サラリーマン、単身赴任で寺社めぐり。 さん プロフィール

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サラリーマン、単身赴任で寺社めぐり。さん: サラリーマン、単身赴任で寺社めぐり。
ハンドル名サラリーマン、単身赴任で寺社めぐり。 さん
ブログタイトルサラリーマン、単身赴任で寺社めぐり。
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/5418742
サイト紹介文単身赴任に彩りを。。寺社に行き尽くして素敵な仏像たちと出会いつつ、食・酒を堪能する旅に出てみました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供38回 / 103日(平均2.6回/週) - 参加 2017/01/08 14:11

サラリーマン、単身赴任で寺社めぐり。 さんのブログ記事

  • 【春】 京都・洛西太秦 「美像に見惚れて」①
  • 京福電鉄「嵐電(らんでん)」はまことによい。こぢんまりとした「路面電車」的電車であるが、四条大宮〜嵐山を走る本線と、北野白梅町〜嵐山を走る北野線の二経路があって、龍安寺や妙心寺、車折神社など、京都洛西の有名どころを突っ切っていくのである。本線・北野線乗り放題の「一日フリー切符」や、地下鉄と連携した「ワンデイ・チケット」などもあって、使い勝手もよく、京都洛西散策には欠かせない交通手段なのである。降り [続きを読む]
  • 【春】 奈良 「春爛漫」
  • 近鉄大和高田駅で下車。こんなに美しい桜並木、今まで出会ったことがない。高田の千本桜である。高田川のほとり、二.五キロにわたって続く。昭和二十三年(一九四八)、市民ボランティアが植樹したものだそうだ。続いて、近鉄郡山駅へ。郡山城跡の桜も見事。本丸跡内にある柳澤神社にて。今年もいよいよ春を迎えた。素敵な寺社、仏像との出会いが楽しみである。【春】奈良「春爛漫」完 [続きを読む]
  • 【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」⑦完
  • さて、いよいよ寺内探訪へと移る。まずは、中門から右手に見える本堂からだ。<本堂>本尊は〔十一面観音立像〕(鎌倉・重文)である。普段は、白く透けた幕の合間から、のぞき観ることができるのであるが、特別開帳中は、この幕が取り払われ、しっかり全貌を拝むことができる。像高は九十四センチ。光明皇后が自ら刻んだ像をもとにして、慶派の仏師が造り上げたものとされる。檜材に金泥を施した像体、放射状の光背、頭部の宝冠、 [続きを読む]
  • 【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」⑥
  • コンパクトな境内である。中門から正面に西金堂、右手に本堂が配置されている。かつては、手前側に東金堂があったらしいが、廃仏毀釈を受け、消失してしまったらしい。<西金堂><本堂>話が脇にそれてしまうが、ここで「廃仏毀釈」について触れておきたい。古来、日本においては、神々が尊ばれていた。縄文時代からの自然崇拝、あるいは精霊信仰から発したもの、あるいは、天皇を中心とした貴族を祀るものであり、人々の生活文化 [続きを読む]
  • 【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」⑤
  • 法華寺を訪れたならば、必ず「セット」で行くべき寺がある。真言律宗・海龍王寺(かいりゅうおうじ)だ。法華寺の北東、歩いて五分ほどのところに所在する。もとは、飛鳥の頃より、この地に毘沙門天を祀る寺が所在していたとされるが、天平三年(七三一)、光明皇后の発願によって、堂宇が整えられ、新たな寺、すなわち、海龍王寺としての歩みを始めた。ちなみに、寺号は、光明皇后の夫、聖武天皇によって名付けられたものだ。交通 [続きを読む]
  • 【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」④
