青葉ドロン さん プロフィール

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青葉ドロンさん: SL現役の頃、そしてその後
ハンドル名青葉ドロン さん
ブログタイトルSL現役の頃、そしてその後
ブログURLhttp://slgenneki.blogspot.jp/
サイト紹介文蒸機が主力の頃から今迄、線路大好きオヤジが撮り溜めた機関車客貨車電車ほか、大画面写真と撮影苦労話を。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供74回 / 120日(平均4.3回/週) - 参加 2017/01/25 21:15

青葉ドロン さんのブログ記事

  • 雪の東海道本線 函南・湯河原 −2 198402.18
  •  雪の北海道のシリーズも終盤を迎えつつありますが、ここらで矛先を変えて、以前掲載した雪の東海道本線の別作です。 同じ年の翌2月にも雪が降り、前月よりも多くの積雪となったので、性懲りもなく同じ場所へ撮影に行きました。 最初は小田原駅で乗り継ぎ列車を待っているときに、寝台特急みずほ がやって来たので、この撮影から開始しました。 小田原駅から各停の下り電車に乗り函南駅で下車、三島駅方向の前回と同じ斜面へ [続きを読む]
  • 宗谷本線 塩狩峠 1970.3.28
  •  旭川駅から北へ30km程に位置する塩狩峠は、宗谷本線の唯一の峠越えと言える区間で、これ以外に宗谷本線には大した勾配が無く、C55が軽快に走る路線でした。 石狩川水系と天塩川水系との分水嶺で、塩狩駅のわずかに南側をサミットとし、両側に20‰の連続する難所でしたが、早いうちから補機にDD51を配備しており、訪れた時も既に補機は無煙化されていました。 夜行列車で旭川駅に着き、宗谷本線の列車に乗換える前に、駅で旅客 [続きを読む]
  • 流氷と釧網本線 1970.3.27
  •  当時の気候は今よりずっと気温が低く、この時期のオホーツク沿岸には流氷がびっしりと押し寄せていました。 釧網本線の撮影では釧路湿原がよく知られていますが、初夏の原生花園と共に、流氷の季節は北浜駅から浜小清水駅の間が名撮影地でした。 網走駅から北浜駅に向かいますが、その前に網走駅に停車していた湧網線の貨物列車を見つけ、まずは1枚。 北浜駅で下車し、浜小清水駅方向の鉄橋の近くから、流氷の押し寄せた海岸 [続きを読む]
  • 石北本線 常紋信号場−2 1970.3.26
  •  昨日の続きで、常紋信号場の2回目です。 常紋信号場は、スイッチバック式の交換設備を備えていましたが、列車本数の削減で2001年に交換設備が廃止され、その後閉塞区間の分割も無くなって2017年にその存在を終えてしまいました。 この日は一度信号場へ戻り、列車交換の様子を撮影しようと思いましたが、線路際にはやはり雪の壁があり、下回りが写らないので断念しました。 特急おおとり が通過するので、タブレットの投入れ [続きを読む]
  • 石北本線 常紋信号場−1 1970.3.26
  •  石北本線の常紋信号場は、常呂郡と紋別郡の境界の常紋峠にあり、スイッチバックの配線を有して急勾配の頂点に位置していました。 夜行列車で早朝の信号場に降り立つと、備付けの寒暖計は零下20℃を指していましたが、快晴の上、風が無いので幸いでした。 最初に乗ってきた列車がスイッチバックを折り返し、出発する姿から撮影です。 生田原駅側は信号場に隣接して常紋トンネルがあり、そこでは過酷な労働を強いられた上人骨が [続きを読む]
  • 名寄本線 天北峠 1970.3.25
  •  名寄本線は、石北本線の開通により網走方面へのメインラインから外れ、本線と称するには列車本数の少ない路線で、現在では廃線になってしまいました。 その名寄本線には、名寄駅からオホーツク沿岸へ向かう途中の、上川郡と紋別郡の境界に天北峠があり、トンネルの無いサミットに向かって両方向から25‰の連続する峠越えがありました。 快晴のこの日、上川郡下川町にある一ノ橋駅に降り立ち、峠方向へと歩を進めました。 雪の [続きを読む]
  • 宗谷本線と稚内機関区 1970.3.24
  •  宗谷本線は、本線と名乗っているものの、名寄駅、音威子府駅と北へ行くほど列車本数が減り、終点の稚内駅近くでは極端に少ないので計画的に移動しなければなりません。 C55牽引の全線通しの客車列車は1往復のみで、この上下合わせて2本を撮影すべく、朝は南稚内駅近辺で上り列車を撮影後、普通列車のDCで移動し、音威子府駅で下り列車を迎え撃つこととしました。 南稚内駅から線路端を南に歩き、雪深い中で適当な撮影地を探し [続きを読む]
  • 羽幌線 番屋ノ沢乗降場 1970.3.23
