くえん さん プロフィール

  •  
くえんさん: 貫之のこゝろ・私の元永本古今和歌集
ハンドル名くえん さん
ブログタイトル貫之のこゝろ・私の元永本古今和歌集
ブログURLhttp://5jnrystart.muragon.com/
サイト紹介文現在の伊達本「古今集」ではなく、元永本で、掛詞を解き、貫之の心、歴史の事実に迫ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供10回 / 81日(平均0.9回/週) - 参加 2017/01/05 21:55

くえん さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • (10)脱字とされるが、掛字・万葉仮名から平かなへ-2
  • (7)で、脱字を説明したが、p14最後の行に、「…を かたに(に)うつりて…」と「に」の脱字があるとされることを説明したい。 私のこの部分の「…かたにうつりて…」を臨書したものをみていただきたい。 「う」の1から2画目のはじめにかけて、「二」にみえる。「二」と書き始めて、二画を書き終えると「う」を書いていることになる。一字を「にう」と読ませ [続きを読む]
  • (9)複数文字の脱字-2 秋萩帖の場合
  • 秋萩帖には、小野道風筆とされる、48首の和歌が裏紙に書かれており、その内、17首に脱字、衍字がある。三割に「書き間違い」のある、正に「書写した者」のおっちょこちょいぶりが、よく表れた「珍書」?とされている(のだろうか)。古今の書家などにも、草かなのお手本とされ、国宝である。 秋萩帖のこの複数文字の脱字のように、元永本古今集だけではなく、他の書写においてもみいだされることは、もちろん、間違いではなく [続きを読む]
  • (8)複数文字の脱字-1
  •             かな序の最後のページから2ページ目の終わり(69ページ)に、「あるをや」の4字の脱字があるとされる。 …この歌のもし(あるをや)あをやきの いと の たえす… 「…歌のこの文字は、(あるではないか)青柳の枝の糸のように絶えることなく…」とつづいて、「…後世に残り…」と接続していく部分である。 伊達本では、きちんと「このうたのもし あるをや あをやきの いとたえす…」となって [続きを読む]
  • (7)脱字とされるが、掛字・万葉仮名から平かなへ-1
  • これまで、アカデミアでは、元永本は脱字、衍字が多く書写した能書の力量を疑っている。平たく言えば、いい加減な教養のない者が、写し書いたもので、信用ならないので、すべて信用できないしろものである、ということ。 そうではないことを、原本の元永本の書きぶりを観察することで説明したい。 かな序には、脱字は5カ所あるとされる。二つは誤解、一つは四字にわたる脱字で、秋萩帖にもみられる掛字、そして残りの二つは、 [続きを読む]
  • (6)関白基経、光孝天皇を毒殺!
  • 前回、表題に挙げたことを言及したので、そのことを説明しよう。 その歌は、貫之が古今集を奉った時に、添えた長歌の中に詠われている。四季に始まる部立てに従った歌にしてあるが、実は、陽成天皇と基経との確執から、基経による光孝天皇の密殺(死)、醍醐天皇の古今集勅命までの歴史を伝えている。ここは、「賀」と「離別」の歌に当たる。 (1002)古歌たてまつれる時の長歌 貫之 …きみをのみ ちよにといはむ よのひ [続きを読む]
  • (5)宇多天皇、基経を密殺!
  • 六歌仙評の中で、 (60)あたりの大伴黒主の二つ目の歌「かゝみ山 いさたちよりて…」(899)の説明の中で、「基経を密殺した宇多天皇…」としていることの説明をしよう。 この歴史的事実が暴露されているのが、 (272)おなし御時 きくあはせに すはまに ふきあけのはまを つくりて きくのはな   を うゑたりけるに そへたりける歌    菅原朝臣   あき風の ふきあけにたてる しらきくは 花かあら [続きを読む]
  • (4)万葉集成立は、809年。
  • 二歌聖論を説明したので、その中で本文参照という形だけで、そこでは説明されていない万葉集の公表された時期を、809年11月(大同4年10月の意)とした根拠を説明しよう。 本文(997) 貞観御時 万葉集はいつ許(ばかり)つくれるそと 問給けれは  文室ありすゑ   十月しくれふりおける ならの葉の 名におふ宮の ふる事そこれ 詞書のある通り、清和天皇が「いつ万葉集はできたか」と尋ねて、ありすゑが答え [続きを読む]
  • (3)三・三=6
  • 二歌聖論のところで、「…これは きみも人も みをあは せたるといへるなるへし」、「…ひとまろは あかひとか ゝみに たゝむ事 か(た)く 赤人は人丸 かしもに たゝむこと かたく 南ありける…」の本文の解説を改定しました。 きみ=友則。 人=人麻呂。 み=三。 「正六位人丸は歌聖である」ということを受けて、「これ」といっている。 つまり、 「亡くなった友則も人丸も、三と三とを合わせた六位という低い [続きを読む]
  • (2)「あき人」は、下品か?
  • (54)六人の反藤原氏主流派のひとり、文屋康秀の本文の部分を改定しました。 「…そのさまみに およはす いはゝ あき人   のよきゝぬ きたらんかことし…」 「そのさまみにおよはす」を「その姿は、身に達していない」つまり、教養のない商人がいい服を着ているようなもので、質のいい言葉表現が、内容ある価値を備えている訳ではないと解釈している。そう読めるが、そうだろうか。貫之は、彼を高く評価している。 「 [続きを読む]
  • 貫之のこゝろ・私の元永本「古今和歌集」
  • 元永本「古今和歌集」かな序                                  凡例 *「・・・」 藤原定家の加筆した伊達本の表記。 ・・・ 漢字ならひらかなへ、ひらかななら漢字へ、伊達本で変更表記されている、校訂された文字は、その横に(*・・・)と表記、その言葉がなく略されている場合は、 [・・・] とした。 また、伊達本にある作者名の横の説明は省いた。 ☆以下は、私の解説文。 比 [続きを読む]
  • 過去の記事 …