ひで さん プロフィール

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ひでさん: ゼロからはじめる愛知の戦国史跡と城巡り講座
ハンドル名ひで さん
ブログタイトルゼロからはじめる愛知の戦国史跡と城巡り講座
ブログURLhttp://sengokushiseki.com/
サイト紹介文歴史初心者向けの分かりやすい愛知の戦国史跡と城巡り講座です
自由文愛知県の戦国史跡や城を歴史初心者向けに詳しく解説したブログです。現地レビューや私の感想など、愛知県内の戦国史好きの方げ向けて情報発信しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供58回 / 167日(平均2.4回/週) - 参加 2017/01/11 13:37

ひで さんのブログ記事

  • 信長の抹香のエピソード、万松寺はどうなった?
  • 信長は若かった頃、うつけ(愚か者)と呼ばれ、織田家家臣から信頼されてはいませんでした。 そんな時、父・信秀がハヤリ病で亡くなってしまいます。 信長と弟の信勝(信行)は葬式に出たのですが、信勝はキチンとした服装、所作をわきまえて参列しました。 信長公記にもこの時の信勝の様子を【折目高なる肩衣・袴めし候て、あるべきごとくの御沙汰なり】と記載しています。 対して信長は、参列者の目前で抹香を掴み、位牌に投げつ [続きを読む]
  • 斎藤道三と信長が会見!一宮市冨田の聖徳寺跡
  • 愛知県一宮市冨田大堀の聖徳寺(しょうとくじ)跡は、天文年間(1532〜1555)に織田信長と斎藤道三が会見した寺があった場所です。 なぜ2人は会うことになったのか?そしてどんな対面になったのか?信長研究の第一級資料・信長公記に興味深いエピソードが載っているので、チェックしてみましょう! ■聖徳寺跡の場所の住所■愛知県一宮市冨田大堀413−5 聖徳寺跡の地図 なぜ2人は会見したの?信長公記によると天文二 [続きを読む]
  • 秀吉の生誕地・名古屋市中村区の中村公園9つの観光ポイント
  • 名古屋市中村区にある中村公園は、豊臣秀吉の生誕地といわれる場所です。 現在では公園として整備され、資料館や豊国神社をはじめ秀吉ゆかりの史跡もあり、近隣には加藤清正の生誕地や秀吉の産湯井戸もあります。 特に戦国好き、秀吉好きの方は、一度の訪問でゴソっと史跡を巡る事ができるのでオススメの戦国史跡でもあるんです。 では、そんな中村公園と周辺の見どころを説明します。 ■中村公園の場所の住所■名古屋市中村区中村 [続きを読む]
  • 加藤清正はここで生まれた!生誕地の名古屋市中村区の妙行寺
  • 数多くの戦国武将の中でも、特に人気がある加藤清正は江戸時代から庶民にも知られた武将でした。 その清正が生まれた場所が、名古屋市中村区の妙行寺(みょうぎょうじ)です。 ■妙行寺の場所の住所■名古屋市中村区中村町木下屋敷22 妙行寺の地図 虎退治の逸話ができるくらい戦上手の豪傑でもありましたが、築城の名手でもあり、熊本城を築いたことは有名ですが、名古屋城の大天守の石垣も清正が築いたものです。 そんな清正 [続きを読む]
  • 安祥城は女性で落した?松平信光の城攻めの奇策とは
  • 歴史を調べていますと、女性に関する資料って、男性に比べてかなり少ない事が分かります。 しかし歴史の影で、女性たちの働きによって大きく流れが変わることって結構あったりします。 信長の妹といわれる【お市】、その娘・【江】、彼女たちはその身の振り方ひとつで戦を回避したり、自分の家を有利にしたりと活躍した女性でもあります。 また九州の大友家家臣・吉岡鑑興(よしおか あきおき)の妻・妙林尼(みょうりんに)は、 [続きを読む]
  • 信長塀だけじゃない!熱田神宮参拝とセット可能の8つの戦国史跡
  • 愛知県名古屋市の熱田神宮は、三種の神器のひとつである草薙剣(くさなぎのつるぎ)をご神体とする神社です。 初詣はもちろん、子供のお宮参りや愛車の交通安全祈願など、名古屋市民だけではなく多くの参拝者があることで有名ですよね? あなたも行った事があると思います。 ところで熱田神宮周辺には、戦国関連の史跡がゴロゴロしている事はあまり知られていません。 では一帯、どんな戦国史跡があるのか?この記事でまとめてみま [続きを読む]
  • 信長公記の著者・太田牛一が修行していた名古屋市北区味鋺の成願寺
  • 太田牛一という戦国武将をご存知ですか? 一言でいうと現在、織田信長研究の第一級資料になっている信長公記(しんちょうこうき)の著者です。 太田牛一は大永七年(1527)に生まれ、尾張国春日井郡山田荘安食村(現在の名古屋市北区)の出身といわれています。 子供の頃、成願寺(じょうがんじ)で修行しており、その後、斯波義統をはじめ柴田勝家、織田信長、丹羽長秀、丹羽長重、豊臣秀吉、豊臣秀頼といった戦国時代の大名 [続きを読む]
  • もう少しで国宝天守だった?愛知県西尾市の西尾城
  • 今日は愛知県西尾市にある西尾城のオハナシです。 西尾城の創建については諸説がありますが、通説では足利義氏が承久の乱(1221)の戦功によって三河の守護に任じられた事に始まります。 そして西尾城は『西条吉良氏』のお城として存続しますが、応仁の乱になると細川方となり、山名方の『東条吉良氏』と骨肉の争いを行うなど、一族の力は弱まっていきます。 戦国時代に入ると、今川氏・松平氏(徳川氏)の台頭により、たびた [続きを読む]
