sabaryoko さん プロフィール

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sabaryokoさん: 幸せになりたい アラフィフ女史のこれまで
ハンドル名sabaryoko さん
ブログタイトル幸せになりたい アラフィフ女史のこれまで
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/sabaryoko0724
サイト紹介文幼少期から今まで、虐待、虐め、恋愛、DV、離婚、子供、不倫、自殺、仕事 人には話せない人生
自由文幼少期から今まで、虐待、虐め、恋愛、DV、離婚、子供、不倫、自殺、仕事 人には話せない人生、ろくなことがなかった我が人生
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供15回 / 94日(平均1.1回/週) - 参加 2017/02/01 05:37

sabaryoko さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • アラフィフ女史の恋愛 終わりのある恋愛
  • 私は10年、ずっと愛してる人がいる。既婚者で、たまにしか会わない。その人は妻と離婚する話は私の出現より全然前から出ていたが、親や子供の事、財産分与で揉めて、全く会話の内容家庭内別居をしている。私は結婚を今望んでいるわけではないが、お互いシングルになりたい。コソコソと誰にも公表できない恋…2回別れようと伝えたけどお互い離れられなかった。本当に愛してもう今年で10年そんな私に恋愛で事件が起きた。 [続きを読む]
  • 大人の発達障害 検査開始
  • 病院を二箇所行ってみた。高いお金を払って、診断の結果は何か困ってることありますか〜投薬に興味があるならこれ読んでポンと渡されたのはコンサータ錠、ストラテラの冊子。自分で手術法を選択するのは聞いたことあるけど投薬の判断で患者にさせるのか。困った事があるから生きにくいから遠いこの地までADHDの専門医だというから来たのに。しかも緑内障は服用不可と記載。病院を変えて、この間初診うけた。これから生育歴、家族歴 [続きを読む]
  • アラフィフ女史 発達障害者の恋愛
  • 凄く人を愛した事片手もいない。変わり者、変わってる、言われ続けてる。でも自分を愛してくれる人がいる。不思議な生き物としてみるようだ。でも、みんな既婚者。やはりそこには普通はない。結婚するまで一人の人を愛し一人の人に一生を捧げるつもりだった。自分に言葉の暴力のひどい主人だった。そんな離婚した主人もおそらくアスペルガー。離婚して9年になるがお互い誰とも結婚していない。自分はしばらく結婚はいい。たまに会 [続きを読む]
  • アラフィフ女史 叔父による嫌がらせ
  • 祖母や実母から嫌われていた自分。夏休みなど祖母の家に行っていたが、怒られてばかりで楽しくなかった。でも、今は疎遠しているいとこと遊ぶのが楽しかった。祖母の家には実母の兄家族、結婚をしていない弟自分から見たら叔父がいた。その叔父に自分は小学生の時に体を触られた。そんな事親にはいえない。叔父の部屋には成人雑誌が沢山あった。汚らわしい、気持ち悪い。小学生の時は本当に気持ち悪かった。体を触られる時我慢をし [続きを読む]
  • アラフィフ女史 自ら死んじゃいけない、絶対に生きるんだ
  • 自分は何回か自殺願望がありました。生きていても辛かった。それは後々登場する結婚相手とのことでだ。自分は子供もいるが、そのこと以上に自分の生命を持続させる気力を失っていた。死んでその元結婚相手の両親や身内がこれだけオタクの息子に苦しめられていた、と、いう事実を死して証明したかった。それが30代半ばであった。でも、死なないでよかった。今、アラフィフの自分がいる。あの時の自分に言ってあげたい。よく乗り切っ [続きを読む]
  • アラフィフ女史 普通に生きたい 
  • 勤勉でまじめな戦後の日本復興のため、高度成長期に懸命に働いていた父親。技術職でいつも深夜の帰宅。高学歴高収入、無口で、スポーツ観戦が趣味の父だった。性格も温厚、食が細く、やせていた。お酒をよく飲むのが玉に瑕だったけど、荒れるわけでもなく仕事一筋に人間だった。親戚が金銭的に苦労していたら、貸すのではなく援助をし続けていた。文句をひとつ言わずに。対照的な母親。父親より8歳年が下。自分の子供も言う。よく [続きを読む]
