リュウタロウ さん プロフィール

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リュウタロウさん: リュウタロウの路傍の石めぐり
ハンドル名リュウタロウ さん
ブログタイトルリュウタロウの路傍の石めぐり
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/ryuutarou3599
サイト紹介文人があまり注目しない道端の石碑や神社をめぐり、今や昔を思うみたいな軽い内容ですがのぞいてみて下さい。
自由文千葉県在住、テニス、バイク、B級グルメ、酒場めくり、カメラ、読書、 神社、仏閣、石碑、石仏などに興味があるおじさんです。
あまり有名でなくとも、時の流れを経て路傍にたたずむ石に残る歴史や人や物語りを、勝手に昔を想像しながら日記がてら気ままなにプログに綴ってみることにしました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 118日(平均1.8回/週) - 参加 2017/01/23 21:41

リュウタロウ さんのブログ記事

  • うなこちゃんと風の神
  • JR埼京線の中浦和駅で降りて別所沼公園(埼玉県さいたま市南区)を訪ねた。別所沼の周りは、ラクショウ(沼杉)、メタセコイア(曙杉)などの北米原産の大木がうっそうと立ち並ぶエキゾチックな景観だ。ラクショウとメタセコイアは葉の付き方が異なるが遠目では区別がつかない。別所沼は、古来、沼の底に大蛇が住んでいるといわれ、どんな日照りが続いても水が枯れることがなかったとの伝説残る。また、昔は別所沼周辺の沼池も含めてうな [続きを読む]
  • 釘付け竜と床付き犬
  • JR武蔵野線 東川口駅を降りて埼玉県さいたま市の大門神社を訪ねた。大門神社の境内にある名工 左甚五郎(ひだりじんごろう)作の釘付けの竜を見るためだ。江戸時代、神社裏の池に住む雌雄の竜が起こす洪水を治めるために甚五郎が竜を彫り上げ頭と胴と尾に五寸釘を打ち込んで封じ込めたと伝わる。大門神社は、徳川家康を祀る日光東照宮へと続く日光御成道(にっこうおなりみち 現在の国道463号)に面している。駅からの道のりは、車の [続きを読む]
  • 椿海の大ねずみ
  • 前回の刑部岬の座頭市に引き続き千葉県旭市内を巡っている。信濃より いずるあさひを したいきて 東(あずま)の国に あととどめけむ旭(あさひ)市の名称の由来となった歌人 野口隆正が、当地を治めていた戦国武将・木曽義昌(きそよしまさ)を偲んで詠んだ歌だ。木曽義昌は、長野の木曽谷の戦国武将で、武田信玄、織田信長、北条氏康、豊臣秀吉、徳川家康と主君を変えながら戦国を生き抜いた武将で天正18年(1590年)、秀吉による [続きを読む]
  • 刑部岬の座頭市
  • 天気を良いのでバイクに乗って太平洋を望む千葉県旭市を訪ねた。旭市は千葉県の北東部に位置し、南は白浜が彼方に続く九十九里浜(くじゅうくりはま)、北は干潟八万石の椿海(つばきのうみ)と呼ばれた房総半島屈指の穀倉地帯だ。飯岡形部(いいおかぎょうぶ)岬展望台周囲が一望できる刑部岬(ぎょうぶみさき)の展望台。刑部岬は銚子の犬吠岬(いぬぼうさき)に向けて10kmにわたり続く東洋のドーバーとも称される断崖絶壁、屏風ヶ浦(びょ [続きを読む]
  • 房総風土記の丘とリュウ伝説後記
  • 前々回から印旛沼周辺の竜伝説めぐりを続けてきた。千葉ニュータウンのモニュメントやビックホップガーデンモール印西のビッタンとボッタン、印西郡栄町のマスコットの龍夢(ドラム)君など竜伝説を活用した街づくり、町おこしが活況な一方で龍腹寺、龍角寺などの古刹は閑散として竜にまつわる有為な情報もなく寂しい状況であった。 ロマンがなくなってしまうが印旛沼の竜伝説は、土地を治める豪族であった千葉氏が日本書紀に [続きを読む]
  • 印旛沼のリュウを追う(後編)
  • 前回、印西市吉高で、悠久の時の流れを超えて咲く孤高の大桜を眺めて感動したところで終わってしまったが、本来の目的であった印旛沼竜伝説を追うため、龍腹寺(りゅうふくじ)に向かった。 印旛沼竜伝説にはいろいろな変化形があるが概ねはこんな話だ。その昔、この地で日照りが続き村人は大変苦しんでいた。そこで龍閣寺の釈命上人が印旛沼に船を漕ぎ出し、命がけで竜神様に雨乞いの祈祷をした。 印旛沼には小さな竜が [続きを読む]
  • 印旛沼のリュウを追う