  • 本堂をあとにし、境内の散策に移る。まずは、横笛堂。鎌倉時代の建屋、法華寺で最も古いものである。平重盛に仕えた斎藤時頼と恋に墜ちながらも、彼が出家してしまったがゆえに想いを遂げることができず、自らも出家して法華寺に入った横笛という女性が過ごした場所とされる(「平家物語」に出てくるお話)。切ない恋の物語、相手の気持ちも考えないで相手につきまとい、ストーカー犯罪に到ってしまう者たちに聞かせてやりたい…。 [続きを読む]
  • 【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」③
  • 法華寺の創建は、天平十七年(七四五)。聖武天皇が天平十三年(七四一)に発した「国分寺・国分尼寺建立の詔」(これも、光明皇后が働きかけたものとされるが…)により、全国に国分寺・国分尼寺が建立されていくのであるが、国分尼寺の総本山とされたものである(ちなみに、国分寺の総本山は東大寺)。拝観の出入口となるのは、赤門と呼ばれる小さな門。そして、この赤門の先に、正式な門、南大門(桃山・重文)が立つ。切妻造本 [続きを読む]
  • 【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」②
  • さて、少し歴史をひも解くところから、入ってみたい。平城京遷都から十七年が経った神亀四年(七二七)、時の聖武天皇と、夫人の光明子(こうみょうし)の間に基王(もといおう)が誕生した。この基王、皇太子となるわけであるが、生後間もなく、亡くなってしまう。一方でこの年、別の夫人であった県犬養広刀自(あがたいぬかいのひろとじ)が、安積親王(あさかしんのう)を出産する。放っておくと、安積親王が皇太子となることが [続きを読む]
  • 【春】 奈良・佐保路 「光明皇后とともに」①
  • 週の初め、季節は冬に逆戻り、脱ぎ捨てたはずのコートを再び着ることとなったのだが、今日、この週末の土曜日は、気温も上昇、まことに気持ちのよい青空となった。(桜も一気に開花に向かうのか…)名所と知られる「佐保川の桜」も、つぼみが一気に「はじけそう」だ。<別日:満開を迎えた佐保川の桜、若草山を望む>数日後に弊社も入社式を迎える。当然ながら、わたしが入社するわけではなく、わたしは入社式、セレモニーを運営す [続きを読む]
  • 【冬】 京都・東山 「混沌の歴史に思いを馳せ」
  • 大阪から京都に電車で向かうにあたっては、大きく三つのルートがある。JR線で大阪・新大阪から京都や山科に向かうルート、阪急線で大阪梅田から嵐山や烏丸に向かうルート、そしてもう一つは、京阪線で大阪京橋から三条や出町柳に向かうルートである。わたしのお気に入りは京阪。JR線よりも安いし、特急(別料金不要)だとシートもゴージャス、また、ほぼ確実に座って行くことが可能だからである。今日も京阪三条駅まで行き、そ [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・高畑 「静寂と憤怒の中に」②完
  • 新薬師寺から南下して歩くこと約十五分、真言律宗高円山・白毫寺(びゃくごうじ)に到着する。ただ、到着したのは寺のふもとの入口で、ここから、かなりの数の石段を登っていかなければならない。石段の脇には、この寺の代名詞、萩や椿が見事な花をつける、ということであるが、今日は二月、なにもない。まことに寂しいかぎりであるが、この「侘しさ感」が、逆にたまらなくよい。この寺の創建は古く、霊亀元年(七一五)、天智天皇 [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・高畑 「静寂と憤怒の中に」①
  • 近鉄奈良駅周辺は、言うまでもなく、寺社巡りのメッカである。興福寺、東大寺、元興寺、氷室神社、春日大社といったメジャー級の寺社が立ち並び、国内特級品の仏教美術品を収容する奈良国立博物館が構え、奈良名物、鹿と奈良公園が存在する。<興福寺><東大寺><元興寺><氷室神社><春日大社><奈良国立博物館><奈良の鹿>当然ながら、このエリア、常に観光客で満杯状態にある。ところが、そんな中、メジャー級であるにも [続きを読む]
