ATALAS さん プロフィール

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ATALASさん: ATALAS Blog
ハンドル名ATALAS さん
ブログタイトルATALAS Blog
ブログURLhttp://atalas.ti-da.net
サイト紹介文沖縄の宮古島の伝統文化や歴史などを様々に発信する一般社団法人ATALASネットワークの公式ブログ。
自由文沖縄宮古島に関する話題や、歴史研究、活動ネタなどをお届けしています。

[定期連載〜よみもの〜]
毎週火曜
島の石碑を巡る旅「んなま to んきゃーん」(石碑を軸に島を自由研究)。
毎週金曜
週替わりのライター陣による、島のネタモノ(島の本、歴史、自然、人など切り口は多種多様)。
ニッチに、マニアックに、連載中です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供47回 / 92日(平均3.6回/週) - 参加 2017/01/27 11:50

ATALAS さんのブログ記事

  • 金曜特集 「宮古口見聞録"〜みゃーくふつけんぶんlog」(3)
  • こんにちは。宮古島中を熱くしたトライアスロンも終わりましたね!。選手の皆さん、ボランティアの皆さんお疲れ様でした。私はテレビや沿道でゆる〜く応援をし、夜は家族でお弁当を持ってゴールの陸上競技場へ行って来ましたが、鉄人たちが最後の力を振り絞って陸上競技場に入って来るのを見ながら食べるお弁当は、なんだか罪悪感の味でした。来年はもう少しちゃんと応援します。さて、前置きが長くなりました。宮古島在住15年にし [続きを読む]
  • 第132回 「海上挺進基地第四戦隊戦没者勇之碑」
  • 先週から続く陸軍海上挺進隊ネタです。今回は攻撃部隊である本隊です。石碑が建立されているのは仮称・荷川取川(東仲荷川取雨水幹線)の下流部。24ノースと元ステーキ屋の間にある遊歩道の奥になります。この遊歩道は湾岸道路(北環状線)を境にして、下流部の荷川取漁港側は開渠に、上流側の遊歩道の一部が暗渠となっています。その遊歩道を上流に少し歩いたところに、この石碑は建立されています。【1977年:国土地理院撮影 / クリ [続きを読む]
  • 『続・ロベルトソン号の秘密』 第二十四話 「博愛記念碑のその後」
  • まずご報告があります。今回の「続ロベ」第24話で、このシリーズの連載から丸2年を迎えました。長期にわたりご愛読いただき、感謝しています。ドイツや沖縄本島や内地の歴史も参照しながら、1870年代から1930年代までの70年ほどの期間を中心に、ロベルトソン号や博愛記念碑に関連する隠れた史実などを、24回にわたり長々と紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。こんなニッチなテーマにお付き合いいただいた数少ない読者の [続きを読む]
  • 第131回 「海上挺進基地第四戦隊戦没者勇之碑」
  • 第151回 「海上挺進基地第四戦隊戦没者勇之碑」ちょっと久しぶりとなる戦跡モノの石碑です。建立されているのは荷川取公園の山の上。石碑のタイトルは海上挺進隊と、海っぽい名前が記されているのに山の上にあるのです。石碑のある場所について、もう一度ちゃんと説明しておきます。大和井から荷川取漁港方面に向かう通りから、少し奥まった位置にある荷川取公民館へと曲がり、公民館の裏手にある丘を中心として整備されているの [続きを読む]
  • 19冊目 「水の盛装」
