テモテパパ さん プロフィール

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テモテパパさん: テモテパパのぶろぐ〜みことばを読んで〜
ハンドル名テモテパパ さん
ブログタイトルテモテパパのぶろぐ〜みことばを読んで〜
ブログURLhttp://ameblo.jp/temotepapa/
サイト紹介文主に聖書の言葉を読んで思ったことを 何でも良いから、毎日書く、で頑張っています。
自由文聖書のみことばはyou versionから
通知されるものに頼っています。

あくまでも、個人の勝手な思いなので、
適当に読み流してください。

たまに、他のことも書くので、
統一感は全くありません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供189回 / 190日(平均7.0回/週) - 参加 2016/12/15 07:25

テモテパパ さんのブログ記事

  • 慈悲深い者
  • よい人と、そうでない人と分け隔てなく、慈悲深く、なんて、わたしにはできない。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 彼の道
  • ここで言う「彼」は、イエス・キリスト。イエス・キリストを信じ、そのことばを守るものを「彼におる」と表現する。彼すなわちイエスと共に歩むからだ。そんな人生を歩みたい。P.S今日は中距離出張なので、ブログを書けています。 [続きを読む]
  • どうして?
  • すべてのものを作られ、すべての支配を作られ、全知全能なのに、私の願いは叶えられない。そう思ってしまう。どうして、こんなに苦労しているのに、こんなに辛いのに、どうして、助けてくださらないのか。でも、神様の考えは、わたしには、理解できない。でも、神様は私を守ってくださると信じる。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 心に余裕がないと
  • 心に余裕がないとせっかく与えられたのは聖句が心に入ってこない。なので、ブログも書けない。そんな状態が数日続く。ブログに穴が空くのがなんとなく口を書いてみるがやっぱり、なんとなくでしかない。今日の聖句も主の恵みに溢れるものなのに私には無関係、とか思ってしまう。私も失われた羊だったはずなのに私もひとりぼっちだったことがあるはずなのに。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 権力との戦い?
  • 「もろもろの支配」とか、書かれていると、時の権力とも戦うのかと思ってしまうけど、たぶんそうじゃない。「血肉」に対するモノとしての「支配」や「権威」だし、その後に、「やみの世」とか、「悪の霊」とか、書かれているので、精神世界というか、霊の戦いなんだと思う。そうするとこの「支配」は、罪の支配とか、なのかなあ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • いつも見られている?
  • クリスチャンは、世の光であって、この世を照らす存在とよく言われているが、今日の聖句を見ると、山の上の町のように、隠れることができない存在である、とも書かれている。ということは、いつも見られていることを意識していないと、いけないのか。でも、それって、クリスチャンに限らず、だよね。人として生きている限り、誰かに見られているのは変わらない。ただ、それを嫌と思い、人に見られることをされるのか、人に見られて [続きを読む]
  • わたしたちを通して
  • わたしたちのよい行いを通して、天の父である、神様があがめられるように。って、なにげに難しいことだよね。まず、よい行いをしないと、いや、し続けないといけない。そして、それが人の知るところとなり、人に認められるようになり、そうして、初めて、よい行いの裏にある、わたしたちの信仰や、神の存在に興味が向く。他の人が神を崇めるのはその後。。。遠い道のりだなあ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 目に見えない神
  • キリスト教は偶像を禁じているから、神を見ることができない。その形を作ることもできない。だって、どんな形かわからない。神がどんな姿をしているか、どんな声なのか、全くわからない。だから、神を信じることは難しい。目に見える兄弟を愛せない人は目に見えない神を愛することができない。ましてや、信じることなどできない。そりゃそうだ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 自分の十字架
  • 自分の十字架ってなんだろう。救われて、罪から解放されたいのに、なぜ十字架を背負わないといけないんだろう。自分を捨ててそして、背負うものってなんだろう。主イエスについていくときに背負うものってなんだろう。福音を伝えるための自分の役割なのか?やっぱりわかんないけどわたしにとって、この「自分の十字架」ってなんだろう。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 愛と律法
  • 愛が律法≒法律を完成させるってどういうことだろう。愛があれば、他人に危害を加えないのだから、律法はいらない。そういう意味で完成ということかなあ。イエスさまは、律法のなかで一番大切ものとして、神を愛することと人を愛することをあげられたけどまさしく、律法の中心に愛がある、ということなんだなあ。にほんブログ村 [続きを読む]
  • まっすぐ
  • まっすぐってどのみちをまっすぐいくのだろうか。どこに向かってまっすぐなのだろうか。わたしは、まっすぐ歩いているのだろうか。わたしは、何に向かって歩いているのだろうか。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 私の神様
