青葉ドロン さん プロフィール

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青葉ドロンさん: SL現役の頃、そしてその後
ハンドル名青葉ドロン さん
ブログタイトルSL現役の頃、そしてその後
ブログURLhttp://slgenneki.blogspot.jp/
サイト紹介文蒸機が主力の頃から今迄、線路大好きオヤジが撮り溜めた機関車客貨車電車ほか、大画面写真と撮影苦労話を。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供118回 / 204日(平均4.0回/週) - 参加 2017/01/25 21:15

青葉ドロン さんのブログ記事

  • 超高層から見た0系新幹線 1971.10.9
  •  SLがまだ現役の頃、SL以外もたまには撮影しており、この日は新幹線を撮りに浜松町の超高層ビル、世界貿易センタービルの展望台に上がりました。 1970年竣工の日本で2番目の超高層ビルで、40階建152mの最上階ですが、鉄道写真を撮影している人などいませんでした。 線路の西側に位置するので、光線を考えて午後に上りましたが、薄曇りで陽射しは関係なく、南に向いての撮影もできたので結果的には良かったようです。 汐留のヤ [続きを読む]
  • 再び夏の小海線 C56 1971.8.30
  •  夏の終わりには恒例のキャベツ輸送臨が運転される小海線へ、高原のポニーこと、C56を求めて出かけました。 小海線の貨物列車は中込区の受け持ちですが、小淵沢側の定期貨物列車は2本のみなので、この時期は他区からC56を借り受けて、臨時貨物列車に対応しています。 中央本線の夜行列車から、小淵沢駅で小海線のDCに乗換え、いつものように野辺山駅で下車、清里駅方向へと向かいました。 最初に勾配を上って来た臨時貨物列車 [続きを読む]
  • 再び 大糸線のC56 1971.8.14
  •  前年に続いて、この年も大糸線のC56を追いかけました。 非電化区間は南小谷駅から北側ですが、この区間では下り列車は下り勾配になるので、狙い目は上りの貨物列車になります。 しかし、下り貨物の南小谷駅出発が13時頃で、折り返しの上り貨物列車の撮影は16時以降になってしまいます。 まず最初は、煙を吐かない下り貨物列車ですが、平岩駅と小滝駅の間で、トンネルから出てきた姿を撮影します。 いつの間にか、C56の両妻側 [続きを読む]
  • 復活SL SL奥利根号 1989.4.6〜7
  •  D51498は復活SLの中では一番活躍していますが、その復活デビューでは1988年に来日中のオリエント急行の客車を牽引して、新聞紙上にも取り上げられました。 現在でも上越線では SLみなかみ号 として多くのSL列車を牽引していますが、当時は SL奥利根号 の愛称が付けられていました。 復活当時は真鍮磨き出しや赤いロッド等の装飾で、旧型客車を牽引していました。 最初に待ち受けたのは、敷島駅と津久田駅の間のSカーブを見 [続きを読む]
  • 磐越西線から会津線へ 1984.4.30
  •  この日は前日とは角度を変えて、更科信号場近くから、朝日に順光となる磐梯町側を撮影しました。 昨日の好天がそのまま残り、下り客車列車が朝日を受けながら会津盆地へと下って行きます。 今度は快速のECが、勾配を上ってきました。 列車交換をして、ED77重連の貨物列車が駆け下りて行きます。 更科信号場へ行ってみると、丁度上りの客車列車が通過してきました。 撮影を一旦切り上げて、川桁駅方面へと移動しました。 関 [続きを読む]
  • 九州帰りの山陰本線 1971.8.1
  •  九州での撮影を終え、一日で大阪まで戻るのですが、どうせ戻るならばSLの走る山陰本線に沿って行こうと、今思うと無謀なことを考えました。 クルマを走らせ始めてまだ早いうちは、交代で各停の蒸機列車に乗車しながら、その列車の速度に合わせて走り、撮影しながらの旅でした。 最初の撮影は、鎌手駅での発車のシーンです。 強い風で、煙も樹木も横になっています。 続いて、折居駅でも発車を待ちうけました。 普通列車の速 [続きを読む]
  • 筑豊本線 折尾 1971.7.31
  •  九州島内の撮影旅行もいよいよ最終日を迎えました。 往きはカーフェリーを利用して日向港からの九州入りでしたが、帰りは陸路としましたので、関門海峡を目指すことになります。 田川線撮影後の寄り道として、有名な筑豊本線の折尾駅と中間駅の間の、無電化4線区間が丁度経路にあたります。 太陽が照り付ける中、最初にデフ無しキューロクの牽引する貨物列車が来ました。 次はD60牽引の石炭輸送列車です。 同じく、セキを [続きを読む]
  • 後藤寺線と田川線 1971.7.30