  •  既に廃線となってしまった羽幌線にはかなりの貨物列車が設定されており、その中には補機付の列車も何本かありました。 また、D61が使用されている線区としても知られていました。 羽幌線の撮影地の知識が無かったので、当時、雑誌鉄道ファンの撮影地ガイドで紹介されていた力昼駅と古丹別駅の間の、番屋ノ沢乗降場へ向かいました。 乗降場とは言っても待合室もあり、駅員がいないだけでストーブもありました。 この辺りでは [続きを読む]
  • 留萠機関支区 1970.3.22
  •  小樽築港機関区に続いて、留萠機関支区を訪れました。 ここは支区の名の通り小世帯の機関区ですが、D61が配置されており、それを求めての訪問が主目的でした。 因みに当時の留萠駅の萠の表記は、1997年に一般的な萌に変更されており、今では留萌駅となっています。  羽幌線との間に設置された支区に行ってみると、なんとSLは2両しか見当たりません。しかもD61の姿はありませんでした。 半流、切詰めデフ、ツララ切り付のD51 [続きを読む]
  • 小樽築港機関区 1970.3.22
  •  北海道の主要幹線である函館本線の小樽築港機関区は、最大クラスのSL配置数を誇り、C62が配置されていたことで有名でした。 そのC62重連の急行ニセコを撮影した翌日、C62の出区の様子を撮影すべく機関区を訪れました。 到着時にはC62はまだ扇形庫に収まっていたので、庫の中の様子から撮影しました。 本日はC622とC6232が牽引するようで、準備が進められていました。 ターンテーブルではD51が方向転換していたので、庫の中か [続きを読む]
  • 函館本線 C62重連 1970.3.21
  •  北海道でのSL撮影と言えばC62重連をまず思い出しますが、この日の最初の撮影地、倶知安峠に挑むC62重連を求めて、小沢駅に向かいました。 急行らいでん1号で向かいましたが、余市駅で対向の普通列車と交換ですので、車窓からその様子を撮影です。余市 135レ 小沢駅に到着です。 今では無人駅になってしまいましたが、この当時は駅構内も広く活気があり、廃線となった岩内線の分岐駅でもありました。 小沢駅を出て、撮影地を [続きを読む]
  • 雪の東海道本線 函南・湯河原 1984.1.21
  •  SL現役の頃の雪の中の北海道シリーズの途中ですが、東海道本線のブルトレが健在の頃、こちらでも雪が降ったので撮影名所である函南方面へ出かけた時の記録を紹介します。 前日の雪が収まったので函南駅へ行きましたが、天候があまり回復しないうえに、肝心の雪の量が少なく、期待した成果が上げられませんでした。 線路を見下ろす斜面に上がりましたが、雪はまだら状態で一面の雪景色には程遠い中、荷物列車、特急あさかぜ4号 [続きを読む]
  • 雪まみれの夕張鉄道 1970.3.20
  •  前回の続きで、夕張鉄道の鹿ノ谷駅の様子です。 夕張鉄道は、函館本線の野幌駅から室蘭本線の栗山駅を経由し、国鉄夕張線の夕張駅の少し先、夕張本町駅までの路線で、旅客と共に各所から産出された石炭等の貨物輸送を行っていた、北海道有数の私鉄です。  この頃はまだ石炭輸送が活発で、多くのSLが活躍していました。 訪れた日は悪天候の後で、幸い運転はされているもののものすごい積雪で、構内を自由に動き回ることができ [続きを読む]
  • 苫小牧から夕張線鹿ノ谷へ 1970.3.20
  •  悪天候の影響を渡道初日から受け続けていましたが、この日は苫小牧駅から室蘭本線に乗車、追分駅から夕張線に向かいました。 苫小牧駅からの普通列車はC57の牽引です。 追分駅からは夕張線のDCに乗り換えですが、冬の列車らしい装いです。 最初の目的地は大夕張鉄道で、分岐駅である清水沢駅に降り立ちました。 ところが、・・・大夕張鉄道は大雪に埋もれたままで運休中でした。 またしても悪天候の影響を受けてしまったの [続きを読む]
  • 室蘭本線 沼ノ端 1970.3.19
  •  北海道2日目の撮影地は、室蘭本線の千歳線分岐駅である沼ノ端駅です。 ここに行けば両方の路線が撮影でき、本数が稼げるからです。 ひと駅手前の苫小牧駅で、機関支区にたむろするSLの姿を撮影。 沼ノ端駅で下車し、駅の東側の線路をオーバークロスする道路上から見ると、遥かに遠浅駅方面に地平線が広がっています。 その中を、中央2線の室蘭本線の線路上を単機でC58が出発して行きました。 その先遠くに、やはり単機のSL [続きを読む]
  • 青森から大沼へ 1970.3.18
  •  春休みを利用して、初めての北海道撮影旅行を行いました。 新幹線が無く、飛行機利用など全く考えられない時代で、青函連絡船を利用して、東京から丸一日かけてやっと北海道の地を踏むことができました。 また、現在よりも平均気温が低いので積雪量も多く、雪のための遅れや運休がしょっちゅうあった時代でもありました。 青森駅から連絡線に乗換え、席を確保できたので、船のデッキに出て、桟橋で入換をやっている9600の姿か [続きを読む]
  • 磐越西線 中山宿・更科 1983.11.26
