ハピネス さん プロフィール

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ハピネスさん: 希望という名の翼
ハンドル名ハピネス さん
ブログタイトル希望という名の翼
ブログURLhttp://ameblo.jp/kiboutoiunanotsubasa/
サイト紹介文人間革命に励んでいきます
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供72回 / 104日(平均4.8回/週) - 参加 2017/01/09 05:34

ハピネス さんのブログ記事

  • 第1回 新たな決意で 新たな前進を
  • 『永遠の幸福の軌道を善友と 大空には鳥の飛ぶ道があり、大海には魚の泳ぐ道がある。人にも人の歩むべき道がある。 最も充実した「青春勝利の大道」。それを明快に示しているのが、正しき信仰である。 世界第一の生命尊厳の哲学を持った君たち、貴女(あなた)たちが、どれほど尊く強いか。この道は絶対に行き詰まることがない。 日蓮大聖人は、「仏になるみちは善知識( [続きを読む]
  • あきらめたりせずに 諦(あきら)かにしてみよう
  • 『諦の本来の意義 「人生あきらめが肝心」と開き直って、自分で自分を慰(なぐさ)める。 「やるだけやったんだ。もうあきらめよう」と立ちはだかる苦難の壁の前に、心臆して引き下がってしまう。 「なんで俺だけこんな目にあうんだ」と、己の宿業に嘆いて、あきらめの世界に埋もれ込んでいく。 どうも「あきらめ」というのは持続性に欠け、根性のない弱気な人を象徴する [続きを読む]
  • いじめた側が100%悪い③
  • 『いじめは卑怯な 「暴力」 絶対に許すな! 池田 「いじめは昔もあった。たいしたことはない」とか「こんな時代だから、少しくらい、しかたがない」などという声もある。とんでもない。誰が何と言おうと、「いじめ」は絶対に「悪」です。現に、こんなにも苦しんでいる人がいるのだから! 「どんな『いじめ』も絶対に許さない!」という強い強い意志が、大人になければいけない。それが、すべての [続きを読む]
  • いじめた側が100%悪い②
  • 日本の大悲劇 池田 こちらこそ、みなさんの努力に感謝します。 この連載が始まってからも、世間では、いじめを苦にした中学生の自殺もあった。「一人」でも、そんな子がいるということは、大変な問題です。社会全体の大悲劇です。十代による残酷な事件も続いているが、背景に「いじめ」がある場合が、しばしばだという。 しかし、日本人の感覚がマヒして、「いじめ」と聞いても、何となく、 [続きを読む]
  • いじめた側が100%悪い
  • ―― 今回から「いじめ」の問題を取り上げさせていただきたいと思います。 中等部を担当させていただき、「いじめ」の相談をたくさん受けました。乗り越えた人もいますが、悩み続けている人もいます。 このテーマで語ってくださることが本当にうれしいです。 池田先生に心から感謝します。 (「希望対話」21世紀を生きる君たちへ―― 池田大作 聖教新聞社)より &n [続きを読む]
  • そろそろ桜が咲くのかな
  • INFINITY16/ Dream Lover 池田 桜が見事だ。「さまざまの事おもひだす桜かな」。 芭蕉(ばしょう)の言う通り、桜が咲くたびに、あの日の桜、あの年の春と、思い出が蘇る。 戸田先生が亡くなった40年前(1958年)――。 4月8日の告別式の日も、桜吹雪が舞っていた。ひと片(ひら)ひと片が、いのちをもっているかのように光って、飛んでいた。妙法の大英雄との別 [続きを読む]
  • 「命あるかぎり、希望はある」
  • 『私は1928年(昭和3年)生まれですから、今の中学生のみなさんより60年くらい、人生の先輩です。波瀾万丈(はらんばんじょう)の75年間を生きぬいてきて思うことは、「そのときは 『もう、どうしようもない』 と思える苦しみも、時がたてば、小さなことに見えてくる」ということです。「命あるかぎり、希望はある」ということです。 私がみなさんと同じ年代(ねんだい)のときには、大きな戦争があ [続きを読む]
  • ⑳ 常不軽菩薩品(第二十章)「増上慢」の勢力との戦い(4)
  • 「在世は今にあり、今は在世にあり」 斉藤 一方、不軽菩薩(ふきょうぼさつ)は、その後も、生まれるたびに諸仏に仕(つか)え、法華経の広宣流布(こうせんるふ)へ「心畏(おそ)るる所無く」戦い続けます。そして仏になります。 池田 そこまで語って、突然、釈尊は「この不軽菩薩とは、だれのことか? ほかならぬ私のことなのだ」と宣言するのです。じつに、ドラマチックだ [続きを読む]
  • 君の笑顔が見たいな
  • 卒業の季節ですね。あなたの苦しみも、一夜一夜ひとつ、ふたつと、卒業する時なんだと思いますよ。バイバイしていこうね\(^o^)/ はじめのMCが、心にひびきました。あなたのこころにも響くといいな\(^o^)/「悩む」から、成長できるんだよ〜\(^o^)/MCに注目してみました。 自分らしく生きて欲しい♪ 人生は、それぞれだけど 〜誰も置き去りにしない〜「誰も」だよ。 君もあ [続きを読む]
