパウロは幻で一回見ているけど、パウロから話を聞いた人も見ることはできない。でも、イエスを信じて、愛しているんだよなあ。我ながら不思議。理屈じゃないんです。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 自由の使い方
  • 自由ってなんだろう。束縛があるから、自由がある。ルールがあるから、自由がある。好き勝手するのとは、違うかも。みんなが好き勝手にすれば、それは無秩序で、ルールがないから、自由もない。たしかに、ルールに従う自由もあれば、従わない自由もある。その自由をどう使うかは、その人の、それこそ自由だ。今日の聖句では、その自由を悪を行うためではなく、善を行うために使いなさいといっている。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 他人のことも
  • 人のため、お客様のため、部下のため、会社のため。と言っていても、結局は、自分のため、だったりする。人を自分よりすぐれたものと思うことって意外と難しい。謙虚にならないと。。。あと、自分の心に余裕がないとだめだな。にほんブログ村 [続きを読む]
  • よみがえり
  • 今日は、イースター。イエスがよみがえったことを記念する日。今日の聖句は、十字架にかかる前の言葉。でも、復活後でも、違和感はない。イエスの復活。信じるかどうかだ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 死を滅ぼす
  • 主によって、死が滅ぼされる。それは、イエスが復活したことが証明している。イエスの復活。それを事実として、信じることができるかどうか。それがクリスチャンかどうかの分かれ目のひとつでもある。イエスの復活。そのことを記念するのが、イースター。今年は、4月16日。みんなで教会にいって、お祝いしましょう。クリスマスよりも大切だと、わたしは思う。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 報酬
  • 罪の報酬は、「死」って、犯罪を犯したら、全部死刑ってこと?いやいや、そういうわけではない。ここでいう罪は、刑法にあるような犯罪ではなく、神から離れる、神に背を向けて生きる、といった、キリスト教的にいうと「原罪」というもの。神に背いたままでいると、この世の終わりのさばきのときに永遠の滅びに至る。しかし、イエス・キリストを信じるものは、その罪が赦され、永遠の命が約束される。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 受難週
  • イエス・キリストに関する預言。キリストは私たちの「とが」=罪のために死ぬということが書かれている。今週は受難週。この金曜日にキリストは、十字架に掛けられる。クリスチャンにとっては、胸の痛む、それでいて、感謝するしかない、一週間となる。って、週の半ばに書いてもなあ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 忠告を聞く
  • 忠告を素直に聞くことは難しい。自分の考えに自信があったり、プライドが邪魔したり、面倒くさかったり。。。でも、異なる視点での意見であったり、自分では気がつかないことだったりするので、意外と適切だったりする。自分自身としては、手戻りになったりするけど。。。だから、素直に聞けないんだよなあ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • つかえるために
  • 人の子、イエス・キリストは、神の子であるのに、王として来たのに、つかえるために来られた。それだけでなく、ご自分のいのちを私たちのために差し出した。わたしにはできない。。。って、当然か。人にはできない。神の子だから、私たちを愛してくださっているからできるんだよね。そのことは、クリスマスの時より、イースターのこの時期の方が思いを巡らす。にほんブログ村 [続きを読む]
  • しゅろの聖日
  • 本当は、しゅろ、じゃなくて、なつめやし、なんじゃないかって今日の礼拝説教で聞きました。まあ、何をもっていたかよりも群衆は、王として、キリストを迎えたということが重要。ただ、その5日後、「十字架につけろ」と叫ぶのも群衆。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 友って、たいせつ。聖書には、お金を使ってでも、友だちを作れ、というようなことも書かれている。ここで、いっていることは、少し違うかも知れないけど、友だちも選ばないとダメなんだろうな。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 仲保者
  • ここ数日忙しくてサボっていました。「中保者」聞き慣れない言葉だけど、キリスト教用語だったのね。ググってみたら、こんな感じ。「キリスト教で,神と人との間を仲裁・和解・媒介する者。イエス-キリストをさす。」ということは、イエス・キリストを指す言葉が何回も出てくることになる。Android7になって、アプリが動かなくなったので、新改訳では、確認していないけど、確か違う言葉だったような。日本語って難しい。にほんブ [続きを読む]
  • 神に喜ばれる
  • 神に喜ばれるか、人に喜ばれるか。なかなか難しい問題。人に喜ばれるのは、わかりやすい。すぐ反応があるから。そういう意味では、励みになる。でも、神に喜ばれるとは、どういうことか。どうしたら、それがわかるのか、それが問題だ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 主に向かって
  • ??主に向かって 喜び歌おうわれらの救いの岩に感謝の歌で御前に進み、賛美をもって主に喜ぼう。主は大いなる神、すべてにまさって。主は大いなる神、大いなる王。??「いのちのパン」に収録されているこの曲のもとになった詩篇。この箇所を読むと、メロディが頭を駆けめぐる。なお、初版は三十年くらい前です。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 網にかかっているのね、わたし。どうして、網にかかっているのだろう。どんな網にかかっているのだろう。この網は、この世のしがらみ?欲望?誘惑?罪?そんな状況の中から助けてくださるのが、主。だから、わたしは主を仰ぐ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 呼ぶ
  • こどもが、親を呼ぶように、わたしは主を呼ぶ。主は、父親のように、母親のように、わたしを愛し、守ってくださる。ただ、親が子を愛せない事件が多い気がする。とても悲しいことです。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 主は
  • あちこちと戦いをしていた頃の詩篇なので城とか、やぐらとか、出てくる。盾も戦いの道具だね。なかなか実感がわかないね。でもでも、主が守ってくださる、というのは、わかった。かなあ。なんとか、きょうのうちに。。。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 忘れない
  • 私がしたことを覚えていてくれる方がいる。それは、嬉しいこと。私も中間管理職なので、部下の仕事ぶりをちゃんと見て、ちゃんと評価しないといけない。そういう意味で、部下のことを覚えていないといけない。私の場合は、10人に満たないけど、神様は何人を覚えているのだろうか。にほんブログ村 [続きを読む]