原告 さん プロフィール

  •  
原告さん: 「こんな病気で大学病院に来ちゃいけないんですよ」
ハンドル名原告 さん
ブログタイトル「こんな病気で大学病院に来ちゃいけないんですよ」
ブログURLhttp://naze3.blog.fc2.com/
サイト紹介文父がK大病院入院時に受けた看護師の嫌がらせを記した入院日記。傷、水疱、薬ばらまき等
自由文K大学病院入院中の回復に向かっていた父に人工呼吸器が装着された時、その原因について説明を求めると、回答は無く、クレーマー扱いされ、看護師の嫌がらせが始まった。父の左手甲にL字型の傷が生じたり、下痢を理由に抗菌薬が投与された。その2か月後に父は亡くなった。しかし、カルテには排便の記録は無く、腎毒性の強い抗菌薬が通常の4倍投与されていた。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供79回 / 101日(平均5.5回/週) - 参加 2016/12/19 17:51

原告 さんのブログ記事

  • 医療安全対策課の反応
  •  父が亡くなった8月28日、私は最後の支払いの為に会計に行った。会計の方に「計算が出来ていないので、後日連絡します。」と言われた。 私は、医療安全対策課のT氏に無視され続け、如何すれば良いのか悩んでいる時、会計の方から電話があった。私は、すがる思いで会計の方に訴えた。 「お金は、必ずお支払いに行きます。ただ、その前に、お願いがあります。父は3月2日に入院し、3月7日に先生に『むくみが4キロ改善しました』と [続きを読む]
  • 病院から必要な情報を得る権利
  •  父が亡くなって、10日以上が経過しても、医療安全対策課のT氏は何も言ってこなかったので、私は説明を求める催促状を送付した。傷についての報告書と父の傷写真も同封した。しかし、1週間経っても、相変わらず何の連絡も無かった。 私は、T氏に電話を掛けた。 電話に出たのは、女性だった。私は「Tさんは、いらっしゃいますでしょうか。」と聞いたが、女性は返事をせず、受話器を手で塞いでいる様子だった。女性は、数十秒後に [続きを読む]
  • 説明責任
  •  父が亡くなって、10日以上経過したが、医療安全対策課のT氏からは、まだ連絡が無い。 K大病院の「入院のご案内」冊子の4ぺージに、「受診される皆様の権利」が記載されている。 その③には、K大病院では受信される皆様が「病院から必要な情報を得る権利」を有することを確認し、尊重しますと記されている。 私には、父に人工呼吸器が装着された原因について知る権利があり、病院には、その説明責任があるのではないのか。私 [続きを読む]
  • パラマウントベッド社の素早い対応
  •  パラマウントベッドのコールセンターの方から電話を受けた2日後に、担当者から電話があった。「当社では、当社の製品を使って頂いている病院で、この様な傷が生じた場合は、病院から連絡を頂ければ、直ぐに伺って調査を行っています。傷発生直後に連絡を頂ければ、調査可能でしたが、今となっては調査が出来ませんので、回答できません。」 ▲▲警察署の刑事と同様のことを言われた。不可解な傷が生じた場合は、警察だけではな [続きを読む]
  • フランスベッドとパラマウントベッド
  •  父の左手甲の傷が、ベッドの柵にぶつけて出来た傷であるならば、ベッドのメーカーに問い合わせれば、何か分かるのではないかと思った。 私は、父に使用されていたベッドが何処のメーカーなのか確認していなかったが、マットレスに「フランスベッド」と表記があったこと、点滴スタンドに「パラマウントベッド」と表記があったことを記憶していた。 私は、この2社に問い合わせの電話を掛けることにした。 「貴社のベッドが使用 [続きを読む]
  • 刑事捜査
  •  私は、▲▲警察署に行った。 中に入ると、受付があった。私は、受付の方に私が▲▲警察署に来た経緯を聞いていただき、父の傷写真を差し出した。 受付の方は、写真を見ると、「刑事を呼びますので、刑事に話して下さい。」と言われた。 暫くすると、長身の若い刑事が来た。私は、刑事課前の廊下にある長椅子に案内された。 私は、父が3月2日に入院してからのこと、、、4月26日のこと、4月27日に父の左手甲に傷が出来ていたこ [続きを読む]
  • 管轄
  •  私は、父の左手甲の傷は、打撲傷ではないと思った。 私は、父の傷写真を警察の方に見ていただいて、どのようにして出来た傷なのか分かれば良いと思い、最寄りの警察署に行った。 私は、警察署に行くのは初めてだった。中に入ると、私は何処に行って良いのか分からず、キョロキョロした。すると、カウンターの奥から、「どうされましたか。」と声を掛けられた。 私は、この方に私が警察署に来た理由を聞いていただき、父の傷写 [続きを読む]
