ひで さん プロフィール

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ひでさん: ゼロからはじめる愛知の戦国史跡と城巡り講座
ハンドル名ひで さん
ブログタイトルゼロからはじめる愛知の戦国史跡と城巡り講座
ブログURLhttp://sengokushiseki.com/
サイト紹介文歴史初心者向けの分かりやすい愛知の戦国史跡と城巡り講座です
自由文愛知県の戦国史跡や城を歴史初心者向けに詳しく解説したブログです。現地レビューや私の感想など、愛知県内の戦国史好きの方げ向けて情報発信しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供88回 / 218日(平均2.8回/週) - 参加 2017/01/11 13:37

ひで さんのブログ記事

  • 結城秀康の母・お万の方生誕地の石碑が建つ知立市の総持寺
  •  愛知県知立市の総持(そうじ)寺は、嘉祥三年(850)創建といわれる古い寺院で、境内には徳川家康の次男・結城秀康を産んだ母・於萬(お万)の方誕生地の石碑が建っています。 ■総持寺の場所の住所■知立市西町新川48 総持寺の場所の地図  お万の方(長勝院:ちょうしょういん)は知立神社の神官・永見吉英の娘として天文十六年(1547)に生まれたといわれています。  総持寺は嘉祥三年(850)創建といわれる古い [続きを読む]
  • 森蘭丸よりイケメンだった?!信長の弟・織田秀孝が亡くなった守山城
  •  戦国時代には森蘭丸をはじめ、イケメンのエピソードがたくさんありますよね。そんな中、意外と知られていないのが織田信長の8番目(もしくは9番目)の弟・織田秀孝。  この秀孝は、守山城主・織田信次との不慮の事故で、若くして亡くなってしまうのです。以下は信長公記に出てくるエピソードです。  まだ織田信長が尾張を統一しきれていない、弘治元年(1555)頃の事。信長の叔父・織田信次は守山城(名古屋市守山区) [続きを読む]
  • 豊臣政権五奉行のひとり増田長盛は尾張出身?!稲沢市の増田長盛邸址
  •  愛知県稲沢市の増田長盛邸址は、豊臣政権五奉行のひとりである増田長盛の屋敷があったとされる場所で、長盛の生誕地ともいわれています。 ■増田長盛邸址の場所の住所■愛知県稲沢市増田南町107 増田長盛邸址の場所の地図  豊臣政権五奉行のひとりとして有名な増田長盛の出生地に関しては、現在でも2つの説があります。ひとつは近江国浅井郡益田郷(現在の滋賀県長浜市益田町)。  そしてもうひとつが今回紹介する尾張国中 [続きを読む]
  • 知立市の知立城跡は結城秀康の母・お万の方の実家である永見氏の城跡
  •  かつての三河国である愛知県知立市の知立城跡は、知立神社の神官・永見氏の城跡で、結城秀康の母のい実家である永見氏の城でした。 ■知立城の場所の住所■知立市西町西9−8 知立城の場所の地図 5分でわかる知立城の歴史 知立神社の神官・永見氏は、戦国時代この地方に勢力をもった豪族でもあり、知立城主でもありました。  しかし岩崎城(現在の日進市)の丹羽氏と同じく、国境の豪族のであり、悩みは尾張と三河のどち [続きを読む]
  • 長束正家の生誕地は尾張?!愛知県稲沢市にある長束正家邸址
  •  愛知県稲沢市にある長束正家邸址は、豊臣五奉行のひとりだった長束正家が生まれたといわれる場所、つまり生誕地とされている場所です。 ■長束正家邸址の場所の住所■稲沢市長束町沙弥 長束正家邸址の場所の地図  長束正家は近江国(現在の滋賀県)出身ともいわれていますが、彼が生まれた場所については諸説がありハッキリしていないんです。  また【長束】という苗字も後のものであるといわれ、もともとは【大蔵】【水口】と [続きを読む]
  • 復元が進む刈谷城址公園と周辺の見どころ史跡まとめ
  •  愛知県刈谷市にある刈谷城址公園と周辺の史跡をまとめてみました!  かつての刈谷城跡は現在、亀城公園(きじょうこうえん)と住宅地になっていますが、よく注意して歩いてみるといろんな見どころのポイントがありますので、公園とセットでチェックしてみましょう! ■亀城(きじょう)公園の場所の住所■刈谷市城町1丁目1 亀城公園の地図 刈谷城の歴史 | ウィキペディア 刈谷城のアクセスについて 刈谷城は電車でも車でも [続きを読む]