  • 神様を信じているというけど、それは、周りの人が信じているから。親が信じているから。信じるとよいと教えられたから。これでは、本当に信じていることにならない。誰かの神様でしかない。キリスト教の信仰は、神様と私の個人的な関係構築がスタートラインだと私は思うので、私の神様になることがとても大切だ。クリスチャンホームの子どもの場合、どうしても、親の神様、教会の神様を信じていることになる。幼いときはそれで何の [続きを読む]
  • 世界宣教命令
  • イエスが天に帰られる前に弟子たちに話したことばの一つ。イエスの福音を世界のすみずみまで伝えなさい、ということばと相まって、「世界宣教命令」とも言われる。地中海の片隅で始まったこの教えが2000年たった今、ほぼ世界中に伝えられている。今日の聖句で約束されている聖霊が弟子たちに与えられたのはペンテコステ。今年は今日がその日に当たる。2000年前の今日。エルサレムで起こったことに思いを馳せたい。と、かっ [続きを読む]
  • 隠して、隠れて
  • 右手のしていることを左手に知らせるな、って例えとしても、かなりすごい表現かも。実際に可能なのか、不可能と思えるくらいのこと、そのくらい、慎重に、隠せ、ということなんだろうけど。。。でも、それくらいしても、天の父なる神は見ていてくださる。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 愛がなければ
  • コリント人への手紙第一の13章は、愛の章とも言われる。愛がなければ無に等しい、値打ちがない、愛がないと、自分の人生に意味がない。そのくらい、愛が大切であることを切々と述べている。さて、わたしには愛があるのか。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 誰のために
  • 自分を愛し、自分に親切にしてくれる人であれば 親切にしたり、愛することは容易い。敵や憎むものを愛したり、 親切にしたり、そんなことはできるのだろうか。 [続きを読む]
  • 愛のむち
  • 愛と恐れは相反するものだから、「愛のむち」というのは、むちは罰であり、痛みをともない、恐れをいだくものだから、おかしいということになる。二人の間に愛があれば、痛みも恐れにつながらず、それならオーケーというのか?それだと、ただの変態?愛の形はさまざまだけど。。。本当の愛は、互いに相手を受け入れ、何でも言い合える深い信頼関係の上に成り立つ。だから、愛し合う関係では、恐れる必要がない。だから、「愛のむち [続きを読む]
  • 何も心配しなくていいのか
  • 今日の聖句を読んじゃうと、何も心配しなくていいと思うか。そんなわけないと思うか。両極端の反応を考えてしまう。その違いは神に信頼をおいているかどうか、ということにかかってくる。でも、その中間もあるかも。神をどんな風に信じているかで、どこまで、神に委ねるかが変わってくる。いっさいをゆだねることはとても難しい。だから、心配の種はつきない。にほんブログ村 [続きを読む]
  • さばくな
  • ひとをさばかないって、難しい。口には出さなくても、ひとをさばいていることっていくらでもある。人のせいにしていること、自分の失敗を棚にあげて、人の失敗を責める、そんなこともある。でも、最近は自分の失敗や不手際も多いから、ひとを責めている暇がない。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 信仰告白
  • キリスト教では救われるために、信仰告白が大切。ただ、信じるだけでなく、告白というくらいだから、口に出す。誰かに話すということになる。それは、神様に聞いてもらう、でもいいかと思うときもあるが、やっぱり、同じ信仰を持つ人にそして、まだ信じていない人に対して、信仰を告白するのだ。伝えないとわからないよね。といっても、かなり勇気がいることなので、最初はひっそりとわたしたちの心を知っておられる神様に告白する [続きを読む]
  • 祝祷
  • 礼拝の最後の祝祷のときにあわせて読まれることがある聖句。祝祷は、礼拝が終わり、教会から俗世間(?)に出ていく信徒を祝福し、その歩みが守られることを祈るもの。だから、あわせて読まれる聖句は希望や祝福が書かれている。今日の聖句は、そのまま。主の力強い御手が豊かにあるように祈られている。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 心の願い
  • 心の願いってなんだろう。 主が叶えてくださる事ってなんだろう。欲しいものがもらえるのだろうか。出来なかったことが出来るようになるのだろうか。主はわたしに本当に必要なものを知っておられ、それを叶えてくださる。例えそれが望んだものでなかったとしても。喜んで受けることができるだろうか。そうでありたい。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 隠されている事
  • さあ、なんだろう。隠されている事って。主なる神が隠しているんだから、とても、重大なことかもしれない。ちゃんと聖書を読めば、わかるんだろうけど、今日のところはおいといて。。。主を呼び求めれば、教えてくれたんだよね。エレミヤの時代は。いまは、主が直接教えてくださることなんてないから、うらやましい。聖書を読んでも分からないこともたくさんある。人の知識に頼っていると、色々と隠されているけど、祈って、心を開 [続きを読む]
  • よろず代に
  • 子々孫々に、って感じかなあ。主の恵み、いつくしみは、こども、孫、ひ孫、。。。ずっと続くという。主に背いたアダムをあわれまれ、その瞬間から、救いの計画をたてられ、何代も、長い時間をかけて、イエス・キリストによって成就された。その救いの計画は、2000年以上たった今も続いている。それは、主が私たち、人間を愛されているからにほんブログ村 [続きを読む]