  • アラフィフ女史 生きている意味
  • 悲劇のヒロインそう言われたことがあった。ふと付き合った男性に話すと生い立ちを話すとそう言われた。それから、絶対に後々知り合った人達に自分のことは自らで話すのをやめた。私はかわいそう、私は悲惨。私は弱い。など、いい大人が口にする事は恥ずかしい事。そうやって生きてきた。自殺もなんとかした。でも、死ぬ勇気がなかったから飛び降りる前に不審に思った人に救われたり、ためらい傷があったり。でも、死ねばこの辛さか [続きを読む]
  • アラフィフ女史 教員からの差別
  • 生まれた頃から、先生という名の人たち、先輩という名のその名の通りやからから必要以上に嫌われまくっていた。自宅のエレベーターに油性ペンで悪口。いたずら電話、目が細いブス、など。誰もかばってはくれない。唯一守られるはずの家庭も実兄からの暴力、実母からの言葉の虐待。学校へ行けば教員に特にやられた。でも、ADHDなど認知されてない頃、なった中には私を認めてくれる教員もいた。今、ネットで探してるのだが見つからな [続きを読む]
  • アラフィフ女史 中学の時代
  • 30代で判明したADHD。生きていてもなじられ人ともめ、毒親にはいじめられ、12年たった。私は地元の公立へ入れられた。進学塾に行っていたが、母親がお兄ちゃんが私立中学落ちて公立に行ったからと、公立へ。待っていたのはいびりだ、一つ学年の上の人たちに。こちらは全く知らない人、違う小学校から来た人からいじめられた。不思議でならない。どう見ても不良な外見でもない。当時はツッパリ、なんて子供が流行ったがそんな行いと [続きを読む]
  • アラフィフ女史 小学校高学年
  • 友達は出来ない、鼻水が一年中止まらないので鼻をかみ続ける生活、教員からの虐め、相変わらず存在意義のない子供だった、本当に心底憎い女子生徒がいた。その人をクラス全員で無視をした。風邪をひいて1週間休み、学校に行ったら、全員から無視をされ続けた。やったら、やり返される。当時の担任は55歳くらいの女性で思いやりもなく、いじめたりいじめられたり全く見て見ぬふりだった。私はやられたりも壮絶だった。だけど、いじ [続きを読む]
  • アラフィフ女史 小学校中学年
  • 唯一、親しくしてくれたお友達。オイルショックの影響でお父様の事業が失敗してしまいました。同じ団地でグランドピアノがあったお家だった。平日の昼間、お父様を度々見かけるようになった。ウィスキーを手に持ってフラフラしていたお父様からお友達は隠れるように歩いたりしていた。そのお友達はお母様と兄弟3人を連れてご実家へ帰ってしまった。唯一優しくしてくれたお友達も私の前から居なくなりました。私はひとりで児童館は [続きを読む]
  • アラフィフ女史 問題児だった理由 30代で発覚 ADHD
  • 後述となるがあるきっかけがあり、30代で精神科へ。私が幼少から生きにくい(という言葉があるかどうか疑問だが)生きづらい人間だった。その理由が判明した。30代でADHDと診断された。今となっては認知されているが、昭和の時代には子供にそのような診断する機関などなく、ただの問題児だった。私は女児であるにもかかわらず教員から男子の悪ガキ以上に怒られ、殴られ、ボールをぶつけられ、親呼び出し、廊下立たされ、机は前にされ [続きを読む]
  • アラフィフ女史 実母、実兄、祖母からも嫌われていた幼少期
  • 昭和40年代前半、都内の公団住宅で生まれた。年の離れた兄の二番目の子。実父は戦前生まれの、無口で堅実な人間。高学歴、高収入で大企業勤めの真面目な実父。に、対し病弱を理由に大学進学をせず、就職もしたことがない実母。うるさく、やかましく、部屋の片付けも化粧もしない太っていて醜い不潔な実母。父親は何故このような母親と結婚したのか疑問で仕方が無い。部屋が汚くて人を呼ぶことが出来なかった。いつも行きたくもない [続きを読む]
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