  • 東京は桜満開の4月です。新年度、新生活に胸躍る春ですね。そして4月の宮古島はトライアスロン大会が開催されます。今月ご紹介する本は、大城立裕著『水の盛装』。宮古島トライアスロンがモチーフのひとつとなっている小説です。池間島に生まれた浜中千寿は、東京で写真を学んだ後島に戻り、東京の私立大学助教授で水中動物学専門の鳴海久志郎の撮影助手をしています。この二人は結婚間近の恋人同士、つまり鳴海はいわゆる“ナイ [続きを読む]
  • 第130回 「健康モデル指定地区」
  • 先週の「フィラリア防圧記念碑」を探って行く中で出て来た琉球政府厚生局。そのつながりでご紹介するのがこちらの石碑です。琉球政府、つまりは復帰前の組織であり、その名が刻まれている石碑は45年以上を経た今となっては、保存すら必要な歴史的な文化財に移行しつつあるのではないかと、勝手に愚考するのでした。価値がない訳ではなく、まだ価値が満たされていないだけなので、ぜひ、開発などで簡単に壊さないで欲しいものです( [続きを読む]
  • Vol.14 「デイゴの花咲く」
  • 南国宮古といえど三寒四温を繰り返し、このごろやっと春(初夏)を実感するようになった。今年はまさに寒さと温かさの繰り返しで、ぴしーぴしだったり、ぬふーぬふだったりと、着るものも冬と春を行ったり来たり。そんな中でも植物は、わずかな春の暖かさも見逃さず、3月中旬頃からデイゴの赤い花が咲きだした。赤い花は青空によく映え、天気の良い日はすぐ目に留まる。デイゴは葉がない状態で花をつける。木全体に花をつける場合も [続きを読む]
  • 第129回 「フィラリア防圧記念碑」
  • この石碑の存在を知ってもなお、フィラリアは犬のかかる病気で、マラリアの間違いだろ!っと思っていました。すみません、ホント、無知って怖いですね。ということで、お勉強がてら石碑を紐解いてみたいと思います。こちらの石碑は宮古保健所。今は福祉保健所と云うそうですが、その敷地内にあります(道路沿いのフェンスそば)。どういう石碑なのか、石碑裏面にある解説をまずがーと。 昭和40年1月から宮古で始められたフィラリア [続きを読む]
  • 金曜特集 「宮古口見聞録"〜みゃーくふつけんぶんlog」(2)
  • こんにちは!春休み真っ只中ですね。皆様いかがお過ごしですか?私は学校給食の有り難みを痛感している毎日です。先週に引き続き、宮古島在住15年にして未だに宮古口が聞き取れない私、川上良絵がドゥカッティ(自分勝手)な考察を交えて普段着の宮古口を紐解いてみたいと思います。【いーばー】「宮古方言散歩道〜平良的表現」(著 奥平博尚 初版1996年 改訂2009年)によると、「いい気味」という意味ですが、今の子供達は「いいなぁ [続きを読む]
  • 第128回 「宮古島まもる君(石像)」
  • 今回はもう、緩〜く出落ちの新作モニュメントです。宮古島で知らないモノはいない、あの宮古島まもる君の新型です。ま、新型というには少し違うかもしれませんが、一応、これもまた、まもる君と呼ばれることになるようです。建立されているのは県道78号城辺線の郡農協前。最近ではJAファーマーズマーケットあたらす市場と云った方が判りやすいでしょうか。2017年3月16日に宮古島地区交通安全協会の創立60周年記念事業の一環として [続きを読む]
  • 金曜特集 「宮古口見聞録"〜みゃーくふつけんぶんlog」(1)
  • 宮古島に移住して早15年。いまだに宮古口(ミャークフツ)が聞き取れないし話せない。こんな私、川上良絵が2週にわたってお送りする宮古の不思議な言葉たち。勝手な考察や空想を交えながら魅力を紹介していきたいと思います。早いもので3月ももう終盤ですね。この時期は卒業や入学、就職、異動や転勤など、人生のターニングポイントを迎えている方もたくさんいらっしゃることでしょう。そこで今回は、宮古から旅立つ子供たちや内地 [続きを読む]