  • 【冬】 兵庫・加古川 「太子ゆかりの地へ」
  • 大阪駅からJR東海道線(神戸線)に乗り込む。この線、西は最大「播州赤穂」まで、東は最大「敦賀」まで直通で行ける壮大な路線である。本日の目的地は、大阪から約五十分の加古川駅にて下車、そこから徒歩約二十五分のところ。駅から歩きごたえのある距離であるが、晴天にして気温も高め、なかなか気持ちがいい。天台宗刀田山(とたさん)・鶴林寺。崇徳天皇二年(五八九)、当時の廃仏派、物部氏の弾圧を怖れ、播磨の地に身を隠 [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・斑鳩 「小さな名刹を訪ねる」②完
  • 法輪寺をあとにして、東の方向に十分ほど歩く。聖徳宗岡本山・法起(ほうき)寺に到着だ。<山門>聖徳太子が推古十四年(六〇六)に法華経を講じた場所(岡本宮)に、息子の山背大兄王が太子の遺言により寺院を建立した。当初は岡本寺と言われていたが、これが法起寺に改名されたという。そして、この法起寺は、聖徳太子建立七寺一.奈良・法起寺一.奈良・法隆寺一.奈良・中宮寺一.奈良・橘寺一.奈良・葛木寺一.京都・広隆寺 [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・斑鳩 「小さな名刹を訪ねる」①
  • JR法隆寺駅からの道のり。以前訪れた法隆寺や中宮寺を左手に見ながら歩くこと四十分、今日の目的地に向かう。<法隆寺の土塀>なんと言っても、のどかな道を歩く。国内、寺社巡りの双璧といえば、京都と奈良。しかしながら、この二箇所、大いに趣を異にする。全てが「そうだ」ということではないのだが、端的に言うと、「みやびの京都、野辺の奈良」「京都は、ちょっと着飾って、奈良は、トレッキングスタイルで」なのである。と [続きを読む]
  • 【冬】 大阪・藤井寺 「十八日・ゴールデンルートを歩く」④完
  • さて、野中寺を出て、今度は東の方へと向かう。目的地までは、徒歩約三十分の道のり、やや多めの歩みではあるが、途中に広大な応神天皇陵もあったりして、飽きることはない。<応神天皇陵>そして道半ば、空腹感の増大もあり、小さな公園で昼食をとることにする。ここで、自称「ばくだんおにぎり」の登場である。これは、一合半ほどの米に、ツナ缶と塩昆布(半袋ほど)を投入して炊き上げ(ちなみに、無洗米を使用するとよい、研ぐ [続きを読む]
  • 【冬】 大阪・藤井寺 「十八日・ゴールデンルートを歩く」③
  • 葛井寺を出て、南の方面へ歩くこと約十五分、訪れたのは、真言宗青龍山・野中寺(やちゅうじ)だ。聖徳太子の命を受けた蘇我馬子が建立したとされる古刹であり、太子ゆかりの寺として、別名「中之太子」と呼ばれている。<野中寺 朱の山門><山門からの薬師堂>ちなみに、大阪には、上・中・下の太子がある。「上之太子」は大阪南河内郡・叡福寺、「下之太子」は大阪八尾市・大聖勝軍寺だ。<叡福寺 南大門><叡福寺 金堂><叡 [続きを読む]
  • 【冬】 大阪・藤井寺 「十八日・ゴールデンルートを歩く」②
  • 午前九時、本尊御開帳。<本堂>薄暗い本堂内、〔十一面千手千眼観世音菩薩坐像〕(奈良・国宝)とのご対面だ。日本最古の千手観音であり、大阪府下唯一の天平仏、そして、数少ない「本当に千の手を有する」像である。像高は一三一・三センチと、決して大きなものではないが、やや細面にして涼やかな表情をもち、あくまでも静かに、しかしながら、強烈なオーラを放ちながら坐っている。十一面にして千手、しかも、千の手一つひとつ [続きを読む]
  • 【冬】 大阪・藤井寺 「十八日・ゴールデンルートを歩く」①