  • 竜は中国から日本に伝わった想像の生き物だが、日本独自の竜のイメージが確立したのは平安時代ぐらいかららしい。 竜は、竜宮の神、竜宮様とも呼ばれ、水を司る水神として各地で祀られ竜神が棲むとされる沼や淵で雨乞いが行われるなど信仰や畏怖の対象となっていった。天気が良いのでバイクを走らせ千葉県北総地域に残る竜とその伝説を追ってみた。富塚鳥見神社(千葉県白井市富塚) 地元では産土(うぶすな)さま [続きを読む]
  • 印旛日本医大の松虫姫
  • 千葉ニュータウンを走る北総線 印旛日本医大駅の近くにある松虫寺を訪ねた。 奈良時代の西暦745年に僧 行基(ぎょうき)により開山されたといわれる古刹で、聖武天皇の皇女 松虫姫(まつむしひめ)後の不破内親王(ふわないしんのう)にまつわる伝説が残されている。 松虫姫はらい病を患い、下総・萩原の薬師仏に帰依すれば病は治るとの霊夢に従い、都からこの地を訪れ、一心に祈り続けたところ病は完治したという。 これを喜ん [続きを読む]
  • 印旛日本医大の松虫姫
  • 千葉ニュータウンを走る北総線 印旛日本医大駅の近くにある松虫寺を訪ねた。 奈良時代の西暦745年に僧 行基(ぎょうき)により開山されたといわれる古刹で、聖武天皇の皇女 松虫姫(まつむしひめ)後の不破内親王(ふわないしんのう)にまつわる伝説が残されている。 松虫姫はらい病を患い、下総・萩原の薬師仏に帰依すれば病は治るとの霊夢に従い、都からこの地を訪れ、一心に祈り続けたところ病は完治したという。 これを喜ん [続きを読む]
  • 赤羽八幡神社とセンベロ聖地(後編)
  • 最初に断っておくが、今回はプログの主題の路傍の石めぐりとはあまり関係なくなってしまい前回のながれで赤羽を散歩している。 赤羽駅周辺の商店街は、戦後の強制疎開後の空地で始まったヤミ市を発祥としている。 ざるに野菜を載せ、魚を石油缶に入れて売り買いしていたものが、次第に、日本軍や連合軍からの放出品も集まり、人々が押しかけるバザールとなりうどんやおでん・カストリ焼酎な [続きを読む]
  • 赤羽八幡神社とセンベロ聖地(後編)
  • 最初に断っておくが、今回はプログの主題の路傍の石めぐりとはあまり関係なくなってしまい前回のながれで赤羽を散歩している。 赤羽駅周辺の商店街は、戦後の強制疎開後の空地で始まったヤミ市を発祥としている。 ざるに野菜を載せ、魚を石油缶に入れて売り買いしていたものが、次第に、日本軍や連合軍からの放出品も集まり、人々が押しかけるバザールとなりうどんやおでん・カストリ焼酎な [続きを読む]
  • 赤羽八幡神社とセンベロ聖地(前編)
  •   前回は、王子稲荷神社参拝後、平澤かまぼこで昭和の余韻に浸った。今回はJR京浜東北線に乗り、赤羽に向かった。  赤羽(東京都北区)は、東北や埼玉県民が避けて通ることのできない東京の北の玄関口だ。  明治以前までは岩槻街道筋の小さな集落にすぎなかったが、明治18年の山手線赤羽駅の開設をきっかけに、旧陸軍第一師団工兵大隊、近衛工兵大隊などの多くの軍施設が設けられ軍隊と軍事産業を中心に発展を遂げた街だ。   [続きを読む]
  • 赤羽八幡神社とセンベロ聖地(前編)
  •   前回は、王子稲荷神社参拝後、平澤かまぼこで昭和の余韻に浸った。今回はJR京浜東北線に乗り、赤羽に向かった。  赤羽(東京都北区)は、東北や埼玉県民が避けて通ることのできない東京の北の玄関口だ。  明治以前までは岩槻街道筋の小さな集落にすぎなかったが、明治18年の山手線赤羽駅の開設をきっかけに、旧陸軍第一師団工兵大隊、近衛工兵大隊などの多くの軍施設が設けられ軍隊と軍事産業を中心に発展を遂げた街だ。   [続きを読む]
  • 王子の関東キツネ総司
  • 前回は、小石川の澤蔵司(たくぞうす)稲荷の霊窟おあなさまを訪ねてキツネの霊力の凄さに驚きながらその足跡を追った。 今回は、JR王子駅に向かい、東国33ケ国(東海道の15国、東山道の11国、北陸道の7国)の稲荷神社の総社の格式をもつというキツネさまゆかりの王子稲荷(おうじいなり)神社を訪ねてみた。  王子は八代将軍徳川吉宗によって飛鳥山に桜が植えられたことをきっかけに、料理屋や茶屋が立ち並び、神社参拝と花 [続きを読む]
  • 王子の関東キツネ総司
  • 前回は、小石川の澤蔵司(たくぞうす)稲荷の霊窟おあなさまを訪ねて伝通院に僧として学んだキツネ澤蔵司の足跡を追った。 今回は、JR王子駅に向かい、東国33ケ国(東海道の15国、東山道の11国、北陸道の7国)の稲荷神社の総社の格式をもつというキツネさまゆかりの王子稲荷(おうじいなり)神社を訪ねてみた。  王子は八代将軍徳川吉宗によって飛鳥山に桜が植えられたことをきっかけに、料理屋や茶屋が立ち並び、神社参拝と [続きを読む]