  • 松平広忠から離縁された於大の方が住んだ刈谷市の椎の木屋敷跡
  •  刈谷市の椎の木屋敷跡(しいのきやしきあと)は、徳川家康の生母・於大の方が岡崎の松平広忠から離縁(離婚)された後、坂部城の久松俊勝へ再婚するまでの間住んでいた屋敷の跡です。 ■椎の木屋敷の場所の住所■刈谷市銀座6丁目58−1 椎の木屋敷の場所の地図 なぜここに屋敷があるの? 於大の方は初代刈谷城主・水野忠政の娘で、岡崎の松平広忠に嫁いでいました。夫婦の仲は良く、息子の竹千代(後の徳川家康)を産ん [続きを読む]
  • 清須市の国道22号線古城信号は城址の意味だった!それが小田井城
  •  愛知県清須市あたりの国道22号線を走っていると、赤信号で停まりました。信号待ちの間、ふと信号名を見てみると、【古城】という信号名に気が付きます。  清須市の城というと、清洲城が有名ですよね。でもこの古城の信号から清洲城までは、同じ清須市でもかなり距離があります。  こんな場所までかつての清洲城だった?  いえいえ、そんな事はないでしょう…そこで調べて見ると、意外な戦国時代の事情が隠されていたので [続きを読む]
  • JR,名鉄電車で刈谷城のアクセス方法と駐車場の場所と料金について
  •  刈谷城への行き方を説明します。今回はJR,名鉄といった電車での行き方と車で行った時に利用できる駐車場の場所、そして駐車場料金についてです。  名古屋、岐阜方面からはもちろん、浜松、豊橋、岡崎方面から刈谷城にアクセスする時もこの方法を参考にしてみてください。  (この情報は2017年8月現在のものです)  では順番にチェックしてみましょう! JRでの行き方 まずはJRで刈谷城にアクセスする方法から説明しますね [続きを読む]
  • JR,名鉄電車で清洲城へのアクセス方法と駐車場の場所と料金について
  •  愛知県清須市にある清洲城への行き方をまとめてみました!今回はJR,名鉄電車、そして車でのアクセス方法と清洲城の駐車場、そして駐車料金について説明しますね。  名古屋、豊橋、岡崎、刈谷、知立から電車で清州城にアクセスする場合はもちろん、岐阜、一宮から清洲城へアクセスする場合もこの方法を参考にしてみてください。  (この情報は2017年8月現在のものです) では順番にアクセス方法をチェックしてみましょう! [続きを読む]
  • 大高城とセットで巡れる鷲津砦と丸根砦のアクセス方法と行った感想
  •  桶狭間合戦ゆかりの城として有名な大高城は、今川方の城でした。そんな大高城を包囲していた織田方の鷲津砦と丸根砦は、大高城とセットで巡る事ができます。  今回の記事では、大高城とセットで巡る事ができる鷲津砦と丸根砦のアクセス方法や駐車場、そして現地レビューで説明してみたいと思います。 >>ちなみに大高城の攻略ポイントはこちら アクセス方法と駐車場 まず電車でのアクセス方法ですが、大高城,鷲津砦,丸根 [続きを読む]
  • 愛知県の城の調べ方とは?城址を調べる2つの本
  •  愛知県には2,000を越える城址として研究されているものがあります。これらの城址について調べる事を城郭研究といいます。  ではこういった城の情報はどこで集め、どこで調べるのか?  いろんな方法がありますが、今日は私が愛知県の城二ついて調べている方法をお伝えしますね。 2つの資料 まず愛知県の城址を調べる本として、私がオススメの本が2冊あります。それが愛知の城と愛知県中世城館跡調査報告です。  他にもい [続きを読む]
  • 徳川家康から褒美をもらったニワトリ | 新城市満光寺
  •  戦国時代は戦や主君を助けて手柄を立てれば、いろんな褒美をもらう事ができました。  主に土地(所領)ですが、その他にも感状(今でいう感謝状)、茶器、銭、武具など、品物で褒美をもらう事もあったのです。  そんな中、なんと徳川家康から褒美をもらったニワトリがいました。  なぜニワトリは家康から褒美をもらえたのか?そしてこのニワトリはどんな手柄を立てたのか?新城市の満光寺に伝わるお話です。 家康、敗走  [続きを読む]
  • 家康の源頼朝に対する気持ちはアツかった! | 熱田神宮と周辺の戦国史跡