  • ベッドの柵にぶつけた傷
  •  この傷が、打撲傷に見えるだろうか。私には、見えない。 私は、4月27日に看護師Yさんに「昨夜、お父さんが暴れて出来た傷だと聞いています。」と聞いた。5月3日にはキッカワ主治医に、オプサイトが?がされた5月27日にはバミュ看護師からも、同様の説明を受けた。 しかし、父は、3月8日に人工呼吸器が装着されてからは、家族の面会時以外は手首を抑制帯で拘束されていた。父は、半径10?位しか手を動かすことが出来なかった。 [続きを読む]
  • 喪主のあいさつ
  • 8月30日 弟が喪主を務めた。「本日は、残暑厳しい折、お忙しい中を、 亡き父の葬儀、告別式にご参列くださいまして、 誠にありがとうございました。 この1年半は、入退院の繰り返しでした。 父の頑張りと、母と姉の献身的な介護により、 最期は、眠るように安らかに旅立ちました。 この地に移り住み、45年になります。 定年退職後は、趣味のお仲間の皆様や、 地域の方々に何かとお世話になり、 父に成り代わりまして、心 [続きを読む]
  • 見送り
  • 8月28日 15:30、父は葬儀社の車に乗せられた。 見送りに来てくれたのは、看護師が5名と看護師副部長だった。 お世話になった看護師はTさんとFさんだけで、他の4名は初めて見る方だった。 看護師副部長は、「キッカワ先生は、手術中で来れないんです。医療安全対策課のTさんは、今日はお休みされています。」と言った。 しかし、後にT氏は病院に居たことがバレた。キッカワ主治医も、父の病室を出た13分後に手術を開始するだろ [続きを読む]
  • 解剖実習の検体
  • 8月28日 13:27、初めて見る医師から父の死を告げられると、意味深なことを言われた。「ちょっと、お話しさせて頂きたいことがございますので、こちらに来て頂けますでしょうか。」 私は、この医師から、父に人工呼吸器が装着された原因について、説明があるのかなと期待した。 案内された場所は、医療安全対策課のT氏が5月17日に私に説明したトライ医師と??看護師の過失について、再度5月31日に母と弟に説明すると約束し、5月 [続きを読む]
  • 隠れた責任者
  • 8月28日 11:57、脈拍が0になると、直ぐに看護師Tさんと初めて見る看護師が来てくれた。Tさんは「体をきれいにさせていただきます。」と言った。仕事が丁寧なTさんが来てくれたことは、せめてもの慰めだった。私は、咄嗟に「人工呼吸器はそのままにしていただけますか。今、母と弟が病院に向かっていますので。」と言った。私は家族が揃ったところで、死亡を伝えてもらいたいと思った。 私は、母に父が亡くなったことを伝えた。 [続きを読む]
  • 父の死
  • 8月28日 11:30、私は病室に着いた。父の肩をさすりながら「お父ちゃん、来たよ。」と声を掛けた。父は「待ってたよ。」と言わんばかりに、透明の液を吐いた。口の中を吸引してもらった方が良いと思い、看護師を呼んだ。 吸引してもらっている間、私は母に電話を掛けた。「脈拍が40なのよ。だから、病院に直ぐに来て。」 「10時半に、キッカワ先生から電話があって『急いで来ていただかなくて良いですが、今日か、明日中です。』 [続きを読む]
  • 亡くなる前日
  • 8月27日 母と弟が病院に行った。 母は、21時半に帰宅した。「お父ちゃん、もうあかんわ。キッカワ先生が来て『いつ死ぬかわかりません。おしっこが出なくなったらダメです。』って、言われたわ。」 「今日は、おしっこはどの位出ていたの。」「100?位。」 「昨日は、330ccだったのに。脈拍は。」「97〜107だった。お父ちゃん、しんどい様子で、呼びかけると、目を開けようとするんだけど、片方の目を3ミリ位開けるのがやっと [続きを読む]
  • 亡くなる3日前
  • 8月25日 父は、昨日とは違い、とても辛そうだった。 体が熱く、38,1℃の熱があった。 今日もキッカワ主治医は病室に来て下さり、左側鎖骨の下に留置されている中心静脈カテーテルの交換が行われた。小手術らしく、ベッド上でレントゲン撮影をする為、私は廊下で待った。 私は、父の容態が急に悪化したと思い心配したが、キッカワ主治医は「突然に、どうこうという心配はありません。」と言われた。 私は、アイスノンで3か所を [続きを読む]
  • 亡くなる4日前
  • 8月24日 面会に行くと、父は穏やかな表情で、しっかり目を開けていた。 熱はなく、36,5℃だった。 しかし、脈拍は77〜95の間を変動し、安定していなかった。 「お父ちゃん、元気そうやね。久しぶりにリハビリしようか。」 父が首を縦に振ったので、私は父の足首と膝を持って、ゆっくり動かした。元気だった6月と比べると、ひどくむくんでいるのが分かった。腕も同様に、ゆっくり動かした。父は一層穏やかな表情を、私に見せた [続きを読む]