  • 第127回 「与那覇勢頭豊見親逗留旧跡碑」
  • 前回の白川浜に建つ「與那覇勢頭豊見親沖縄島發見出發之地」と対をなすと云っても過言ではない、與那覇世頭関連の石碑は、シリーズ初の那覇編です。建立されている場所は、新都心の高台から、泊の街へとくだる崖地に広がる、タカマサイ公園の中(住所的には上之屋1丁目)。別名を白川宮ともいい、華美に拝所化されています。【左】近年追加で構築された東屋の下に並ぶ香炉群と再建された石碑。【右】石碑の裏面。碑文の中央に乾隆三 [続きを読む]
  • 『続・ロベルトソン号の秘密』 第二十三話 二度目の那覇とトラウツ主宰の夕食会
  • 本題に入る前にまず、過去の記事の訂正からしたいと思います。トラウツ博士一行の沖縄訪問に関して、第二十一話において、トラウツ博士は福岡で江崎悌三教授夫妻と合流し沖縄に向かったと記しましたが、この点について、今のところ江崎教授夫妻が同行したことを示すデータがないので、現時点では江崎夫妻はどうやら同行していなかった、と結論付けたいと思います。一行の足取りを追った新聞記事や乗船記録などを見ても、江崎夫妻の [続きを読む]
  • 第126回 「與那覇勢頭豊見親沖縄島發見出發之地」
  • 今回お届けするのは、ひと言で云ってしまえば、與那覇勢頭豊見親、出帆の地の石碑です。宮古の歴史には欠かせない人物のひとりであり、歴史の転換点ともなった現場(白川浜)にあるこの石碑の存在を知り、数少ない関係史料を漁り、碑の存在を知る人々に聞き取りし、数次に渡る現地調査を慣行するも、旺盛にして貪欲な宮古の自然に阻まれ、なかなか発見することが出来ないまま約3年を費やし、遂に我々取材班は幻の石碑にたどり着くこ [続きを読む]
  • 18冊目 「太陽の棘」
  • 今月ご紹介する本は、原田マハ著の小説『太陽の棘』です。終戦直後、アメリカ統治下の沖縄には、琉球列島米国軍政府(後に琉球列島米国民政府)が置かれていました。若き精神科医師のエドワード・ウィルソン(エド)は、在沖米軍の従軍医に任命され、サンフランシスコから那覇へとやってきました。そして、偶然通りかかった首里の丘の上でニシムイ美術村に出会います。ニシムイ美術村では、沖縄の画家達が絵を描きながら集団で生活し [続きを読む]
  • 第125回 「功徳を讃える」の碑
  • 今回は先週の道路改修碑から派生して、新城出身で業績を遺した人物、高里景親の功徳を讃える碑を巡ってみたいと思います。石碑は集落入口の道路改修碑から県道199号を進んたところにある、新城公民館の敷地内です。武骨な顕彰碑が多い中、高里景親の顕彰碑は見ての通りダイヤを台座に突き刺したような、少し斬新なデザインになっています。碑面には細かな字で顕彰文が書かれており、1968年5月31日(旧五月五日)に建立されたと書か [続きを読む]
  • Vol.13 「寒緋桜咲く」
  • 暖かくなったかと思えば、冷たい雨が降り、春は行きつ戻りつ。2月につぼみが膨らみ始めた桜は寒さで足踏みをし、暖かい日差しが降り注いだとたん、ぱーっと開き始めた。沖縄で桜と言えば寒緋桜。「釣り鐘状の花が特徴で」「花の色は白から濃い桃色までさまざまな個体差がある」<Wikipediaより>沖縄で桜が一番早く咲くのは北部。寒緋桜はある程度の寒さがないと開花しないそうで、早くその気温になる北部が一番早く咲くというこ [続きを読む]
  • 第124回 「(新城道路改修)記念碑」