  •   ある時、家康の側近達が歴史上の人物の話をしていたのを、家康が聞いていました。時代はだんだん過去になっていき、そして鎌倉幕府開祖の源頼朝の話になった時、  『頼朝は確かに偉い だが彼は血を分けた弟(源義経)を無残に殺している。これは少なくとも、第一級の人物に値しない行為だ』  という意見がちらほら出てきました。  これに対し家康は、  『その見方は間違っている 天下を治めるものは常に一人だ。その他の [続きを読む]
  • 愛知県新城市の地名の由来はやはり城だった!新城城と新城古城
  •  愛知県の三河地方に新城(しんしろ)市という地名があります。  地名的にはあまり聞かないかもしれませんが、愛知県の戦国時代を語る上で非常に重要な場所でもあります。  具体的にどんな史跡があるのかというと次の通り。 ・長篠設楽原古戦場・日本100名城の長篠城・続日本100名城の古宮城・鳥居強右衛門が有名な場所・武田信玄が生涯最後に攻めた野田城 など。  こうやって見ると愛知県の戦国史を語る上でも重要な場所とい [続きを読む]
  • 狙撃伝説は本当?武田信玄が生涯最後に攻めた三河新城市の野田城跡
  •  かつての三河国である愛知県新城市の野田城は、戦国時代この地に勢力を持っていた菅沼氏の居城で、武田信玄が生涯最後に攻めた城です。  元亀四年(1573)、遠州三方ヶ原(現在の静岡県西部)で徳川軍に勝利したイケイケの武田軍が、攻め落とすのに約1ヶ月もかかった事から、堅城として知られています。 ■野田城の場所の住所■新城市豊島本城 野田城の場所の地図 詳しい野田城の歴史 | ウィキペディア  野田城は歴史的 [続きを読む]
  • 東海市に桶狭間の落ち武者伝説!今川義元の墓と富木町の十二塚
  •  永禄三年(1560)の桶狭間合戦では、今川義元が討たれた後、今川勢は総崩れとなり、各地に散らばりました。  兵士たちは無事に駿河や遠江(現在の静岡県)に逃げ帰った者もいれば、途中で織田軍に討たれて亡くなった者、または合戦後に尾張や三河に住んだ者もいます。  今回は東海市に残る桶狭間合戦の落ち武者伝説について紹介しますね。 今川義元の墓 東海市立横須賀小学校のすぐ近くに小さな祠(ほこら)があります [続きを読む]
  • 城主は信長の弟・信勝で父・信秀終焉の地の名古屋市千種区末森城
  •  かつての尾張国である、名古屋市千種(ちくさ)区の末森城址は、信長の弟・織田信勝(信行)の居城で、父である信秀が亡くなった城です。  現在城址は城山八幡宮という神社になっています。 ■末森城の場所の住所■名古屋市千種区城山町2丁目88番地 末森城の場所の地図 城山八幡宮公式サイト  末森城は織田信秀によって天文十七年(1548)に築城された城で、守山城と共に三河の今川氏に対する備えの城でした。  信秀は [続きを読む]
  • 秀吉の母・なかの生誕地といわれる名古屋市昭和区御器所の御所屋敷跡
  •  名古屋市昭和区御器所の御所屋敷は、豊臣秀吉の母・大政所(なか)が生まれたといわれる場所です。  ※大政所の読みは おおまんどころ ■御所屋敷の場所の住所■名古屋市昭和区御器所(ごきそ)3丁目22 御所屋敷の地図  秀吉の母として知られる大政所は、従一位まで上り詰めた女性ですが、その素性はハッキリしていません。長い歴史の中でも、いつの頃から御器所の人といわれる様になりました。  記録があるのが、天野信 [続きを読む]
  • 信長、秀吉、家康ゆかりの城をディープに解説!歴史REAL天下人の城
  • 【発行】洋泉社【定価】900+税【一言でいうと】近世城郭を中心とした城の解説本 最近城に関する本はたくさん出ていますが、そんな中でも近世城郭(主にかつて天守が築かれた城)を中心に城を説明した本です。 内容は2017年に名古屋市の徳川美術館で開催された特別展、【天下人の城〜信長・秀吉・家康〜展】の図録本に近い内容になっています。 幅広い守備範囲本の中身の主要な項目を上げると次の通りです。 【続日本100名 [続きを読む]
  • 愛知県の城巡りに欠かせない史跡散策愛知の城の感想
  • 【著者】山田征之【出版社】自費出版【定価】5200円 (税込)【ひとことで言うと】愛知県の約1,600の城跡が記載されている書物 この愛知の城という本は、私の人生を変えた本です。 なぜかというと、新婚当時に天白図書館(名古屋市)でこの本に出会い、それからというもの約8年間、この本と後に出合う【愛知県中世城館跡調査報告】に沿って、愛知県内の城跡をほぼすべて巡るキッカケになったからです。 ではそんな本なのか?詳しく [続きを読む]