  •  磐越西線はこの年の5月にも訪れていますが、お気に入りの路線なので、冬が迫る11月の末に再び立ち寄りました。 今回は中山宿駅から更科信号所に行き、帰り道で再び中山宿駅にて撮影しました。 最初に訪問した中山宿駅から。 レッドトレイン1224レが勾配を下ってきて、折返し線に入ります。 中山宿駅での客扱い後、出発して行きました。 続いて、1229レが勾配を登ってきて、本線上をバックし折返し線に入って行きます。 こ [続きを読む]
  • 高萩機関支区 1970.3.11
  •  南中郷駅付近でのモーガル撮影後、高萩駅で下車し、高萩機関支区を訪れました。 走行写真撮影ではC50は単機回送のバック運転1本のみだったので、ここにはきっといるだろうと目論んだのです。 機関支区というのは配置両数がそれほど多くなく、機関区ほどの規模ではないものの、一通りの設備があり、上位の機関区からある程度離れたところに置かれていたものと思います。 当時、高萩機関支区にはC50 8620 の他に、9600 や D51 [続きを読む]
  • 常磐線 高萩のモーガル 1970.3.11
  •  SLの軸配置 1C をモーガルと称するのはご存じのとおりですが、この当時常磐線は既に全線電化されていましたが、高萩駅の北方での区間運転で、モーガル:C50と8620 を使用した列車が設定されているのを知りました。 特にC50は殆んど本線上での運転がされておらず、ぜひとも記録しなければと出かけました。 高萩駅と南中郷駅の間には小さな峠があり、目的の列車は上り貨物なので、南中郷駅を目指しました。 上野駅から急行列車 [続きを読む]
  • 奥羽本線 庭坂 1983.5.4
  •  奥羽本線の福島側は現在は山形新幹線となり、標準軌になってしまいましたが、それ以前は板谷峠越えの魅力ある路線でした。 福島駅を出ると庭坂駅までも上り勾配ですが、ここから本格的な山越えが始まり、庭坂駅の先の大カーブから25‰となり、更に33‰へと続いて行きます。 この大カーブが今回の撮影地ですが、その前にもう少し山の中、赤岩駅との間から撮影を始めました。  赤岩駅方向へはロクな道が無く、ようやく車が通れ [続きを読む]
  • 仙山線 奥新川 1983.5.4
  •  仙台と福島(羽前千歳駅)を結ぶ仙山線は交流電化発祥の地であり、そのための様々な実験を行った路線として知られています。 元々長大な仙山トンネル(面白山トンネル)での煙害防止のため一部区間(作並駅〜山寺駅)が早々に直流電化されていましたが、列車密度や勾配等の条件から交流電化の実用化に向けた検証がなされた路線です。 1955年の陸前落合駅〜熊ヶ根駅での交流電化の実験開始後、1968年に全線交流電化が完成し、奥 [続きを読む]
  • 福知山機関区 1969.8.27
  •  福知山機関区を訪れたのは、余部鉄橋で丸1日撮影をした翌日でした。 山陰本線のほか、福知山線その他の支線を担当する福知山機関区にはいつも多くのSLがいたのですが、ここにもDLの姿が見られるようになってきた頃です。 広い区内に多くのSLがいるのを順に撮影して行きました。 D51が主ですが、C58の姿も見られました。 このC11は、デフのステーがきれいにカーブしています。 扇形庫の周りにはSLと並んで、DLもいました。 [続きを読む]
  • 山陰本線余部鉄橋 1969.8.26
  •  山陰本線の余部鉄橋はコンクリート橋に架け替えられてしまいましたが、まだ一部の列車がSLで牽引されていた頃の写真をご覧願います。 余部鉄橋のすぐ西横には餘部駅がありますが、この駅は地元の通学生のために昭和59年に設置されたもので、それまでは鎧駅まで鉄橋を渡り、トンネルを越えて通っていました。 従いまして、当初は停車列車が登下校の時間のみの設定であり、最初に私が訪れた時も1日3本のみの停車で、鎧駅から [続きを読む]
  • 呉線の蒸機急行 あき 1969.8.22
  •  呉線を日中走る急行 あき にヘッドマークが取付けられるようになり、SLの定期列車のヘッドマーク付きは特急 ゆうづる 以来なので、一度は撮影しておかなければと、布原詣でに続いて訪れました。 未明から出かけて朝の通勤列車から撮影開始ですが、今回は安芸阿賀駅付近にての撮影です。 最初に呉駅方向から、DD11が逆向きC62 2両を牽いてやって来ました。 牽かれて行くC62の後姿も。 太陽が上がり始めると、下りの通勤列車が [続きを読む]
  • ウエスタン村の消えたSL 1999.4.2
  •  今回は少し趣きの異なる写真を紹介します。 現役SLがなくなってからは、SLが線路上を煙を吐いて走るのならば、それが保存鉄道でもテーマパークでも出かけて行きました。 そんな中には、既に無くなってしまったものもあります。 栃木県のテーマパーク、ウエスタン村では2両のアメリカ製のSLが運転されていましたが、運営会社が倒産してパークは2006年に閉鎖されてしまいました。 当日撮影した順に紹介しますと、まず目につい [続きを読む]