  • 内出血
  • 8月22日 父は、少し熱が下がり、今日は37,0℃だった。 しかし、身動き一つせずに眠っている。眠っているのに、ベッドサイドモニターのアラームが鳴り、オレンジ色ライトが点滅した。 昨日は何もなかった左手甲に、内出血があった。全く動けない父が、自ら何かにぶつけることは考えられない。少しぶつけただけで、大きな内出血が出来る訳がない。看護師に何処かに強くぶつけられたと思えてならない。 父が何をしたというのか。3 [続きを読む]
  • 父の声
  • 8月21日 父は、昨日から熱があり、今日は37,7℃あった。 16時頃、看護師UさんとTさんが来て、着替えと体の向きを変えてくれた。この時、脈拍が40になった。直ぐに80に戻ったが、脈拍が40まで下がるのは初めてだった。 看護師が病室を出て行くと、父の声が聞こえた。「もうええわ しんどい 死にたい」 3月8日に人工呼吸器が装着されてから、父の声を聞いたことが無かった。思いっきり、声を出したのだと思う。私は、父は死に [続きを読む]
  • 証拠隠滅
  • 8月19日 今日も、主任のWさんは病院に来ていない。私は、薬がシーツに撒かれた日のことを考えると、取り返しのつかないミスをしてしまったと後悔した。 8月6日、Wさんはいつもと同じ優しい表情で病室に入って来られた。Wさんは、薬が父のシーツ全体に散らばっているのが分かると、直ぐに側にあったコロコロを取って、薬を取り除き始めた。 コロコロは1つしかなかった。私は、「私は暇ですから、私がやります。Wさんは隣の患者さ [続きを読む]
  • 微笑む看護師
  • 8月18日 父の脈拍は75〜85の間を変動し、安定しなくなった。脈の波形が時々大きく振れて乱れてきた。12:50から輸血が始まった。 今日の夜勤は、看護師Hさんだった。 Hさんは、8月6日に主任のWさんと一緒に病室に来て、薬が父のシーツ全体に撒かれているのを確認した看護師だ。 私は、その後、Wさんを見掛けることが無かったので気になっていた。「Hさん、10日ほど前に、Wさんと一緒に病室に来て下さった時に、薬がシーツに撒か [続きを読む]
  • 無視した対応
  • 8月17日 今日の担当は、バミュ看護師だった。 バミュ看護師は、隣の若い男性患者の所には頻繫に来ているが、父の所には1度も来なかった。通常、看護師は体温や血圧の測定、痰の吸引、体位変換、おむつのチェックの為に1日に何度も来ている。 私は、12時頃に面会に来たが、20時までに看護師は誰も来なかった。20時に、やっと夜勤の看護師Iさんが病室に来て下さった。 「Iさん、今日は誰も看護師さんが父の所に来て下さらなかっ [続きを読む]
  • 葛藤
  • 8月14日 私は、8月11日にキッカワ主治医から「むくみを早くとるために、タンパク質を点滴に追加します。」と伺った。ところが、今日はタンパク質の投与が無かった。 久し振りに、黒縁メガネが似合う熱心なトライ前主治医が来られた。「タンパク質を投与しましたが、効果がありませんでした。」 トライ前主治医は、これだけを報告に来られた。私の心は「トライ先生、他に説明すべきことがあるんじゃないですか。」と叫んだ。 私 [続きを読む]
  • 寒くて震える病室
  • 8月12日 面会に行くと、いつもは開放されている病室のドアが閉まっていた。ドアを開けると、寒い位に冷えていた。冷房は強に調節されていた。 父はぶるぶる震えてた。 窓側の若い男性に合わせて冷房を強に調節しているのかと思ったが、彼にはタオルケットが掛けられているのに、父は薄い病衣だけで何も掛けられていなかった。私は、直ぐにバスタオルで父の体をくるみ、コールボタンで布団をリクエストした。そして、お湯でホッ [続きを読む]
  • 腕に親指形
  • 8月10日 父は熱が下がり、36.4℃だったが、脈拍は77〜95の間を変動していた。 15時頃、たつ看護師と看護師Sさんが「体の向きを変えます。」と言って、病室に来られた。私は席を外し、廊下に出た。間もなく、2人は病室を出て着て、Sさんは「お待たせしました。」と言った。私は「ありがとうございました。」と言って、病室に戻った。 右向きの体勢から、左向きに変えられていた。 父の右腕に親指形が出来ていた。強く親指で押し [続きを読む]
  • 看護師の関心
  • 8月8日 母が面会に行った。「今日は、お父ちゃん、しっかり目を開けて起きていたのよ。熱も下がって、36,8℃だったのよ。それで、テレビをつけたんだけど、お父ちゃんは「見たくない」って、言ったのよ。それから、看護師さんにあなたのことを聞かれたわ。」 「何を聞かれたの。」「『娘さん、毎日のように面会に来られていますが、仕事はされてないのですか』って、聞かれたから『30年ほど勤めた会社を辞めました』って、言った [続きを読む]