  • 名古屋市西区の丹羽長秀邸址
  • 名古屋市西区児玉3丁目の丹羽長秀邸址は、織田信長に仕えた戦国武将・丹羽長秀(五郎左衛門)の生誕地といわれる場所です。 ■丹羽長秀邸址の住所■名古屋市西区児玉3丁目13-40 丹羽長秀邸址の地図 なぜ米五郎左?丹羽長秀は尾張国守護である斯波氏の家臣・丹羽長政の次男として、天文四年(1535)に現在の名古屋市西区)に生まれます。 ちなみにあまり知られていませんが、長秀は5人 [続きを読む]
  • 織田信長と弟の信行が合戦!名古屋市西区の稲生の戦いと名塚砦跡
  • 戦国時代の弘治二年(1556)に尾張で起った稲生(いのう)の戦いは、織田信長と弟・信行(信勝)の合戦で、この時、信長方によって築かれたのが名塚砦(なつかとりで)です。 なぜ兄弟で戦う必要があったのか?そして意外な結末とは? この記事では、そんな稲生の戦いと家督を継いで間もない頃の尾張時代の信長のエピソードをチェックしてみましょう! ■稲生原古戦場の住所■名古屋市西区名塚町1丁目124&n [続きを読む]
  • 山城のオススメの季節は?危険ってあるの?森の動物たち
  • 城巡りの醍醐味のひとつに【山城巡り】があります。 でも、山城は行く季節を選ぶ必要があり、いつでも気軽にという訳にはいかないんですね。 では、山城はいつ巡ればいいのか? その前に、季節によって考えられる山城の危険というのが、次のものです。 ・春 → 虫が出てくる。花粉が厄介。・夏 → 虫&草木が生い茂り遺構も分からない。・秋 → 冬眠前のクマ、またマムシが危険。・冬 → 地方によって [続きを読む]
  • 画像で説明!西尾城跡公園と周辺の7つの見どころ
  • 史跡巡りや観光で西尾城跡公園に行った時、チェックしておきたい7つのポイントについて説明します。 かつての西尾城中心部は整備されて公園になっていますので、ポイントを押さえて周ってみましょう! ■西尾城へのアクセス■西尾城は車でも電車でもアクセスが便利です。それぞれの行き方をまとめてみました。 >>車でのアクセス >>電車でのアクセス 西尾市資料館まずは資料館から [続きを読む]
  • 名古屋、豊橋、岡崎から電車で西尾城址公園へのアクセス方法
  • 愛知県西尾市にある、西尾城址公園への電車アクセス方法を説明します。 今回は名古屋方面、岡崎・豊橋方面の両方向からの行き方をチェックしてみましょう! (この情報は2017年5月現在のものです) 名古屋駅からのアクセスまずは名古屋駅からの行き方です。犬山市、清須市、一宮市といった尾張地方はもちろん、岐阜県や滋賀県から西尾城へアクセスする時も参考にしてみてください。 行き方は、名 [続きを読む]
  • 城巡りや史跡巡りで迷ったら案ずるより聞くが易し!
  • マイナーな城巡りや史跡巡りをする時に覚えておきたいコツがあります。 それが案ずるより聞くが易しというもの。 これはマイナーな城跡や史跡を巡る時の基本でしょう。 名古屋城とか岡崎城といった有名なお城は、現地看板もありますし、ボランティアガイドもいるので気にすることはないのですが、郷土史レベルの山城とか戦国史跡を巡る時のコツなのです。 マイナーな城跡、戦国史跡は、行政、自治体の案内看板 [続きを読む]
  • 家臣が家宝の皿を割ってしまった!その時、加藤嘉明は?
  • 賤ヶ岳七本鎗の一人に数えられる加藤嘉明。伊予松山20万石。会津藩40万石の戦国大名でもあります。 マイナー気味の戦国武将ですが、歴史を調べてみるといろんな活躍をしているんですね。 秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いで武功をあげたのは有名ですが、また水軍の将としても知られ、小田原征伐、文禄・慶長の役も水軍を率いて参陣しています。 また文禄・慶長の役では、朝鮮に渡り敵に攻められ苦しんでいた加藤清正を [続きを読む]
  • 加藤嘉明生誕地の愛知県西尾市上永良町に残る石碑
  • 賤ヶ岳七本槍のひとりとして知られる加藤嘉明は、現在の愛知県西尾市上永良町の出身といわれています。 ■上永良町神明社の住所■西尾市上永良町宮東11 上永良町神明社の地図 (※加藤嘉明生誕地については、愛知県安城市説もあり) 嘉明は永禄六年(1563)三河国幡豆郡永良郷の生まれといわれ、父は松平元康に仕えた武士・加藤教明(岸三之丞教明)でした。 しかし嘉明が生まれた年の三河一向一揆 [続きを読む]
  • 三河に残る小笠原水軍の城 | 西尾市幡豆町の寺部城址
  • 愛知県西尾市幡豆町にある寺部城址は、徳川家家臣の小笠原氏の居城跡です。 寺部城の築城者と築かれた時期はよく分かっていませんが、永正十一年(1514)に小笠原定政が早川三郎を倒して寺部城主になったと記録が残っています。それ以後、小笠原氏の居城となりました。 永禄三年(1560)の桶狭間合戦直後、小笠原氏は松平元康(後の徳川家康)と戦い、勝利したという逸話があります。これが走り付けの戦いという [続きを読む]