  •  北九州の炭鉱地帯には、石炭輸送のための支線が網の目のように張りめぐらされていて、その中でも田川線は、補機付きの運炭列車が設定されていて有名でした。 この日はそこへ向かう途中で、後藤寺線のやはり補機付きの運炭列車を撮影すべく、船尾駅の後藤寺駅寄りの水田の中で上り貨物列車を待ち受けました。 牽引機はもちろんキューロクで、後方にはボタヤマが見られます。 本務機に続いて、後補機が通過して行きます。 この [続きを読む]
  • 甘木線と筑豊本線 冷水峠 1971.7.29
  •  長崎の宿を出て、本日は筑豊本線の冷水峠に向かいます。 長崎からは長崎本線に沿って鳥栖方面に向かうのですが、途中の喜々津駅に立寄りました。 朝の時間帯は下り列車ばかりなので、その発車を撮るべく駅の西側で構えたのですが、朝日の方向に向いての撮影なので、完全な逆光になります。 そんな中を下り貨物列車を牽いてD51のナメクジがやって来ました。 下りの 寝台特急あかつき が通過して行きます。 ヘッドマークが無 [続きを読む]
  • 大村線と長崎本線 東園 1971.7.28
  •  本日から再び、現役SLの九州シリーズに戻ります。 大村線は長崎本線と佐世保線を短絡するローカル線で、まだ完全無煙化はなされず、一部の列車をC57が牽引していました。 朝の海をバックに撮影すべく、小串郷駅と川棚駅の間にポジションを決め、下り貨物列車を待ちましたが、やって来たのはやはりDD51の牽引でした。 道路には今回使用したカローラが写り込んでいます。 小串郷駅を越えて彼杵駅側へ移動し、海側から順光にな [続きを読む]
  • 復活SL 冬の北陸ときめき号 1989.2.11〜12
  •  能登半島の七尾線では、1988年からSL列車が復活運転されるようになり、初年度はC56が牽引しましたが、この年からC57とC56の重連となり、大人気を博しました。 冬の北陸は閑散としているのですが、この列車には多数の人が集まりました。 夜行列車で早朝の金沢駅に到着し、レンタカーで撮影に向かいましたが、いかにも冬の日本海側といった気候で、小雨降る薄暗いコンディションでした。 羽咋駅と千路駅の間のカーブで待ち受け [続きを読む]
  • 磐越西線 更科信号場 1984.4.29
  •  九州地方のSL撮影旅行の連載の途中ですが、ここらで一服、SL全廃後の撮影記録をご覧いただきます。 磐越西線の電化区間については1983年秋の様子を4月25日に掲載しましたが、その半年後に再訪した時の記録です。 磐梯山をバックにした磐越西線の写真はかなり広範囲で撮影できますが、更科信号場あたりが一番の撮影地と思われます。 最初は翁島駅と更科信号場との間の直線区間を行く下り客車列車です。 山の雪がほとんど残り [続きを読む]
  • 最西端のローカル線 松浦線 1971.7.27
  •  松浦線は、佐世保線の有田駅から途中、松浦駅や平戸口駅を通り、佐世保駅に至る線ですが、佐世保線の20km程度の2駅間をぐるりと遠回りして結んでいます。 延長は100km近くに及び、平戸口駅は日本最西端の駅として知られていました。 この線ではC11が普通列車を、8620が一部の普通列車と貨物列車を牽引するという、少々変わった路線でしたが、訪れた年の10月に客レのDC化、翌72年3月に無煙化され、さらに、1988年には三セクに [続きを読む]
  • 高森線から唐津線へ 1971.7.26
  •  この日は、朝の高森線を撮影後、午後は唐津線での撮影という移動距離の長い日で、概ね150km程度になります。 高速道路が無く、未舗装路が多い当時の事ですから、単純に移動だけで4時間程度はかかってしまいます。 朝の高森駅で(とはいっても、早朝の一番列車ではない)、上り列車の発車の撮影からスタートです。 既に朝日は高く上がっています。 列車を追いかけながら移動しますが、中松駅で追い越したので、その先で通過を [続きを読む]
  • 豊肥本線と高森線 1971.7.25
  •  豊肥本線の阿蘇外輪山越えをする貨物列車は、数が少ないうえ速度も遅く、朝熊本を出た貨物列車が、立野駅のスイッチバックを通過するのは昼過ぎになっていました。 その数少ない列車がスイッチバックする様子を撮影しようとして、立野駅手前の国道沿いで列車の到着を待ちました。 最初に来たのは、急勾配を下りてくる、上りの急行DCでした。 その後、各停DC列車が通過して、お目当ての下り貨物列車が推進運転で立野駅を発車し [続きを読む]
  • 湯前線・肥薩線・三角線 1971.7.24
  •  本日は、人吉から熊本へ向かいながらの撮影です。 昨日の豪雨は治まりましたが、まだ雲の残る中を、最初に湯前線に立寄りました。 蒸機列車はありませんが、とりあえず行ってみようということで、近場の肥後西村駅辺りでDC列車を撮影しました。 肥後西村駅から程近い、国道219号線が肥薩線をオーバークロスするところで、昨日のリターンマッチを少々。 最初にDC急行がやって来ました。 しばらく待つと、下りの混合列車が黒 [続きを読む]
  • 豪雨の 肥薩線大畑駅 1971.7.23