  • 先週の友利の「道路開鑿紀念碑」に引き続き、道路モノです。道路系もマニアの多い業界ですが、ぶっちゃけ宮古的にはあまり萌え切れる点がありません。山深い訳ではないので旧道はあっても廃道になることもなく、指定を外れて格下げになっているくらいで、割と普通に残っていたりします。今回はそんな話もちょっと織り交ぜて…。今回紹介するのは新城集落の入口にひっそりと建っている石碑です。以前からこの石碑の存在については知 [続きを読む]
  • 金曜特集 「島の本棚-2017-」特番
  • ATALAS Blog「島の本棚」担当である江戸之切子を中心に、これまで17回(冊数では20冊以上)に渡って新旧の島の本を紹介してきました。そのジャンルは本当にさまざま。SF小説から伝記伝説、ガイドブックに写真集、エッセイまで。島を舞台、モチーフにした本というくくりで集めてみると、バラエティに富んでいてとても楽しいラインナップとなっています。実はこの「島の本棚」、直接の関係はないものの、2009年〜2011年まで「5分で判 [続きを読む]
  • 第123回 「道路開鑿紀念碑」
  • 今回ご紹介する石碑は単純に道路の開通を記念した石碑です。以前、伊良部島の南区(伊良部地区)五字を縦貫する「五ヶ里道http://atalas.ti-da.net/e8700835.html」の開鑿紀念碑を紹介しましたが、時代的には宮古の文明開化とか産業革命とでも云えそうな頃のお話です。こちらの石碑は友利の集落センターの敷地内に、道路の方を向いて建立されています(なので、画像では下の方が壁で隠れて閉まっています)。石碑によると、大正四年十 [続きを読む]
  • 第122回 「海と空にひらかれた伊良部町」
  • 今回紹介する石碑は、例によって石碑ではありません。ちょっと気になったコンクリート製のモニュメントです。設置されているのは伊良部島の佐良浜、前里添の県道の大カーブのところ。位置的におそらくたくさんの人が目にしてはいるとモニュメントです。沖縄県道90号下地島空港佐良浜線(沖縄県道204号長山港佐良浜港線との重複区間)が、佐良浜断層涯を一気に登るために、S字を切ってコンパクトに高度を稼ぐ道路形状になっており、 [続きを読む]
  • 17冊目 「岡本太郎の沖縄」
  • まだまだ寒い日が続く2月です。今月は、2016年に小学館クリエイティブより復刊された『岡本太郎の沖縄』を紹介します。岡本太郎は、1929年に18歳で渡仏し、パリ大学で哲学、民族学、社会学などを学びながら、前衛芸術運動に参画しました。1940年に帰国後、縄文土器と出会い、日本文化の再発見の旅に出ます。岡本太郎は、1959年11月16日から12月2日まで、沖縄を訪問し、各地に残る沖縄独自の文化に触れ、その印象を、1961年には著書 [続きを読む]
  • 第121回 「比嘉財定先生之像」
  • なにを成した人なのか。と問われたら、手近な史料で調べてはみたもののいまひとつよく判らないとしかいいようがありませんでした。けれど、彼は村(字)の偉人として奉られています。きっとそこには記録には残らないなにかがあるような気がしました。【左】比嘉地域総合施設(公民館)前にある胸像「比嘉財定先生之像」【右】集落の南西、目抜き通り沿いに建つ、「比嘉財定生誕之地」の碑比嘉財定(ひがざいてい)。父・財慈、母・メガの [続きを読む]
  • Vol.12 「キビ刈り」
  • 製糖工場の辺りには甘い砂糖の匂いが漂い、キビを積んだトラックがせわしなく行き交う。宮古は今サトウキビ収穫の最盛期を迎えている。畑には、手作業でキビ刈り(「キビ倒し」ともいう)をする姿やハーベスター(キビを倒すマシーン)が、ガガガガと音を立ていっきに刈り取っていく様子が見られる。それにしてもハーベスターの威力たるや。最初見た時の衝撃はいまだに忘れられない。それはさておき、昭和30年、40年代はほとんどの農家 [続きを読む]