  • 霊窟おあなさま
  • 「東風(こち)吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」前回、小石川伝通院の前で指圧の創始者 浪越徳治郎像を見て感傷に浸った後、学問の神様として有名な菅原道真を祀る牛天神北野天満宮(文京区春日)に向かった。道真は、早熟の天才児であり、政争の敗残者でもあった。受験生に春を告げる梅の花とは似つかない、その死後の怨霊が起こす天変地異の凄まじさから雷神と畏怖され、天満天神として神格化され全国各地に [続きを読む]
  • 霊窟おあなさま
  • 「東風(こち)吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」前回、小石川伝通院の前で指圧の創始者 浪越徳治郎像を見て感傷に浸った後、学問の神様として有名な菅原道真を祀る牛天神北野天満宮(文京区春日)に向かった。道真は、早熟の天才児であり、政争の敗残者でもあった。受験生に春を告げる梅の花とは似つかない、その死後の怨霊が起こす天変地異の凄まじさから雷神と畏怖され、天満天神として神格化され全国各地に [続きを読む]
  • コンニャク閻魔とトウガラシ地蔵
  • 前回、新宿正受院の奪衣婆(だつえば)像を見て感傷に浸った後、新たな閻魔さまと奪衣婆像を求めて地下鉄丸の内線に乗り後楽園駅に向かった。 後楽園駅を降りて徒歩3分、こんにゃく閻魔で知られる常光山源覚寺(げんかくじ)(東京都文京区)だ。 源覚寺の閻魔さまの右目部分は割れて黄色く濁っているという。それにはこんな言い伝えがあった。江戸時代中期、眼病を患った老婆が閻魔大王に21日間の祈願を行ったところ、夢の中に大王が [続きを読む]
  • コンニャク閻魔とトウガラシ地蔵
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  • 新宿・大宗寺の奪衣婆(だつえば)
  • 前回からのマイブームとなっている隠れキリシタン探索を引きづりながら、キリシタン寺であったのではないかとの説がある新宿歌舞伎町に近い大宗寺を訪ねてみた。確かに、ここにもキリシタン灯籠が置かれている。 昭和27年に内藤新宿家の墓所から出土したものだそうだ。角柱を差し込むと十字架の形になるように火袋が正方形にくり抜いてある。御影石だと思われるが、見た感じがとても新しく感じて保存状態がよい。柱の彫刻はマリ [続きを読む]
  • 新宿・大宗寺の奪衣婆(だつえば)
  • 前回からのマイブームとなっている隠れキリシタン探索を引きづりながら、キリシタン寺であったのではないかとの説がある新宿歌舞伎町に近い大宗寺を訪ねてみた。確かに、ここにもキリシタン灯籠が置かれている。 昭和27年に内藤新宿家の墓所から出土したものだそうだ。角柱を差し込むと十字架の形になるように火袋が正方形にくり抜いてある。御影石だと思われるが、見た感じがとても新しく感じて保存状態がよい。柱の彫刻はマリ [続きを読む]
  • ゆうれい坂のお化粧地蔵
  • 前回、開運山光福寺(港区高輪)の幽霊地蔵を訪ね、おしゃもじさまを発見して色めきだったが、調べるとマニアはだれでも知ってるんだそうだ。世に隠れてはいるが隠れキリシタンマニアは多いらしい。 めげずに隠れキリシタンの痕跡を追って三田方面に向かう。□寺を出てすぐのところに古風な建築の虎屋という建物があった。室町時代を創業とする和菓子の老舗「虎屋」だ。今は閉店して営業はしていない。幽霊 [続きを読む]
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  • おしゃもじさまと幽霊地蔵
  • 品川駅西口を訪ねた。江戸時代、鉄道があるこのあたりは完全に海の中。品川宿は旅籠屋や茶店がたち並び、背後は小高い丘で桜や紅葉の名所であったという。沖合には、諸国からの廻船場があり大きな船が停泊していたようだ。高山神社 ビルの隙間に小さな神社が見える。高山(たかやま)稲荷神社だ。 五百年前に建立されたと伝えられる。当初の社殿は二百数十段の石段の山峰に位置したことから高山神社と称され、東京 [続きを読む]
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