  • 大阪に単身赴任するわたしにとっては、今日は近場の旅、近鉄大阪線・藤井寺駅から始まるものだ。ただし、あなどるなかれ、近場といっても、この旅、毎月十八日のみに仏像を開帳する三つの寺、しかもそれらはすべて、国宝・重文級という、ゴールデンルートを巡るものであり、わたしの胸は高まるばかりなのである。駅に降り立ち、昔ながらの小さな商店街を抜け、歩くこと約五分、一つ目の寺が現れる。商店街の先に寺がある、というの [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・初瀬 「巨大な堂と像を前にして」②完
  • 巨大な本堂である。過去に七回もの焼失を繰り返したらしいが、現在の堂は江戸時代初期、徳川家光の寄進により再興されたもの。近世大規模本堂の秀作ということで、国宝に指定されている。堂に入って右側が本尊を安置する正堂(しょうどう)、左側が礼堂(らいどう)、この二つをつなぐ相の間の三つから成り立っており、礼堂の一部が懸造り(舞台造り)となって、空中に張り出している。<本堂外観><礼堂舞台>本尊は、これまた巨 [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・初瀬 「巨大な堂と像を前にして」①
  • 近鉄線、室生口大野駅から長谷寺駅へ。長谷寺駅には急行が停車しないため、乗り換えが発生、やや面倒だ。また、寺の名前がそのまま付けられた駅ではあるものの、駅から寺まで意外と歩く(二十分くらいか…)。出だしから、ちょっと「不満たらたら…」であったが、そんな、器の小さい了見は、門前の張りつめた匂いに一掃される。真言宗豊山神楽院・長谷寺。創建の由来は不詳とのことであるが、朱鳥元年(六八六)、興福寺の僧、道明 [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・室生 「女人高野を歩く」③完
  • さて、室生寺の魅力、あまたあれど、やはり最高の見どころは、五重塔(平安・国宝)であろう。法隆寺五重塔に次ぐ日本最古の五重塔であり、また、国宝・重文クラスで屋外に建つ、日本最小の五重塔である(塔高約十六メートル)。階段を登りきったところに、ひっそりと建つロケーションも最高であるし、なにしろ、その色合いは周囲木々の中、ひときわ鮮やかで、また均整の取れた塔の形が美しい。<五重塔><別日:雪の五重塔>また [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・室生 「女人高野を歩く」②
  • ここで、堂内、国宝仏については、もう少し触れておきたい。まずは、中尊〔釈迦如来立像〕(平安・国宝)について。十二神将を従えることから、もとは薬師如来として造立されたものと推察される。像高二三四.八センチ、五体並ぶ像の中で最も大きく、存在感を放つ。カヤの木の一木造で、赤茶けた衣を身にまとい(もとは朱色だったらしい)、黒光りした顔と上半身を露出、独特の外観を持つ。衣紋は細やかで流れるような美しいライン [続きを読む]
  • 【冬】 奈良・室生 「女人高野を歩く」①
  • 近鉄線に揺られ約五十分、室生口大野駅に立つ。奈良県と三重県の境のこの地、「なにもない…」駅である。ここからバスに乗り継ぐのであるが、便は一時間に一本、時刻表をきちんと事前確認しておかなければならない(基本、わたしの寺社巡りは、公共交通機関にて移動するものであり、時刻表の事前確認は必須である)。ちなみに、少なくとも奈良県内の寺社巡りに際しては、「奈良交通バス」のサイトをダウンロードしておくのがよい。 [続きを読む]
  • 【冬】 滋賀・湖北 「美しすぎる像に...」②完
  • しかし、観音堂の左手の渡り廊下から通じる収蔵庫に足を踏み入れると、なんとも言えぬ、優美な流れが、静かに広がってくる。<観音堂>いよいよ面会、〔十一面観音立像〕(平安・国宝)である。あまりにも(美しすぎる…)もはや、言葉も出ない。像高は約一七七センチ、檜の一木造。寺伝では、天平八年(七三六)、聖武天皇が修験道僧の泰澄(たいちょう)に命じて作像させたものとされるが、実際は平安時代初期のものらしい。中肉 [続きを読む]