  •  この日は朝から大粒の雨が降り続いていました。 国道から大畑駅に通じる細い未舗装道路では、ぬかるみに突っ込んで、動けなくなったクルマを押し出しているところに出会いました。 大畑駅に着きましたが、雨脚はますます強くなり、一向に止む気配がありません。 駅舎から出られずにいると、上りの混合列車が推進で進入してきました。 後補機に続いて、本務機がホームに入って来ます。 悪天候により、しばらく発車を見合わせ [続きを読む]
  • 日之影線・日豊本線・志布志線 1971.7.21−22
  •  1971年から川崎港と九州の日向港を結ぶカーフェリーの運航が始まったので、早速夏休みにこれを利用して、クルマ利用の九州撮影旅行を企てました。 丸1日をかけて翌日の午後に日向港に到着、最初に向かったのは少し北の、延岡駅から伸びるローカル線、日之影線でした。 当時は日之影駅までしか開通しておらず、阿蘇の高森駅までの計画がありましたが、1972年に高千穂駅まで開業し、路線名も高千穂線に変更しましたが、三セク転 [続きを読む]
  • 復活SL あそBOY 1988.10.22〜23
  •  C62ニセコ号に続いて、九州ではハチロク 58654 が復活し、あそBOY という列車名で1988年8月から、豊肥本線の熊本駅から宮地駅までの区間で運転されるようになりました。 C62の方は観光のついでに1日だけ撮影しましたが、こちらは撮影目的での熊本詣でです。 あそBOYの発車までに時間があるので、この当時水前寺駅まで延長運転されていた 特急有明 を撮影に行きました。 783系を使用していた 特急有明 ですが、未電化の豊肥 [続きを読む]
  • 電化後の 篠ノ井線 姨捨 あたり 1984.6.16
  •  SL現役の頃の篠ノ井線は、冠着越えとしてD51が活躍していましたが、1970年無煙化、1973年電化と幹線ゆえ近代化が早かったので、残念ながらD51の姿は撮影していません。 その篠ノ井線、姨捨駅あたりを訪れたのは電化後10年以上経過した、1984年の6月でした。 夜通しクルマを走らせて、早朝の姨捨駅近くの山裾に到着しましたが、6月にしては好天に恵まれ、朝日に照らされた眼下を回送電車が勾配を上ってきました。 続いて上り [続きを読む]
  • 磐越西線のD51 1971.6.13
  •  磐越西線の喜多方駅までは既に電化されていましたが、喜多方以西は未電化で、D51の活躍する姿を喜多方駅と山都駅の間で撮影しました。 今回はクルマが無かったので、郡山駅からED77牽引の客車列車の乗客となり山都駅に向かいました。 途中の沼上信号場で、ED77同士の交換がありました。 会津若松駅ではC11の牽引する会津線の列車が、丁度やって来ました。 山都駅で降りて、有名なアメリカンブリッジカンパニー製の鉄橋の下に [続きを読む]
  • 超閑散線の日中線 1971.6.12
  •  磐越西線の喜多方駅から分岐する日中線は、朝、夕、晩に各1往復、つまり1日3往復だけ運転される超の付くローカル線でした。 熱塩駅までの延長11.6kmのミニ路線で、日中走らぬ日中線と揶揄されていましたが、少し先にある日中温泉から路線名を付けたようです。 この時期ならば陽が長いので、夕方の列車を狙う事とし、終点の熱塩駅を訪れました。 C11バック運転の下り列車が到着しました。 学校帰りの女学生が下車し、線路 [続きを読む]
  • 会津線のC11 1971.6.12
  •  この時代の会津線は、まだ只見線とは全通されていない只見駅までの会津只見線と、会津滝ノ原駅(現在の会津高原駅)までの会津滝ノ原線の2線を合わせて称していました。 関東近郊からSLの姿が消え、かつてはC11しか走らず見向きもしなかった当線にも、この年から煙を求めて足しげく通うようになりました。 列車本数が少なく、2つの路線を効率よく回るにはクルマが必要で、この頃から多用するようになってしまいました。 早 [続きを読む]
  • 東北本線 郡山駅 1971.5.29
  •  陸羽東線の撮影後、郡山駅に到着したのは夕方6時になっており、5月末とはいえもう薄暗く、当時のフィルムの感度では手持ち撮影がおぼつかない時間帯でした。 それでもホームには魅力的な列車が到着するので、カメラを向けてしまいました。 最初は583系の 特急はつかり が停車しました。 ホームの時計は6時5分を指しています。 短い停車の後、北を目指して発車して行きました。 ホームのはずれでの撮影ですが、構内の踏 [続きを読む]
  • 陸羽東線のC58 1971.5.29
  •  東北本線の小牛田駅と奥羽本線の新庄駅を結ぶ陸羽東線は、東側の一部区間でC11が区間列車に使用されていますが、全線通しの運転にはC58が使用され、堺田駅をサミットとする勾配に挑む姿が見られました。 SLの淘汰が進んだこの頃から、かつてはあまり魅力的と思わなかった線区にも出かけるようになりましたが、陸羽東線もその一つで、行ってみれば景色も良いし、重連もあるしで、この後たびたび訪れるようになりました。 お初の [続きを読む]