  • 手をつなごう
  • Metisー手をつなごう絶対に大丈夫。いっしょに乗り越えようよ。一緒に乗り越えようよ。こんなぼくを信じてくれてありがとう。本当にありがとう。笑顔! とりもどそうね \(^o^)/ぽちっとしていただけたら、ハピちゃんは嬉しいです。 にほんブログ村 [続きを読む]
  • 人間性が欠落するネット上の攻撃
  •  『不軽菩薩とは、釈尊の過去世における修行の姿だ。会う人全てに対して、「我れは深く汝等を敬い、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆な菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし」(法華経557?)と、「二十四文字の法華経」を説いて歩いた。 不軽菩薩が礼拝すると、上慢の四衆(増上慢になっている男女の出家者と、男女の在家の人々)は、不軽を罵り、瓦や石を投げ、杖や木で襲いかかった。 法華経に「増上慢の比丘 [続きを読む]
  • 他を排する「競争」から 共に生きる「共創」へ
  • 『他者を尊敬する 各地の学会員を取材して感じるのが、信仰を貫く中で得ていく「他者への尊敬」である。 生きる上で競争は避けられないが、競争相手をどう捉えるかで状況は違ってくる。 初代会長の牧口常三郎先生は?他の犠牲を顧みない?競争からの脱却を訴えた。それは競争自体の否定ではなく、競争は人々を切磋琢磨させ、活力を引き出し合うと述べた上で、「他を益しつつ自己も益する」人道的 [続きを読む]
  • 虐(いじ)め
  • いじめは、子供の問題と思いがちですが、本を質せば大人にあることを気付かねばならないと思います。 皆んな、心を一度立ち止めて考えてみようよ。 心改めていこうよ。 未来のために。 今、たった今から、心改め、行動を変えればいいだけなんだから――。 明るい未来のために。 ぽちっとしていただけたら、ハピちゃんは嬉しいです???にほんブログ村 [続きを読む]
  • 夜更かししてしまった(汗)
  • ロックンローラー、ギターリスト布袋ちゃん聴いていてら、もうこんな時間やん(汗)私のように、まだ起きてる人、いるのかな。あははは 本当に楽しそうにギター演奏してる彼を見てると、こっちまで楽しくなってきます^^ 布袋寅泰(BOOWY) / TEENAGE EMOTION布袋寅泰(BOOWY) / LONDON GAME 「どこかの誰かが俺たちに呼び掛けている 腐った何かを 捨てちまえと!」捨てまっせ〜 \(^o^)/コ [続きを読む]
  • いつだって、君のことを考えているよ
  • ケツメイシ / 僕らのために... Special MV 『嘘よりも複雑な真実の中を僕らは生きているよだから今日は単純な愛で僕らだけは本当の愛で語っていこう 未来のために』 いつだって、いつだって、僕らは、君のことを思い、考えているよ。 キミが、いつも、僕らのことを思い、考えているように。 君の笑顔が見たい。それだけ♪ 目には見えないかもしれない。 だけど、その見えない「 [続きを読む]
  • なまえ
  • ぽちっとしていただけたら、ハピちゃんは嬉しいです。にほんブログ村 片平里菜 - 「なまえ」 一昨日、ラジオで流れて、「うるっ」ときつつも、深く考えさせられた曲でした。 幼少の頃とリンクして、過去のことをいろいろと思い出し、懐かしい思いにひたりましたよ。 今は、名付けた側になります。 深く考えさせられます。 [続きを読む]
  • ⑳ 常不軽菩薩品(第二十章)「増上慢」の勢力との戦い(2)
  • 一番苦しんでいる人のために! 須田 はい。寿量品(じゅりょうほん)のあと、分別功徳品(ふんべつくどくほん)(第十七章)、随喜功徳品(ずいきくどくほん)(第十八章)、法師功徳品(ほっしくどくほん)(第十九章)と三品、「流通の功徳」が説かれています。 それに続いて不軽品(常不軽菩薩品)では、「法華経を弘める人」の福徳と、「法華経の弘教者を毀(そし)る人」の罪を、あわせて説 [続きを読む]
  • Happiness
  • SOLIDEMO / 「Happiness」 私は、あまりテレビを観ないのですが、たまたまつけたら、「大貧乏」というドラマがやっていて、おもしろかったから、つい見入ってしまったが、そこで流れたのが、SOLIDEMOのHappinessという曲。 曲のタイトルがいい \(^o^)/ ニンマリ (*´ω`*)アハハ? 何度も「ハピネース」って呼ぶんですもの〜♪ 思わず、「は [続きを読む]
  • ⑳ 常不軽菩薩品(第二十章)「増上慢」の勢力との戦い
  • 『池田 とくに先生(戸田先生)が力をこめて教えられたのは、日蓮大聖人が「本因の仏」であられるということ。そして、真実の仏とは娑婆世界(しゃばせかい)という「現実の世界」以外には、いらっしゃらないのだということです。 遠藤 「我常在此娑婆世界(がじょうざいししゃばせかい)、説法教化(せっぽうきょうけ)(我は常に此の娑婆世界に在って、説法教化す)」(法華経479?) [続きを読む]